黒部ダムへ行ってきた

 家族三人で黒部ダムへ行ってきた。

 7月にカミさんと二人で行ったときは、朝5時過ぎに出たものの扇沢の駐車場が満杯で断念させられた。

黒部ダム断念 - トムジィの日常雑記(ブログ版)

 そこで今回は1時間早く出てみた。知人の家族が深夜2時くらいに出たという話を聞いてはいたのだが、うちの場合は多分無理。今回も12時過ぎに寝て、なんとか3時に起きたけど、日帰りであまり準備なしでも結局は出るのに1時間くらいかかってしまう。

 道路は前回もそうだったがえらく空いていて、高速道路を更埴で降りてからの一般道もほとんどガラガラだった。県道55号線の途中で、道路脇に鹿が死んでいるのを発見。一瞬だったけど、かなり大きい女鹿だった。比較的交通量がある道路脇なので、猟師が射止めたというのはありえないだろう、まあ普通に考えれば夜中に車にはねられて絶命したのだろう。となるとご近所さんが回収して、バラして食すのかなとかいろいろ想像してしまった。時間的には6時台だったけれど気になるご遺体ではあった。

 カミさんは引き返して見てみようと言ってけど、そこまで悪趣味じゃないし、まあ先がある道中だったので基本スルー。

 大町を抜けて県道45号で扇沢までもほとんど渋滞もなく、前回と1時間違うだけで全然違うのだなと改めて認識。扇沢駅までは問題なくたどり着いたのだが、駅前の有料駐車場は満杯で、その手前の大町市営駐車場を案内される。そこの案内員に車椅子だと告げると、手帳があるかを確認され、そこから駅前の無料駐車スペースに案内された。ここは本当に駅前なのだが4台分しかなく、その1台分が空いていたのでとてもラッキーだった。

駐車場のご案内|立山黒部アルペンルート

 前回もそうだったが、黒部行の場合はオフィシャルサイトがだいたい参考になるので、まあ当たり前のことだけどここを見ておけば大体のことにあたりはつく。

www.kurobe-dam.com

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 そこで案内の人にまず当日券を買うように指示され列に並ぶのだが、ここがもう凄い人出。着いたのが7時半頃で8時前には並んだのだがだいたいチケットを購入するのに

時間くらいかかった。なんでこんなにかかるのかというと、どこまで購入するのか、どこまで行くのにどのくらいの時間がかかるのかなどを全部、窓口の担当に聞きながら購入するのである。これは時間がかかるなと思った。

 出来れば列に並んでいる際にどこまででいくらとか、待ち時間を含めてどのくらい時間がかかるかを案内する係を何名かつけておいてくれれば、もっとスムーズにいくのになどとちょっと思ってしまった。

 それでこちらも窓口でいろいろ聞いていくと、大観峰まで行って戻るのに乗り物の待ち時間を含めてこの日の場合、5~6時間からそれ以上かかると言われたので、取り敢えず大観峰までの往復を購入することにした。

 料金は黒部ダムまでのトロリーバス(往復2570円)、黒部平までのケーブルカー(往復1300円)、大観峰までのロープウェイ(往復1940円)、大人一人で合計5810円。家族三人だと通常17430円。まあうちの場合はカミさんが一種一級なので、本人と介護者1名が半額にはなる。ちょっと申し訳ない気持ちになるけど、それにしても金のかかる観光ではある。

 高齢社会もあるのだろう、黒部ダム観光は車椅子利用者にも随分と細やかでシステマチックなサービスが行き届いている。トロリーバス、ケーブルカー等も優先乗車させてくれる。とはいえ基本は短い距離にしろ階段での自力移動が基本になっているので、そのへんが難しい方にはハードルが高い。

