新型コロナウイルス雑感

  4連休明けからコロナ感染が急拡大している。昨日の感染者数はついに1万人を超えてしまった。東京の感染者数も3865人と急増、隣接する神奈川、埼玉、千葉でも連日過去最高を超えている。

 東京は緊急事態宣言、3県もまん延防止措置が継続しているが、それらの対応が感染拡大にまったく歯止めとなっていない状況となっている。そしてもう一つの要因は、先週23日から開催されている東京オリンピック2020である。

 菅総理小池都知事は、オリンピックはテレビ観戦のためコロナの感染拡大との関連性はないと説明しているが、オリンピック開催は感染増加と関係しているとは思う。世間の風潮としてもオリンピックをやっているのだからという形での心理的な緩みは生じている。

 さらにいえばオリンピック開催によって市民生活の間ではその矛盾、二重性も当然のごとく指摘されている。国民には自粛を要請し、様々な形での不自由を強いていながらオリンピックは特別とばかりに強行されている。市民生活でのイベント、例えば花火大会、夏祭り、盆踊りなどは軒並み中止となっている一方で、一大スポーツイベントが実施されている。

 飲食店には営業の時短やアルコール提供の制限を行っている一方で、会社や学校は通常通りであり、通勤、通学の電車は込み合っている。

 コロナウイルスに対する唯一の対応策ともいうべきワクチンについても、高齢者への接種が一定程度進んだとはいえ、ワクチンの供給不足が露呈し、働き盛りや若年層の接種はほとんど進んでいない。そんななか今の感染拡大は20代から50代にかけてが圧倒的増加によるものとなっている。

 この国は感染症に対して無策なままきてしまった。政府が行っているのはただ自粛を要請するだけである。PCR検査を拡大させ、感染者の早期隔離を行い、医療の逼迫に対しては増床を行うなど各国が試行錯誤の中で続けている感染症対策を一切行ってきていない。ただ自粛要請、ワクチンへの過度の期待、そしてオリンピックありき。

 昨年、欧米での感染の拡大の情報に触れたときに、日本の感染者数は桁違いに少なく、それによりある種の楽観モードがある部分まん延した部分はあるのかもしれない。しかし感染者が欧米に比べて少ないにも関わらず、さらに先進国の中でも医療リソースは充実し、国民皆保険が普及しているはずなのに、医療は脆弱ですぐに逼迫、そして崩壊するというのも春先の大阪での感染拡大で目の当りにしてきている。

 そして変異ウイルスとオリンピック開催、政府の無策の中で、周回遅れの如くに昨年の欧米での感染拡大をトレースした現実が、今始まろうとしている。東京都のモニタリング会議で専門家は「経験したことのない爆発的な感染拡大に向かっている」と危機感を露わにしている。このままの流れでいくと、昨年欧米の主要都市でロックダウンが実施されていた時のように、連日1万人規模の新規感染者が続くことになるのかもしれない。

 翻って自分のことでいえば、一応高齢者でありすでに二度のワクチン接種も終わっている。5歳下の妻も8月上旬には二度目のワクチン接種を行う予定だ。ワクチン未接種の方々に比べれば、多少感染リスクや重症化リスクは低いのかもしれない。しかし基礎疾患もあり、感染すればどうなるかわからない。出来るだけ感染リスクを避けるため、密になるような場所は避けての行動、マスクや消毒を今まで以上に徹底していく必要があるのだとは思う。

 一方で、残された余生、時間を考えると、好きなことに時間を割きたいという思いもある。仕事を辞めてから増えている美術館巡りも多分本当は自粛しなければいけないのだろうとは思う。でも、もともと美術館は、しかも都内主要美術館での大型企画展でもない限りは、ほとんど密な状況はないのが実際でもある。それこそ密を避けるために美術館に行くみたいな部分もあったりする。

 来週以降、非常事態宣言の延長や拡大が行われることは必須になってきている。おそらく今開業しているミュージアムは軒並みまた閉館休業となるかもしれない。それを思うとなんとも悲しい気分ではある。

 まずはとにかく自分や妻が感染しないこと、今は遠くに住む子どもが感染しないことを祈る。そして多くの人々がなんとか感染しないで、この危機的状況を凌いでいってもらえればと思ったりもしている。 

 

