アル・クーパーについてどれだけのことを知っているだろう。
BS&Tの中心メンバーながら、1968年にアルバム1枚作った後ブレイクする前に脱退したこと。ちなみにアル・クーパー脱退後、バンドはボーカルとしてローラ・ニーロをスカウトしようとしたが実現しなかったとか。ローラ・ニーロをメインボーカルでブラスセクションのあるリズム&ブルースバンド。どんなものになっていたのだろうか。
同じく1968年にマイク・ブルームフィールド、スティーヴン・スティルスによるスタジオ・セッションの名盤『スーパー・セッション』を制作発表。自分が唯一持っているアルバムも実はこれ。凄いスタジオ・セッションという印象。1968年にロックはここまで来ていたのかと思ったものだが、セッション・ワークそのものよりも、実はアル・クーパーのプロデューサー的な能力の産物だったと知ったのはずいぶん後のことだったかもしれない。
例えばA面はマイク・ブルームフィールドとのセッションだが、体調不良からか次のセッションにブルームフィールドは参加していない。彼の不参加は不眠症とも薬中ともいわれている。そこでアル・クーパーはロス・アンジェルス周辺で参加できそうなギタリストに出演交渉の電話をかけまくる。そこでたまたまスケジュールの空いていたスティーヴン・スティルスがOKして行われたのがB面のセッションなのだとか。
さらにいえば、録音後にアル・クーパーはブラス・セッションなどの音入れをしている。あのアルバムはスタジオによるロック・ミュージシャンによる奇跡の一夜みたいなものとはどうも性質が異なるもののようだ。でもそういう風に作られてもいる。
アル・クーパーについて知っているのは実はこの程度かも。あとはボブ・ディランの60年代後半のアルバムにオルガンなどで参加していること。ローリング・ストーンズのアルバムへの参加や、レイナード・スキナードのプロデュースをしていることなど。
そして今年に観たディランの伝記映画『名もなき者』の中で、飛び入りで録音に参加して『Like a rolling stone』のオープニングのオルガンを弾く。たしかギタリストとして呼ばれていたが、スタジオにはマイク・ブルームフィールドがいたため出番がない。そこでいきなりオルガンで参加してあの有名なオープニングを弾くというエピソードだ。
当時まだ21歳のアル・クーパーは、一説によればオルガンを弾いたことがないという。たぶんそれは伝説、神話の一つだろう。マルチ・タレント的なミュージシャンは、おそらくギター、ピアノ、ドラムなど一通りこなしていたはずだし、アル・クーパーはオルガンはきちんと弾いたことがないにしても、たぶんピアノを演奏したり、ピアノで作曲はしていたんじゃないかと思う。でも、あの歴史的名演奏に飛び入りするというエピソードは映画的にけっこう効いてたなと思う。
このオルガンの一音は本当に衝撃的。というかこのイントロはまさに歴史的なものかもしれない。ロック・ウルトライントロみたいのがあったら、多分ある種の年齢、ロックをずっと聴いてきた人はドラムの一発目でみんな解答出せるのではないかと思ったりもする。
ちなみにこの歴史的名曲はビルボードで最高2位、1位になっていないのだ。このときに第1位だったのはビートルズの「Help!」で3週1位を続けた。さらにいうと3位だったのはビーチ・ボーイズの「California Girls」。4位はライチャス・ブラザースの「Unchained Melody」、5位はフォートップスの「It’s the Same old song」。そういう時代だったんだな。
話はやや脱線。ようするにアル・クーパーについては断片情報だけで、きちんと聴いたのは『スーパー・セッション』だけみたいなことになる。でもどこから入るかもよくわからないので、とりあえずベスト盤をということになる。なんかここ20年くらいこういうのが多い。ポップスやロックだときちんと聴いたことがないアーティストが驚くほど多い。なのでまずベスト盤から入る。そのまま何枚かアルバム聴くものもあれば、そのままベスト盤で終わるものもある。まあニワカの悲しい性というところか。
とりあえずアル・クーパーのベスト盤ということでポチったのがこれである。
曲目リストがこれ。
- Hey Jude (rehearsal tape)
- Brand New Day
- FLY ON
- WHERE WERE YOU WHEN I NEEDED YOU
- JOLIE
- Missing You
- BACK ON MY FEET
- WITHOUT HER
- THE MONKEY TIME
- I Don't Know Why I Love You
- Coloured Rain
- COME DOWN IN TIME
- New York City (You're A Woman)
