KDDI(au)の通信障害について

 携帯電話大手のKDDIは4日、大規模な通信障害が音声通話・データ通信ともに全国的にほぼ回復したと発表した。2日未明の発生から62時間以上かかった。全面復旧については5日夕方をめどに判断する。携帯電話の利用者にとどまらず、生活に身近なサービスにも影響が及ぶ深刻な事態となった。

通信全面復旧、今夕にも KDDI、障害62時間後「ほぼ回復」:朝日新聞デジタル

<経緯-朝日新聞より>

日付 時刻 経緯
2日 01:35am 通信障害が発生
02:52am HPに障害情報を掲載
03:04am KDDI総務省に一報。総務省は早期復旧と利用者への丁寧な情報提供を要請
深夜 総務省が幹部をKDDIに連絡要員として派遣
3日 10:00am 金子総務相が臨時会見、「重大な事故に該当すると認識」と発言
11:00am KDDI高橋社長が会見し謝罪
11:00am 西日本の復旧作業が終了
05:30pm 東日本の復旧作業が終了
4日 07:00am 全国的にデータ通信が概ね回復と発表。音声通話が利用しづらい状況は継続
04:00pm 音声通話・データ通信含め全国的にほぼ回復と発表

 

KDDIのお知らせ>

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 しかし通信障害発生から60時間余、これはさすがに長かった。自分の場合、仕事してないから、ほとんど影響はなかった。基本、家にいてWi-Fi環境にいたから普通にネットは使えた。通話は家族というか、カミさんと連絡取り合うくらいだから実はこれもほんど支障がなかったといえばなかった。

 2日にカミさんが夕方から一人で散歩に行ってしまったときは、さすがに迎えに行こうにも連絡がとれずにまいった。カミさん基本、車椅子なんで一人で出かけたときも必ず迎えに行くので。とりあえず駅前のスーパーまで行って、ネット繋がるのだからひょっとしてと思いLINEで通話してみたら、問題なく通じて落ち合うことができた。

 まあ今時の人なら、これは常識なのかもしれない。というか若い子は通話はほとんどしないで、連絡手段はLINE、ショートメールも通話もLINEというのが普通のようだから、通話ができないでも意外と困らないのかもしれない。

 多分、一番困ったのは電話で仕事をしている人かもしれない。通話できるようになったら早速、保険屋さんが電話かけてきた。そこで少し話した時に、auの不通は支障あったかと聞くと、キャリアがauだったので仕事にならなかったということだった。こういことが全国にあるはずだから、損失は計り知れないかもしれない。とにかく2日半通信手段が遮断されてしまったのだから。

 さらにいえば自分もその一人だけど、高齢者はやっぱり通話できないとなるとオタつくとは思う。自分は少しだけネットとかの知識があるから、状況把握とかできる方だとは思うけど、そういうのに疎い人はやっぱりショップとかに言ってしまうかもしれない。これを情弱と批判することはできないと思う。

 KDDIの対応については、社長が技術屋さんあがりだかで、記者会見での説明が良かったとかいう声がネットでは盛んに上がっていた。たしかに理路整然としているけど、自分なんかからすればなにか他人事っぽい感じがした。技術屋さんによくいるタイプだな。本人は誠実に状況を説明しているつもりだし、実際そのとおりなんだろうけど、なんていうか「申し訳なさ」みたいなものが欠けてみえるのね。

 スライドを使って説明も判りやすいといえばそうなんだろうけど、途中で本人も口すべらして「プレゼン」と言ってから訂正してたけど、もう一から十までプレゼンなんだよね。技術的な状況説明も必要だけど、それだけじゃないように思ったりもする。

 実際のところ、社長が技術面をすべて把握してエラいみたいに評価されるけど、そのへんは横に座っている技術担当役員に説明させればいいのであって、社長はハードではなくソフト面について、あるいはユーザーへの説明、社会インフラ事業のトップとしての社会に対しての説明なり謝罪を重視すべきだと思ったりもする。

 自分の拙い経験でいうと、会社のシステムが止まったときの対応についていえば、システム屋に対応を依頼、原因の把握と復旧等についての大まかな予定の確認、そして何よりも顧客にどう説明するかなんだな。自分はコールセンターとか運営していたこともあるので、システムダウンによって受発注業務ができないとか、そういうことの文言を作ってオペレーターに徹底させる。文言は時間単位で変わるし、オペレーターでは済まない顧客にはもちろん対応もする。そういう点では技術的なことよりも、いつサービスが復旧するか、通常化できるかをおおまかに説明できるかどうかだと思ったりもする。

 今回のKDDIは、復旧作業が終了とアナウンスしながら通話できない状況が1日以上続いた。その間も一貫して以下のようなアナウンスである。

全国的にデータ通信を中心として徐々に回復しているものの、ネットワーク試験の検証中につき、流量制御などの対処を講じているため、音声通話がご利用しづらい状況が継続しております。

 これ音声通話に関していえば、ずっと「ご利用しづらい状況」ではなくて、「ご利用できない状況」だったと思う。自分の場合は4日の午後2時くらいまではずっと通話不可の状態が続いた。これって復旧作業は終了したけれど、流量制御のためまだ「利用できない状況が継続していますがじょじょに利用できる状態に回復しています」ではないのかと思ったりもする。

 ようは悪い状況説明していて、それで通話できるようになればユーザー的には御の字みたいな心理的な部分あるのではと思ったりもした。「KDDIのアナウンスだと、まだダメっぽいけど、うちは回復したね」みたいな。

