巾着田を散策

 昨日、午前中妻の通院につきあう。神経内科への定期的な通院で二ヶ月に一回。医師との問診はほぼ毎回こんな感じで数分で終了する。

「御変わりないですか」

「ええ、特に」

「それではいつもの薬処方します。次回は〇〇にしましょう」

 今回は、妻が最近使える方の右手の指に時々痛みを感じることや、機能マヒの左の足になんとなく痺れのような感覚があるというので、そのことを医師に伝える。でも特に検査とかいうこともなく、とりあえず様子見ということで終了。

 精算、薬局で処方箋をもらっても10時半くらい。妻はランチが食べたい、でもダイエト中だから食べるよりせっかくだからどこかへ行きたいとかいろんなことを言ってくる。仕方なくというか、まあ割とご近所ということもあり、日高の巾着田に行くことにする。

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日高市・曼珠沙華の里「巾着田」公式ホームページ

巾着田 - Wikipedia

 ここは蛇行した高麗川に囲まれた平地で秋には曼殊沙華が咲く。コロナの影響で曼殊沙華は開花前に刈り込まれていて観ることはできなかった。去年に続いて2年連続である。まあ去年はコロナの影響がどこまで広がるのかわからなかった部分もあるけれど、今年は感染予防対策をきちんとすれば屋外では感染リスクはけっこう低いはず。なんとなく過剰な反応なような気がする。

 地方都市はもともと密になる要素も少ないのだけれど、自治体としても感染対策をやっているという目に見える対応が必要なので、イベント系の自粛とか公共施設の休業とかで過剰に反応しているような気がする。要するにやってる感である。

 以前にも書いたけれど、自分の住む町や隣町は図書館を休館して開架書籍の閲覧が出来ない状態が続いていた。電話やネットでの予約と図書館窓口での受け渡しのみ可ということにしていた。密を避けるためということなのだが、一方で学校は新学期を迎えて午前午後と登校を分けるなど工夫はしているにせよ開校しているとか、なんだかちぐはぐなことをしている。

 曼殊沙華についても、せっかく成長したものを開花前に刈り取ってしまうのなら、感染対策をして、入場を一定程度制限することで普通に見ることが出来るようにしてもいいのではないかと思ったりもした。吹上のコスモス畑とかは普通にやっているのだから。

 まあそれはおいといてと、巾着田は曼殊沙華の他にも夏とかは川遊びなども楽しめる。子どもが小さい頃はよく連れてきて遊ばせた。子どもが通っていた保育園・学童では毎年、ここで川遊びのイベントをやったりもしていた。なので割とよく来る場所という部分もある。

 ウィークデイ、月曜日のお昼前ということでほとんど人もいない。曼殊沙華公園も時々ウォーキングやジョギングする人がいるくらい。そこにこういう看板があちこちにあると、ニョロ嫌いの自分などは身構える、身構える。

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 昔はこういう注意書きってなかったなと思ったりもする。それこそ自分たちが子ども時代、横浜とか川崎で野原やちょっとした山とかで遊び回っていたので遭遇することも多数あったが、こんな看板は見たことがなかった。やっぱり、一応注意喚起はしましたからね、あとは自己責任ですよみたいなことだろうか。

 最近でも淡路島の遺跡とかお花畑とかでもこの手の看板を多数みた。なんなら大塚国際美術館でもご丁寧に写真入りのやつとかもあった。まあこの話題は次第にイメージが具体化してくるので中止。

 

 前日あたりから急に冷え込んできたので風もやや肌寒いのだが、空気のひんやり感が逆に気持ちよい感じ。車椅子を押していても暑さも感じない。とにかく心地良い。

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 巾着田の周囲を巡る高麗川には二つの橋が架けられている。一つは全長91.2メートルある「あいあい橋」。ここからの景色もなかなかきれいである。

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 そして巾着田から高麗峠に向かうハイキングコースとして架けられている小さな橋りょうがドレミファ橋。これは昔、子どもを連れて遊びに来ていた頃にはなかったような気がする。なんでも2010年に出来たものだとか。その頃は子ども中学生だし、子どもとよく来たのは小学校上がる前だから、記憶がなくて当然かとも思った。

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 なんだかんだで巾着田の中、周囲をぐるりと2週くらいしただろうか。1時過ぎになって、妻がカフェに行きたい、ランチが食べたいとか言い出したので、ネットで近隣の店を検索。シェノワという店がヒットしたので行ってみることにした。ここはちょっと山の中に入った隠れ家的な雰囲気のレストラン。細い道をナビを頼りに行ったのだけど、普通だったら多分行かないだろうな。