  国内
感染者
東京 神奈川 埼玉 千葉 合計 首都圏
構成比
7月1日 1,754 673 211 142 139 1,165 66.4%
7月2日 1,777 660 230 125 149 1,164 65.5%
7月3日 1,881 716 264 116 157 1,253 66.6%
7月4日 1,485 518 226 124 141 1,009 67.9%
7月5日 1,030 342 180 76 112 710 68.9%
7月6日 1,671 593 198 137 138 1,066 63.8%
7月7日 2,191 920 250 157 139 1,466 66.9%
7月8日 2,246 896 322 155 200 1,573 70.0%
7月9日 2,278 822 355 150 180 1,507 66.2%
7月10日 2,458 950 310 147 204 1,611 65.5%
7月11日 2,029 0 0.0%
7月12日 1,506 502 280 110 114 1,006 66.8%
7月13日 2,386 830 308 179 180 1,497 62.7%
7月14日 3,194 1,149 361 243 208 1,961 61.4%
7月15日 3,418 1,308 403 328 253 2,292 67.1%
7月16日 3,432 1,271 446 290 277 2,284 66.6%
7月17日 3,886 1,410 539 318 244 2,511 64.6%
7月18日 3,103 1,008 460 287 254 2,009 64.7%
7月19日 2,329 727 412 199 234 1,572 67.5%
7月20日 3,758 1,387 433 314 199 2,333 62.1%
7月21日 4,943 1,832 522 381 302 3,037 61.4%
7月22日 5,397 1,979 631 510 343 3,463 64.2%
7月23日 4,225 1,359 652 401 334 2,746 65.0%
7月24日 3,574 1,128 547 345 301 2,321 64.9%
7月25日 5,020 1,763 531 449 279 3,022 60.2%
7月26日 4,692 1,429 540 449 509 2,927 62.4%
7月27日 7,629 2,848 758 405 593 4,604 60.3%
7月28日 9,583 3,177 1,051 870 577 5,675 59.2%
7月29日 10,693 3,865 1,164 864 576 6,469 60.5%

オリンピック、ボイコットしてます

 本当なら東京オリンピックは楽しんで観戦したいと思っていた。

 巡り合わせとはいえ、生きている間に夏季オリンピック冬季オリンピックの自国開催をそれぞれ二度目にすることができた。それは世代的な偶然とはいえめったにない僥倖だと思っている。

 世代的な僥倖といえば、自分たち戦後生まれは自国が戦争に突入するという体験を経ることがなく一生を終えることが出来るかもしれない。もちろん細かくいえば、日米安保体制下にあって、アメリカの戦争に加担することはもちろんあった。ベトナム戦争湾岸戦争などなど。しかし、自国軍が戦闘行為を行うような戦争状態はなかったし、もちろん非戦闘員たる国民が殺す、殺されるということもなかった。

 戦争と戦争の間の平和、歴史的には戦間期という括りになるが、日本は1945年以降75年以上平和な状態が続いている。出来れば次の戦争が起きず、巻き込まれることもなく、戦間期という括りではない平和状態が続いてくれればとは切に願っている。

 戦争の話ではない。オリンピックのことだ。子ども時代に東京オリンピック札幌オリンピックを目の当りにしてきた世代という意味では、オリンピックは平和の祭典というイメージは形成されている。オリンピックが商業主義によって毒され、本来もっていた平和の祭典という意味性が形骸化しているとしても、オリンピックに対して抱いた諸々の思い、それがほぼ幻想であったとしても、それは自分の精神性の中に根強く残っている。

 でも、今開催されている東京オリンピック2020は、自分がオリンピックに対して抱いている諸々とはあまりにもかけ離れている。それは当然のごとくにパンデミック化にあって、そもそもスポーツイベントはあり得るのかということだ。

 新型コロナウイルスの感染拡大があっても、観客数を絞ってスポーツイベント、興行は行われている。しかしオリンピックの規模は単体のスポーツイベントとはけた違いにスケールが大きい。感染拡大防止のためには、そうした大規模スポーツイベントは行われるべきではないと自分は考えている。

 今年の1月以降、この国では感染拡大が続き、すでに第三波から第四波、そして第五波ともいうべき感染拡大が続いている。当初は五輪開催の可否についても議論があったが、いつのまにか開催ありきとなり、無観客開催でついに先週23日にオリンピックは開催された。

 当然のごとく予想されていたが、開催以降マスコミ報道はオリンピック一色になった。テレビでは連日の競技の実況や再放送、さらにニュースも五輪報道ばかり。ニュースショー、ワイドショーもすべてオリンピックにだけになってしまった。テレビをつければオリンピック、オリンピック、オリンピック・・・・・。そうなると結局オリンピックを見てしまう。そして日本人の選手の活躍に応援の声を上げ、一喜一憂するようになる。そしてコロナ感染の日常的な危機意識や感染予防についての関心はじょじょに薄れていく。

 パンデミック下のオリンピック開催に反対していても、結局オリンピックをテレビ観戦してしまう。テレビを見ることによって、オリンピックに参加、あるいは加担、容認してしまう。結局そういうことになってしまう。そして日本選手や各国有力選手の活躍にじょじょに思考停止をしていく。パンデミックについても、それ以外の様々な社会問題についても、まあいいかという風になっていく。