 もう一つ今回のことで思ったけど、IT技術屋さんたちの専門用語は一般ピープルには伝わらないとは思った。なんだよ「輻輳」って。まあ調べれば「アクセスが集中」とか「トラフィックが集中」とかそういうことなんだろうけど、だったらそういえばいい。しかし「輻輳」ってねえ。思わず広辞苑調べちゃったよ。

輻輳(ふくそう)

(輻(や)が輳(こしき)に集まるの意)

方々から集まること。物が一か所にこみあうこと。

広辞苑』第6版

 ちなみに輻(や)とは車輪の中心部から輪に向かって放射状に出ている棒。輳(こしき)は集まるの意らしい。

 輻輳って英語だとconvergence(コンバージェンス)のことらしい。その訳だとしたらちょっと頭が悪いというか、IT用語を翻訳したどこかの誰かは明治の西周みたいに優秀じゃなかったんだろうなと適当に思う。普通に「集中」「殺到」でよかったのではないかと。もしくはこれだけ国際化してきているのだから、無理やり古風な言葉に翻訳しないで、そのままカタカナで「コンバージェンス」でも良かった。こういうのは例の「冗長」とかあのへんで困った経験がある。

 大昔、勤めていた会社でシステム障害があって1日業務が止まったとき、対策として技術屋さんが提案したのが冗長化だったかな。この場合の冗長は多重化という意味で、ようは同じ機器をもう1セット用意して同じように運用させて、なにか障害があったらいつでも切り替えできるようにするみたいな話だった。とりあえず安心、安全のためバカ高いルーターだのなんだのを買うことになった。中小零細なのに三桁くらいはかかった記憶が。

 さらにいえばパソコンやってる人にはお馴染みの巡回冗長型エラーとかもね。表示されるエラーメッセージがCRCエラーで、調べると巡回冗長型エラーでますますわからなくなるというあれだな。

 冗長も普通にリダンダンシーでいいと思うし、日本語化するなら普通に多重化でいいじゃないかと思うのだが、なぜかITは横文字からいきなり意味不明な漢語になり、とにかく技術屋さん以外には意味不明な呪文になっていく。それでいて、技術屋さんはそんなことも判らないで俺たちの仕事じゃまするな的なオーラー出してくるから困るんだけど。

 まあ今回のことで、通信が社会的インフラとして大きなウェイトを占めていることを確認できた。そのうえで思うのだが、電気、水道、ガスにとともに通信という社会的インフレを民間事業者が担ってもいいのかということも考えていく必要があるかもしれない。電気だった、例えば原発のシビアアクシデントが起きたら、賠償にしろ事故対応にしろ、避難やらなんやらを民間事業者だけで対応するのは困難であることを、我々は11年前の事故で体験済みである。民間の通信事業者だって、いつなんどき過酷な事故が起きるわからないし、テロだのなんのだってけっして想定外じゃすまされないと。

 ネット社会は今後も一層加速化していくことは間違いないのだろう。通信インフラになにかあったときへの対応、国レベル、社会レベル、個人レベル、いろいろ考えないといけないし、多分遅れているはずの法整備も進めないといけないのかもしれない。

 

 繋がらない間に、いろいろぶつぶつとツィートしたことを見返してる。まあ基本、笑かしだしつまんないこと言ってるなとは思うが、一庶民のくだらない記録も考現学的にはありかもしれない。まあないけど。

2日 03:55pm 家でWi-Fiだから気がつかなかったけど、KDDIの障害かなり深刻だ。しかしなんか説明あったの?
08:16pm KDDIの株価、どのくらい下がるのだろう。指値で買い出してるやつが怪しいとか、くだらないこと考えた。
08:56pm 散歩に出かけたカミさん探しに行ってようやく落ち合えた。途中で試しにLINE通話して繋がった。LINEエライ。
08:59pm KDDIの障害、これだけ大規模なのにあまり騒いでない印象がある。なんか緘口令的ななんかあるの。
09:56pm au相変わらずアンテナ立たないね。そのうち通信機能のないサービスにするのでは。 「通話は?」 「LINEがあるでしょ」
11:09pm みんな繋がるようになってもウチはダメで、故障してたとかいうオチはないこと祈りたい。
11:11pm KDDIが原因は猛暑のせいと言ったら、なんとなくそれじゃ仕方ないなと納得するかもしれない。
3日 12:13pm まだau復旧してないのか。タイムラインも、なんか復旧にあたってる人への労いたか、au頑張れみたいなのがあって笑える。物分かりの良いユーザー多くてよかったね、au
05:58pm auまだアンテナ立たない。 復旧したら、#おめでとうau とか、#ありがとうau みたいなタグが出来るんだろうか。
08:29pm 相変わらずauのアンテナ立たないんだけど。なんかなし崩しに通話サービス終了とかないよね。
4日 12:29am au復旧してない。自分のはアンテナまったく立ってない。カミさんのはアンテナ立ってるけど繋がらない。社会インフラがこんな脆弱なままでいいのだろうか。
02:54am auの障害で、社会インフラをもっと有難がれみたいなツイート見るけど、なんか違う。技術屋さんからすれば、障害は日常茶飯であり得ることであっても、売る会社も、利用するユーザーもそんな説明しないし、受けてない。情弱扱いする技術屋の奢りみたいなこと感じる部分ある。
03:00am 昔からシステム屋さんや技術屋さんは、専門領域詳しいけど、説明下手多かったし、何より人間が担ってる業務全般への無理解が際立っていた。こうすりゃ簡単ですって言われても、顧客や取引先との関係では、簡単に出来ないことの方が多い。社内システムとか導入した時の拙い経験だけど。
10:08am KDDIは社長の会見説明、復旧にあたった技術陣、みんなよくやっている。障害3日目でも以前アンテナが立たず、通話が出来ないこと以外は。
10:43am 復旧作業終了、音声繋がりにくいは、楽観的かつ現実に即していないような。現に通話出来ない状況続いているのにね。復旧作業中、5日程度繋がりにくい状況続くぐらいのアナウンスの方がいいように思う。早まればいいだけなんだから。
11:39am 社会インフラを民間企業に任せていいのかという問題もありそう。水道、電気、ガス、通信とか。何かあった時に事業者任せで耐えて忍ぶ。まあそれも自己責任か。
11:52am いろんな仕事経験したけど、コールセンターの責任者みたいの10年くらいやった。一番拗れたクレームが回ってくるやつ。「これ以上おっしゃられると警察に通報させていただきます」みたいなの。システム障害とかで通常対応出来ない時もまあ大変。技術屋さんもシンドイけどユーザー窓口もキツいんだな。
12:04pm #au復旧してない 通話がしづらい状況、ここに期間を設定するか判断すべきか。最大3日とか5日程度とか。社会インフラとしては必要だと思うし、信頼性にかかわってくる。「わかんないよ」と居直れないと思うけど。
12:17pm 通信って民間事業者に任せていいのかしらね。なんか不安になってきた。
02:17pm どうやらau復旧したみたいで、通話okになった。通信障害60時間か。歴史に残るか、すぐに忘れらるか。
03:17pm 通信事業者の危機管理とかバックアップ体制をどうのこうのと言うより、個人でリスク回避のため複数キャリアの端末もつ必要とか、そういう自己責任論が出てくるだろうか。

