伊豆旅行に行って来た

 24日から26日まで、伊豆伊東に小旅行してきた。いつものように伊東の健保の宿が取れたから。この宿は健保の宿の中でも一番最近にリニューアルしてあり、諸々バリアフリー化されているので人気が高く、ウィークデイでも予約がとれず、二ヶ月先の抽選でもなかなか取れない。今回が運よく抽選に当たったから。

 平日でも当然部屋は満席状態で、自分たちと同じように多分リタイア組みの老夫婦や友だち同士が多く。いつもは車椅子用の駐車場に車を止められるのだが、今回は先に一台車が止まっていた。中年の夫婦が両親を連れて来ていて、母親が車椅子ということのようだった。まあそういうものだ。

 高齢化社会である。車椅子の親を連れて来る、うちのように車椅子の配偶者を連れて来る、などなど。広くて乗降がしやすい車椅子用の駐車場は一台分では足りなくなる、もうそういう社会になってきているのかもしれない。なんならすべての駐車場を入り口に近くはできないにしろ、スペースを広く取ることが必要になるのかもしれない。

 

 初日はいつも宿まで行く途中に観光をいれるのだが、今回は前々日から子どもが久々家に帰っていて、ご馳走したりとかあった。土曜日に友人の結婚式に初めて出るとかで、それようのドレスを持ってきて見せてくれたのだが、ちょっと地味過ぎる感じがしたので、もう少し華やかなものをと一緒にお店巡りをした。24日も千葉まで送りついでに幕張のアウトレットに行ったりした。結局決まらずに仕舞。

 そこでもう一着買うかアクセサリー用にお小遣いを与えたりして、子どもは翌日さらに一人で店巡りをして新しいドレスを買ったとか。あとで試着したドレスの画像送ってきてくれたけど、明るいパステルっぽい紫でよく似あっていた。

 しかしいつまでたっても子どもは子どもだし、親バカは親バカである。なので旅行初日は全部潰れてしまい、宿に着いたのは夕食の開始時間を20分くらい過ぎてからだった。埼玉からわざわざ千葉まで行きそれから伊豆へ行くという。埼玉から千葉、東京、神奈川を経由して静岡で。五県を巡る小旅行である。

 

 翌日は本来、前日に途中で寄るつもりだった箱根に戻り、ポーラ美術館に行った。ピカソの比較的大掛かりな回顧展をやっているという。ポーラ美術館はこれまでも年に数回行っている、自分にとってはベースとなるところなのだが、今年はまだ一度だけ。たしか4月にリヒターの新しく購入した絵のお披露目という企画展に行ったのだったか。

 ピカソ展はなかなかに見応えがあり、その感想は別に記すことにする。今、国内では西洋美術館とポーラ美術館でそれぞれピカソの回顧展をやっていることになる。ピカソの人気の高さ、国内での受容のされ方、そういうことが背景にあるからかもしれない。

 

 26日、最終日はいつものように伊東から下田方面に足を延ばす。今回は妻の希望で、河津七滝(ナナダルと読む)のワサビ丼が食したいというリクエスト。ついでに七滝附近をちょっと散策。その後にさらに南下して上原美術館へ。

 最後に伊東に戻ってグランパル公園のイルミネーションを観た。いずれもどこかで感想とかを少し記してみたい。

 

 伊東から箱根に行き帰りする時には、伊豆スカイラインの有料道路を利用した。大昔、父親と旅行した時に中央分離帯に激突してタイヤがえぐれた記憶があるところだ。スペアに交換したら、スペアがパンクしていて結局えぐれたタイヤで恐る恐る熱海まで戻ってタイヤ交換したことを覚えている。父を連れてドライブした数少ないうちの一つである。

 天気は良くて、行きと帰りにそれぞれ一度ずつ展望スペースに車を止めて駿河湾や富士を眺めた。なかなかに美しい眺望だった。

 

<行きの富士>

 

芦ノ湖

 