 出来ればそういう風になりたくないと自分は思っている。なのでオリンピックは見ないことにした。そうなると必然的にテレビは見ないことになる。テレビをつければありとあらゆる形でオリンピック報道を目することになるから。もしテレビをつけてニュースを見ていても、オリンピックの話題になったらそくチャンネルを変える。まあ変えてもどこの放送局もオリンピックばかりなので、結局テレビを消す。

 その分、NetflixAmazonプライムでの配信サービスで映画やドラマを見ることが多くなってしまった。とはいえほとんどの時間はテレビを消している。被害を被っているのは家族かもしれない。妻は無類のテレビ好きで、とにかくひっきりなしにテレビをつけている。食事のときもたいていテレビをつけているのだが、私がオリンピックの放送を見ないため、しかたなく録画してあるバラエティなどを見ることが多くなった。食事が終わるとお互い自室に戻り、妻はテレビを見る。私はテレビ以外の何かをする。そういう日常だ。

 今週になってからは感染拡大のスピードが加速化している。指標となる東京都の感染者数は二日続きで3000人を超え、昨日はついに全国での感染者数も1万人を超えた。さすがにこの感染拡大はテレビでも報じなくてはならなくなっている。感染拡大を報じて、次にオリンピックを報じる。この国は新型コロナウイルスの感染拡大という危機的な日常世界と、オリンピック競技が行われる世界がパラレルな形で進行している。SFによくある題材、パラレルワールドが日々進行している。

 繰り返しになるが、パンデミック下でのオリンピック開催には反対である。なので個人的にオリンピックをボイコットするため、自分はテレビを消すことにした。

志賀高原から渋峠を越えて

 水野美術館を出てからさてどうやって帰るかとなったのだが、まあ夕方近いし普通に来た道上信越道を帰るつもりだった。いちおう妻にどうするか聞いてみると、なんとなく長野を回りたいという。そうこうしているうちに志賀高原の方にという。一瞬ひるんだけど、まあ久しぶりということもあるのと、別に翌日仕事ということもないので割と簡単に同意。

 志賀高原に行くには中野市から山ノ内町に入る。途中で妻の実家近辺も通るのだが、コロナのこともあり寄ることはせずそのまま通過。湯田中から国道292号に入り山道をずんずん行く。渋峠超えは何度も行っているし、スキーで志賀高原にも、多分両手ではきかないくらい行っているから割と慣れた道といえば慣れた道。それでもここ5年くらいは来てないかもしれない。

 サンバレー、丸沼といったやや下の方からじょじょに登っていく。みんな何度か滑ったところだ。走りながら妻の過去の栄光みたいな話、多分何度か聞いたことがある話を聞いたりしながら運転する。高校時代にアルバイトしたホテルでのこととか、同じくアルバイトで来ていた大学生からホワイトエンジェルと呼ばれたという武勇伝のこととか、まあ何度か聞いたことがある話だけど。

 ようやく横手山の駐車場に来る。ここにはスカイレーターという動く歩道もあるのだとか。着いたのが5時少し前くらいだったので、さすがに乗ろうとは思わなかったが。駐車場からの景色はさすがに2000メートル超えの景色なのでそこそこ絶景っぽい。

f:id:tomzt:20210725182634j:plain

 しばし記念撮影したり、駐車場近辺をうろうろしてた。

 それからいよいよ渋峠に入るといきなりガスってきて、視界が10メートルあるかないかというヤバイ状況になる。幸い対向車もなければ、後続車もないというガラガラ状態だったが緊張しまくり。そのまま白根山近辺から草津スキー場のあたりまでも霧は続いている。

 白根山の噴火はたしか2018年のことだったと思うけど、その痕跡はけっこう残っていて、あちこちに噴石がゴロゴロと転がっている個所がある。昔、子どもと一緒に乗ったロープウェイもあの噴火以後閉鎖されているんだとか。

 だらだらと下ってきてようやく草津温泉街に入ったのは7時ちょい過ぎというところ。道の駅に入ってホッと一息という感じになった。

f:id:tomzt:20210725191429j:plain

 この草津運動茶屋公園という道の駅、4連休最終日だというのに10台以上ノキャンピングカーやワンボックス車が車中泊ですといわんばかりに止まっていた。優雅な人々なのか、あるいは日本にもノマドランドな人々がいるのか、よくわからないけれど、パジャマ着たオジサンがトイレに行く姿がなんとなくペーソスっていう感じを醸し出していた。

 その後は145号線は一部上信道も出来ていて快適。さすがに4連休の最終日の7時過ぎなんで、道路もガラガラ状態。無事に渋川伊香保から関越道に乗って帰って来た。

水野美術館に行って来た

 昨日、前から行きたいと思っていた長野市内にある水野美術館に行って来た。日帰りで行くにはちょっと遠い距離ではあるが、車買ったばかりだし、初の遠乗りということで強行した。