 

東京富士美術館へ行く

ホーム | 東京富士美術館

 家から一番近い美術館(車で)、東京富士美術館に行って来た。

 現在、開かれているのは「ムーミンコミックス展」。

ムーミン童話の原作者トーベ・ヤンソンによるムーミンコミックスは1947年にスタート。1954年イギリスの「イブニング・ニューズ」紙で連載が始まり、弟ラルスの協力を得て、20余年にわたり続きます。
本展ではムーミンコミックスにスポットを当て、日本語未翻訳となっているストーリーやコミックスだけに登場する個性的なキャラクターの設定画やスケッチ、原画など日本初公開となる280余点を紹介いたします。

 6/18~8/28までの開催で夏休み、子ども向けイベントというところか。富士美は夏には、こういう企画が多くてこれまでにもピッピ展とかプリンセス展とかやっている。ムーミンについては、富士美ではないがムーミン展、トーベ・ヤンソン展などが、数年おきに開かれている。どこかでその手の展覧会を観た記憶があるのだが、はっきり覚えていない。

 ムーミンは特に嫌いでもないが、あまり関心もない。なのでこの企画展は流す感じで15分程度できりあげた。コミックの原画もじっくり観ると面白そうなのだが、到着したのが3時少し前だったので、正味2時間、出来ればじっくり常設展示を観たいと思った。

 こちらがあまり知らないだけで、富士美の常設展には何気に凄い作家の作品が多数ある。まず入ってすぐ右側にはヴェネツィア絵画の基盤を作ったといわれているジョヴァンニ・ベッリーニ

「行政長官の肖像」 (ジョヴァンニ・ベッリーニ

 ジョヴァンニ・ベッリーニ(1430頃~1516)。父ヤコブ、兄ジェンティーレとともに画家一族をなし、光と色彩の精妙で複雑な描写によって抒情性のある絵画を描き、ヴェネツィア派を形成するきっかけとなったという。彼の工房からジョルジョーネ(1476/78~1510)とティツィアーノ(1488/1490~1576)が出ている。

「山岳風景」(アルブレヒト・アルトドルファー)

 アルブレヒト・アルトドルファー(1480頃~1538)は、ドナウ川流域で活躍した「ドナウ派」を代表する画家のひとり。緻密な描写と巧みな遠近法表現の調和、人物とその背景の風景の構成方法に独創性を発揮した。アルトドルファーはクラナーナハらの作品から風景描写が独立する可能性を見出したとされ、宗教改革によって聖像の価値が低下し聖像破壊運動が起きる時代的背景のなかで、最も早くに風景画を手掛けた一人。

 

リナルドとアルミーダ」(ニコラ・ミニャール)

 17世紀フランス宮廷画家。弟のピエール・ミミャールは当時のフランスを代表する画家の一人。

ヘラクレス・エピトラペジオス(卓上のヘラクレス)」1-2世紀(ローマ時代)

 ギリシア時代の著名な彫刻家リュシッポス(前4世紀~末)の模刻品。リュシッポスは1500点もの作品を制作したとされているが、現存するものは一切なく、現在はローマ時代の彫刻家によって模刻された作品(ローマンコピー)があるのみ。これもそうした模刻品の一つ。 

「ジョフラン夫人」(ジャン=マルク・ナティエ)

ジョフラン夫人 | ジャン=マルク・ナティエ | 作品詳細 | 東京富士美術館

 ナティエはロココを代表する肖像画家。貴族の夫人を多く手掛けており、富士美にももう1点同じような構図の作品があったと思う。この手の作品はパターン化されているのだろうけど、ドレスのドレイパリー表現などきわめて魅力的。

 マイヨールは女性の裸体像を唯一のモチーフとしたという。いわれてみればけっこうあちこちの美術館でのマイヨールの作品を目にする。この作品も何度も目にしているが、よく観てみると本当に美しい作品。近代ヨーロッパの彫刻はロダンブールデル、マイヨールを押さえておけばいいかなと思っている。まあニワカの自分にとってはという註釈付きになるけれど。

「春」(マイヨール)