<帰りの夕刻の景色>

2022年にビートルズについて思うこと

 旅行から帰ってきて溜まった三日分の新聞を読んでいる。

 朝日新聞の24日夕刊の2面、3面にビートルズにまつわる記事が載っていた。デジタル版ではいかのようになっている。

革新的、ビートルズの到達点 「リボルバー」新版 プロデューサー、ジャイルズ・マーティンに聞く:朝日新聞デジタル (閲覧:2022年11月27日)

 そうか「リボルバー」のリミックス版が再発売されたというのはなんとなく情報として流れてきていた。そしてこの間、ビートルズのリミックスされた新版はいくつか再発売されている。解散して50年以上たったグループのアルバム、音源がまだ商売になるというのも驚きではあるけれど、まだしばらくこういうのが続くのかもしれない。

 そしてこのリミックスを手掛けているプロデューサーが、もともとのビートルズのプロデューサーだったジョージ・マーティンの息子ジャイルズ・マーティンだという。ジャイズルはたしかビートルズの最初のリミックス・アルバム「ラブ」を父親ジョージと一緒に手掛けたのだったか。自分もそのとき彼の存在を知った。

LOVE (ビートルズのアルバム) - Wikipedia (閲覧:2022年11月27日)

ジャイルズ・マーティン - Wikipedia (閲覧:2022年11月27日)

 そんなジャイルズもすでに53歳である。なんかその事実にちょっとした戸惑いを覚えつつも感慨深くもある。ビートルズと一緒に仕事をしたプロデューサーでありビートルズの兄貴分でもあったジョージ・マーティンの息子がすでに53歳になっており、ビートルズサウンドを同時代に蘇らせるような仕事をしているということ。

 

 同じ紙面の2面にジョン・レノンの長男、ジュリアン・レノンが新譜を出したという記事がある。

父への葛藤、超えて ジュリアン・レノン:朝日新聞デジタル 

(閲覧:2022年11月27日)

 自分と母親シンディを捨てて日本人女性の元に走った父親ジョンに対する葛藤。それを越えて父親への思い新たにしたという。

昨年、ビートルズの解散間際を描いた映画「ゲット・バック」を観て「もう一度父を好きになった。彼がどんな父親だったかを思い出させてくれた。楽しくて、愉快で、頭がよくて、生意気で、皮肉屋で・・・・・・。でももの凄い才能がある人。彼がいなくなる前の良かった思い出を蘇らせてくれた」と語る。

 今年の春にはウクライナ支援のため、初めてジョン「イマジン」を公の場で歌ったという。そして9月にはバラードを中心にした新しアルバム「JUDE」を出した。両親の離婚を心配してポール・マッカートニーがジュリアンを励ますために作った名曲「Hey Jude」の「JUDE」だ。


www.youtube.com

 そのジュリアン・レノンも来年で60歳になるという。「父親への葛藤や比較される苦悩を振り去った」という。いささか遅すぎるような気もしないでもないが、42年前に凶弾に倒れ伝説と化した偉大なスーパー・スターを父にもち、同じアーティストの道を選んだ子としてはある意味必然かもしれない。何をしても比較される人生である。

 しかしあのジュリアンが来年には還暦となるという事実。彼が1984年に「トゥー・レイト・フォー・グッドバイ」で音楽シーンに出現したときには、世界中のビートルズファンがなんとも複雑な気持ちで、まるで自分の甥っ子かなにか身内のデビューを見守るような気持ちだったのではないか。少なくと自分はそんな感じがした。

 2022年という年は、例えばジョンが生きていれば82になるという。存命のポール・マッカートニーは80歳、リンゴ・スターは82歳に、そしてヨーコ・オノは89歳。「リボルバー」リミックスさせたジャイルズ・マーティンは53歳になり、ジョンの息子のジュリアン・レノンは来年還暦を迎える。自らの年齢とともに、我々はそういう時代に生きていることを実感させられる。

次なる危機は雇用と金利

 今日の朝日新聞の経済欄に「物価高同水準 40年前の社会は」という記事があった。

物価高同水準、40年前の社会は 第2次石油危機末期、授業料・入浴料も値上げ:朝日新聞デジタル (閲覧:2022年11月22日)

