ポーラ美術館「印象派、記憶への旅」

 三連休中、絶対どこかへ連れて行けとカミさんに言われるので、先手を打って昨日のうちから明日ポーラ美術館へ行くと言ってあった。連休中は雨模様らしいが、美術館なら関係ないし、あそこなら駐車場から館内へのアクセスもいい。

 ポーラ美術館は西洋絵画、特に印象派のコレクションが充実している。感覚的には首都圏では西洋美術館、ポーラ美術館、東京富士美術館あたりが三本の指という感じがするくらいだ。なので多い年には年2~3回は通っているのだが、今年は今回が初めて。その前に来たのは去年の秋くらいだっただろうか。

 今回の企画展は「印象派、記憶への旅」。

f:id:tomzt:20190715150606j:plain
f:id:tomzt:20190715150611j:plain

ポーラ美術館×ひろしま美術館 共同企画 印象派、記憶への旅 | ポーラ美術館

 ひろしま美術館も印象派を中心にフランス近代絵画のコレクションが充実していることで有名で、いつか行ってみたい美術館の一つでもある。とはいえ、さすがに広島は遠く、いまだに訪問は果たせていない。自分一人なら電車でもなんでも問題ないが、もれなく車椅子のカミさんが着いてくるとなると、さすがに広島は遠い。車でおいそれとは行けないし。まあリタイアしたらここと山形美術館は真っ先に行きたいところだ。

 今回の企画展は印象派をメインに、自然主義やリアリズムから印象派、新印象派さらにマティスピカソ等を配したフォーヴ、キュビズム、エコール・ド・パリなどが系統だてて展示している。

Ⅰ 世界のひろがり-好奇心とノスタルジー

Ⅱ 都市への視線-パノラマとポートレート

Ⅲ 風景のなかのかたち-空間と反映

Ⅳ 風景をみたす光-色彩と詩情

Ⅴ 記憶への旅-ゴッホセザンヌマティス 

  印象派の作品は原則撮影がOK。ピカソマティス、ブラック等は撮影ができない。やはりTPOの影響で著作権期間が伸びたことなどあるのかもしれない。ポーラでは以前はマティスの撮影は大丈夫だったはずなのだが。

 そういえば大塚国際美術館の陶板複製画にも、マティスは一枚もなかった。係の人に聞いてみると著作権の問題があるようですとの答えだったように覚えている。マティス著作権継承者にはうるさい方がいるのかもしれない。

 気に入った作品をいくつか。

f:id:tomzt:20190714134500j:plain

「ボア・ラムールの水車小屋の水浴」(ゴーギャン

 ゴーギャン38歳、ボン・タヴェンで絵を描き始めた頃の作品らしい。まだ印象派の影響が大きい。というか、私などはこの作品、作者を言われない限りゴーギャンとは答えられない。

f:id:tomzt:20190714140322j:plain

「サン=マメス」(シスレー

 これぞ印象派というべき、シスレーこそ印象派の王道だと思う。この絵は、島田紀夫の『セーヌで生まれた印象派の名画』に載っていて、ひろしま美術館収蔵というのも見て、いつか観てみたいと思っていた作品。こういう風に本や画集で観た作品のオリジナルに対面するのも、絵画鑑賞の神髄ところがある。

 川の水面、川辺の草木、遠くの家並み、そして広がる空、刻刻と変わる風景の光輝く一瞬を捉えた作品。この企画展で一枚持って行っていいと言われたら、間違いなくこれを選ぶ。

f:id:tomzt:20190714135559j:plain

「バラ色のくつ(ベルト・モリゾ)」(マネ)