 長野は妻の実家があるところなので割と土地勘はある。多分、盆暮れ正月とか法事とかいろんなことで訪れているので少なくとも50回くらいは行ってる。ここ2年くらいコロナの関係で実家にも顔を出していない。今回も諸々考えて実家にはいかなかった。

 自分はもう2回目のワクチン接種終わっているし、妻も2回目の接種が8月上旬に予定しているので、お盆にちょっと顔を出そうかとも思っている。

 そういう長野なんだが、水野美術館についてはまったく知らなかった。割と最近twitter日本画専門の美術館があるということを知った。開設は2002年だそうだが、妻も当然のごとくそういう美術館があることを知らなかった。もっとも妻も高校卒業以来ずっとこっちで生活しているから知らないのも当然かもしれない。

水野美術館

 株式会社ホクトの創業者、水野正幸氏((1940-2009)が蒐集した日本画をもとに開設とある。ホクトは総合企業グループで一部上場会社。スーパーでみかける袋詰め、パックに入ったブナシメジとかマイタケ、あのへんを扱っている会社。もともとは包装資材やきのこ栽培用のPPビンを製造していたという。昭和39年設立というから昭和生まれの自分らからすれば、割と新しい会社のような印象がある。HPの年表を見るとちょっと感動というか、きのこ恐るべしみたいな印象をもつ。

ホクトの歴史 | ホクト株式会社

 水野氏のコレクションは主に平成になってから蒐集されたという。『水野美術館名品集』という図録の最初に山下裕二氏が水野美術館コレクションについて解説を書いているが、それによると水野氏の蒐集は比較的最近のもののようだ。

f:id:tomzt:20210726150815j:plain

『水野美術館名品集』

 水野美術館の収蔵品は、基本的に近代日本画の王道ともいうべき日本美術院系の作品が核となっている。中でも、橋本雅邦、横山大観菱田春草、下村観山、木村武山など、院展の中核を占めた画家の作品は、質、量ともに充実している。このコレクションは、平成になってから本格的に蒐集されたものだというが、よくも短期間にこれほどのコレクションを築けたものだと感心する。1990年代初頭のバブル崩壊以後、それまで「資産」として蓄積されてきた日本画のコレクションが大量に流通するようになった。水野氏は、その機会を逃すことなく、コレクションに邁進した。そしてこの美術館が設立されたのである。

「水野美術館コレクションについて-大観、春草、そして西郷孤月」  『水野美術館名品集』P4 

  ちなみに山下裕二氏は最近だと『コレクター福富太郎の眼-昭和のキャバレー王が愛した絵画」展を監修した人だったということを思い出した。あの企画展は9月に新潟、11月には大阪と巡回する予定だとか。

コレクター福富太郎の眼 | 新潟県立万代島美術館

コレクター福富太郎の眼 | あべのハルカス美術館

 しかしバブル崩壊で市場に流出した名品を短期に蒐集したというのは、水野氏美術蒐集家としても絶好のタイミングだったのだろうけど、商売人としても「機を見るに敏」な商売人だったんだろうなと適当に思っている。そうだからこそ、きのこという多分、食材としていえばちょっと隙間なところから、長野という地で上場企業までを作り上げたことなんだろう。相当な経営センスをもつ人だったのだろうと思う。まあそのお陰で近代日本画の名作をこうやって享受できる訳なんで、素直に有難いと思っている。

 なかなか美術館の話に行きつかないのはいつもの悪い癖だ。関越道から上信越道をひたすら走ること2時間半。4連休の最終日ということもあり道路はえらく空いている。長野東インターで降りてからは多分20分くらい。冬季オリンピックのアイスホッケーの会場だった通称ビッグハットの斜め向かいくらいに位置する。ナビの通りに来たのだが割とスムーズにこれた。

f:id:tomzt:20210725135307j:plain
f:id:tomzt:20210725135329j:plain
f:id:tomzt:20210725135438j:plain

 ちょうど企画展『眺める日本画~玉堂のみた建物・元栄が描く風景』(6/12~7/25)の最終日で、川合玉堂とその弟子児玉希望、孫弟子の奥田元栄の3人の作品がまとまって展示されていた。

 展示室は2階、3階にあり、まずはエレベーターで3階に上がってから順に降りてくるようになっている。そういうところは国立近代美術館の同じような導線になっている。まず3階エレベーターを降りて展示室の自動扉があくと畳敷きの細長い展示スペースに六曲一双の大作がドドーンと展示してある。これが展示室1にあたるようだ。

f:id:tomzt:20210726101944p:plain

『春秋山水』(川合玉堂

 玉堂の金屏風の絵というのは初めてだったかな、青梅の玉堂美術館で観たことあったか。やや照明を絞った渋めの展示でインパクトが強い。ぶっちゃけこれ1点でも満足できると思える。