マイヨール越しのマネとルノワール

同じくマイヨール越しのモネ、ピサロ、ヴーダン

「散歩」(マネ)

「ヴァイオリンのあるマルト・ルバスクの肖像、サントロペにて」(ルバスク

「画家のアトリエからの眺め」(アンリ・マルタン

華麗なる激情

 久々に観た。子どもの頃にテレビで観て妙に印象深く記憶に残っていた映画だ。その後、もう一度観たいと思ってはいたのだが、レンタルのビデオやDVDもなくそのまま忘れていたのだが、多分10年くらい前にどうしても観たくなりAmazonで検索してDVDを購入した。

 ルネサンス期の天才ミケランジェロの芸術的苦悩を映画化した映画である。彫刻家を自認するミケランジェロ教皇ユリウス二世に強制されて取り組むシスティーナ礼拝堂の天井画の制作過程を描いている。

華麗なる激情 (映画) - Wikipedia

 ミケランジェロを演じるのはチャールトン・ヘストン。「ベンハー」「十戒」「エルシド」などから史劇俳優のイメージ、また「地上最大のショー」「北京の55日」など大作映画、「猿の惑星」「ソイレント・グリーン」のSFなど幅広い役を演じた。60年代のハリウッドを代表する男優スターだ。晩年な全米ライフル協会の会長に就任、マイケル・ムーアにおちょくられてその頑迷さ映像化されてたりした。

 どちらかというとアクション系に強く、演技派ではないチャールトン・ヘストンミケランジェロどうかという部分もなきにしもだが、史劇を得意とする人だけに無難に演じている。

チャールトン・ヘストン - Wikipedia

 ミケランジェロに対峙するユリウス二世役はレックス・ハリソン。もともと舞台俳優で演技派俳優、この映画の前後は、「マイ・フェア・レディ」、「三人の女性への手紙」「ドリトル先生の不思議な旅」などに出演とハリウッドであぶらののった活躍してた時期でもある。

レックス・ハリソン - Wikipedia

 そして監督はあの「第三の男」のキャロル・リードである。正直、リードにしてはやうや凡庸な演出といえなくもないけど、きちんとミケランジェロとユリウス二世の葛藤劇としてまとめるなど職人的な演出だ。

キャロル・リード - Wikipedia

 役者の演技という点でいえば、チャールトン・ヘストンに過剰な演技もレックス・ハリソンの教皇という重厚な役どころを飄々と人間味たっぷりに演じるそれに正直くわれているように思う。こと演技という点ではレックス・ハリソンのほうが数段上だ。この映画はオスカーの受賞はなかったが、もし男優陣がノミネートされるとすれば、チャールトン・ヘストンよりもレックス・ハリソンだったかもしれない。ちょうどシドニー・ポワチエの主演映画だったのにオスカー主演男優賞をロッド・スタイガーが受賞した「夜の大捜査線」みたいな風に。

 二大スターの共演による映画だが、この映画の主役は実はミケランジェロの作品である。冒頭に10分程度、ミケランジェロの作品が紹介され、ナレーションと共にミケランジェロの生涯が説明される。このへんが教養映画というか、これから始まる映画の予備知識ですよみたいな感じである。この時代にはこういう演出わりとあったなと。ついでにいえばこの映画140分程度の映画なのに、途中できちんとインターミッション(休憩)が挿入される。こういうのも60年代映画的だ。

 話を戻すが、二大スターとともにスポットがあたるのはミケランジェロの傑作であるシスティーナ礼拝堂の天井画である。実際の制作期間は4年というが、あの巨大な天井画をいかにして天才ミケランジェロが描いていったかが克明に表される。そう実はこの映画の主役はシスティーナの天井画である。

 システィーナ礼拝堂バチカン宮殿にある礼拝堂でサン・ピエトロ大聖堂北隣に位置する。ミケランジェロの天井画や「最後の審判」を描いた祭壇画などが有名。教皇選出の会議を行うコンクラーヴェが行われるところでもある。決まるとなんか煙がでるところですね。建物全体が、ミケランジェロの絵を含め素晴らしい、荘厳な芸術作品のようなところで、実際に行った友人とかは、「凄いよ、一回いけば」と気軽に言ってくれる。ローマは遠いよ。

 とはいえ、システィーナ礼拝堂が実際どういういものかは、実は日本にいても体感できる。これまでにも何度も書いているけど、鳴門にある大塚国際美術館には複製陶板画による原寸のシスティーナ・ホールがある。複製陶板画というと、「しょせんまがい物でしょ、コピーでしょ、猿真似だよ、オリジナルじゃないと」、そういう反応が割と楓通にあるけど、行ってみればわかる。あれは凄いし、日本国内にいて天才ミケランジェロの作品を目の当りにできる。

大塚国際美術館|徳島県鳴門市にある陶板名画美術館

システィーナ礼拝堂天井画完全再現の意味|大塚国際美術館の特徴|大塚国際美術館 - 四国

 これも何度も書いているけれど、大塚国際美術館には通算すると12~3回は行っている。なのでシスティーナの天井画については同じくらい観ていることになる。なのでオリジナルを1回か2回みた人よりは、実はあの荘厳かつ優美にして劇的な絵について語れる、凄さがわかる。そしてあの絵をほぼ一人で作り上げたミケランジェロの偉大さもわかる。そのうえでのこの映画「華麗なる激情」である。

