ポーラ美術館で思ったことを幾つか。まず山の斜面に作られている建物なんだが、内部は本当に美しく美術館の器としてもけっこう気に入っている。大塚国際美術館は確か山をくり抜いているようだったけど、山の斜面にある美術館って割と多いように思う。規模はうんと小さいけど大川美術館なんかもそうだった。
今回の企画展「CONNCTION-海を越える憧れ、日本とフランスの150年」では、相関関係のある作品を並列展示していて、主に日本の画家がフランス絵画からどのように影響を受けているかがわかるようになっている。この展示はとてもわかりやすいが、ある種残酷な展示でもあることは、前回も少しだけ書いておいた。ようは本家の画力に圧倒されながら、必死にその模倣に努めた日本の若き画学生たちの習作というような趣が露骨に表れてしまうからでもある。まあ目玉のラファエル・コランと黒田清輝についても、並列してしまうとその画力が歴然としているということは、これも前回書いた。
同じようなことがいえるのは例えばモーリス・ヴラマンクと里見勝蔵にもいえる。里見はヴラマンクに私淑し大きな影響を受けた。以前、サトエ記念21世紀美術館でヴラマンクと里見勝蔵の作品が並列展示してあったが、里見の模倣ぶりが師へのリスペクトを感じさせた。色彩、妙に斜めった建物など、なにからなにまでヴラマンクなのである。しかし、「よく模倣しました、〇」みたいな感想を抱いたものだが、今回同じようにヴラマンク、里見の絵を観比べると、その画力、才能は本当に歴然としていると改めて思った。
佐伯祐三の作品は単体で観ると画家の感性が投影されている。暗い色調で描かれた都市の様相には都市の孤独が描かれている。佐伯がユトリロに傾倒していたことは、様々な文献や解説にも多くある。実際、こうして並列されると建物の描き方はユトリロの模倣そのものかもしれない。
ユトリロの白に対してより暗い色調は、佐伯がフランス留学中、里見勝蔵の紹介でヴラマンクに会っていることなど、もともとヴラマンクから学んだ部分が多いところがあるのかもしれない。ヴラマンクの影響下にあっても佐伯の画力は里見を上回るものがあると思う。模倣にとどまる里見に対して、佐伯はそこに自らのオリジナリティを投影しているようにも感じる。
その後、佐伯はユトリロの絵を観ることで、この画家から決定的な影響を受ける。ヴラマンクの色調とユトリロの街風景の切り取り方などなど。単体では美しい佐伯の絵もこうして並列されると、明らかにユトリロの影響は大きい。
キャリアの後半、二度目の渡仏以降は同じ都市の景色にもポスターの文字を配すなどで、ユトリロの影響化にありながらも独自の個性的な作品を描いている。自分などは近代美術館の『ガス灯と広告』や大原美術館『広告”ヴェルダン”』あたりから入っているので、佐伯祐三はヴラマンクかと改めて思ったりもした。もっとも里見とともにヴラマンクを訪れたときに持参した作品を「アカデミズム!」と一蹴されたというエピソードは何かで読んだ記憶はある。
この企画展と関連もあるのだろうか、常設展示においても同様の並列展示が多くなされていて、名品、名画を多数所蔵するポーラ美術館ならではと思わせるものが多数あった。そのなかで興味深かったのが岡鹿之助とアンリ・ルソー。
岡鹿之助というと点描、ジョルジュ・スーラに影響されたことは有名だが、1920年代後半に渡欧して以来、アンリ・ルソーに興味を持っていたことを本人も認めている。こうやって並列してみると、その影響の後がみられる。表現や構図もそうなのだろうが、一番の類似性はその静的な雰囲気と抒情性かもしれない。
この二点の対面には点描派の二大巨匠スーラとシニャックが同様に並列展示されている。「色彩と現象」という切り口なのだが思わずにやりとさせられる。