 そして第2室には川合玉堂9点、児玉希望3点、奥田元栄5点。この室にはソファーが置いてあり、ゆっくり、のんびり観ることができる。運転の疲れか少し寝入ってしまったが、玉堂の日本の原風景みたいな絵の世界に入り込むような夢は見なかった。

f:id:tomzt:20210726101950p:plain

『渓村春雨』(川合玉堂

 山間の民家と水車、筧という玉堂の得意とする画題だ。遠景をぼかして奥行きを出す空気遠近法とはこれみたいな感じだがする。

f:id:tomzt:20210726101956p:plain

『渓村斜陽』(川合玉堂

 これはちょっと玉堂にしてはあまりない構図のような気がする。どことなく浮世絵のような、明らかに「近像型構図」を意識しているようなそんな気がして面白味を感じた。今回の玉堂作品ではなんとなく一番印象に残った作品。

 2室は一番奥の突き当りまで行くと隣のコーナーに戻ってくるような作りになっている。ちなみ突き当りには奥田元栄の大作『秋渓淙々』があった。そのコーナーにはこの美術館の多数収蔵している横山大観の作品、山本丘人橋本関雪などがあり、また池田輝方、池田蕉園の作品を並べて展示するなどしてあった。

 その中で一番気に入ったのは長野県出身でもある菊池契月の作品。この人のモダンな作風は以前から割と気に入っている。

f:id:tomzt:20210726102010p:plain

『歌舞図』(菊池契月)

f:id:tomzt:20210726102005p:plain

後宮』(菊池契月)

 これはちょっとモダン過ぎるというか、イラストっぽい雰囲気。なにか最近、子どもから読まされたコミックで中国の後宮を舞台にした薬師の話があったような気がするが、ああいうコミックの描き手はこういう作品とかもひょっとして参考にしているのではと、適当に思ったりもした。

 2階の3室はまず鏑木清方伊東深水が1点ずつ展示してあり、その後は加山又造、杉山寧、平山郁夫等、現代の大家の作品が多数展示してあった。杉山寧って凄い人なんだなと、なぜか当たり前のことを再認識させられた。

 展示室の雰囲気はこんな感じだったか。

f:id:tomzt:20210725150409j:plain
f:id:tomzt:20210725144931j:plain

 入り口をでたとこには美しい庭園があり1階のロビーからガラス超しに眺めて、ひととき過ごすのもいい感じである。

f:id:tomzt:20210725162119j:plain
f:id:tomzt:20210725162127j:plain

 とにかく落ち着いた雰囲気でゆったりと日本画の名品に触れることができる、なかなか得難い美術館だと思った。4連休の最後ということもありでずいぶんと人が少なく、ほとんど空間を独占するような状態だったけど、これって大丈夫なのってちょっと心配になる気分もあった。企画展の最終日なので駆込みとか含めて、もう少し人いてもいいかなとか適当に思った。

 長野市内というと、ここもまだ行ったことがない長野県立美術館・東山魁夷館もあるが、水野美術館も訪れるのが楽しみなところだ。長野に帰省する際、またふらっと思いつき行ってみるなど、機会は増えそうだ。問題は往復400キロ弱のロングドライブに年齢的についていけるかどうかだな。
 ちなみに最初にも書いたこの美術館のコレクション図録『水野美術館名品集』なんだが、製本がかがり綴じになっていてとても見やすい。何度も書いていると思うけど、図録の製本は多少金かかってもかがり綴じにして欲しいとつとに思う。

f:id:tomzt:20210726150806j:plain
f:id:tomzt:20210726150810j:plain

 

身近に海がある風景

 昨日、久々子どもが家に来た。

 それなりに刺身とか煮物とかケーキとかでもてなしてやる。

 新生活もまあまあ順調なようだし、仕事も取り合えず真面目に続けているようだ。

 職場の関係で月末には1回目のワクチン接種が出来るという。SEの卵なんだが、勤務している現場が大手の金融系なのでその関連で受けられるらしい。20代でワクチン接種が出来るのはかなり早い方だと思う。やっぱりこういうのも企業格差みたいなものあるんだろうか。大手とその関連は早目に受けられるみたいな。

 今日は早目に帰るというので送っていくことにした。「せっかく新車なんだし、どうせ暇でしょ」という強弁に抗う術もなし。妻はお出かけできるのでウキウキだし。

 3月に越した新居はけっこう落ち着いている。一応寝室があったのだが、ベッドをリビング側に移してあった。エアコンがそこにしかないからという理由。まあエアコンなしでは夏を過ごすのはシンドイだろう。

 子どもの部屋から歩くと15分くらいで海に出る。海浜公園みたいになっていて市民の憩いの場所みたいな感じになっているのだとか。最初、子どもは歩くとけっこう遠いと言っていたのだが、夕方近く少し涼しくなってきたので三人で散歩がてら行ってみることにした。