 黒の表現はやはりマネである。ややドヤ顔風の表情、ドレスからのぞくピンクのくつ、解説ではマネとモリゾの親密感が版面から溢れているみたいなことが書いてあったように記憶しているのだが、確かに画家とモデルの距離間がどこか近い。やっぱり恋愛関係あったのかなとか想像してしまう。しかし、このドヤ顔感、なにか会いに来てあげたわ、ちゃんと描きなさいみたいな感じがしてしまう。

f:id:tomzt:20190714135215j:plain

「ボン=ヌフ」(ピサロ

 これも以前、本で見て、いつか観てみたいと思っていた作品。1902年、死ぬ前年という最晩年の作品。この頃のピサロは体をこわしていて、すでに屋外での写生ができる状態ではなかったという。アパートの一室からパリの景観を俯瞰で描いた作品が残っている。印象派の長老ピサロにより、印象派表現による都市の景観図である。

 ピサロはどことなく田舎の風景を見事に描く田園画家みたいな風に思うところもあるが、都市の描写も鮮やかで素晴らしいものがある。大好きな作品だ。

f:id:tomzt:20190714134950j:plain

「パリ市庁舎河岸のりんご市」(スタニスラス・レピーヌ)

 スタニスラス・レピーヌ、まったく知らない画家である。印象派の風景画家でコローとオランダの風景画家ヨンキントに影響を受けたという。確かに木の表現などはコローだし、オランダ風景画の写実主義を踏襲している。

 レピーヌは当時でもあまり人気がなく、極貧の中で亡くなったという。またアンリ・ファンタン=ラトゥールと友人関係にあり、ラトゥールが生活費など援助していたという風に説明されている。

f:id:tomzt:20190714140710j:plain

「セーヌ河の朝」(モネ)

 これはモネの傑作だと思う。多分これはひろしま美術館の目玉的収蔵作品ではないかと取り合えず勝手に思っている。水面の風景と樹木、空の対称性、理想的な比率による版面構成。色使いなどパーフェクトな印象を与える。

 この朦朧とした雰囲気にモネの眼病との関係はわからないけれど、この作品を描いた翌年にモネはロンドンを訪れ、霧に煙る風景を同じように朦朧とした雰囲気で描きだしている。

f:id:tomzt:20190714143345j:plain
f:id:tomzt:20190714145632j:plain
「睡蓮の池」「睡蓮」(モネ)

 多分、モネの睡蓮の中で一番好きなのがこの2点。樹木、たいこ橋、色鮮やかな水面の睡蓮、これは自分的にはモネの最高傑作のひとつだと思っている。そしてもう一枚、これも西洋美術館の大作と色調は似ているが、抽象表現よりも正統な印象派の手法に従っているように思う。

f:id:tomzt:20190714141804j:plain

「水浴する女たち」(ピサロ

 これがピサロと思える。1896年の作品で、新印象主義の点描表現等から印象派に回帰してからの作品。どことなく暗い色調にゴーギャン以後の潮流を思ったりもする。まあこのへんは勝手な感想。

f:id:tomzt:20190714145204j:plain

「ブルーのハーモニー」(ボナール)

 これは企画展ではなく、ポーラ美術館のコレクションとして展示してあったのだが、元々好きな作品。この作品を観るとドガのこの作品との関連をいつも想像してしまう。

f:id:tomzt:20190715165043j:plain

「浴槽の女」(ドガ

 この作品もひろしま美術館の収蔵品なので、出来れば今回の企画展に展示して欲しかったと思う。妻マルトの入浴する姿を頻繁に描いたボナールは絶対、ドガのこの作品を見ていたんじゃないかと勝手に思っている。

 作品同士、画家同士の関連性を展示方法によって描き出す。今回の企画展にはそういう演出が沢山あったと思う。一方の面にロートレックの作品を3点展示、それに対面する壁面にいかにもロートレックに影響を受けたことがわかる若いピカソの作品を展示する。こういう画家どうしのの関連性、影響がわかる作品展示になっていたと思う。