 その後半に今後の予測として森永卓郎へのインタビューが載っていた。その通りになるかは判らないが、なかなか興味深い内容だった。メモ代わりに引用する。

次なる危機は雇用と金利

森永卓郎独協大教授

幅広い品目が値上がりする中で、どのように生活を乗り切ればいいのか。経済アナリストの森永卓郎独協大教授は、物価高が続くのはあと半年で、その後の危機に備えるべきだと話す。別の危機とは何なのかを聞いた。

    ◇   ◇

 いまの物価上昇は資源高と円安による外的要因です。物価高騰が続くのは年内までで、来年中にはマイナスに逆戻りする可能性がある。つまり、歯を食いしばらないといけないのはあと半年くらいだと思います。

 日々の買い物の順序を変えて、安いモノを買って、何を作るか考えるようにすれば出費を抑えることができます。家電など家庭用耐久財もこれから下がり始めるので、無理していま買い替える必要はないでしょう。

 物価高の危機が去ったあとは、雇用の危機、生活全般の危機になります。日本銀行のトップが来春に代わって金融引き締めを始めれば、中小企業の倒産や個人の住宅ローン破産も出てきて、不動産価格が大きく下がる恐れがある。来年は大激動の経済になると見ています。

 デフレになってまず職を失うのは、非正規労働者フリーランスの人たちです。正社員は安易な転職をしないこと。非正規の人は、早めに安定雇用に移ることを考えて欲しい。米国株などへの投資も危ない。為替はいったん潮目が変わると一気に動くので、大きく円高に振れても不思議ではない。もう潮目は変わったと思います。

 住宅ローンも、リスクを避けるには早く固定金利に切り替えた方がいい。変動金利が上がり、返済に耐えられなくなって家を手放す人も出てくるでしょう。(聞き手・北川慧一)

 物価上昇は資源高と円安によるもので物価高騰は年内まで。来年にはマイナスになると。果たしてどうだろうか。ウクライナ情勢が泥沼状態にあり、資源高はまだまだ続くのではないか。とはいえいったん物価高騰が沈静化すると、森永氏のいうように雇用の危機、生活全般の危機が訪れるのかどうか。

 黒田東彦日銀総裁の任期は来年3月まで。次に誰がなってもすぐには今の異次元緩和に手をつけることはないかもしれない。市場は敏感に反応するはずだからだ。とはいえ今のゼロ金利をいつまで続けられるかというと、やはり日銀総裁の交代を節目に政策転換が図られるかもしれない。しかし相当に緩やかな形で行わないと、とんでもないことになるかもしれない。

 それこそ金融引き締めに転じれば、森永氏のいうように中小企業の倒産、個人の住宅ローン破産も出てくるかもしれない。さらに不動産価格の下落も。

 森永氏はここでは触れていないが、異次元緩和が終われば当然株価にも影響が出る。金融引き締めで市場にダブついた金が今は株式市場と不動産に流れている。この金の蛇口がすぼまれば当然のこと不動産価格の下落だけでなく、株式市場も暴落する可能性もある。ただでさえ日銀のETFと年金のGPIFによる大量の株式買い入れによって支えられてきた官製市場であり、実体経済と乖離し続けている。

 不動産と株式の暴落、もしそれが同時に、しかも一気に訪れることになれば、日本発の世界恐慌みたいなこともあるかもしれない。まあそうならないよう日本と各国の政策担当者による調整が図られるのだとは思うけど。

 しかし森永氏の予想するようなデフレ局面は避けられないかもしれない。低金利で金を借りて不動産や様々な投資を行っていた場合は、早目に対処する必要があるかもしれない。そして雇用である。現在の物価上昇局面でも賃金は上がらない。アベノミクスで雇用が増えたといっても、結局非正規雇用が増えただけであり、それは基本的に雇用の調整弁である。不景気、デフレとなれば最初に職を失うのは間違いなく非正規労働者だ。