 駅を超えて広い一本道をだいぶ行くとようやく海浜公園の入り口に着く。一本道を行くと海にぶつかるというのが、なんとなく鎌倉みたいな感じがあるなとは思った。鎌倉はけっこう観光地っぽい雰囲気だが、こっちの方は海までずっと住宅地で片側が戸建て住宅、片側が団地みたいになっている。なのでお店とか小ぎれいなカフェとかも一切ない。日常生活からいきなり海ということになるのだが、そういうのがけっこういいかもしれないと思った。

 片道15分の海までの散歩も、親子三人でバカ話しながらだと時間も気にならない。なにより歩道が広く整備されているので、車椅子を押していても全然苦にならない。そして公園の入り口から園内を少し歩くとようやく海に出る。

 海はもちろん遊泳禁止なので、浜辺で遊ぶだけ。夕方なので若い子たちが小グループで花火を持ってやってくるというのを見た。このへんの子どもたちの夏の定番なのかもしれない。まあ密になるほど人出もないし、こういうもいいかもしれない。多分、多分とは思うけど、もちろんノンアルだと思う。

 海は防風林の向こうにあるんだけど、こういう風景、最近ずっと浮世絵版画ばっかり観ているので、なんとなく小林清親とか川瀬巴水っぽいかなと思ったりもした。

f:id:tomzt:20210724184439j:plain

 そして桟橋というか埠頭の雰囲気。こういう光景見るとつい東山魁夷風に撮ってしまう。東山魁夷の功罪っていうやつだと思うな。

f:id:tomzt:20210724185440j:plain

 ちょっとした散歩で海に行ける。そういう日常ってちょっと羨ましいかなとも思った。海なし県に住んでいると特にそういうことを感じるかもしれない。

k.d.ラング

 思えば80年代、90年代の音楽、映画はあまり同時代的に享受してこなかったような気がする。例えばシェリル・クロウも21世紀になってだいぶ経ってから聴き始めたし。

 その頃なにをしていたかというと、多分仕事が忙しかったんだろうと思う。20代後半から30代、まあ働き盛りというかなんというか。大学を卒業してから転職を重ね、40になるちょい手前までに6度仕事を変わった。同じ業界だったけれど、小さな会社を転々として、かなりハードな仕事をしていた。何度か書いたかもしれないけれど、出版社の営業をしてた頃の最盛期は週に2回くらい会社に泊まったり、徹夜みたいなこともしてた。外回りと内勤業務、管理業務などなど、降りかかってくるありとあらゆることに対応した(させられた)。

 同時によく飲んだ。夜の10時に仕事を終えてから飲みに行くなんてざらだった。青山近辺に勤めていた頃は六本木あたりで夜通しなんてことも割と日常的だった。2時過ぎに横浜までタクシーで帰るなんてことも割とざらにあった。金が貯まる訳がない。

 音楽は何を聴いてたんだろう。映画は何を観ていたんだろう。二十代の半ばからというと、新しいものよりも古いものへ、古いものへと遡行するようなことをしていたのかもしれない。今の音楽を聴いていると、それが引用しているものを聴きたくなる。引用は多岐にわたり、様々なジャンルにということになる。

 例えばジャズについても中学くらい聴いているのに、いまだにニワカみたいなものだ。ブルーノートも1500番台、4000番台はけっこう聴いたつもりだが、いかんせん奥が深すぎる。ジャズ喫茶に入り浸っていても、聴いたことがない名盤や演奏が沢山ある。古いものへ、古いものへと遡行していくうちにじょじょに新しいものを遮断するようになっていく。

 たまに友人から、「こういうの聴いた」「これいいよ」みたいなことで教えてもらったり、貸してもらったり、自分で求めても多分ちょっと聴いたあとは棚のどこかに入ってそのままみたいなことになる。

 映画もまた同じように古いものへ、古いものへと遡行していく。ミュージカルも西部劇も、ヌーベルバーグも観るべき映画はたくさんあった。ちょうどビデオやDVDなどソフト類も流通してきた頃だから、ライブラリーは増えていった。学生時代のように名画座巡りなどしなくても良くなった。でも新しいものを追いかけるなんてとても、とてもだった。

 なかなか行きつかないけど、k.d.ラングである。最近、相互フォローしている方のツィートで紹介されていて聴いてみることにした。k.d.ラングのk.d.はJ.D.サウザーのJ.Dみたいなものだろうか。

k.d.ラング - Wikipedia

 1961年生まれの61歳。ぜんぜん若くない。デビューは1983年くらい。カナダ出身でカントリー・ミュージック畑から出て来た人らしい。カナダというとジョニ・ミッチェルニール・ヤング、ロビー・ロバートソンなんかがいるか。見た目やスタイルからしても割とミエミエなんだがLGBTの人らしい。k.d.ラングは正式にはキャスリン・ドーン・ラングというのだとか。