 まずトロリーバスである。身障者用にエレベーターで乗降場の3Fまで移動、ここからは係の方がほぼつきっきりで対応してくれる。

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 トロリーバスは自然保護のため排気ガスを車の乗り入れが制限されていることによる導入らしい。日本でも今使われているのはこの黒部ダム観光だけのようだが、古い人間にとっては、なんとも懐かしいものがある。トロリーバスは昔は都市の移動交通手段として普通に導入されていた。自分が生まれた横浜でも普通に走っていたのを子ども心に覚えている。その話を家族にしてもあまり信じてもらえないのが少し悲しかった。

 トロリーバスはずっと地下トンネル(関電トンネル)を通っていく。途中で破砕帯という地下水の流れる場所があるなどとの説明も入る。このへんのことになると三船敏郎石原裕次郎の二大スターが共演した映画「黒部の太陽」をつい思い出してしまうのも、古い世代の悲しい性かもしれない。

 バス内で流れる案内放送によるとこのトロリーバスは来年の4月で電気自動車に取って代わられることが決まっているという。これにより商業移動手段としては日本唯一のトロリーバスがなくなることになるのだとか。

 16分と少しのトロリーバスの後、黒部ダムに到着。バスを最後に降りても、トンネル出口までは係員が付き添ってくれ、帰る際には案内所に言ってくれればまた係員が付き添うという。このへんは本当に至れり尽くせりでたいへんに有難かった。

 そして黒部ダムである。ダムを歩いて次のケーブルカー乗り場まで行くのだが、途中観光放水を観たり、ダム湖を観たりでこの昭和の遺産的巨大なダムを満喫させてもらう。

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 そして次はケーブルカー。ここが多分足が不自由な方には一番ハードルが高いかもしれない。ケーブルカーに乗り込むために自力で少し長い階段を上り下りしなくてはならないからである。以前、確か舞鶴でケーブルカーに乗ったことがあったが、あそこでは階段に仮設のスローブをかけて、駅員が数名で押して乗せてくれたのだが、ここではさすがにそこまではしてもらえない。とにかく利用者が多いため、あまり特別な措置を講ずることができないのだろうと思う。まあそれ自体はこういう場所なのでしかたないことだとは思っている。

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 ケーブルカーの到着駅、黒部平でも展望台があり、美しい景観が見ることができるが、まあここは中継駅みたいな感じだろうだ。ここから大観峰まではロープウェイ、さらに立山方面にトロリーバス、観光バスで抜けられるようになっている。まあそこまで行くとなると戻って来るのは至難だし、基本は電車で来て泊まってまた電車で帰るというのが正解なのだろうとは思う。まあ車利用者には扇沢から立山、あるいは立山から扇沢まで車を回送するサービスもあるらしいが、だいたい3万くらいかかるという。簡単に手を出せないサービスかなとも思う。

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 そしてロープウェイで大観峰まで。このロープウェイには支柱が一本もなく、黒部平から大観峰まで張ったロープでゴンドラを移動させる。あまりないのだとか。なのでゴンドラの動いていく様を見ているだけでちょっと壮観な感じがする。

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 そして大観峰。ここでも基本は展望台からの景色を愛でて以上。ただし展望台に出るまでは長いらせん階段を登ることになるので、ここも障害者にはかなりハードルは高いとは思う。

 景色は後立山連峰、遥か眼下に望む黒部湖などが一望でき、これはなかなかの見ものだとは思う。

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 大観峰から再びロープウェイで黒部平、さらに黒部ダムに戻り、扇沢駅に戻ったのが3時少し前くらいだったか。特に昼食タイムとかをとらなかったのだが、それでも6時間近く経過していて、受付の女性の言う通りだったのはさすがだとは思った。

 その後は、かなり遅い時間になったがカミさんの実家まで足を延ばし、小1時間カミさんの母親と話しをしてから帰宅した。自宅に着いてみるとだいたい530キロくらいは知ったことになる。燃費は19.3キロくらいだっただろうか。

茨城県近代美術館常設展

 茨城県近代美術館の続き。入口から正面突き当たりは常設展示室となっている。ここでは茨城県所縁の芸術家を中心に近現代の作品が多数展示されている。近代以降の日本洋画のコレクションが豊富なのもこの美術館の特色といっていい。