  そしてマティスである。マティスの作品はポーラ、ひろしま両方で5点くらいあったと思うのだが、すべて印象に残っている。ポロックがかって「すべてピカソがやってしまった」と悔し気につぶやいたとかないとか、ある意味近現代の芸術はすべてピカソに収斂されるようなそんなことを思ったことがある。

 実際、何を観ても、結局ピカソを観てしまうとすべてピカソが持って行ってしまう、みたいな感じになる。それほどピカソの印象は強く自分の心に残る。そのピカソに唯一対峙しているのが、自分的にはアンリ・マティスだ。まあ結局のところ個人的な趣味の吐露みたいなところではあるけど、マティスの一瞬さらっと描いたような描線、簡略化された表現-実はあの表現は何度も描き直した、画家の苦闘の果てだということが、今回の企画展でも作品の制作過程を映した写真とともに解説してある。

 しかしそうした制作時の苦闘とそれを感じさせないソフィスティケートされたあの簡略した装飾表現には、マティスの天才的な凄みが隠されているようにも思う。

 マティスの凄みがそのまま画面に描かれている作品、抽象性を省略をはぶいた作品が1点、今回の企画展にある。どこがどう凄いのか自分でも言語化できないのだが、マティスの天才的な凄みを感じさせる作品。

f:id:tomzt:20190714145221j:plain

「横たわる裸婦」(マティス

 そして作品の制作過程を映した写真とともに展示してあったのがこの作品。

f:id:tomzt:20190715170627j:plain

ラ・フランス」(マティス

 女性のドレスの形態がラ・フランス=洋ナシなのかと思ったのだが、そうではないらしい赤、青、白はフランス国旗を表している。意味合い的には「これぞフランス」みたいなことらしい。1939年、ドイツ占領下に描かれたこの作品には、椅子に座る女性にフランスよ立て!みたいな意味が込められているのだとか。

 う~む、小さい声でつぶやくけど、洋ナシなじゃないのか・・・・。

近代美術館へ行く

 都内で会議終了後、久々に国立近代美術館MOMATへ行ってきた。多分、4月に河合玉堂の「行く春」を観に来て以来だ。昨年までだと、ここには多い時だと月に2回くらい、少なくとも隔月くらいでは通っているので、今年は頻度が落ちている。都内に出るのが少なくなっているかというと、そうでもない。けっこう忙しい日々と年齢のせいとかもあるのかもしれない。

 こうなると早くリタイアしたいなと思ったりもするし、少なくとももう少し仕事が薬になってくれればいいと思ったりもする。仕事とは別の意味で、家事やら介護といった部分も年齢のせいかテキパキとこなせなくなってきているのもあるんだろう。もともと仕事とオフの切り替えが下手な人間だというのもある。ダラダラと仕事をするのがずっと癖になっている。もっとも人より労働時間が長い、オンオフ関係なく仕事をしているということで仕事のアドバンスを得てきた部分もあるにはある。

 完全な仕事人間としえ40年やってきた。多分だからこそ、還暦過ぎても仕事がある。小さい会社だけど切り盛りする立場にいられる。多分にそこそこの収入もあるということなので、これは致し方ないのかも。自分の時間を売って金を得ている。労働者の疎外状況っていうやつか。

 MOMATでは高畑勲の回顧展をやっているのだが、そちらはパスする。その後に友人と会う約束があったので、1時間半くらいしか時間がなかったから。さらにいえば、常設展の方にお目当てがあったから。それは土田麦僊の「湯女」。

f:id:tomzt:20190712184114j:plain

土田麦僊「湯女」

 ゴーギャンの影響が濃いとされる絵だけど、それは色面の感じなのだろうか。同じ麦僊の「島の女」はなんとなくゴーギャンという感じがするが、この「湯女」に関しては様々な要素が組み入れられていると思う。松の描写は明らかに安土桃山時代の屏風絵、「洛中洛外図」のような表現だ。その合間に見える湯女の官能的な描写は明らかにルノワールと思える。

f:id:tomzt:20190712184133j:plain

「湯女」

 しかしこの絵には、画家の視点としてはありえない高さからの俯瞰による覗き見のような雰囲気がある。それがこの絵にあるどことなくエロチックで通俗性と絵画表現がぎりぎりのところで拮抗しているようにも思える。

