新聞の訃報欄に二人のジャズメンの訃報記事が載っていた。
ロイ・ヘインズとルー・ドナルドソン。ロイ・ヘインズは12日に亡くなった。99歳だった。そしれルー・ドナルドソンは9日に98歳だったと。
ロイ・ヘインズは一貫としてサイドメンだったという印象がある。リーダーアルバムも多数あるし、何枚かは聴いたことがあるはずなのだがほとんど印象にない。ジャズ喫茶なのでもあまりかかった記憶がない。
キャリアをみていると、初期にはレスター・ヤングやチャーリー・パーカーのサイドメンとして出発。50年代にはエラ・フィッツジェラルドやサラ・ボーンのバックで叩いていたようだ。
でも、この人というとやはり自分のような人間は、コルトレーンのコンボで活躍した人という印象。コルトレーンというとドラマーはエルヴィン・ジョーンズというのが一般的だし、実際そのとおりなんだけど、なぜか自分はロイ・ヘインズがドラム叩いていた印象が強い。たぶん最初に聴いた「マイ・フェヴァリット・シングス」が「ニューポート’63」とか「セルフレスネス」だったからかもしれない。
改めてWikipediaで彼の参加したアルバムも見てみるとけっこう壮観である。あれも、これもロイ・ヘインズが叩いていたのかと改めて思ったりもする。ドルフィーやオリバー・ネルソンなど、けっこう持ってるアルバムでも叩いているんだ。そしてバド・パウウェルの「The Amazing Bud Powell Vol.1」もドラムというとマックス・ローチの印象が強いけど、実はメインはロイ・ヘインズだったか。
1925年生まれで3日前に亡くなったルー・ドナルドソンよりも1歳年長。99歳だし大往生だったんだろうなとは思うけど、やっぱり淋しい者を感じる。
そしてルー・ドナルドソンだ、ルーさん、ルーおじさんだ。正統的なチャーリー・パーカー直径のアルト奏者。パーカーの後継者といわれた人々の最後の一人かもしれないな。フィル・ウッズ、アダレイ、スティット、マクリーンなどなど。
ルー・ドナルドソンというと大ヒットした「アリゲーター・ブーガル」の印象が強いので、ソウルジャズといわれるけど、キャリアをスタートさせた50年代にはジャズ・メッセンジャーズにも参加していたし、ばりばりのハード・バッパーの一人だったと思う。そしてよく泣くトーンで、バラードがよく似合った。
手持ちのアルバムではスタンダードナンバーを集めた『ラッシュ・ライフ』の「スター・ダスト」は白眉の演奏だ。個人的にはサイドメンとして加わったジミー・スミスの『HOUSE PARTY』の「LOVER MAN」が一番好きかもしれない。パーカー直系はソニー・スティットかルーさんとずっと思っていたけど、それは多分この演奏の影響が大きいかもしれない。ヤク中でボロボロの「LOVER MAN」を吹いたパーカーは、本当はこういう風に吹いたんじゃないかと、そんなことを思わせる名演奏だった。
98歳、大往生のでジャズマンとして大成した人だとは思う。でも淋しい。自分が若い頃に一生懸命、ジャズの歴史を遡行するようにして聴いてきたジャズメン、その数少ない生き残りがまた鬼籍に入った。本当に淋しい。