 展示室は広く、二室に別れている。

展示室1 日本の近代美術と茨城の作家たち 秋

主な出品作家小川芋銭 横山大観 木村武山 小林巣居人
萬鉄五郎 中村彝 小堀進 香月泰男 麻生三郎 堀内正和
エドゥアール・マネ クロード・モネ オーギュスト・ルノワール

  この美術館の目玉ともいうべきモネやルノワールとともに茨城所縁の画家たちの作品がある。そう、いわれてみれば横山大観も茨城出身だということに改めて気が付いた。

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ポール=ドモワの洞窟

 この絵は多分初めてみたが、ポーラ美術館所蔵のモネに匹敵するなかなかの傑作だと思う。

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マドモワゼル・フランソワ



 このルノワールも美しい作品。確かこれは去年、栃木県立美術館で観ていると思う。

 そして第二展示室に移る。

展示室2 彼の地(西洋)とこの地(日本)ー海の外に憧れて。中村彝と日本の洋画家たち

主な出品作家辻 永 藤田嗣治 中村彝 熊岡美彦
佐伯祐三 岡鹿之助 鈴木良三 中西利雄 ほか

 中村彝といえば近代美術館の「エロシェンコ像」が有名。新宿・中村屋のオーナー相馬愛蔵パトロンとなり中村屋の裏にアトリエを与えら画業に励んでいたが、相馬の娘モデルにし、さらに結婚を申し出たが、反対され失意のうちにアトリエを引き払ったことなども、近代美術館の解説の中にあった。

 このへんのエピソードはこのサイトが詳しく楽しく読めた。

sumus.exblog.jp

ameblo.jp

 まあ中村屋の相馬からすれば才能を評価して支援していた画家が、娘をモデルにしてヌードまで描いていたことだけで檄怒りだろう、さらには結婚まで申し込むとあっては、なんというか飼い犬に噛まれたも同然の思いだったのかもしれない。まあ直接的に結婚を反対したのは、中村彝の病気結核が理由だったということのようだけど。

 さらにいえば、彝と別れた娘はインド人の留学生と結婚し、そこから中村屋のカレーが生まれたという話は出来過ぎのような気がする。ブログの記事でもドラマ化すればということが書かれていたが、実際この話、小説にでもなれば面白いと思う。

 戦前の画壇や画家の人生はけっこう小説のネタとしてはイケるのではないかとそんなことを思わないでもない。

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 その中村彝に師事していたのが同郷の鈴木良三

鈴木良三 :: 東文研アーカイブデータベース 

 美しい絵の数々だと思う。

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 そしてもう一人気に入ったのが、やはり茨城出身の熊岡美彦。

熊岡美彦 :: 東文研アーカイブデータベース

 この人の絵はエコール・ド・パリ風、キスリングあたりの雰囲気があるが、単なる習作ではなく完全にオリジナリティをものにしていると思う。少しだけ同時代の画家、田中保と近しいものを感じる。

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裸体

 

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ロシアの女

 

茨城県近代美術館へ行ってきた

 前から気になっていた水戸にある茨城県近代美術館へ行ってきた。

 この美術館を知ったのは1年と少し前、栃木県立美術館「まなざしの洋画史 近代ヨーロッパから現代日本まで」という企画展を観たから。この企画展が栃木県立美術館と茨城県近代美術館のコラボだったこと、茨城県近代美術館がルノワールやピサロといった大家の作品を収蔵していること、それ以外にも近代日本の洋画家の作品を多数収蔵しているということで、いつか機会があればと思っていた。