 さらに雇用流動化を旗印に解雇規制の緩和も検討されている。デフレ局面での企業防衛のため、名目は雇用流動化を理由として解雇規制緩和が行われるかもしれない。そうなれば正規社員も簡単に首が切られるようになる。今、テレビCMでは盛んに転職サイトやヘッドハンティングが喧伝されている。でも、転職して賃金が上がるのはごく一部のキャリアや顧客を抱える人間だけだ。

 森永氏の語る労働者の防衛策は多分正しい。

正社員は安易な転職をしないこと。非正規の人は、早めに安定雇用に移ることを考えて欲しい

 円安局面で資産を円からドルに変える人が多いという。しかし森永氏はこうも警鐘を鳴らしている。

米国株などへの投資も危ない。為替はいったん潮目が変わると一気に動くので、大きく円高に振れても不思議ではない。もう潮目は変わったと思います。

 そしてだ、すでにリタイアしている自分のような年金生活の高齢者はどうするか。多分何もせずじっとおとなしくしていること、嵐が過ぎるのをただひたすら待つこと、それ以外にないのではないかと、なんとなく思っている。

ワールドカップ2022開幕

 なんとなく今回のワールドカップは個人的に盛り上がりに欠ける部分もある。これも年齢のせいかと思う部分もある。そもそもカタールってどこよと、つい最近も地図帳を引っ張り出したり、グーグルマップで確認したりしている。しかし小さい国だね。チームも一度も本大会に出たことがないアラブの小国がいきなり本大会を開催するという。オイルマネーといってしまえばそれまでだけど。

 あまり関心がないとはいっても、始まってしまえば試合を観てしまうのもまあ人情というか。いちおうサッカーファン、特に海外サッカーについていえばかれこれ50年くらいやっている。三菱ダイヤモンドサッカーで海外サッカーに親しんできた。

 リアルでワールドカップをテレビ観戦したのは、自分と同じ世代の者は割とみんなそうだと思うが、あの西ドイツ大会決勝、クライフ率いるオランダとベッケンバウワー率いる西ドイツ戦だと思う。いや~、あの試合はずっと記憶に残っている。開始早々のクライフのドリブル突破とフォクツの後ろからのタックルによるいきなりのPK。そして西ドイツのPKを決めたのは最年少のブライトナー。それからミュラーのあげた決勝点。

 後半、オランダはクライフを最前線に置きロングボールで攻める。クライフはドリブルや華麗なパスだけでなく、ヘッドでも競い負けない。押せ押せの展開の中でも西ドイツはかかんに逆襲などなど。

 1974年のあの大会のあと、三菱ダイヤモンドサッカーでは一試合前後半を二週に分けて延々と放送した。あれもけっこうよく観てた。さらに78年はオランダやブラジルのロングシュートによるスーパーゴールがあったりして、あれもけっこうよく覚えている。

 ワールドカップの試合をビデオで録画を始めたのは多分、一番古いところでは82年大会あたりか。さらに86年のマラドーナの神の手ゴールもしっかりビデオで持っていた。90年の大会も何試合かビデオで持っていたし、次の94年アメリカ大会は多分6割くらいの試合はビデオ録画した。さらにいえばそれらのビデオはDVDに焼き直した。

 その後も98年フランス、2002年日韓、2006年ドイツ、2010年南アフリカ、2014年ブラジル、2018年ロシアと主要な試合はDVDやHDDに残してある。もっとも2010年くらいから録画したはいいがそのまま未視聴のままな試合がほとんどだったりもする。

 ということでいったん始まればけっこう夢中になっている。虎の皮は洗っても落ちないということだ。

 開幕戦のカタールVSエクアドルは凡戦といってしまえばそれまで。とにかくエクアドルの強さと同時に開催国カタールがあまりにも弱い。やっぱりこのチームは開催国に価しないとは思った。幻の1点はVAR(ビデオ・アシスタント・レフリー)判定でオフサイドになったけど、片足が出ていただけで、あれでオフサイドになったら今までのサッカーはどうなってしまうのだろうと思うくらいだ。