 この絵は6月14日から8月18日までの展示という。日本画は長期に展示できないということもあるのだろうが、こういうのはうかうかしていると展示が終わっていたなんていうことも多々ある。そして次に観ることが出来るのは半年後とか1年後みたいなことにもなる。以前、この絵を観れたのも偶然だったのだが、それは一つの行幸みたいなものかもしれなかった。

 できれば、期間中にもう一度この絵を観に来たいと思う。

 その他では4階のハイライトの洋画コーナーにルソーの「第22回アンデパンダン展に参加するよう芸術家達を導く自由の女神」があって、こちらも久しぶりに観た。なんていうのだろう、黄金比率の構図のお手本みたいな感じがする。

 そのほかでは萬鉄五郎の「裸婦-頬杖の人」は多分初めて観たのではないかと思う。

f:id:tomzt:20190712174906j:plain

「裸婦-頬杖の人」(萬鉄五郎

 解説にはマティスの影響化の作品とある。確かにデフォルメされた女性や背景などマティスの表現ではある。しかしずいぶんと粗野なマティスだなと思ったりもする。萬鉄五郎は海外の技術、表現をどんどんと取り入れて、そこからオリジナリティを出すべき努力した画家なんだとは思う。ゴッホであったり、マティス等のフォーヴィズム、そしてピカソキュビスムまで。

 近代日本洋画はずっと海外の技術を取り入れ、習作を描き続けてきた。黒田清輝しかりであり、この萬鉄五郎しかりである。自分的にはおそらく昭和の頃からじょじょに日本洋画のオリジナリティが獲得されてきたのではないかと、なんとなくそんなことを考えている。

ネムリゾート

 ネムリゾートに泊まるのは5回目になる。最初の2回は子どもも小さく、カミさんも元気だった。彼女が病気になってから今回で3回目である。以前、あったホテルとは別棟の温泉施設は跡形もなくなっていて、風呂は地階に新しくなっていたけど、やっぱり古い施設なのか、地階にはエレベーターでいけない。別棟の時も階上の浴場には業務用のエレベーターを使っていくのだが、今回もそれは同じだった。とはいえ風呂自体は新しくなっていて、けっこう気持ちよかった。

 リゾート内はカートで移動することが出来るのだが、今回も1時間2000円也で借りて遊んだ。運転はいちおう普通免許を持っている者が行うのだが、今回は全部子どもが運転した。こういうのも10年の月日というやつかもしれないね。

f:id:tomzt:20190706182431j:plain

 

 ネムリゾートはかっては合歓の郷という名前でヤマハが運営していたのだけれど、調べてみると2007年に三井不動産に売却されているという。

NEMU RESORT - Wikipedia

 そうか、もうヤマハじゃないのかとなんとなく遠い目になってしまう。自分のような古い世代からすると、合歓の郷イコールポプコンというイメージがある。ヤマハが主催していたポピュラーコンテストだ。でもこれも調べてみると合歓の郷で開催されたのは1969年から1974年まで、それ以降は掛川つま恋に移っている。

 あとはヤマハの音楽コンテストというとヤマハ・ライト・ミュージック・コンテストなんていうのもあった。こっちはなんとなく赤い鳥のイメージが強くて、なんとなく自分の中ではヤマハ合歓の郷、赤い鳥が三点セットになっていたりもする。そしてそこに響いているのはいつもこの曲である。