 とりあえずAmazonで初期ものをゲットしてみる。多分、入門編としてはこのへんが一番だろうと適当にあたりをつけてみた。

Ingenue

Ingenue

Amazon

  Ingenue、アンジャニュウと読むらしく、おぼこ娘、初心な娘とか意味する。ライナーノートを読むと、それまでカントリー畑だった彼女がポップスやアダルト・コンテンポラリー方面に向かった転機となるアルバムらしい。

 一曲目の「SAVE ME」を聴く。大昔の表現なら「レコードに針を落とすと聴こえてくるのは」とでもいうのだが、そのゆったりとした流れから彼女の柔らかいアルトな歌声が流れてくる。一声聴いてなんとなくルーマーみたいと思ったが、考えてみるとk.d.ラングのほうが先なんだよね。


www.youtube.com

 2曲目の「THE MIND OF LOVE」、これはちょっと、あれ、誰だっけ、ラビ・シャンカールの娘・・・・、そうノラ・ジョーンズだ、そのノラ・ジョーンズっぽい。って、k.d.ラングの方が先なんだけど。


www.youtube.com

 ルーマーを最初聴いたときに、ちょっとカレン・カーペンターみたいと思ったのだが、当然のごとくk.d.ラングもカレンっぽい。やわらかな優しい、そしてめちゃめちゃ歌の上手なアルト系のポップ・シンガーはすべからくカレン・カーペンターっぽいという法則がある。と、これは今思いついた。

 話は脱線するけど、ノラ・ジョーンズもジャズ畑とカントリー系をいったりきたりしているような印象があるんだけど、k.d.ラングもそんな境界線上を軽く飛び越えるような感じがする。ジャンルがどうのこうのではなく、彼女の音楽みたいなものが確立されているみたいな。それだけボーカルに力量があるということだろうか。

 そして3曲目「MISS CHATELANE」、これはもう完璧なキラーチューン。そしてノンジャンルというか無国籍ミュージックみたいな感じ。多分、この曲はヒットしたんだろうなと2021年の現在においてそんなことを思っている。


www.youtube.com

 この他では10曲目、CDの最後を飾る「CONSTANT CRAVING」もオルタナというかフォークっぽい感じでいい。多分、この曲も彼女を代表する曲なんではないかと適当に思っている。

 www.youtube.com

 

このアルバムともう1枚、「all you can eat」もポチった。これもなかなか良いアルバムなんだが、これについてはまたいつか。

東京富士美術館へ行く

 どうも世の中は4連休が始まったようだ。

 毎日が日曜日の身の上の自分にはあまり関係がないことである。週に4回、デイケアやデイサービスに行っている妻からの時々揶揄されることもある。妻にとってはデイケア、デイサービスは仕事みたいなものらしく、前日支度をしながら「明日も仕事だ」などとブツブツ言っている。

 連休中は妻の「お仕事」も休みなので、おさんどんが増える。それはまあ致し方ない。当然、どこかへ連れて行けということになるが、さすがにこの暑さではご近所の散歩も難しい。なので涼しくて、人が少ないところはないかと思い、家から一番近そうな美術館をチョイスする。

 八王子の東京富士美術館は高速道路を使えば30分程度で行けるので、一番最初に思い浮かべることになる。ここの常設展示は今は休館中の西洋美術館に次ぐものがあるのではないかと、密かに思っている。以前、とことん見せますという蔵出し企画をやっていたときにその質、量の高さには目を見張ったことがある。まあ常設展示にどのくらい出品するかは、他館への貸し出しやその時の企画展にもよるのだけれど。

 家を出たのは1時過ぎなのだが、高速道路はえらく混んでいる。関越道は下りがけっこうな渋滞をしている。昼を回っているというのに。そして圏央道はというと、これも青梅あたりから断続的な渋滞が続いている。多分、中央道が滅茶込みでその影響なんだと思う。なので最寄りのあきるのICの手前の日の出ICで降りることにする。あとで調べると中央道、関越道は軒並み40キロ超の渋滞が発生していたという。

 

 そして東京富士美術館である。企画展はというと『岩合光昭の世界ネコ歩き』写真展である。

開催中の展覧会 | 東京富士美術館

f:id:tomzt:20210722144039j:plain

 これはあざとい(笑)。

 東京富士美術館は夏になると子ども向けの企画展を組むことが多い。アニメものだったり、児童文学ものだったり、プリンセスものだったりとか。そんななかでネコを持ってくるのだ。しかもBSで放映されている岩合光昭の「ネコ」である。案の定、駐車場もけっこう混んでいて、美術館至近の坂の上にある駐車場はほとんど満車状態。幸いなことに身障者用の駐車場が空いていたのですぐに入ることができたけど。そして企画展の会場もかなりの人出で、ちょっと密っぽかった。まあ子ども夏休みだし、4連休初日だし、「ネコ」だし、これはしょうがないでしょう。