 それにしてもあのVAR、あれトライしたらたいていの場合はオフサイドになるし、PKになる。それは人間の目でレフリーするこれまでのサッカーの否定につながるような気もしないでもないな。マラドーナの神の手ゴールも多分、得点どころか一発退場じゃないかと。

 とりあえず開幕戦は実質3-0とエクアドルの圧勝だったということ。

 

 そして本日のイングランドVSイラン戦。実は自分は、根っからのイングランドファン。いつ頃から好きかというと、多分、多分だが74年、78年と二大会出場を逃したあたりからじゃないかと思ったりもする。ケビン・キーガンとか好きだったのよね。その後もガスコイン、プラット、ワドル、オーウェンとか贔屓にしてた。ベスト・マッチは90年大会の準決勝ドイツ戦だったか。最終的にPKで負けたけどあの試合は最終的に優勝したドイツと互角に戦ったと記憶している。

 まあそんなこんなのイングランドファンとしては今回の初戦の感想。とにかく強い、前からプレッシャーをかけてくるイランをものともしないでほぼ一方的にポールポゼッション。さらに左右のMF、サカとスターリングの動きだしの良さ。セントラルミッドフィルダーの19歳ジュード・ベリンガムの動きだしの良さ。とにかく攻撃が多彩。さらにゲームを前線でコントロールするハリー・ケインの存在感。

 得点もトントンと入る。こんなに強いイングランドを観るのは久々かもしれない。まあぶっちゃけのところイランの守備がザルなところもあるのだが。

 個人的にはマンチェスター・シティで10番背負うジャック・グリーリッシュに注目していたのだが、後半になって交代出場。左サイドではあまりボール回ってこず、中盤から後方に下がってボール受けに来たりと、ちょっとこのチームではフィットしてないのかなと思うところがある。交代したスターリングの出来が良かっただけにちょっと期待外れな部分も。まあそれでもきちんと決めるところでは決めるのだから、タレントであることは間違いないと思った。

 得点はベリンガム1点、サカ2点、スターリングはスーパーゴールで1点、交代してほぼファーストタッチでゴールしたラシュフォードf1点、さらにグリーリッシュ1点と合計6点はちょっと出来すぎかもしれない。

 それに対して守備はというと前半は破綻なくと思っていたら、簡単にパス通されて1点謙譲。大量得点でちょっと緊張感なくなったのかと思うもこの1点で終わっていればよかったのだが、最終盤でやらずもがなのPKを与える詰めの甘さ。若干、守備には不安が残ったかな。

 今後はアメリカとウェールズの二試合が待っているが、多分グループBは間違いなく突破するだろう。しかし決勝トーナメントに入ってから強豪国と闘うとなると、今の勢いのままでいけるかどうか。比較的若いチームなので、老獪な南米のチームあたりにやられる可能性もあるかもしれない。

 まずはともあれワールドカップは始まったばかり。しばらくは寝不足になること必須かもしれない。

キーボード入力の矯正

 通信教育のノートをとったり、レポートを書いたりしていてふと思ったのだが、自分のキーボード入力は右手がかなり自己流のようで、Pのキーを薬指で押している。さらにエンターキーも薬指だで右手の小指はほとんど使っていない。一般的にはどうなのかと調べるとPもエンターキーも小指を使うことになっている。

 左手はというときちんとQのキーもAのキーも小指を使っているのに、なんで右手は小指がダメなのか。これはだいぶ以前からずっとそんな気がする。

 もともと自分は高校時代に英文タイプをやっていて、いちおう英文タイプ検定も2級くらいは持っていた。なので世の中でワープロが出回り始めた頃でもすぐにブラインドタッチが出来るようになっていたと思う。

 最初にワープロを手に入れたのが多分26~7くらいの頃だから、かれこれ40年前のことか。なのでその後のワープロからパソコンへの以降にも対応しているし、どの職場でもブラインドタッチでガンガン叩いていたように思うのだが、ひょっとしたらその頃からPのキーやエンターキーは薬指を使っていたかもしれない。

 というのはPはともかくとして、エンターキーは使用頻度が高い。そういうキーはある程度力を入れて打刻するほうがスピード的にも理にかなっていたのではないかと、勝手に思っていたりもする。