シェノワ(Chez Noix) (日高/洋食) - Retty

 まあお店はなかなか雰囲気があり、メニューはハンバーグとカレー、コーヒー・ケーキセットくらいだけど、値段もまあまあお得、味も不味くはない。そこそこの味、量で雰囲気で愉しむみたいなところだった。次行くかというと、う~む、いいんだけど道が狭いのと車止めるスペースが狭いのでちょっと難儀するので微妙かもしれない。良いお店だとは思うけど。

 あと基本、席は二階にあるのだけど、けっこう階段がきついし、トイレとかも段差があるとかで、妻のように身体不自由だと少しハードルが高いかもしれない。

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吹上のコスモス畑 (10月16日)

 午前中から、妻がどこかへ出かけたいモードで「コスモス見に行こうよ」という。

 前回、たしか9月30日に行った時はまだ3分咲き程度。

    埼玉、コスモス事情 - トムジィの日常雑記

  鴻巣市のHPで確認すると8分咲きくらいまで来ているという。まあ車で45分くらいなので行ってみることにした。

荒川河川敷のコスモスの生育状況/鴻巣市ホームページ

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 ピンクや白のコスモスは8分から満開に近くなっている。二週間前にすでに8分くらい咲いていた黄花コスモスは満開からそろそろ盛りを過ぎた感じ。前日までの雨、空模様はどんよりとした曇り空だけど、そこそこに人は出ている感じ。まあいうても埼玉なんで、密とは程遠い感じではあるけど。

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 このくらい咲いているとなんとなくお花畑にいますという感じになる。見頃は今週末の23日、24日くらいまでだろうか。さすがに10月末となるとなんとなく淋しい感じなってくるかもしれない。

 

 土手の遊歩道からはスロープでコスモス畑の端までは行けるので車椅子で降りていったのだが、コスモス畑はデコボコしているので、車椅子を押してコスモスの中に入るのは無理。妻はほんの短い距離を杖や私が手を引いて歩いたけれど、足元のデコボコで立ち往生してしまう。
 コスモス畑の散策は早々に諦めて、またスロープを上って遊歩道へ。それからずっと橋の方まで車椅子を押して行った。その後、妻が車椅子を自走するというので、自分は一人で遊歩道をちょっと速足でウォーキング。かなり遠目まで行ってから戻ってきて、途中で妻と再会。今度は車椅子を押してまた逆戻りした。

 右手の方はずっと河川敷の草叢みたいなんだが、少し開けたところがある。後で調べると吹上飛行場という滑走路があるみたいだ。

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吹上飛行場:空港探索・3:SSブログ

 

 4時過ぎくらいになるとだいぶ人もひけてきて、コスモス畑も遊歩道も人がまばらになってきたので帰ることにした。帰りに東松山のマックでおやつと称して軽食をとった。妻はダイエット中とのことらしいのだが、しっかり月見バーガーのセットを食していた。

 帰宅して歩行距離を見てみると9キロ近く歩いていた。

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「ゴッホ展」に行って来た

 14日木曜日、東京都美術館で開催中の「ゴッホ展 響きあう魂 ヘレーネとヴィンセント」に行って来た。

 ゴッホは日本人大好きだし、多分2021年芸術の秋の様々な企画展の中では確実に目玉的な展覧会だと思っていた。個人的にいうとゴッホは若い時はけっこう好きだったけど、歳いってからはなんとなく食指が動かない。あの熱量とか激情みたいなものが、若い時はすっと入ってくるのだけど、そこそこ人生枯れてくるとみたいな面持ち。

 いちおう出来ればどこかで観に行きたいとは思っていた。ただ多分混んでいるだろうしと少し敬遠していたのだが、ツィッターか何かでゴッホの点描作品が出品されているというのを見て、これはいかなくてはと決行することにした。

 ウィークデイの木曜日ということで少しはましかなと思ったけど、やっぱりというか当然というかけっこう混んでいて、作品の前にはゾロゾロと列が続いていて、音声ガイドのマークがあるところでは流れが滞ってといういつもの混んでる美術館の風景が。入ったのは2時近くだったのだけれど、時間が経つにつれて人増えているような感じだった。この分だと土日の込み方は多分半端ないと思う。まあゴッホだし。

 今回の企画展の売りは、ゴッホの世界最大の個人収集家だったヘレーネ・クレラー=ミュラーにスポットをあて、彼女が収集した作品を広く人々に公開するために創ったクレラー=ミュラー美術館の作品を中心にしている。さらにゴッホ作品を相続したゴッホの弟テオの妻ヨー(ヨハンナ・ファン・ゴッホ=ボンゲル)とその子によって作られたフィンセント・ファン・ゴッホ財団によるファン・ゴッホ財団からも4点が出品されている。

