先日、久々にスポーツサンダルを買った。これまで使っているものがだいぶヘタってきていたので、そのうち買わねばとは思っていた。とはいえ今はスポーツサンダルもけっこう高い。だいたい7~8千円は普通にしていてなかなか手が出ない。最近はスニーカーでもそのくらいの値段のものは躊躇する。まあ高齢者なので、スポーツブランドみたいなものに拘る必要もないのだろうが。
買ったのは特売品で4千円くらいだったか。エドウィンのスニーカータイプでかかとが硬いハンズフリーで履けるもの。まあそれはどうでもいい。
それまで履いていたサンダルは多分中国製。いや今売られているスポーツサンダルはたいてい中国かあるいは東南アジア製だとは思うが。そして買ったのはAmazonだ。さていつ頃買ったのだろうか。なんだかんだで10年近く経っているのではないか。試しにAmazonの購入履歴をつらつら眺めることにする。適当にあたりをつけて2017年あたりから遡るとビンゴである。2016年の8月にAtikaという中国製のアウトドアサンダルを買っている。
ジャスト10年前か。なんかまた遠い目になってしまうな。しかし10年前に買ったスポーツサンダルがいまだ現役というのも凄い。というかあまり履いていなかったのかもしれないな。サンダルはこの中国製とハイドロテックの涼風爽快というドライビングサンダルを併用している。涼風爽快は3~5年に一度買い替えているから、こっちの方を履く機会が多いのかもしれない。
10年前のサンダルを買った前後にAmazonで購入しているものはというと、ティンバック2のメッセンジャーバッグなどやたらと自転車用品が多い。多分、その頃にルイガノのシティサイクルを買ったのだろうか。夢の自転車生活に憧れていたのかもしれない。とはいえあまり自転車には乗らなかったような。
ルイガノはまだ持っているが、ほとんど乗っていない。あまり出番のないまま10年経過してるから、これはもう廃棄することになるんだろうな。しかし自転車自体に乗らなくなっている。なんだろうね。出不精だし、買い物の類は車を使うし。
一度、自転車で転倒して頭を打ったことがあった。夜だったけど、特に段差とかでもないのに。ちょっと心配だったので翌日には病院でCTをとったりもした。それが契機になったかどうかは判らないけれど、なんとなく自転車を敬遠する部分もあるかもしれない。年取ると諸々リカバリーができない。
その他、購入履歴をみるとだいたいのパターンが決まっている。まずはガジェット類。これはイヤホンだったり、メモリだったり、スマホのケースだったり、プリンターのインクだったり。あとは充電式の電池なんかも。当時的にはブルートゥースイヤホンが出始めだったようで、中華製をいくつか購入しているみたい。そういえばAirPodsも2016年に発売されたんだったか。
CDもけっこう買っている。ニルフ・ロフグレン、スタン・ゲッツの廉価版CD4枚組セット、ボブ・ジェームスのベスト盤、ロス・インディオス・タバハラスのベスト盤、ローラ・ニーロなんかも。ときおりレイ・コニフとか訳の分からないものも購入している。たぶんこれってほとんど聴いてないな。
この頃から美術史に目覚めたみたいで、『カラー版西洋美術史』といった西洋美術の教科書や入門書も買っている。
いやはや10年ひと昔とはいうものの、ちょうど還暦を迎えた頃なんだが、今と基本的にはあまり変わっていないような気もする。
ちなみにAmazonの購入履歴は2004年まで遡れる。この頃はほとんどが書籍ばかり買っている。Amazonのサイト自体が2000年にオープンし、本・洋書の販売を開始している。2002年にマーケット・プレイスを開始、2003年に家電販売を開始している。なので最初は書籍以外の商品の扱いはかなり限定的だったのだろう。自分の購入履歴が2004年なのは、ひょっとするとAmazonのシステム上、購入履歴が見れるようになったのが2004年からなのかもしれない。新しもの好きだから、試しに本の注文をオープン当初にもやっていそうだが、その頃はなんとなく本はあくまで本屋で購入みたいな意識が働いていたのかもしれない。
Amazonの購入履歴が2004年からということで、20数年の自分のネットでの購買行動が見て取れるということになる。これってけっこう凄いことかもしれないと思う反面、なんでそんなもの買ったんだというような気恥しい部分や突っ込みもあったり。そのうちどこかでつらつらと、あるいはじっくりと眺めてみようかと思ったりもしないでもない。
ちなみに購入日、購入商品、購入金額はわかるけれど、例えば何年に合計いくら買ったかというのはわからないみたいだ。もっとも合計金額が一目瞭然となったら、無駄遣いの数々にそれこそ発狂するかもしれない。さらにいえば購入履歴をダウンロードすることもできない。これはあくまで個人の記録というよりもAmazonがマーケティングのために使用するデータだからだろう。
しかし個人の購入記録が20年以上も閲覧可能にしているというのもある意味凄いことだと思う。たぶん日本の通販サイトであれば、データはすぐに消却してしまうだろう。サーバーには容量の限界があるとか、プライバシーの問題があるとかなんとか。でもきちんとセキュリティを確保したうえで、個人の購入履歴を全部残しておく。このへんが通販サイトとしてAmazonが独り勝ちしてきた理由かもしれない。徹底したデータ主義、そしてデータを保存し活用するためのシステム構築。それが例えばAmazonのクラウドサービスAWSなどにも繋がっているのだろう。大規模データーセンターによるデータの蓄積とその運用・活用。
AmazonのAIはECサイト向けの「Rufus」や、クラウド部門AWSを通じた生成AIサービス「Amazon Bedrock」や企業向けAI「Amazon Q」などがある。これらを支えているのは、世界中の個人の購入履歴の蓄積とその活用だったかもしれない。Amazonは徹底して巨額の資金を設備投資に回し、キャッシュフロー的には常に赤字ということを続けている。Amazonがどんどんと巨大化していく過程で、とにかく目先の利益を追わない、利益確保による株主配当などよりも設備投資を続ける。各国、各地での配送センターの増設、そして世界中に巨大なデーターセンターの建設を続けているとは、以前なにかで読んだ記憶がある。
技術や設備への果断なき資金の投入。だからこそ、東アジアの一個人の20年かそこらの購入履歴程度のデータは簡単に保存し続けることが可能なんだろう。
サンダルの話から脈絡もなくずいぶんと飛躍した大規模な話にとんできた。
しかしAmazonが米国ナスダックに上場したのが1997年。日本上陸は2000年である。アップルがiPodを発売したのが2001年、iTunesの配信は米国で2003年、日本では2005年にサービスが開始している。たかだか30年経っていないのに、世の中はえらいこと変わった。それでいて個人の購買行動は、こと自分自身に限定していえばこの30年、ほとんど変わっていないというオチ。
しかしなんだなあ、2000年代初めにアップルやAmazonの株でも買っていたらなあ。再び遠い目をしてみる。

![テオレマ [4Kスキャン版] (字幕版) テオレマ [4Kスキャン版] (字幕版)](https://m.media-amazon.com/images/I/41rDcIoSyvL._SL500_.jpg)











































