www.art.pref.tochigi.lg.jp

 その時のことは少しばかり自分もかいておいた。

tomzt.hatenablog.com

 そんな水戸の美術館がなぜかポーラ美術館の収蔵作品展をやっているというので、これはちょっといかねばという気になった。なんと72点もやってくるというのだ。ポーラ改修にでも入ったのかと一瞬思ったが、確か今はルドンの企画展をやっているはずである。いちおう10月に行くつもりでいるので、そこそこ楽しみにしてはいるのだが、いつもの収蔵作品のほとんどが出払っているとなると、それもまた微妙ではある。

www.modernart.museum.ibk.ed.jp

 いざ行ってみると、大きな公園内にある立派な美術館でなかなか雰囲気がよろしい。

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 美術館のすぐ近くには千波湖という川?、池?があって、公園の向こうには梅で有名な偕楽園も近接しているらしい。しかし水戸は駅近にこのような大きな公園や文化施設があって、なかなか良い環境だと思う。

 で、中に入ると1階は常設展、2階が企画展になっている。

 そこでまず企画展「ポーラ美術館展」に。

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 展示されている作品は印象派からエコール・ド・パリ、フォーブ、そしてピカソなどなど。ほとんどがもう何度も観た大好きな作品ばかりだ。

 企画展の一番の目玉はやはりルノワールのこの作品か。一番目立つところにドドーンと展示してある。

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 そしてセザンヌも3~4点あったか。特に有名なのはアルルカンとこの静物画。

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 さらに風呂好きで一日に何度もこうして水浴した妻マルトをモデルに絵を描いたというボナールの作品。確か「青のハーモニー」とかそんなタイトルだったか。この作品はボナールの絵の中でもとりわけ好きだ。大きなタライはよく見るとけっこう誇張されているようにも思うし、俯瞰からの構図はタイル地の床と微妙なゆがみがあるような気もしないでもない。多分、これもまた浮世絵を愛したボナールならではの誇張した表現なのかもしれない。

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 そういえば9月26日からピエール・ボナールの回顧展を六本木新国立美術館でやるという。これもまたとても楽しみなだ。ほとんどがオルセー所蔵品によるものということで、以前三菱一号館でやったオルセーのナビ派展と少しかぶるのではと思っているのだが、ポーラ美術館もボナール作品多数所有しているので、このへんは貸し出しされないのかと思ってみたりもする。

bonnard2018.exhn.jp

 そしてマティスの中でも大好きなのがこの作品。タイトルは読書とかでなく、確か「中国風花瓶」とかそんなものだったか。

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 ポーラ美術館展は本当に大満足だった。敬老の日で70歳以上は無料ということもあり、多数後期高齢者風の方が来場されていたが、それほど混んでいるということもなく、ゆったりとした気分で名画を観ることが出来て嬉しくなる。

 とはいえ、せっかく名画が揃っているのだから、休日だしもう少し人入ってもいいかなとは思った。水戸市民の皆さん、茨城県民の皆さん、一回行ってみるといい。しばし幸福な気分になれると思う。

 

 

世界を変えた書物展

 上野の森美術館でやっているのをTwiterで知ったので、ちょっとだけ興味があった。たまたまいつも車を止める駐車場の駐車スペースが最上階だったので、階段を登るとすぐにこの美術館の近くに出ることもあったので行ってみることにした。なんとも希薄なモチベーション。

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www.kanazawa-it.ac.jp

 無料ということもあり書物の展示なのにけっこうな人出である。本好き、科学史好き、特に建築系の学生多数なのかなとかってに想像。すべての金沢工業大学が所蔵する洋書なのだとか。

 入ってすぐの書架のスペースがまず圧倒される。本好きにはこういうのがたまらないのだと思う。実際自分も心が大変うずく。

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 一緒に行った子どもが、どうせハリボテでしょと宣うので、とんでもない全部実際の書物、貴重な理系の洋書、文献であると言うと、ずいぶんとびっくりしていた。このへんがどこぞのTSUTAYA図書館のような書物をディスプレイの道具として使うのとは根本的に異なっている。