 もともと英文タイプライターのキーボード配列はある種使用頻度順になっている。英文的には、多分人差し指で打刻する左のRTFGVB、右のYUHJNMが一番使用頻度が高い。改行はキャリッジリターレバーを右手で払うようにする。

 なので日本ローマ字入力の場合で使用頻度が高いAが小指というのは、機能的にはあり得ないし、同じようにエンターキーも小指というの実はおかしいのではないかと思ったりもするのだ。

 それでも英文タイプである程度ホームポジションとかを身体で覚えた部分もあるので、左手はほぼマニュアル通りにキーを打刻できる。でも右手はというと、スピードを優先するうちに小指ではなく薬指を使うようになって今に至るみたいなことなんだと思う。

 とはいえ小指を使わないのも微妙だし、なんとなくブラインドでの入力でミスが出ることが多い。昔からスピードは早いがミスタイプも多い方だったのだが、最近は歳のせいかミスタッチも増えている。

 タイプについていろいろ検索していると、ブラインドタッチの基本はホームポジションと正しい指使いというのは、どのサイトでも出てくる。さらにはエンターキーを小指で使う人間と薬指で使う人間では、長いキャリアの中で大きな差が出るとか、薬指をを使う人間は打刻音が煩くて、外でパソコン使用の場合迷惑だのというのまである。

 そこまで言うならちょっと試しに矯正してみようかと、最近は出来るだけ小指でエンターキーを試している。もちろんPのキーもだ。するとどうだ、少なくともスピードはえらく落ちる。さらにミスタッチも増えている。右手小指の腱がつりそうになる。いいことはなにもない。

 やっぱり還暦を遠に過ぎてのキー入力の矯正はかなり無理があるみたいだ。それでも出来るだけ、出来るだけ意識してエンターキーの小指押しを続けている。でも文章を考えながら打っていると、小指を使うことに意識を集中させると、思考の整理がとまりリズムも狂ってくる。なのでいつのまにか薬指に戻ってしまう。

 なので教科書などの文章を丸写しするときなどは出来るだけ小指でエンタキーを意識づけているけど、それ以外は薬指みたいな感じでいる。それでもちょっとずつだが、しばらくは小指エンターキー、Pも小指でというのを続けてみるつもりだ。

 

埼玉紅葉巡礼2022~森林公園紅葉見ナイト

 物見山公園の後、妻が「森林公園も行きたいね」と言う。

 そう来たかと思いつつも、例年恒例だしどこかのタイミングで行かなくてはとも思っていたので勢い、行ってみることにする。

紅葉見ナイト2022 ~光と森のStory 第二章~ | イベント一覧 | 国営武蔵丘陵森林公園 | 全国で初めての国営公園 (閲覧:2022年11月19日)

 今年の開催は11/12(土)~11/27(日)まで。なんか記憶的には12月上旬くらいまでやっていたように思うのだがあと一週間くらいしかないわけだ。

 時間的には少し早いくらいだったので、高坂の子ども自然動物園近くの武蔵野うどんでやや遅めの昼食をとる。武蔵野うどんはフランチャイズのチェーン店だけど、この店は天ぷらが食べ放題になっている。店によっては別料金で単品ごとに料金払うところもあるのだけど、このへんはフランチャイズのオーナーのやり方なんだろうか。

 妻も自分も肉汁うどんで天ぷらも好きに取ることができるので、けっこうがっつり食べる。そしていざ森林公園へ。

 森林公園の中央口附近はけっこう混んでいて、メインの駐車場も満車状態。道路の向こうの駐車場を誘導されるのだが、誘導している係の方に「車椅子」と告げる、手帳の提示するように言われ、見せると中へ入れてもらえたが、障害者用スペースは全部埋まっていて、入り口からだいぶ遠いところに空きスペースがあったので辛うじて止めることができた。でも通常スペースだと妻は出るのにもちょっと難儀ではある。

