東京富士美術館で開催される「近代が誇る女流画家とそれに連なる美の系譜 上村松園・松篁・淳之 三代展」の初日に行って来た。
本展はもともとは2020年2月29日〜2020年4月12日 まで開催を予定しながら、新型コロナウイルスの影響でたった2日間で中止となった展覧会だ。
当時の状況はというと中国での死者が1000人と発表され、日本ではダイヤモンド・プリンセス号での感染拡大。2月25日に政府は2週間のスポーツ・文化イベントの中止や延期要請を行い、27日には学校等の臨時休業を要請するという緊迫した状況だった。現在の感染拡大からすれば、感染者がごく少数だったがいかんせん未知のウイルスの脅威に日本社会が混乱状況にあったということだ。
すでに図録なども用意されていたこともあり、関係者の努力により、また松柏美術館の協力により2年後に改めて開催されることになったというものだ。
東京富士美術館は近世、近代の西洋作品の膨大なコレクションとともに日本画も相当の規模のコレクションをもっていることは知られている。上村松園の作品もそこそこあるのかと思っていたが、所有しているのは数点にとどまるようで、今回の展覧会では主に奈良にある松伯美術館からの多数出品を中心にして、吉野石膏、水野美術館などからの出品も受けて、上村松園、上村松篁、上村淳之という母、息子、孫という三代にわたる系譜を系統だてて展開したものだ。
開催概要
「近代が誇る女流画家とそれに連なる美の系譜 上村松園・松篁・淳之 三代展」
上村松園・松篁・淳之 三代展 | 展覧会詳細 | 東京富士美術館
開催期間:2022年2月11日(金)~3月13日(日)
主催 :東京富士美術館
後援 :八王子市、八王子市教育委員会
強力 :松伯美術館
特別監修:上村淳之(松柏美術館館長)
主催者挨拶抜粋
本展覧会では、松伯美術館所蔵の作品を中心に。「第1部:上村松園」、「第2部:上村松篁」、「第3部:上村淳之」の3部構成で、近代随一の閨秀画家と謳われた上村松園と彼女の子息松篁、そして孫の淳之の三代に流れる絵画芸術の系譜を辿ります。
中でも「第1部」では、上村松園の生涯を大きく「建設期(=明治時代)」、「模索期(=大正時代)」、「大成期(=昭和時代)」の3つの章に分け、折々のエピソードや松園自身の言葉、遺品などを紹介しながら、明治・大正・昭和と、近代化が進む激動の時代の中で、女流画家としての矜持を持って生き抜いた松園の作品に込められた思いと、彼女が貫いた信念、人間性に迫ります。 (図録より)
三人について
- 上村松園(1875年〈明治8年〉4月23日 - 1949年〈昭和24年〉8月27日) 74歳没、1948年女性として初の文化勲章受章 上村松園 - Wikipedia
- 上村松篁(1902年(明治35年)11月4日-2001年(平成13年)3月11日) 98歳没、1984年文化勲章受章 上村松篁 - Wikipedia
- 上村淳之(1933年(昭和8年)4月12日 - 現在88歳 上村淳之 - Wikipedia
松柏美術館
日本画家の上村松篁・上村淳之から寄贈された作品をコレクションの基礎にして、近畿日本鉄道(近鉄)が中心となって設立した美術館である。上村松園、松篁・淳之の作品などの収集・保管・展示を目的としている。美術館は近鉄の名誉会長であった、佐伯勇の邸宅敷地に建設された。松伯美術館 - Wikipedia
本展の規模について
上村松園の大規模な回顧展としては昨年、京都市京セラ美術館において「上村松園」展が開催されている。こちらについては代表作とされる「序の舞」、「焔」、「砧」、「草草子小町」が前後期ながら展示され、さらに絶筆となった「初夏の夕」など100点余りが展示された。
これについては緊急事態宣言中ではあったが、急遽一泊二日で京都まで足を伸ばして観に行った。「上村松園」展 - トムジィの日常雑記
今回の富士美の企画展は「序の舞」(藝大美術館所蔵)や「砧」(山種美術館)などの有名な作品はないが、それでも松園作品約100点、松篁15点、淳之11点と出品点数では100点を優に超える大規模な回顧展となっている。
上村松園の気になった作品
この作品は1899年、松園24歳の作品。祖父に縁のある呉服屋の娘の嫁入りを手伝った際にこの絵柄を着想したという。母親に連れられて人生の門出に向かう恥ずかし気な花嫁の姿を描いている。この作品を最初に観たのは昨年の5月、高崎市タワー美術館で開かれていた「日本画の風雅-名都美術館名品展」でのこと。その後、京都市京セラ美術館での「上村松園」展でも出品されていたので、名都美術館から京都に貸し出されたものと思っていたのだが、よく見ると帯の柄、着物の色の濃淡などが違っている。今回、名都美術館から出品されているのが左のもの。右のものは京都市京セラ美術館所蔵。