 この映画の原作はアーヴィング・ストーン。アメリカの伝記作家、小説家である。ミケランジェロを題材にしたこの作品以外でも、割と有名なのはゴッホを扱った「Lust for Life」がある。これも映画化されていてカーク・ダグラスが演じた。邦題は「炎の人ゴッホ」。チャールトン・ヘストンと同じく史劇やアクションが得意なカーク・ダグラスゴッホを演じているところなど、割と共通点多いかもしれない。この映画もけっこう好きでDVDを持っていてときどき観返している。ゴッホのオリジナルをそのまま映像化させるなど、ヴィンセント・ミネリの映像表現が巧み。画家を描いた伝記映画の中では多分最良の作品かもしれない。

炎の人ゴッホ - Wikipedia

 この映画ではゴーギャンを演じたのがアンソニー・クイン。登場場面はさほど多くないがきわめて印象的。クインはこの映画でアカデミー賞助演男優賞を受賞している。

 「華麗なる激情」でミケランジェロを演じたチャールトン・ヘストンとユリウス二世を演じたレックス・ハリソン。「炎の人ゴッホ」でゴッホカーク・ダグラスゴーギャンアンソニー・クイン。助演が主演を食っているという点も二つの映画、共通点があるかもしれない。

 久々に観た「華麗なる激情」はけっこう面白かった。実をいうと今受講している通信大学の西洋美術史で7月から始まるヨーロッパ2の冒頭が、盛期ルネサンスで最初の1章がミケランジェロだったりする。予備知識つけようと思って、棚から引っ張り出してみたというのが本当のところでした。

 まあ西洋絵画好きの人にはお勧めの作品だとは思う。アマプラ、Netflixとか配信系では見当たらないのでDVDを購入する以外にはないのかもしれない。自分が買ったときはもっと安かったけど、今はそこそこするみたいでちょっと躊躇するかもしれないけど。

IpodとONKYOがなくなる日

 これもいささか旧聞に属するのかもしれないが、一週間近く前くらいの新聞記事にちょっと驚いてしまった。

iPodが生み、壊したものとは 終焉まで20年、激変した音楽文化:朝日新聞デジタル

携帯音楽プレーヤー・iPodが、在庫限りで販売を終了することを、先月アップルが発表した。初代iPodが出たのは2001年。「自分の持っている音楽を持ち運べる」という音楽ファンの夢をかなえたが、この20年間で音楽視聴のあり方は急激に変わった。音楽文化において、iPodが作り、壊したものは何だったのか。改めて考える。

 1979年にソニーが発売したウォークマンは、家の外で音楽を聴くという新たな文化を世界中に生み出した。

 それから20年。カセット、MD、CDウォークマンに加え、MP3プレーヤーも市場に出回り始めた群雄割拠の時代に、後発のiPodは世に出た。容量は5ギガバイトで、1千曲が入るとうたわれた。

 Ipodが在庫限りで在庫終了という情報は気がついていなかった。検索してみると確かに5月11日にニュースが流れていた。

アップル、iPodの販売終了へ 21年の歴史に幕 - BBCニュース

iPod touch販売終了で「代替機をどうすれば?」ユーザーたちの切実な悩み(マネーポストWEB) - Yahoo!ニュース

 そしてもとの朝日の記事にもリンクがあったが、同じ5月にオーディオ機器メーカーONKYOが自己破産を申請している。

名門オンキヨーはなぜ敗れたのか 「超松」と「梅」だけが残った:朝日新聞デジタル

ピリオド打った“ONKYO” | NHK | ビジネス特集

 これらのニュースは自分自身の音楽を聴くという行為に直結している。そして今後、音楽はどうなってしまうのだろうという不安、危惧といった思いが巡る。

 記事にもあるとおりIpodの登場は画期的だった。iTunesとともに出現したポータブル・プレイヤーは音楽を聴くという行為を一変させ、同時に音楽産業を大きく変えてしまった。初代Ipodは1000曲を持ち運びどこでも聴くことができる。その後に出得たiPod classicは160ギガと大容量でゆうに1万曲を以上が保存できた。自宅の音楽コレクションをすべて持ち歩くことができ、いつでも好きな所で聴くことができた。

 その画期的な携帯プレイヤーもiPhoneの登場によって大きく変化した。今、音楽にしろ動画にしろ、ネットワークからの配信によって享受するようになってしまった。もはやコレクションする意味は失われ、すべてはサブスクによってスマホで事足りるようになった。

 技術進歩のあまりの速さ。

 Ipodの2001年、まさに21世紀と共に登場した。それからわずか21年で販売終了、短い命の終焉である。

 Ipodは自分のような音楽の聴き方、レコードやCDのコレクターにとっても画期的な商品だった。最初に16ギガのiPodシャッフルを買ってからいったい何個のiPodを所有したことか。今でも一応電源が入り使えるものをざっと書き出してみる。

Ipodシャッフル  第1世代(実はまだ使える)

Ipodシャッフル  第2世代(最近見ないがどこかにある)

Ipodシャッフル  第4世代(自分と妻用2個ある。もちろん使っていない)

Ipod nano16ギガ  第4世代(ジムでよく使っていた。最近見ないがどこかにある)

Ipod nano 8ギガ   第4世代(妻の部屋のオーディオに挿している、使われた形跡ない)

Ipod classic 160ギガ 世代不明のが3個。うち2個は256ギガのフラッシュメモリに換装

※このうち2個は自室とリビングにあるONKYOのCR-N755に接続していて日常的に使っている。

Ipod touch 第3世代か4世代の32ギガと64ギガをそれぞれ。持ち歩くときに使用。

Ipod touch 第6世代 128ギガ 

※去年車を買い替えた際に、それまで接続していたiPod classicが使えないことがわかり急遽購入。

 う~む、12個くらいあるのか。Ipod classicはだいたい中古を購入しているのだが、これ以外に開腹した時に壊したのが2個くらいあったかもしれない。しかし手持ちのiPodがほとんど問題なく使えるところが凄すぎる。今、初代Ipodシャッフルを充電してみたら普通に再生できた。あまり記憶にないのだが、英会話の専用機として利用していたみたいでスピードラーニングが入っていた。