 またクレラー=ミュラーゴッホ作品だけでなく、写実主義から印象派、新印象派象徴主義キュビズムなどの作品も収集しており、ミレー、ファンタン=ラトゥール、ルノワールピサロ、スーラ、シニャック、ルドン、ブラック、モンドリアンなどの作品も出品されている。

 

 気に入った作品をいくつか。

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『ポー=アン==ベッサンの日曜日』(ジョルジュ・スーラ) クレラー=ミュラー美術館

 制作点数の少ないスーラの作品を観ることができるのは嬉しい。この作品は構図において明らかに浮世絵版画のそれを踏襲している。風にたなびく旗は大胆にカットされ、前面の手摺(?)は近像型構図のように大きくクローズアップされている。

 以前、どこかの美術館でガイドさんがモネの絵は離れてみればその良さがわかりますというようなことを仰っていて、割とどこへ行ってもそれを実行している。まあ、離れて観れば視覚混合が起きるという、それだけのことだ。経験則でいうとモネの場合はだいたい5メートルから7メートルというのが効果的かもしれない。

 当然、視覚混合を狙った点描派の作品もそうなのだが、計算された細かい点によって描かれたスーラの作品はどうかというと、5メートル以内でも視覚混合がおきる。なんなら3メートルくらいでも美しい画面が網膜内で再現されるみたいな感じだ。これが科学に基づいた点描画法かと改めて再認識。

 近くにあったピサロの絵などはやはり3メートル以上離れた方がいいように思えた。今回出品されスーラの隣に展示してあるシニャックの『ボルトリューの灯台』もシニャックにしては点描が小さくスーラのそれと近似している。その後、点描が次第に大きくなりフォーヴとの境界線に踏み込むようになった作品だと、もう少し離れて鑑賞した方がいいかもしれない。

 

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キュクロプス』(オディロン・ルドン) クレラー=ミュラー美術館

 よもやゴッホの展覧会でルドンのこの絵と巡り合えるとは。クレラー=ミュラーが所蔵していたんですね、と素直な驚きと感動。ぶっちゃっけ、スーラとルドンを目にすることができただけで、この企画展に来た甲斐がありました。って、ゴッホがないんですけど。

 「キュクロプス」で描かれているのは、ホメロスの『オデュッセイア』に登場する一つ目の人食い巨人ボリュフェモスだ。彼はポセイドンと海のニンフであるトーサの間に生まれた。ボリュフェモスはニンフ、ガラテアに恋して彼女の恋人を殺してしまう。不気味な一つ目巨人は、自分の恋するガラテアを遠くから覗いている。憧憬やらなんやら複雑な思いを込めて。

 最初、この絵を本とかで観たときはなんだこれ、みたいな感想を持ったが、そうしたギリシア神話の背景とかを知ったうえで観ていくと、別種の感想をもつようになる。異形なものの愛するものへの憧憬の眼差し、それはどこかで自分が他者とは異なるという強烈な自意識を抱えていたルドン自身の投影かもしれない。

 象徴主義作品を読み解くには、その背景となる文脈、物語性への理解が必要なのかもしれない。聖書や古典作品への理解が進むと、例えばラファエル前派とかモローの作品への理解が増すのかもしれない。

 

 さてとゴッホ作品。結局これが観たくて来たといっても過言でもないゴッホの点描的習作。

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『レストランの内部』(ゴッホ) クレラー=ミュラー美術館

 1887年頃の作品。ゴッホが点描法を実験したものだが、家具類は通常の筆遣いで描いているが、壁や床の点描はスーラの作品をかなり研究したようにも思える。ゴッホは絵画表現の中でも特に色彩表現を研究し、試行錯誤した人だったのということが、なんとなく伺える作品でもある。単なる激情型の人物、精神的不安定であのグルグル回る空や道、揺れる木々を描いたわけではなく、色彩表現の追求の中で描かれたものだったということがなんとなく理解できる。

 

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『種まく人』(ゴッホ) クレラー=ミュラー美術館

 ミレーを敬愛していたゴッホが、ミレーの『種まく人』を翻案したような作品。ゴッホは書簡集の中でこんなことを書いている。

「ミレーとレルミットの後に残っているものといえば・・・それは種まく人を、色彩を使って大きなサイズで描くことだ」

 ミレーの写実主義を色彩表現によって新たなものに再構築する、そういう試みだったのだろう。この作品は例えば日本の画家にも多大な影響を与えている。萬鉄五郎はこの太陽の表現をそのまま習作で何度か再現している。