 次の展示スペースにはガラス箱に入った様々な古書が展示されている。それが自然科学書のオリジナル洋書の初版本ばかりなのである。ニュートンコペルニクスケプラーガリレオ・ガリレイなどなど、金沢工業大学恐るべしという感じだ。

http://www.kanazawa-it.ac.jp/shomotu/tokyo2018-02.pdf

 文系の自分にとっては馴染みが薄いものばかりだが、一つだけ

少し反応できたのがこれ。

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デカルト方法序説』初版

 

ミケランジェロと理想の身体

 久々、国立西洋美術館へ来た。

 ここは、自分にとってはもっともベースとなる美術館と思っているし、昨年一昨年は多分年に6回くらいは来ているところなんだが、今年はなんとなく足運ぶ回数が減じている。前回来たのは3月くらいなので、もう半年くらい来ていない。

 今回も目当てはいつものように常設展なんだが、企画展としてミケランジェロをやっていたと記憶していたので、こちらを先に観ることにする。

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michelangelo2018.jp

http://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/pdf/2018michelangelo.pdf

 正直なところをいえば彫刻についてはまったくわからない。なので西洋美術館に来ても有名なロダンのそれには一瞥くれるくらいである。箱根の彫刻の森とかも何度か行ったことはあるにはあるが、正直面白みを含めて理解できない。総合芸術としては立体表現なので絵画よりも上位にあるかもしれないのだろうが、なまじ立体性というリアル感が具象性として想像力や作者の志向性を減じているようなそんな気がもしてしまうのだろう。

 ミケランジェロについてもダビデ像ピエタよりもどうしてもシスティーナ礼拝堂の天井画を思い描いてしまう。ミケランジェロルネッサンス最大の総合芸術家だとしても、どうもその彫像作品から受けるそれはなんとなく工芸作家、職人のごとくという印象を抱いてしまう。まあ言い過ぎ、素人の妄言の類だろう。

 今回、この企画展の目玉はミケランジェロの実作が2つ来ていること。一つは「ダヴィデ=アポロ」、もう一つが「若き洗礼者ヨハネ」。

 

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ダヴィデ=アポロ

 

 「ダヴィデ=アポロ」は未完成のまま放置されてしまった作品だという。確かに後部には切り出したままの大理石のそのままの状態になっている。「ダヴィデ」か「アポロ」か特定できないのは、後部に背負っているのがダヴィデの投石器アポロの矢筒かをミケランジェロが掘り出すことなく放置してしまっているからとか。まあようするに未完成作品なのである。とはいえミケランジェロの真作である。これはもう有り難く享受する以外にはないのだろう。

 

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若き洗礼者ヨハネ

 もう一作「若き洗礼者ヨハネ」はなぜか頭部が大理石にしてはみょうに黒ずんでいる。これはこの作品がスペイン内戦に巻き込まれ、戦火の中大きな損害を受け、残ったのは14の石片で全体の40%足らずだったという。そこから修復、復元されたものがこの作品なのである。

 そうやってみるとどことなくブラックジャックのようにも思える。と思っていたら、公式サイトにブラックジャック虫プロ?)とのコラボにより、漫画による解説もできていた。抜群の企画力ではないかと思う。

 

本 売れぬなら・・・

 朝日の夕刊一面に「本 売れぬなら・・・」という記事が。いくら記事ネタが枯渇しているからといって、出版社の販促活動が記事になるというのは。しかも出版不況、いや出版危機が喧伝される今、出版社の販促活動の悪戦苦闘が記事になるとは。

digital.asahi.com

 記事になっていたの出版社の試みは三つ。

 一つは京都の取次を通さない直版元ミシマ社が、6月に紀伊国屋梅田店で店頭販売を行ったことを紹介。ミシマ社の社員6名が幟旗をたて、本の内容紹介に熱弁を振るう。

 次に早川書房が新人作家の小説の販促会議に9名の読者を公募して参加してもらい、様々なアイデアを出してもらうという試み。

 最後は新潮社の試みとして、覆面作家宿野かほるの新刊販促として、まず一作目はネットで期間限定で全文公開、2作目はAIが作ったキャッチコピーと編集者のコピーを特設サイトで選ばせる試みとか。