 そしてONKYOの自己破産。こちらもIpodの登場とともに家庭での廉価なオーディオ機器の需要がなくなったこと、そしてCDの衰退とともにCD再生機の不要となり、とどめはやはりサブスクということなんだろう。

 Ipodの登場とともにIpodを接続して自宅でオーディオとして利用できる機器も出していたがそれも下うち。Ipodの販売終了が発表された同じ5月に自己破産となった。

 ONKYOというと、ライバル企業のpioneerと合併だか吸収したということもあった。結局日本ブランドのオーディオ企業が終幕を迎えたということか。

 しかし、今自分がメインで使っているのは、20年以上前のpioneerのFILLシリーズ。これが自室と確か和室にある。そして前述したネットワーク・CDプレイヤーのCR-N755が自室とリビングに一つずつ。だいたいがこの手のオーディオは中古で購入して、不具合でたら修理してを繰り返し、まあだましだまし使ってきている。

 CDはもう数えるのはやめてしまったけど、多分千枚以上あるんだろうな。ほとんどがiTunesに入っていて、Ipod Classicに入れてある。それをオーディオに繋げて聴いているので、CD自体を聴くことも少なくなっている。レコードはほとんど捨てたので多分100枚以下のはずだ。

 音楽をコレクションする、所有するというのは、なかなかレコードを変えない貧乏な時代を過ごしているので、ある種の性、性癖のようなものになっている。最初はレコード、それをCDに買い替えてを繰り返し、それらをIpodに入れて持ち歩く。自宅にいるのと同じ量を車の中で自由に聴く。そうやって21世紀の日々を過ごしてきた。

 でもこと音楽に関しては、そうした所有するという文化は多分、自分らの世代で終わるのだろうと思う。子どもたちは普通に音楽をスマホで聴いている。サブスク、あるいは無料のYouTubeで聴いている。それで事足りているいるようだ。もはや音源を持ち歩く必要もないのだろう。

 自分たち老人も新しい文化に順応する必要があるのだろうか。もちろんEcho Dot だってもっている。「アレクサ、ボサノヴァかけて」「アレクサ、トッド・ラングレン」とか試したことはある。でも、すぐに飽きた。サブスクでヒットチャート50とかを聴くとういうのも試したことある。でもああいうのは、大昔の感覚でいえば有線放送みたいなものだ。ノンストップで流し聴きするBGMとしては最適かもしれない。

 でもね、たとえBGMにしたって何を聴くかをクラウドの誰かに依拠するのはなんとなく違うような気がする。音楽くらい自分の意思で何を聴くか決めたいみたいな矜持、いやただの頑固な妄言かもしれないか。

 何年か前に友人がインターネットラジオがいいよと勧めてくれた。あれもストリーミングされた音楽を聴くにはいいようだし、様々なジャンルの音源放送が聴ける。ちょっと検討したけど断念した。Ipodがあるし、手持ちのCDもあるしという気持ちが勝った。

 そして今、Ipodの販売終了、ONKYOの自己破産という現実を目の当りにしている。とりあえず手持ちの機器と中古市場で乗り切れそうな気もしないでもない。もう若くはない。音楽をきちんと自分の意思で聴けるのはせいぜいあと10年と少しのことだろう。だましだまししていけば、今の手持ちと中古での買い足しでなんとかなるかもしれない。

 多分、これからの音楽環境はというと、スマホでサブスクか1000曲くらい放り込んでおくで携帯プレイヤーはなんとかなるのだろう。現に手持ちのiPhoneにだって千曲くらいは入っているはずだ。あとはそうだな、ネットワークオーディオの安いのがあれば10年くらいはイケるかもしれない。いまさらNAS入れて自宅でネットワーク化し、音楽や映像をどの部屋でも楽しむとか、もうそういうのはいらないような気がする。ある意味物欲を潰えつつあるから。

 それにしてもIpodの終焉はちょっとした驚きである。実働21年かそこら。それだけ技術の進歩、世の中の流れが加速化しているということ。

陽だまりの彼女

 山下達郎の「光と君へのレクイエム」を聴いていて、この曲が主題歌だったこの映画が無性に観たくなった。2013年の映画である。

 この映画は観ていないけれど一応知っている。原作小説も知っている。確か買った記憶もないでもない。でも読まず仕舞だったか。お話はなんとなく知っている。猫の話だね。

 さらに記憶をたどれば高校一年だった子どもに本はあげた。子どもは嵐のファンだという友だちと一緒に映画を観に行った。友だちは主演の男優のファンだったから大満足だったけれど、子どもには今一つだったとかなんとか、そんな感想を聞かせてくれた。リアリティに欠けるし、ファンタジーとしては今一つみたいな感じだったか。

 今回、ひょっとしてと思いAmazonプライムで検索すると簡単に出てきた。便利な時代だ。映画的には可もなく不可もなく、多少のダレ場もあるもまあ普通に観ることができた。上野樹里はキレイだし、松本潤もチャーミングだった。こういう映画は主人公の美男美女がきちんとキレイ、生き生きと活写されていればいい。そういう映画だ。

 映画はとことんお伽話である。甘いしすきも、突っ込みどころもある。それがどうした。誰も死なない(人間は)。男と女が寝ない(そういうシーンはない)。それだけで青春映画として成立している。上野樹里松本潤の表情がいい。それだけで多分成立する映画だ。もう別にネタバレだのとかそういうものも必要がない。そういう映画じゃない。