 この作品を試しに数メートル離れて観てみると、趣がまったく変わってくる。それも5メートル以上、理想的には7メートル以上離れてみると網膜内でより美しい作品として再現されるような感じになった。そうか色彩表現の画家ゴッホの筆致、筆触分割は当然のごとく視覚混合を狙った試行錯誤の連続だったのかと。

 まあこれらがゴッホについていえば、常識の範疇なのか、あるいはニワカの自分の単なる誤解なのかはわからない。でも、そうやって離れて鑑賞してみるとたしかに糸杉はそれまで自分が見てきたものとは異なったもののようにも思えてきた。

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『夜のプロヴァンスの田舎道』(ゴッホ) クレラー=ミュラー美術館

 このおどろおどろした空と小径のグルグルとした表現、今までは精神を病んだゴッホの心象風景のように考えていたのだが、これが離れてみると全然別の者に見えてくる。目の中で再現される景色はけっして一様で同質のものではない、光の加減で、観る者の視点により様々に変化する。それを色彩によって表現するためのある種の技法表現だったのではないかと、まあ適当に考えている。いわば点描とは異なる、線描表現のような。なんかこうゴッホの表現について書かれた研究書とかを少しかじってみたい誘惑にもかられる。

 

 今回のゴッホ展、これまでのゴッホについての通り一辺倒な理解とは異なるものをなんとなく感じることができた。またゴッホ以外の作品もなかなか充実している点も含め、良質な展覧会だったと思う。出来ればもう一度、いやもう何度か足を運びたいと思う。でも、めちゃ込みなのがちょっと・・・・。

岐阜県美術館~「ミレーから印象派への流れ」 (10月9日)

 岐阜公園から車で15分、3時前には岐阜県美術館に着いた。ここには確か2018年に一度来ている。ちょうどその時は1年間のリニューアル休館に入る直前で、蔵出しのような所蔵名品展が開かれていて、目玉となるオディロン・ルドンも岐阜ゆかりの川合玉堂前田青邨、山本芳翠など素晴らしい作品を目にすることができた。

岐阜県美術館 - トムジィの日常雑記

 今回はというと企画展「ミレーから印象派への流れ」展が行われていた。

ミレーから印象派への流れ | 岐阜県美術館

  この企画展は以前横浜そごう美術館でやっているのを見逃したもので、その後地方巡回で各地を回り、岐阜県美術館が最後というもの。展示作品はフランスのバルビゾン派印象派の秀作をコレクションしているトマ=アンリ美術館、ドゥエ美術館、カンベール美術館、さらにイギリスのウェールズ美術館の収蔵品だ。

 写実主義バルビゾン派の流れから印象派へ、さらに新印象派やナビへというフランス近代絵画の流れを追う系統展示だ。その中で大家の作品もコロー、ミレー、クールベからブーダン、モネ、ルノワール、シダネル、セリュジェ、ドニ、ボナールというよく知られた大家以外にも、デュティーユ、クワッセグ、クラウス、ゴーティなどなど、多分自分がよく知らない画家のものも多数出展されていて、なかなかに見応えのある企画展だった。

 さらにこの日は金曜日で、夜間会館の日だったので閉館は8時まででゆっくりと観ることができた。もっともその後、埼玉までのロングドライブが待っているのでそれほど遅くまで観ることは出来なかったが、閉館間際の駆け足みたいなせわしないものではなく、ゆったりと観ることができた。なんなら常設展の方にも行ったのだが、以前見たような所蔵名品はほとんどなく、ルノワールやルドンが数点、あとは現代絵画ばかりだった。

 帰りがけに受付の女性に聞いてみたところ、今回はルドン、フジタ、玉堂、芳翠らはお休みで、日本画の名品はごっそり福井県立美術館の方に行っているとのことだった。その説明をしてくれた女性は、おそらく四コマ漫画ミュージアムの女』を描いている宇佐江みつこさんだと思った。3年前にミュージアムショップで本を購入してサインしてもらった記憶がある。

 

 企画展で気になった作品を幾つか。

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『アラブの語り部』(ジャン=フランソワ・ミレー) 1840年

 ミレー26歳の時の作品。当時のフランス絵画はロマン主義が主流であり、ミレーもそうした習作を幾つも描いていたようだ。画題、モチーフ、色調、構図、どれをとってもドラクロワである。