赤い鳥-忘れていた朝

 まあこのへんは余談。

 ホテルの運営からもヤマハは当然撤退しているのだけど、全体としてはヤマハ色が強い。ラウンジにもレコードが重要なディスプレイになっていて、18時から20時までの間にはリクエストすれば好きなアルバムをヤマハのオーディオでかけてくれる。置いてあるLPがけっこう泣かせるものばかりである。

f:id:tomzt:20190713162756j:plain
f:id:tomzt:20190713162802j:plain
f:id:tomzt:20190705212917j:plain
f:id:tomzt:20190705213200j:plain

 そして20時からはワンコインで自己申告の濃いめの酒を作って飲むことができる。これはバランタインのトリプルフィンガーのハイボール

f:id:tomzt:20190713165604j:plain

 そして夕食は1階の里海という和食レストランで食べたのが、懐石料理でかなりグレードが高いというか、上品で手の込んだ料理が楽しめた。

f:id:tomzt:20190713162751j:plain

初日の前菜

f:id:tomzt:20190705200235j:plain

初日、鮑と野菜の柚子胡椒餡かけ

 これは本当に美味かった。特にアワビの肝の部分が絶品。

f:id:tomzt:20190706202550j:plain

二日目、旬彩、鱧と冬瓜葛仕立て

f:id:tomzt:20190706210304j:plain

二日目、 黒毛和牛からし焼き

f:id:tomzt:20190706204411j:plain

二日目、鱸香り焼き緑酢添え

 この緑はキュウリをおろしたもの。ほうずきがお洒落。
 という訳で、たいへん贅沢な食事を二日間食べた。こういうのが健保のお陰で割安で利用できるのは有難いけど、まあキャリアの最晩年なので、多分ここに来るのはこれが最後のようにも思ったりする。

 多分、来年あたりにはリタイアになるだろうし、もう一回こういう食事ができたらいいのだが。

鳥羽水族館へ

f:id:tomzt:20190706150655j:plain

 通算5回目の伊勢志摩旅行で、鳥羽水族館は多分3回目くらいになるんだろうか。多分10年ぶりだと思うが、場所、レイアウト、展示される水槽などについては全部覚えている。

 飼育種類数日本一という触れ込みだけど、確かに最初に行った時はちょっと感動的なものがあった。展示の仕方とかも独特だったし、それまで水族館といえば上野、油壷マリンパーク、サンシャイン水族館、江の島水族館くらいだったから、それらからするとちょっと異色な感じもした。そう、旭山動物園の行動展示が異彩をはなっていたのと同じような感じだろうか。

 とはいえ、何度か行くようになるとなんとなく慣れてくるというか、まあ普通の水族館みたいな感じになる。そういうものでしょうね、人間なんて。

 10年ぶりに訪れたのだが、前回の時に楽しんだセイウチとかも割と普通に見て、やあお久みたいな感じだった。あと、魚との触れ合いコーナーでカレイとかタコに触ろうとすると、子どもに「やめなよ、大人なんだから」と制されてしまった。10年前は一緒に魚に触って遊んだのにね。

f:id:tomzt:20190706142920j:plain
f:id:tomzt:20190706131240j:plain
多分、ジュゴン
f:id:tomzt:20190706151859j:plain
f:id:tomzt:20190706121152j:plain
イロワケイルカとかスナメリとか

f:id:tomzt:20190706120817j:plain

ずっと見ていられるアオリイカ

f:id:tomzt:20190706120305j:plain

ちょっとクールなカブトガニ

f:id:tomzt:20190713160330j:plain

多分久しぶりのセイウチ

 

横山展望台

 鳥羽水族館の帰りによって見た。

 前日に伊勢志摩の観光地をネットで見てたら、宿から割と近くにあるようなので、雨降ってなかったら行ってみようかと思っていたところ。

 幸い雨は上がっていたので車で登ってみた。多少山道っぽいけど、頂上までの道路はきちんと整備されていて楽。駐車場もきちんとしたところが整備されている。

 駐車場には車椅子用が2台用意されているのだが、観光バスがそこに横付けしていて、外国人の観光客を下ろしている。なので少し遠くに止めたのだけど、バスのドライバーにこういうのは勘弁してねとちょっとだけクレームを入れた。結局、展望台まで行って降りてきた時には、正規のバスの停車位置に移してあったけど。