 多分、紅葉の見頃の時期の土曜日ということで入り口付近もけっこう混雑していて、中に入るとけっこうな人出。時間も4時少し前だったので、イルミネーションにはちと早いので去年も行った山田大沼のあたりをぶらぶら。

 ちょうど遠くに鷺が飛んでいるところを撮ってみた。

 それから池づたいに渓流公園まで歩く。途中、平坦な遊歩道だったので、妻は杖でゆっくり歩くことにする。少しでもこうやって歩かないと、機能はどんどん落ちていくので、こういうのは必要だとは思う。

 発症当初は、良くて車椅子、悪ければ寝たきりといわれたのを、懸命のリハビリで短い距離を杖歩行できるまでにはなったけれど、多分10年前に比べれば、歩く距離もどんどん短くなってきているような気もする。四十代半ばで障害者となって最早還暦を過ぎたとなれば、それもしょうがないこと。

 渓流公園からは植物園を目指して上り坂。植物園の手前の紅黄葉樹園が紅葉見ナイトのイルミネーションの本チャン会場だけど、着いたときはまだ明るかったので植物園のあたりまで行くことにする。

 植物園前のベンチやテーブルには人が大勢いて、チュロスとかを売っているキッチンカーにも列がそこそこ出来ている。みんな暗くなるのを待っている感じである。何年か前にはここでフォーク系デュオのミニライブなんていうのもやっていたことがあったなと、妻と二人で話した。そういう意味じゃこの紅葉見ナイトも、多分片手以上は来ているかもしれない。まあそれだけ年とったということか。

 だんだんとあたりも暗くなってくる。

 そして紅黄葉樹園のライトアップされて。

 ところどころにオブジェらしきもの。

 というわけでライトアップされた紅葉を、そこそこに堪能しました。

 これで今年の紅葉巡礼も多分終わりだと思う。来年も元気でいれば見に来るのではないかと。まああとどのくらい続けられるか判らないけれど、健康でいたいとは思う。

埼玉紅葉巡礼2022~物見山公園

 多分、自宅から一番近い紅葉名所(?)、東松山の物見山公園に行ってみた。

 ここも昨年に続いてである。

埼玉紅葉巡礼 - トムジィの日常雑記

 去年は11月14日に行ったのでまだ色づき始めたばかりだったのだが、今回はそれよりも約一週間遅い。それだけでずいぶんと紅く染まり方が濃くなっているような印象。

 前回同様、平和資料館(埼玉ピースミュージアム)の駐車場に車を止めて、車椅子を押して上り坂をえっちらおっちらと登る。

 途中の広場のベンチには自分らより少し上くらいの老夫婦が二組いて、ちょうどお昼どきだからか仲良くおにぎりを食べている。こういうのも風情があっていいかと思う。

 ここでは妻も車椅子を降りて少しだけ杖で歩く。自分はすぐ後ろからついていく。

 去年も思ったが、この公園自体はどちらかというと広葉樹が多く、紅葉(もみじ)、楓類はところどころという感じ。それでもちょうど今が見頃という感じだったか。

 多分、時間にしては30分くらいいたかどうか。公園自体はもっと散策できるし、山づたいに巌殿観音の方にも行くことができる。とはいえそれは車椅子を押してというのは難しいので早々に切り上げる。

 去年と同様、平和資料館にも少し寄る。妻は展望塔の方に行き、自分は常設展示コーナーをブラブラ。日中戦争から太平洋戦争終結までの歴史をフィルムで辿るコーナーや戦争にまつわる展示物を見る。やっぱりなんであれ、戦争してはいけない。自衛のためといっても、戦争当事国にはそれぞれの理屈がある。結局のところ戦争回避は外交努力を通じていくしかないのだろうなと漠然と思った。

展示のご案内 | 埼玉県平和資料館

 展示コーナーには、多くの市井の人々が戦争体験を語ったビデオが閲覧できる「平和な時代への提言」があるのだが、こちらは去年もそうだったがコロナの感染予防のため利用できない。戦争体験は語り継がれ、それを後世の我々はきちんと見て、聞いて、次の世代に継承していかなくてはと、これも漠然と考えた。