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『雷雨』(ジャン=フランソワ・ミレー) 1847年

 これももろにロマン主義的な作品。子どもを連れて薪拾いに出かけた女を突然の雷雨が襲う。ミレーの育ったノルマンディー地方は海沿いでこうした強い風が吹きつけることが多かったのだと。そういえばこういう嵐のような風雨に揺れる木々と人物を描いた絵、他にもあったように思う。全体の色調はなんとなくドラクロワの影響化にありつつも、人物の表情などにはミレーの特徴が出てきているような気がする。

 

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『風景、夜の効果』(コンスタン・デュテイユー)

 どっからどこをとってもコローである。この絵の近くにコロー作品もあるので、ますますコローと思ってしまう。デュテイユーって誰、自分は初めて観る画家である。図録によると1807-1865年、ドラクロワに傾倒していたが、コローと出会い親交を深め、その影響下で自然主義に基づく風景画描くようになったとある。さらに自然主義ロマン主義を融合させるような絵を手掛けているのだとか。

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『オランダの風車』(ブーダン

 同時代でオランダの画家ヨンキントとともに風景画、特に海景画を描いているブーダンはオランダ風景画の影響が強いのだと思う。いつもはもう少し灰色がかった白が基調となるのだが、この絵はそれと異なり美しい青で描かれている。自然主義的だがどことなく印象派的な萌芽も感じられる。その後、空の王者と呼ばれるように空、雲の表現に卓抜なものを見せるが、この絵ではやや控えめだ。家に飾りたくなるような作品。

 

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『海』(シャルル・クワッセグ) 

 シャルル・クワッセグ(1833年-1904年)、初めて目にする、耳にする画家だ。もともとは船員として世界中を航海し、その後に画家になったという。海景画、パノラマ画を得意にしたという。

 

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ルーアンセーヌ川』(アルマン・ギヨマン)

 アルマン・ギヨマン(1841年-1927年)はパリ生まれの画家。セザンヌピサロと親しく交流し、たびたびそれぞれと一緒に屋外写生を行っている。ピサロの推薦で第1回から第8回までの印象派展に6回出品している純然たる印象派、もしくは印象派周辺の画家。ゴッホの弟テオとも親交があり、テオはギヨマンの絵を数点購入している。ゴッホもギヨマンの明るい色彩に影響を受けているという。

 ギヨマンのエピソードで面白いのは、1891年に宝くじで大金を手にし、それ以降生活に困らなく絵に専念できたという幸運な持ち主であること。その色彩表現はフォーヴィズムにも影響を与えたという。

ジャン=バティスト・アルマン ギヨマン-主要作品の解説と画像・壁紙-

 

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『リス川にかかる霧』(エミール・クラウス)

 エミール・クラウス(1849年-1924年)はベルギー印象派の一人だ。モネの影響が強いのだろう、この絵などどこからどこまでもモネだ。筆触分割から一時は点描など新印象派的な作品も描いている。この人の作品は何点か、特に点描のそれを観たような記憶があるのだが。クラウスは後に多くの学生の指導を行い、日本人画家でも太田喜三郎、大原美術館のために尽力した児島虎次郎などを指導している。

 

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『服を脱ぐモデル』(ボナール)

 

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『日曜日』(アンリ・ル・シダネル)

 シダネルは点描や象徴性の高い作品を描く画家である。自分の感想だと、なんとなく人物不在なのにどこか人物の痕跡を思わせるような風景画を描く人という印象がある。だが、この絵には12人の若い女性がいる。美しい、美しい絵だ。今回の企画展で自分が一番気に入った絵でもある。この絵にもしこの12人の女性が描かれていなかったら。それでも絵としては成立するかもしれない。12人の女性のいた痕跡を残して。彼の絵にはどことなく異界へ観る者を誘うような不思議な感覚がある。多分、自分の勘違いか何かかもしれないけれど。

 

 この企画展「ミレーから印象派への流れ」は10月21日までということだ。さすがに距離的にもう一度行くのは難しいけれど、近くだったら確実にリピーターになっていると思う。岐阜や愛知近辺にお住まいの方にはぜひ行って欲しい企画展だ。蛇足ながら、岐阜県美術館は建物の外部、内部も美しい。図書館と道路を隔てて建つ建物はや入り口前の庭園もゆったり寛げる空間。といいつつ次、自分はいつ行けるだろうか。岐阜は遠い、遠いのである。

岐阜城にも行く (10月9日)

 最終日、京都の宿を出て速攻で岐阜を目指すことにした。最初は京都で美術館とも思ったのだが、9月に京都市京セラ美術館で上村松園を観ているのと、現在の常設展示ではなんとなく食指が動くものが少ないことなどからパス。逆に岐阜県美術館では印象派系の企画展をやっていることなどから久々に岐阜に行くことにした。