京都での「上村松園」展の図録によると、花嫁の支度を見て「人生の花ざかり」と感じた松園は同様の構図を複数描いているのだという。そのうちの一枚は1900年の第九回日本絵画協会・第四回日本美術院連合絵画共進会に「花ざかり」という題名で出品され銀杯三席を受賞し松園の出世作となったという。残念ながら「花ざかり」は現在所在不明だという。
これも京都市京セラ美術館で観ている作品。第4回帝展に出品された作品で、入浴後に侍女に髪を整えてもらう楊貴妃を描いている。松園作品には珍しく半裸の姿が描かれているが、不思議とエロチックな感じがしない。
江戸から明治にかけて、子を産んだ母親は眉を剃る習慣があり、青眉とはそり落とした眉のことをいう。「青眉」は子どもを産んだばかりの若い母親が日傘をさしている姿が描かれている。どことなく妖しげに感じるのは自分だけだろうか。
「青眉」は2020年の2日間のみの公開となった展覧会では特別出品されていたが、今回は残念なが出品されていない。その代わりにほぼ同じ構図の「灯」(出光美術館)が今回の展覧会では特別出品された。「灯」から着想を得、3年後に制作されている。
水野美術館も松園作品を複数コレクションしていて京都でも数点出品されていた。今回も5点貸し出されているようだが、この作品は初めて観る。この簾の間から顔を覗かせる絵柄は松園のお気に入りだったようで、幾つかのパターンで描かれている。素人的にいえば簾の細密描写に感心せざるを得ない。
この2作も京都で観ていて気に入った作品だ。還暦を迎え1940年頃を境に上村松園は公式な展覧会への出品作品以外は全身を描いた大作をほとんど描かなくなり、女性の半身をとらえた作品ばかりになったという。「鼓の音」は1940年、ニューヨーク万国博覧会に出品された作品。「志んし」は伸子ばりという絹織物を洗ったり、染めたりした再に縮まないように伸ばす作業をいう。いずれも真剣に打ち込む女性の緊張感をとらえた作品。
上村松園のリアリティと目の描写の変化
本展覧会の図録には東京富士美術館学芸員宮川謙一による「上村松園の画業とその魅力-『リアリティ』を一つのキーワードに」という小論が掲載されている。その中で松園がその描写におけるリアリティを深化させるにあたって、特にその目の描写について詳しく分析されている。興味深い指摘だったので引用させていただく。
松園は眼の描写について<鈴のような眼の女には愛嬌を認め、細い眼の女には上品さがあります>(P210)*1と語っているが、明治時代は目元をぼかし、輪郭線にも広がりを持たせているのに対し(fig.11)、大正、昭和と移るに従って、その輪郭線がよりはっきりと描かれるようになり、能面にも似た、目頭を細く目尻に膨らみを持たせた独特な細い上弦形の眼の描写へと変化していく(fig.12/fig.13)
*****************中略*******************
これらの作品の共通点としては、まず市井の人物がモデルとなっていることが前提としてあるが、特に眼の描写について言えば、目頭や上瞼の膨らみの微細な違いにより、顔の表情や人間味を表現しようとする作意を感じさせる点が挙げられる。
まず「青眉」(fig.15)の眼を見ると、目頭の部分の涙丘と呼ばれる膨らみまで詳細に描かれているのが分かる。またその他の「わか葉」(fig.16)、「志んし」(fig.17)、「庭の雪」(fig.18)、「母子」(fig.19)、「夕暮」(fig.20)、「晩秋」(fig.21)、についても、それぞれ目頭を単なる曲線、で描くのではなく、瞼、眼、まつ毛を効果的かつ細密に描くことでより人間の表情を作り出そうという工夫が見られる。
※太字傍線筆者による
上村松篁・上村淳之の気になった作品
上村松篁、上村淳之ともに花鳥画、特に鳥を描いた作品が多い。これはまず松篁の場合は幼少の頃から鳥や金魚を好きだったことから自然とそちらを中心とした画題となったかもしれない。ただし母親が美人画の大家だっただけに別のフィールドでという意識が働いていたのかもしれない。
また淳之は松篁が飼っていた鳥の世話を若い頃がしていて、細かく鳥の観察をしていたことがきっかけになったという部分もあるという。あえて父親と同じ画題でチャレンジしたところも凄いとは思うが、やはり祖母の偉大さから別のジャンルでということもあったのだろうか。
最後に
この企画展は3月13日(日)までで会期は1ヶ月ほどだが、松園・松篁・淳之と三代につらなる企画展ということでいえばかなり大掛かりなものだ。富士美は家から車だと30分と少しで行ける場所なので、最低でももう一度、いや出来ればあと二回くらいは行きたいと思う。粒ぞろいの松園作品の眼の描写にもっと注目して観てみたいと改めて思ったりもする。
また同時期に山種美術館で「上村松園・上村松篁-美人画と花鳥画の世界」が開かれているので、こちらも併せて行きたいものだ。そちらとの比較もしてみたいとも思っている。