府中市美術館で始まったばかりの「春の江戸絵画まつり ふつうの系譜 『奇想』があるなら『ふつう』もあります-京の絵画と敦賀コレクション」展に行って来た。
開催概要
会期:2022年3月12日(土)~5月8日(日)
前期:3月12日(土)~4月10日(日)
後期:4月12日(火)~5月8日(日)
展示作品106点(内99点 敦賀市立博物館所蔵品)
前期展示52点、後期展示54点
ふつうの系譜 「奇想」があるなら「ふつう」もあります─京の絵画と敦賀コレクション
本展覧会は、岩佐又兵衛、伊藤若冲、曽我蕭白など江戸絵画の奇想の系譜が人気となっている今日にあって、「奇想」ではない「ふつう」の江戸絵画を敦賀市立博物館コレクションを中心に展開しようという試みだ。それはそのまま江戸絵画のメインストリームでもあるやまと絵=土佐派、狩野派、円山四条派を中心にそこから派生した流派を紹介していく。
この展覧会はもともとは2020年3月に開催され、コロナの影響により途中閉幕となったものを展示内容などを再構成して再開幕したものである。東京富士美術館の上村松園、松篁、淳之三代展もそうだったが、2020年、2021年には美術館関係者の尽力により満を持して開催された企画展がコロナ禍、中断、中止に追い込まれたものが多かった。その中で再開幕できたのは僥倖ともいえる。
各流派について
(図録より)
やまと絵
平安時代に生まれた絵のスタイルで、柔らかな線と形やふくよかな色彩が特徴。貴族的な雅びな世界が描かれる。人物は「引目鉤鼻」と呼ばれる人形のようなシンプル表現をとる。土佐派は宮廷の絵所預職を代々務めた。また江戸時代に土佐派から別れた住吉派は幕府の御用を務めた。
狩野派
中世に宋や元からもたらされた中国絵画をもとに生まれた水墨画のスタイルの「漢画」。室町幕府の御用絵師を務めた狩野正信が祖であり、以後安土桃山期には織田信長や豊臣秀吉らの仕事を請け負い、水墨画の技法をもとに豪快な作法から端正な作品までを展開し狩野派として一大職業画家集団を形成した。江戸時代には狩野探幽が幕府の御用絵師となり、その系譜は幕末まで続いた。また京都に残ったものは「京狩野」としてグループを形成した。
円山四条派
円山応挙を祖とし、目に映る事物を堅固な構図の中に再構成する写生画を展開し一大画派をなした。応挙に続く画系が「円山派」となり、応挙に学んだ呉春によるより装飾性を高めた画系が「四条派」を形成、その両方を合わせて「円山四条派」と呼ばれた。
岸派
江戸中後期の画家、岸駒に始まる派。岸駒は江戸時代中期に来日した清の画家、沈南蘋や円山応挙の作品を研究して、リアルで迫力のある作品を描いた。主に京都で活躍し、宮廷に仕えた。
原派
原在中を祖とする一派。円山応挙の流れを組み、透明感のある風景画や整然とした構図や繊細で静謐な画風で知られる。
図録について
府中市美術館の企画展図録は毎回内容が濃い。昨年開催された「動物の絵 日本とヨーロッパ」展も274ページとボリューミーで読みでがあった。動物の可愛い、面白い絵図が満載だったこともあり、これは講談社から刊行され市販された。
今回の「ふつうの系譜」図録はISBN表示がなく、おそらく美術館だけでの販売という頒布形態もの。またもともと2020年の展覧会用に作られたものなので、奥付には2020年3月14日第一刷、2022年3月12日第二刷発行とある。
ページ数は252ページ、20.3cm✕20.3cmと四角い装丁で、出品絵図だけでなくテキストも豊富で読み応えがあり、しばらくは楽しめる内容だ。
ふつうの系譜とその美しさ
図録冒頭には府中市美術館学芸員金子信久氏の「ふつうの系譜とその美しさ」という小論が掲載されている。今回の企画展の企画意図や概要を説明したものだが、その中でも特に「やまと絵」について多くページを割いており、さながらやまと絵入門編のような内容となっている。