 妻は基本、私と一緒に美術館行くので、絵を観るのは嫌いではない。最近は、彼女の方から絵を観に行こうと誘うこともある。空いている美術館だと、車椅子を自走させて自分のペースで周ることもよくある。でもやはり絵だけだと物足りないので、付加価値というか、例えばスイーツだったり、周辺の観光だったりとかがあるとより喜ばしい。

 今回も美術館の近くに観光名所はないかと宿でググってみると、美術館から15分くらいのところに金華山岐阜城があることがわかり、それを伝えると興味津々の様子。そこでまず金華山観光、その後で美術館ということにした。ただ前日の姫路城のことがあるので、観光に時間をかけると美術館が駆け足になる。まあそのときはそのときということで。

 岐阜には名神高速道路で向かうのだが、以前来た時にはなかった新しい道路も開通している。養老ICから東海環状自動車道に入りそこから終点の大野神戸ICまで行き、そこから下道を走る。まあこのへんはナビの言われるままに走っているので方向とかはまったくわからない。あとで思うとそのまま名神を進んで羽島とかそのへんのあたりで降りて北上するということも出来たのかなとか思ったり。まあ土地勘ないからいずれにしてもナビのいいなりだけど。

 京都を10時前に出て金華山には12時少し前に着いた。まず車を隣接する岐阜公園の駐車場に止めて、岐阜公園内にあるロープウェーの麓駅を目指す。駐車場付近から遠く山上には小さく岐阜城が見える。

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 係の人に聞くと山頂付近からは階段や急な坂道ばかりで車椅子を使う場所がないという。これって下田の寝姿山ロープウェーのときと同じである。しかたなく車椅子は畳んでベビーカーなどが置いてある一角に置いておく。

 ロープウェーには席がなく、乗客は吊り革につかまったりして立ったままの状態。係の人が気を利かして妻のために折り畳み椅子を用意してくれた。有難い。

金華山ロープウェー

金華山ロープウェー - Wikipedia

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 途中で見える三重塔は大正年代に建てられたもので、塔の考案は明治神宮などを設計した伊東忠太、場所の選定は岐阜に所縁のある川合玉堂が行ったといわれているとか。

岐阜公園三重塔|岐阜市公式ホームページ

 そして山頂に着くと、そこから普通の人だと徒歩10分くらいで岐阜城まで行けるのだが、妻の場合は多分その倍以上かかる。手摺のあるところは手摺につかまりながらゆっくり歩く。手摺のないところは私が手を引いていくのだが、そうするとどうしてもぐらぐらしてしまうので少し長い距離だと難しい。そこで私が前に立ち、肩に手をかけて一段ずつ登る。まあえらいこと時間をかけてゆっくりと行く。これが往復だから本当に時間がかかった。

 近くまで来ると岐阜城はこぶりだがなかなか美しく、姫路城とも遜色がない。ここが斎藤道三織田信長の城だったかと、なんとなく大昔に読んだ司馬遼太郎国盗り物語』や大河ドラマ平幹二朗高橋英樹近藤正臣火野正平のことなんかを思い出してみる。

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 木々の間から撮った岐阜城はなんとなく浮世絵版画っぽい表情。

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 城に着くと山城なので見晴らしは実にいい。蛇行して流れる長良川とその両側に広がる市街地の景色もなかなかだ。時期によっては夜景も楽しめるという話も聞いた。

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姫路市立美術館 (10月8日)

 姫路城の後、近接した姫路公園内にある姫路市立美術館へ行った。

 私的にはこちら行くのが目的、それは9月に、同館が所蔵するマティスの絵が松方コレクション作品の可能性があるという朝日新聞の記事を読んで、機会があれば行ってみたいと思ったから。

姫路のマティス「松方コレクション」か - トムジィの日常雑記

 姫路市立美術館は赤レンガ造りの雰囲気のある建物で、もともとは姫路陸軍兵器支廠の倉庫として建築され、戦後一時期は姫路市役所として利用されていた。1983年に再生利用され美術館となったという。

姫路市立美術館 - Wikipedia

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姫路市立美術館:トップページ

 メインの企画展として現在は、グラフィック・デザイナーにして現代アート作家の日比野克彦の展覧会を行っている。日比野は若い時からけっこう好きで、作品を目にする機会も多かったし、興味もあるのだが、今回は時間の関係でパスすることにする。