 とにかく本が売れない時代にあって、各社の暗中模索をそのまま取り上げたような内容だ。記事の最後は永江朗のコメントで締め括られている。

 雑誌の売り上げが急激に縮小していることもあり、出版界はいま、根本的な発想の転換を迫られている。作りっぱなし、売りっぱなしという『分業』の時代が終わりを迎えつつあることの象徴ではないか。

 それまで雑誌やコミックの売上によってこの業界は支えられてきた。書籍は不採算部門だったが、雑誌が売れている間はそれに業界全体が目をつぶってきた。それでもたまにはメガヒットとなるベストセラーが年に何作でて、それが業界の景気づけにもなっていた。

 しかしここ数年、雑誌の売り上げが急速に下降し、昨年だったかついに雑誌と書籍の売上が逆転した。元々非採算部門であったはずの書籍を下回るほどに雑誌が落ち込んだということは、この業界が利益を生むことが不可能になってしまったということだ。

 まずその影響は取次や物流を担う運送業にきた。さらにいえば書店も雑誌という書籍に比べて利幅の高い部門が凋落することで、完全にビジネスとして成立しなくなっている。もはや出版流通は、その構築したシステムに出版物以外のものを流し、販売する以外にビジネスとして成立しなくなってきている。

 それなのに、出版社は、メーカーはいまだに売り方だの、販促だのといって模索を続けている。なんとかして見えない、まだどこかにいるかもしれない読者を探そうと考えている。出版物の購買層、それも不確かな不特定多数の購買層を掘り起こし、衝動買いという偶然性に依拠したマス販売を行おうとしている。

 長年この業界の片隅にいて、出版危機という状況を目の当たりにしたうえでの感想をいえばだが、もう本など売れる訳がないのだ。不特定多数の購買層、彼らはもう欲しい情報をネットで簡単に得ることができる。出版物から得られる娯楽はそれ以外のメディアによっても享受可能なのである。本は代替性のない商品とはよくいわれたことだが、いいやそんなことはないのだ。

 出版物はもう商品価値がない。それは多分言い過ぎかもしれない。しかしある意味では実相だとは思う。ただしミニマムな部分ではその内容を必要とし、享受する購買層、マーケットは実は確実にあるのではないかとも思っている。出版界のマーケットはもう果てしなく縮小しているとはいえる。しかしゼロになる訳ではないのだ。

 例えば定価10000円の専門書であっても、その内容、情報が確かなものであれば、確実必要とするマーケットは存在する。そのマーケットを正確に把握し、そこに商品として投入できれば、多分ビジネスとしては成立するはずだ。

 逆に、価格を抑えて不特定に、取り敢えず書店に撒いておけば、衝動買いでいくらかは売れる的なやり方は、多分もう完全に終わっているのだろう。

 低価格の出版物はもう流通が対応できないのではないかと思う。もし直販に活路を見いだしたとしても、例えば1000円のペーパーバックに送料が800円近くかかる場合だってあるという状況では廉価販売などできるわけがない。

 出版社は、メーカーはメガ出版をやめ、ミニマムなマーケットに向けて高価格の商品を投入するべきじゃないかと思っている。定価1000円で書店2割、取次1割などという利幅ではもう流通はやっていけないだろうと思う。

 まずは定価を上げる、流通の利幅を増やす、そこからでないと業界の共存共栄など図れないだろう。さらにいえば、この業界の慣例である取引は個々もまた終わっているのかなとも思う。一社では物流経費を維持していくことは多分難しいだろうとも思う。

 これまでこの業界は雑誌の利益によって、非効率ながら多様性のある沢山の書店、沢山の出版社を維持させていくことができた。取次もまた8分口銭というわずかな利幅でも大量物流によってビジネスを維持させることができた。それらがもう完全に崩れてしまった。書店はもう系列化どころか瀕死の状態である。それでもまだ集客が見込めそうなチェーン点を二大取次が子会社化させている。