その中で江戸時代前期の土佐派を代表する画家土佐光起が晩年に残した土佐家伝来の秘法ともいうべき技法書『本朝画法大伝』について詳説している。光起による絵の描き方をわかりやすく説明する面白い内容なので一部を引用する。
六枚(六面)からなる屏風に花や鳥を描くなら、こうです。まず、端の一、二枚目に、バックになる大きな木とその下に岩を描いて、木や岩の間には篠などを描いて締める。その後ろには山を描いて間が抜けないようにして、木陰に谷か川などをあしらう。続いて三、四枚目には、先ほどの大きな木の梢を斜め下向きに描いて、その下の野に大きな鳥、ところどころに小鳥を配して、しかし同じ描写を繰り返して単調にならないように気を配りながら、景色が引き立つようにする。そして五、六枚目には、水などを描いて、水草を少し取り合わせ、その上には遠くの山や浮雲をあしらて、ちょうど良い感じになるよう計算して描く、などと書かれています。
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また、女性の顔には土佐家の決まった描き方があるといい、「鼻は細く、上まぶたは目尻のほうを細くすぼめて、下まぶたは平らに描く。口は花の真ん中よりも耳の方へ寄せて、甚だ小さく描いて、鼻と口の間も大きく離す」とあります。
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塗りは「淡い墨を二、三かい塗るのがよい」とも書かれています。こうして地塗りすれば、「和やかにほっこりとして」よいとし、地引によって絵に厚みが出るが、それが深すぎると卑しくなってしまうし、浅ければ絵が締まらないから、肝心なのはその加減だと注意しています。そうして、一見何も塗っていないように見える地の部分も丁寧に処理することによって、まっさらところにただ描いたのとは違う、どこか温かみのある絵になっているわけです。 (図録』P14-17)
気になった作品
これぞやまと絵とでもいえるような作品。右は拡大部分だが、人物の表情は光起が『本朝画法大伝』に記したとおりのようでまさにお手本ともいうべき描き方だ。
『平家物語』にある五位鷺の由来となった話を画題としている。醍醐天皇が鷺を見かけて位が六位の蔵人に「捕まえて参れ」と命じる。蔵人はどうやって捕まえるか思案し、鷺に向かって「天皇の命令であると」言う。すると鷺は逃げだすことなく捕まえることができた。醍醐天皇はそれを聞き、「命に従って参ったのは殊勝である」として鷺を五位に叙したという話である。
江戸で幕府の御用絵師となった狩野探幽に対して、狩野山楽は京都に残り京狩野を形成する。幕末に京狩野の九代目を継いだのが狩野永岳。伝統的な山水画の画法のなかで淡い柔らかな着色が成されている。狩野永岳は狩野派の技法を尊守するだけでなく、円山四条派や文人画の影響も受けており、この絵には南画の影響も感じられる。
応挙も岸駒も実際の虎を見ていない。応挙はおそらく虎の毛皮等を見ている可能性はあるらしいが、いずれにしろ空想によるところが大きい。画家の想像力に依拠した虎図は「ふつう」というよりも「奇想」の範疇のようにも思える。
個人的にはこの展覧会のベスト作品かもしれない。これぞ円山四条派の写実作品という趣。明治以後の竹内栖鳳や小林古径らにも通じるようなお手本的な作品のように感じる。
美しい作品。天橋立というと雪舟作品を思い出すが、在中のそれは淡い色彩で抒情性に富んでいる。原在中(1750-1837)は狩野派、やまと絵を学び、その両方を取り入れた繊細な作風で知られ、彼を祖とするグループは原派と呼ばれた。
竹内栖鳳、上田松園、川合玉堂などが学んだ京都画壇の幸野楳嶺の作品。多分、楳嶺の風景画は初めてみたけど、川合玉堂が師事したというのが何となくわかるような気がする。
府中市美術館といえばかわいい動物絵みたいな印象がある。本企画展でも多分一番人気となると思われるのがこの子犬を描いた作品かも。円山応挙の「狗子図」は後期展示で、前期は蘆雪のこの絵がかわいいを体現する。