 とにかく姫路城でかなり時間を費やしたため、美術館での滞在時間は30分程度。すぐに京都に向かわないと、予約している健保の保養所の食事に間に合わなくなる。ということで元々目的としていた西洋近代美術のコレクションのみを駆け足で観ることにした。

國富奎三コレクション室について | 姫路市立美術館

 地方の金満医師が蒐集したコレクションを市の美術館に寄贈し、これを常設展示しているというもの。

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 その展示作品は40点弱だが素晴らしい作品ばかりだった。

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『湖』(コロー)

 縦長の作品が多いコローにしては珍しい横長の作品。この作品も松方コレクションから売り立てられたもののようで、図録には「『第三回松方氏蒐集絵画展覧会』において《風景》と題されて出品された」という記載がある。

 

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『花咲くプラムの木』(ピサロ

 美しい絵である。1889年の作品で一時期傾倒したスーラらの点描法から少しずつ本来の印象派的な筆致に戻りつつある、そんな時期の作品のように思える。この絵は以前にもどこかで観た記憶がある。図録によると「メアリー・カサット展」(横浜美術館)2016年という貸し出し記録が掲載されている。この企画展展は観ているので図録を引っ張りだすと、119Pに掲載されていて姫路市立美術館所蔵とある。なるほどと思った。

 

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『ル・プティ=ジュヌヴィリエにて、日の入り』(モネ)

 1874年の作品。この年は第一回印象派展が開催された年で、印象派という呼称の起源となるモネの『印象、日の出』が出品されている。いわば『印象、日の出』と同時期制作されたまさに印象派の出発点となるような作品といえるかもしれない。

 この絵はモネ作品の中でもかなりポイント高いと自分は思った。鑑賞のベストポイントは5メート以上離れた方がいいかもしれない。この会場ではそこまで距離はとれないが、対面の壁ぎりぎりのところから観ていると、飽きずに何時間でもいられるような気がしてくる。

 

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『川沿いの村』(ヴラマンク

 1913年の作品。ヴラマンクにしては激しい色彩も、また重苦しい雰囲気もない。全体としてセザンヌの画風の影響が強い。そしてどことなく浮世絵的な構図を感じさせられる。

 

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『赤い服を着た女』(アンリ・ルバスク

 ポスト印象派、親密派の範疇に入る画家。個人的には東京富士美術館の何度か観た『ヴァイオリンのあるマルト・ルバスクの肖像』という自分の娘を描いた作品がけっこう気に入っている。このモデルの雰囲気もちょっと似ているので、ひょっとしたら娘のマルト・ルバスクをモデルにしているのかもしれない。

 

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『ニース郊外の風景』(マティス

 そして目玉というか目的の作品である。1918年製作で、すでにフォーヴィズムの旗手として活躍している時期だが、この作品の色遣いは抑えめで印象派的な雰囲気もある。数メートル離れると雰囲気が変わってくるような感じで、美しい作品だ。600キロ以上も離れた姫路まで来た甲斐があったとしんみり思っりもした。

 

 駆け足の鑑賞だったが、このコレクション展示は十分楽しめた。地方の金満家がそのコレクションを惜しげもなく自治体に寄贈し、常設展示され市民が日常的鑑賞できる。なんとも素晴らしいことなのだが、このコレクションの寄贈主、調べるとよからぬ不祥事を起こした医師でもあるようだ。

 ネットでこの人の名前と事件、逮捕などというワードで検索してみると、目を覆いたくなるような事件の情報、主に掲示板関係のものがヒットする。2004年のことなので、事実なのかどうかその詳細はわからないが、未成年少女へのわいせつ事件で起訴され示談にて不起訴となっているという事件のようだ。

 蒐集したコレクションに罪はないのだが、もしそれが事実だとしたら、展示作品の価値がなんとなく気持ち的に減じてしまうような気がする。それはちょっと残念なことである。

姫路城に行く (10月8日)

 淡路島を後にして姫路へと向かう。

 目的は二つ。一つは姫路市立美術館に行くということ。これは私の希望。もう一つは姫路城に行くこと。これは妻の希望である。

 妻は一種一級の片麻痺だが、懸命なリハビリの結果短い距離で手摺などがあればなんとか自立歩行ができる。発症当時、救急搬送された国立病院の医師から「良くて車椅子。寝たきりの可能性が高い」と言われたことからすればよくぞここまで回復したとは思っている。でもその後、同じく国立のリハビリ専門病院の医師からは、「梗塞巣が大きい。障害は固定されているので改善の余地はなし」とも言われた。医者って、けっこう患者の希望を打ち砕くような冷徹なことを明言するなとは思った。