 駐車場からは階段で一気に展望台まで行けるし、それとは別にウッドデッキ仕様の遊歩道も整備されていて、緩い傾斜を車椅子を押していけるようになっている。多分この展望台自体が新しい施設なんだろう、けっこうバリアフリーに気をつかっている。

 展望台からは英虞湾が一望できる。天気はいち雨が降っていいような重い雲に覆われていて今一つだったけど、快晴だったらえらくすてきな景色が楽しめたかもしれない。

f:id:tomzt:20190706164417j:plain

 

伊勢神宮は雨が降ったりやんだり

 初日はまず伊勢神宮へ直行。1時過ぎに高速を降り、まずは腹ごしらえをと伊勢神宮近くで食事をとる。

 食べたのは家族三人とも同じもので手こね寿司と伊勢うどんがセットになった名物あわせ1580円也。伊勢神宮近くでこの値段はけっして高くはないなと思う。寿司とうどんのセットだと、有名観光地ならまず2000円超えになると思うから。

f:id:tomzt:20190705131543j:plain

名物あわせ

  食事の後は駐車場に車を入れてから、延々とおかげ横丁を歩き、伊勢神宮内の参道を歩き、内宮で参拝。伊勢神宮内に入ってからはずっと小雨が降り続けるなか、車椅子のカミさんに傘を持たせておいたのだが、押している自分はずっと雨に濡れている状況。なにかの苦行みたいな感じになってしまった。

 もっとも子どもが年長さんの頃に行ったときには、参道内をずっと子どもを肩車してて眩暈がしたこともある。また砂利がひかれた参道を車椅子で押すのはけっこう力を入れる必要もあるので、ある意味伊勢参りは苦行がセットされている。

 しかし自分ももう63歳である。こうした苦行にいつまで耐えられるか。なにか今回がラストのような気がしないでもない。

f:id:tomzt:20190705143532j:plain
f:id:tomzt:20190705143936j:plain
f:id:tomzt:20190705145330j:plain
f:id:tomzt:20190705152105j:plain

f:id:tomzt:20190705152532j:plain

 

伊勢志摩へ行ってきた

 久々、合歓の里のホテルがとれたので、金曜日に休みをとり二泊三日の旅行に行ってきた。泊まったのはこちら。まあこのホテルが8千円とかで泊まれるというのは、健保のおかげなんだが、ここのところ連休とかでここが取れるのは至難の業。やっぱり団塊世代が大挙リタイアした影響ってあるんだろうなと思ったりもする。

 今回は夏休み前で金曜からというのが当たった理由だと思う。まあこれまで伊勢志摩への旅行はだいたい7月の初旬で金曜からというのが多かったといえばそのとおりなんだが。

 試しに伊勢志摩への旅行をどのくらい行っているかを、このブログで検索してみると記事にしているのが2回。それ以前に2回くらい行っているようなので、今回で通算5回目ということになる。多分、カミさんが病気になる前に2回、病気になってから2回みたいなことになると思う。

 2009年はほとんど渋滞のことしか書いていないけど、多分その時は伊勢神宮の内宮だけでなく外宮も見たんじゃなかったかと記憶している。

 まあ記録にもあるとおり、基本は伊勢神宮スペイン村鳥羽水族館というような観光をしていたみたい。そして今回の旅行は前回から10年も経っているのである。いやはや歳をとる訳である。

 天気はずっと良くなくて、だいたい小雨が降っているようだった。初日の伊勢神宮でもけっこう雨に降られたし、二日はさらに天気が崩れるということだったので、スペイン村は諦めて鳥羽水族館へ。三日目は子どもが夕方から用事があるということだったので、ただひたすら帰るのみみたいな風だった。