 多分、二大取次は生き残りをかけて、出版物を通過型物流にのせ、出版物以外の利幅のある物販を拠点型物流化させていこうとするのではないか。出版物の物流によって築いてきた強固な物流システムを出版物以外のものに換用させる、おそらくそういう試みを続けていくのだと思う。

 そして出版社の生き残りは、おそらく大出版社が中小のブランド出版社をレーベルとして取り込む、または中小出版社が数十社単位で集まって直販のシステムを構築していく、そんな模索が続くのではないかと思う。

 ただしいずれの試みも、実はもう相当にしんどい、遅きに失っしているのかもしれないと思う部分もある。

 ここのところずっと思っていることではあるが、長年、本の周辺で仕事をしてきた。大学を卒業してからある意味ずっとである。そしてキャリアの一番最後にきて、自分が生きてきた業界の終末を目にするかもしれないというのは、正直つらいことではある。

厚生年金の適用拡大?

 朝日の7面総合5に小さく載っていた記事、「厚生年金の適用拡大の議論開始」厚労省審議会。

厚生年金の適用、拡大の議論開始 厚労省審議会:朝日新聞デジタル

 メモ代わりと、後でリンクなくなるとなんのことか判らなくなるので、全文引用させてもらう。まあ小さな記事だし、こちとら会社でも今後議論するうえで必要になるので、ちょこっと大目にみてもらおう。

短時間労働者が厚生年金に加入しやすくするため、厚生労働省は14日、厚生年金の適用範囲を広げることについて本格的な議論を始めた。来年行う「財政検証」の結果を受けて年金制度の見直しを進める。

 この日の社会保障審議会(厚労相の諮問機関)の部会で、厚労省が論点として提示した。厚生年金には会社員や公務員が加入し、保険料は労使で折半して納める。国民年金よりもらえる年金額は多いが、非正規やパートタイムで働く人の多くは加入できず、このままだと老後の支えが不十分になると指摘されている。

 16年10月からは、501人以上の従業員がいる事業所で、週20時間以上働く▽賃金が月8万8千円以上、などの要件を満たす人が新たに適用対象になった。厚労省はこの日、今年4月末時点で約3万の事業所の約38万6千人が新たに加入したと報告。厚生年金に加入できる利点から労働時間を延ばした労働者もいるなどとし、さらに拡大する方向で議論する考えを示した。

 厚労省は今後、より小規模の事業所にも適用することや、賃金要件の引き下げなどを議論する。20年にも改正法案を提出する考えだ。

  週20時間以上、月8万8千円以上で厚生年金適用を小規模事業所にも適用するとなると、ほとんどのパート、アルバイトが加入となる。そうなると実質賃金は減少になる。その分を企業が応分に負担するとなると、多分人件費をアップさせるか、勤務時間を増やすかいずれかの策をとる必要があるのだろう。このへんが体力のない中小零細では多分難しいだろう。

 そもそもなぜパートやアルバイト、所謂非正規雇用を使うのか。ストレートな物言いをすれば安い人件費で、いつでもカット可能な労働力を集めるということに尽きるのだろう。それが労働者の側にたってみれば、搾取、疎外ということになるということは自明ではあるが、取引先からは再三コストカット要請をされ、そのもとでかつかつの商売をしてきている状態なのだ。なかなか時給アップをしずらい状況にあるのだと思う。

 さらに働く側にしても、年金加入は任意ではなく強制となる可能性がある。いろいろな試算数値が出ているが、実質103万枠が撤廃となった中では、130万枠という年金、健保への加入条件さえクリアしていれば良いということで、これはどのパートさんも口にするところだ。それが週20時間労働、月収8万8千円となると、ほぼすべてのパートが加入対象者となる。

 なんとも悩ましいところだ。