 でもその医師からはその後熱心にリハビリ治療を続けていただき、通常3ヶ月の入院期間を、途中最初に入院した病院での手術で一時転院した後に再度受け入れていただき、都合6ヶ月という異例の長期リハビリ治療を受けることができた。その結果が短い距離の歩行、OTの成果で衣服を自分で着たり脱いだり、簡単な料理が作れたりなどで今に至る訳だ。

 そうなると妻は好奇心を発揮し、いろいろなところへ行きたがりとなった。その結果、城好き、吊り橋好きなどなど。まあ介護する方も応分の負担はあるにしろ、出来るだけのサポートはしてきた。

 姫路城は実は以前にも一度チャレンジしている。その時も様々な難儀を超えて大天守までたどりつき、天守内でも急な階段を1階上まで登っている。

姫路城について - トムジィの日常雑記

 あれから13年、少しはバリアフリーが進んでいるかと思いきや、大改修を経ても基本歴史的遺物のためモダンなバリアフリーはほとんど進展がないようだ。

姫路城は車いすで見学できますか? | FAQ | 姫路市

車いすの貸し出しは行っておりません。
姫路城は江戸時代初期の平山城で、46メートル程の小山の上に築かれていることから、坂と階段が多く、車いすでお越しの場合は、経験豊かな3名程度の介助者の随行がご本人の安全のために必要です。(介助者が1人では危険です。門の手前の坂や門を越える時に介助が必要となります。)
なお、建物内は、エレベーターも無く、手摺があるものの非常に急で狭い階段になっているため、車いすでの見学はできません。

 「経験豊かな3名程度の介助者」、「介助者が1名では危険です」。なんかハードルが上がっている感じがする。そういえば前回も坂道を登るときに、親切な方々に何度か手助けをしていただいたと自分の記録にもある。13年前よりも確実に老いた自分一人ではかなり難しいかとも思ったが、とりあえず行けるところまでというつもりで行くことにした。行くにあたっては幾つかのサイト情報を参考にした。

姫路城公式サイト:トップページ

姫路城にバリアフリーを - ほんまやで~新聞はてな版

姫路城 - バリアフリーマップ -

姫路ユニバーサルツーリズム 認定特定非営利活動法人 コムサロン21 事務局

 そして駐車場については13年前は大手前公園地下駐車場に止めたのだが、そこから城へはけっこう歩くのと、出来れば城見学の後で美術館に行きたいということもあり、美術館に一番近い姫山駐車場に止めることにした。

駐車場管理事業 | 一般財団法人姫路市まちづくり振興機構

 まずは駐車場付近からの美しい姫路城のお姿。

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  姫路城の大天守に行くには基本的には西の丸のルートから行く。ただしここは階段が続いていて車椅子で行くのは無理。入り口で案内をしてくれているボランティアさんから、大天守の下まで階段なしで行けるのは出口コースの方といわれた。さらに一名、やや高齢(多分自分と同じ年齢)の方がサポートをしてくれて、急な坂道の部分で車椅子を引き上げてくれた。とはいえそれでもけっこう後ろで押す自分の負担は大きく、平坦な備前丸附近に来た時は息が上がっていた。13年の歳月ってやっぱり諸々あるんだなと実感する。サポートの方が車椅子引っ張って一気に行くので、自分としては休み休み行きたいところだったというのもある。

 個々の場所でいうと入り口付近のS字型の坂の部分、道路いっぱいに使て登りたいところだったのだけど、ちょうど遠足に来ていた小学生の集団と一緒になったので、蛇行登りが出来なかった。その後も天守内でもこの集団を先に行かせたりとか諸々あった。でも、子どもたちはよく挨拶してくるし、それに答えていくと「こんにちは」「こんにちは」「こんにちは」と連呼し続けるみたいになる。なんとなくイントネーションが関西化していくのが自分でもわかる。まあ子どもたち元気があってなにより。

 難所の部分ユニバーサルマップの赤三角の③④⑤のあたり。帰りは自分一人で後ろ向きになってゆっくり降りたけれど、登りは介助者一人は姫路市のいうようにかなり難儀かもしれない。まあ転倒とかそのへんを考えるとサポート一名は必須かもしれない。

 平坦な備前丸を抜けるとそこからは階段になる。階段脇に車椅子を置かしてもらい、手すりをつかって登る。それから大天守内に。大天守は6階まであり前回は2階までだったが今回は。まあある程度、妻のリベンジは果たされた。

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 しかし城巡りは車椅子押してる側はけっこうシンドイ部分がある。13年前も次はないなと思ったけど、今回は間違いなく次はないと思っている。