 ラストは新たなハッピーエンドを予感させて終わる。そしてまた哀しい別れが訪れる予感。でも、また新たな出会いが。多分そのストックはあと7回くらい予定されている。

 映画のラストでこの映画のテーマ曲でもあるビーチ・ボーイズの「Wouldn’t It Be Nice」が流れる。画面には歌詞が字幕入りで映し出される。そこで終わりかと思いきやエピローグが挿入され上野樹里らしき人物が猫を抱いて登場する。スクリーンプロセスからすれば顔は映さないで終わるはずなのだが、きちんと彼女のアップが映される。これだから今時の映画は・・・・・・。でも、上野樹里のアップはとびきり美しいからとりあえず許す。と、カメラはカットバックして松本潤のアップを映す。彼のちょっとはにかんだような表情。そこで終わる。そう、この映画は松本潤の映画だったのだ。

 そしてエンドロールとともに山下達郎の「光と君へのレクイエム」が流れる。これはもう予定調和みたいなものだ。

 それなりに良い映画だったとは思う。きちんと観た。でも2時間8分の映画よりも、ラストの2曲、ビーチ・ボーイズの「Wouldn’t It Be Nice」と達郎の「光と君へのレクイエム」の方が実は感動的だったりもする。これは別に映画をdisっているのではない。えてして音楽と映像やテキストとの相関ではよくあることだ。何万字で語ろうが、美しい映像を流しても、わずか2分程度の楽曲がすべてを語り尽くしてしまう。それが音楽の魔力でもあるのだ。

 山下達郎はこの映画のための書下ろしとして「光と君へのレクイエム」を作った。愛する者を失った喪失感、惜別の情、そして再生。この映画と原作のもつテーマ性を十分に理解し、それを体現し、ひょっとしたら凡庸な原作を超える普遍性を意識したのかもしれない。そこに2011年を契機とするものがあるかどうか。2013年という年の日本は、大いなる喪失とそこからの再生というテーマをそれぞれが抱えていたような気がする。


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山下達郎~Softly

 友人が誕生日のプレゼントにくれた。持つべきものは友である。

 山下達郎の11年ぶりの新譜である。ベスト盤とかではなく、69歳にして現役かつ第一線で活躍する彼の新譜である。とはいえ収録15曲のうちこのアルバムのために書き下ろされた新曲は、「LOVE’S ON FIRE」、「人力飛行機」、「YOU(ユー)」の3曲。あとはすでにシングルとして発売されたり、ドラマや映画の主題歌、CM等で発表されたものの収録である。もちろんそれらはすべて発表時そのままではなくリミックスされている。さらに初回特典として2021年12月3日にレギュラー番組『サンデー・ソングブック』の放送1500回記念として行われたアコースティック・ライブから7曲収録されている。

 通して聴いた感想は一言でいえば、2022年という年に山下達郎の新譜に接することがある種の僥倖に思えるという感じだろうか。そして聴いていると自然と彼のキャリアに対するなんとなくなオマージュを覚える。そんな気分だ。

 山下達郎は1953年生まれの69歳。自分とは3つ違いだ。彼のことはシュガーベイブ時代から聴いている。深夜放送などでよく流れてきた。林美雄や馬場こずえのパック・イン・ミュージックあたりで時々かかっていたような気がする。林美雄はとっくに鬼籍に入ってしまったけど、馬場こずえはいまどうしているのだろう。

 それ以来、達郎はほぼ同時代的に聴いてきた。レコードが出るたびに必ず買うということこはなかったけど、だいたいは聴いていたような気がする。当時はレンタル・レコード店なんていうのもあった。ヒットした「Ride on time」はシングル盤を持っていたような気がする。記憶を辿ると新卒でローンで高いオーディオを買ったときに、とりあえずシングル盤で達郎の曲を聴いたような記憶がある。あのオーディオはデンオン(まだDEONとはいってなかった)だったか。80年代初頭に20万以上したような記憶も。

 本格的にCDを買い出したのはライブ盤「JOY」(1989年)が出たあたりだったか。そのへんからそれまでのアルバムをCDで集め出した。

 基本的に洋楽指向で、ポップスやロックはビートルズ、ウェストコーストのCSN&Y、サザン・ロックなんかをメインに聴いてきた。あとはジャズをハードバップ中心に。そういう意味じゃ日本のポップスでまともに聴いてたのは達郎とユーミンくらいだろうか。ユーミンはとっくに卒業しちゃったけど、達郎だけは延々聴き続けている。

 2013年に一度だけ達郎のライブに行ったことがある。それまでも「JOY」を聴いてたので、達郎のライブのクオリティの高さは知っていたけど、実際に聴いてみると本当にレベルが高かった。そして時間もゆうに3時間を超える。ちょうどその頃に、ポール・マッカートニーが久々来日公演して、5人だけの演奏で2時間以上の長丁場を聴かせるパフォーマンスに感動したものだが、演奏の質という意味では山下達郎ははるか上だったかもしれない。まあこのへんは比較的小ぶりなホールと東京ドームの違いというのもある。

 とにかく山下達郎とそのグループの演奏のクオリティの高さは、日本のポップス、ロックシーンにあってはちょっと比類なき存在みたいな感じだった。あれはまあいってしまえば、第一線のジャズ・ミュージシャンのパフォーマンスみたいな職人気質的なところじゃないかと思う。