- I CAN'T QUIT HER
- This Diamond Ring
- SEASON OF THE WITCH
- SAD, SAD SUNSHINE
- SHE GETS ME WHERE I LIVE
- UNREQUITED
いきなりビートルズである。しかもビッグバンド風アレンジのインストルメンタルナンバー。アル・クーパーってこういう人だったのってことになる。
アレンジはアル・クーパーとチャーリー・カレロ。このチャーリー・カレロは、もともとフォー・シーズンズのアレンジやっていた人らしいが、自分たちが知っているのはローラ・ニーロのプロデュースやったことか。60年代後半ののポップスの世界ではけっこうキーパーソンだった人で、山下達郎もあの「CIRCUS TOWN」のA面ニューヨークサイドのプロデュースをしている。
次の「Brand new day」はなんかいいぞ。アコースティック・ギターのイントロにブラスが被る盛大にしててんこ盛りのサウンド。ボーカルはソウル風。
個人的にはこのイントロの雰囲気はシカゴの「Low down」とか「Beginnings」を想起させる。このへんはどっちが先とかではなく、アル・クーパーやBS&Tとシカゴは同じ方向を向いていたんじゃないのかなどと思ったりもする。
2曲目「Fly on」
これはアル・クーパーがフォー・トップスを想定して書いたという。要するにアル・クーパーはブルー・アイド・ソウルの人なんだな。しかも典型というか走りというか。60年代後半にこの路線、要するに白人でソウルミュージックをやっていたのは、彼とかローラ・ニーロとか。そして70年代に入るとトッド・ラングレンやホール&オールなんかも出てくる。そういうことなんだな。
アル・クーパー、トッド・ラングレン、ローラ・ニーロは異母三兄妹と誰かが称したという話を何かで読んだことがある。みんな黒人音楽を聴いてそれを血肉にしてきた才能あるアーティストだ。さらにいえばその影響は遠くアジアの地でも山下達郎とかにも与えていそうな。
そして3曲目の「Where Were You When I Need You」。
ピアノのイントロはなんとなくシカゴの「Sturday in the park」は想起させる。そしてそこにオルガンがかぶさってくる。全体的にはソウル風のダンスナンバー。「ソウル・トレイン」でダンサーが躍るなかでこういうナンバーよくかかっていたような記憶がある。なんていうんだろう、アル・クーパーはモータウンよりもフィラデルフィア系とかシカゴ系のソウルにより影響受けているんじゃないかとか、まあ適当に思ったりもする。まあ彼は生粋のニューヨーカーらしいけれど。
さすがに全曲、YouTubeから音源を拾うのもなんだけどあと何曲か。
この「JOLIE」はおそらく日本でもっともヒットしたアル・クーパーの曲らしい。いわゆるメロウ・サウンドの最高峰なのだとか。たしかに何度も耳にした曲だけどアル・クーパーとして意識したことはなかったか。この泣きのメロディ、歌詞、まさにキラー・チューンだな。これも有名な話らしいが、この「JOLIE」とはクインシー・ジョーンズの娘で、当時アル・クーパーとつき合っていたのだとか。
どんな人かとググるとそれらしいバイオグラフィーが見つかった。確かに美人さんで、1960年代にはティーンエイジャーでモデルみたいなことをしていたようだ。
Biography — Jolie Jones' Sacred Spaces
あと音源が見つからなかったけど、6曲目の「Missing You」はイントロ一発目のピアノがアバの「Dancing Queen」ぽかったりとか。たぶん時代的にいえばアル・クーパーのほうが先だろうから、たまたまかもしれないし、諸々引用されているのかなどと思ったりもする。
そして最後に8曲目「Without her」。
カクテルラウンジでかかりそうな能天気なポップス。一応ボサノバだけど、これはBS&Tのファーストアルバムに収録されているもの。曲はハリー・ニルソンなのだとか。デビューしたばかりのBS&Tはこういう都会的な能天気な曲もやっていたのか。これがアル・クーパーの趣味だとしたら、グループ脱退も仕方がないだろうな。この曲をその後グループを牽引したあの汗くさいボーカル、デヴィッド・クレイトン・トーマスが歌う姿は想像できない。
BS&Tの初期はまだあのリズム&ブルースを基調とするようなブラスロックは確立していなかったということで、ブラック・ミュージック、ボサノバ、ロックなどを融合したサウンドを模索していたということなのかもしれない。
いずれにしろ今回のアル・クーパーのベスト盤「フリー・ソウル」は大当たりというか、自分的にはストライクゾーンという感じで、これからも長く愛聴したいと思いました(まあそれほど長くはないかもしれないけど)。