 これだし。

f:id:tomzt:20210722145958j:plain
f:id:tomzt:20210723092133j:plain
ガゼット♀3才 パリ ©Mitsuaki Iwago

 そしてこれだし。

f:id:tomzt:20210723092129j:plain

オルガのこどもたち♂♀ ベルギー ©Mitsuaki Iwago

 これも。

f:id:tomzt:20210723093345j:plain

©Mitsuaki Iwago

 これも、これも。

f:id:tomzt:20210723093349j:plain
f:id:tomzt:20210723093353j:plain
©Mitsuaki Iwago

 ネコ好きにはたまらないと思うし、そうでなくても多分癒されることは間違いないと思う。特にネコ派でもない自分でさえ、見ていると「う~む、たまらん」という感じになる。この企画展は多分、成功するだろうなとは思った。

 しかしどの写真のネコも表情豊かで、各国の名所を背景に捉えられたその姿はやはりプロのカメラマンの手になるものだと改めて思った。素人のスナップショットとはまったく違う。ネコは当然予想外の行動をとるだろうから、けっこうな確率での一発勝負である。それでもこれだけの構図、それぞれの表情をフレームの中に収めるのはまさしくプロの仕事なんだとは思う。

 富士美にはもう何度も来ているけれど、グッズコーナーの充実度、人出も多分自分が見たなかでも最大級だったと思う。所せましとネコグッズ、岩合グッズや関連書籍があり、多くの方がお求めになっている様子だった。

 

 なかなかまったりのネコに包まれた空間だったが、しょせんはネコである。じっくり、ゆっくり見るという訳もなく、そのまま常設展示の方に以降する。常設展示の奥ではミニ企画として『LOVEイヌ・ネコ写真展』も開催されている。

 東京富士美術館は西洋絵画、浮世絵のコレクションを膨大な量を所蔵しているが、実は写真のコレクションも有名である。有名どころではマン・レイなんかが中心となるのだが、そうしたコレクションからチョイスすれば、イヌやネコのミニ企画もわりと簡単に出来るのだろう。ハリー・エリスやロッテ・ジャコビなどの主にイヌ、ネコを題材にした写真は、岩合ネコとは別の意味でけっこう面白く、興味深いものがあった。

 

 そして常設展である。前回、富士美を訪れたのは2月だったと思うが、そのときとあまり変わっていない感じ。ミニ企画展の関係で、展示スペースも圧縮されているので15世紀前後から18世紀までの作品で2室、イギリス風景画系で1室、印象派から現代絵画で1室という感じで、特に近代以降の作品が少々淋しいものがあった。

 前回にも取り上げたけど、富士美の目玉的名画はいつものように展示されている。

f:id:tomzt:20210722150751j:plain

『煙草を吸う男』(ジョルジュ・ド・ラ・トゥール) 1646年

  先日観た上原美術館の『陰翳礼賛』ではないけど、この作品を中心に16~17世紀の作品、例えばカラヴァッジョ、フェルメールなどなど、まあそこまで大御所ではないにしてもその年代の作品群を照明を落とした展示室で観るというのは面白いと思う。当時の室内は圧倒的な暗さであり、ロウソクの光でようやく浮かび上がってくる壁面の絵というのは、かなり興味深い鑑賞体験になるように思ったりもする。

 

f:id:tomzt:20210722153402j:plain

『海辺の船』(モネ) 1881年

 ここんところ浮世絵版画を観る機会が多いので、どうしてもそういう目で捉えてしまうのかもしれないが、この絵の構図は間違いなく浮世絵のそれだとおもう。前景の船を強調し、背景の建物、雲の配置などには浮世絵のエッセンスが溢れている。

 

f:id:tomzt:20210722151546j:plain

『ローマ、クィリナーレ宮殿の広場』(カナレット)

 都市の風景や祭りの光景を正確に描写する「ヴェドゥータ」(都市景観画)という範疇にはいるもので、ローマに旅行に来た人々に愛好されたという。まあ一種の絵葉書的なニーズとして好まれたのだろう。カナレットはそうした都市景観画の名手で、本作も二点透視図法による遠近表現でまさに着色された写真のような趣がある。

 表現や手法は異なるとはいえ、こうした都市景観画は日本の浮世絵と近似する部分があるように思ったりもする。いずれも旅行の記念であったり、あるいは未だ訪れたことがない観光地を追体験させる効果が期待できるものだったりする訳だ。そういう意味でいえば、都市景観画もまた名所図会であることは間違いないのだと思う。誰か浮世絵の名所図会と都市景観画について論じてくれないかと思ったりもする。もしくはすでにそういう論考があったりするのかもしれないけど。

 

 最後に富士美の名画をいつものように幾つか。

f:id:tomzt:20210722153310j:plain
f:id:tomzt:20210726124800j:plain

 

f:id:tomzt:20210722153439j:plain