 そうやって長年聴いてきたうえで改めて聴く今回のアルバム。打ち込み系が多く、バックバンドの演奏によるものは4~5曲くらいだったか。人によっては打ち込みよりもバンドとやったものの方がいいという意見もあるようだが、自分的には断然打ち込み系の方が気に入っている。それは達郎がトータル・サウンド・クリエイターであることの証だと思っている。思えば達郎はごくごく初期の頃から打ち込みやっているはずだ。80年代のどこかのアルバムにPC-9801なんて文字があったのをなんとなく覚えている。

 打ち込みは山下達郎の職人的な音作りがもっとも発揮できるのではないかと思ったりもする。もっともそれをバンドにアレンジしてきちんとライブでやるところも凄いところだ。

 基本ミーハーなので昔からの山下達郎的なサウンドが好きである。なので今回のアルバムでも例えば5曲目「 CHEER UP! THE SUMMER」、「光と君へのレクイエム」なんかが気に入っている。特に「光と君へのレクイエム」、2013年公開の「陽だまりの彼女」の主題歌らしいのだが、ちょっと油断していると目頭が熱くなるようなそんなキラー・チューンだ。多分、愛する人を失ってしまった残された者の思いを歌ったものだ。

 この歌はなんていうんだろう、自分らとかもうちょい上、あるいは後期高齢者に入ろうとするような人には切実なテーマかもしれないと思ったりもする。少しずつ交流のあった者が一人、また一人と亡くなっていく。喪失感と逝ってしまった人々への鎮魂。そんなことを思うのは、多分自分が老齢期に入っているからなんだろうな。

 何度でも書くけど、2022年の今、山下達郎の新譜をこうやって聴くことができるのは一種の僥倖だと思う。まだ我々の世代には、山下達郎がいる。

<収録曲>

01. フェニックス [2021 Version] ~NHK「未来へ17アクション」テーマソング~
02. LOVE'S ON FIRE
03. ミライのテーマ ~映画「未来のミライ」オープニングテーマ~
04. RECIPE (レシピ) ~TBS日曜劇場「グランメゾン東京」主題歌~
05. CHEER UP! THE SUMMER ~フジテレビ系ドラマ「営業部長 吉良奈津子」主題歌~
06. 人力飛行機
07. うたのきしゃ ~映画「未来のミライ」エンディングテーマ~
08. SHINING FROM THE INSIDE ~エステティックTBCTV-CMソング~
09. LEHUA, MY LOVE ~「JAL HAWAII Style yourself」篇CMソング~
10. OPPRESSION BLUES(弾圧のブルース)
11. コンポジション ~NHKドラマ10「第二楽章」主題歌~
12. YOU (ユー)
13. ANGEL OF THE LIGHT ~Nikon企業CM曲~
14. 光と君へのレクイエム ~映画「陽だまりの彼女」主題歌~
15. REBORN (リボーン) ~映画「ナミヤ雑貨店の奇蹟」主題歌~

「The Latest Acoustic Live」
~Recorded Live, 2021/12/03 at Tokyo FM Hall, Tokyo~
01. ターナーの汽罐車
02. ポケット・ミュージック
03. あまく危険な香り
04. PAPER DOLL
05. パレード
06. BELLA NOTTE
07. HAVE YOURSELF A MERRY LITTLE CHRISTMAS

小田嶋隆死去

小田嶋隆さんが死去、65歳 反権力の論客、コラムニスト 雑誌「噂の真相」で執筆:東京新聞 TOKYO Web

 小田嶋隆が死んだ。24日Twitterのタイムラインに流れてきた。かなりヤバイ病気だという話はなんとなく知っていた。そう遅くない時期に訃報に触れることになるのだろうと、そんな予感があった。でも実際そうなると淋しいね。

 1956年生まれ、同い年である。テクニカル・ライター出身だったこと、彼がコラムを書き始めた頃、自分もそういう業界の端くれにいたこともあり、なんとなく親近感もあった。そしてその辛辣にして的を得たコラム、多分信頼を寄せていたライターの一人だった。

 小田嶋隆は最初『噂の真相』に連載を持っていた。確か同じ時期に消しゴム版画のナンシー関も連載を持っていたように思う。思えば二人ともサブカルメディアが出発点だった。でも二人のコラムは面白く、それを読むために『噂の真相』を毎号買っていた。

 小田嶋の着眼点は意外性があり、そして対象の本質を射抜く天性の批評性があった。ある時期から小田嶋は、自分にとってリテラシーの鏡みたいな感じで信頼を寄せていたような気がする。さまざま事象に対して、小田嶋はどういっているだろう、どう捉えるだろうみたいなことを思った時期もあった。メディアを賑やかす事象に対して、なんとなく胡散臭さみたいなものを感じたとき、それをきちんと言語化してくれる稀有な存在だったような気がする。

 Twitter中川淳一郎が小田嶋が難病で余命がわずかであることを暴露したことにより、彼の病気は一般にも知られるようになってしまった。入退院を繰り返していて、時折公表されるポートレイトはかってのやや肥満体の体形、顔つきとはあまりにもかけ離れていた。それでも連載コラムは続け、時折連ツィされるツィートもそこそこに的を射た諧謔まじえたもので、まだまだ小田嶋は健在だと思ってもいた。

 時代は変わっていく。若い新しいライターがどんどん出てきている。多分。そうに違いない。「もう信頼できるコラムニストが失われた」とツィートすると、友人は武田あたりがいるのではとツィートしてくれる。武田砂鉄のことだ。時折、彼のコラムを読むこともある。なかなか読ませるものもある。多分、自分が知らないだけで新しい書き手は次々と現れてくるのだろう。

And when He dies, and when He is gone
There'll be, one child born
In this world
To carry on, to carry on

 小田嶋隆の冥福を祈る。