ベアテ・シロタ・ゴードン展に行く

 嵐山町国立女性教育会館で開かれている「ベアテ・シロタ・ゴードン展」に行ってきた。この企画展は駅に貼ってあったポスター知った。

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 ベアテ・シロタ・ゴードンのことは以下の2冊の本で以前から知っていた。22歳の多言語を操る若き女性が、GHQの民政局で日本国憲法の起草作業に加わり、第14条「法の下の平等」、第24条「両性の平等の原則」の条文案を作成し、特に女性の権利を明確化させることに尽力をされた方だとは知っていた。

 

日本国憲法を生んだ密室の九日間 (角川ソフィア文庫)

日本国憲法を生んだ密室の九日間 (角川ソフィア文庫)

 
1945年のクリスマス 日本国憲法に「男女平等」を書いた女性の自伝 (朝日文庫)

1945年のクリスマス 日本国憲法に「男女平等」を書いた女性の自伝 (朝日文庫)

 

   『日本国憲法を生んだ九日間』は創元社、『1945年のクリスマス』は柏書房といずれも元本で読んだのだが、日本国憲法がわずか9日間で起草された押し付けであるとか、法律学の専門的知識をもたない若い女性が加わったなどという点から、憲法ディスる気はさらさらない。この2冊を読んで思ったのは、日本国憲法は当時のGHQ民政局に集った若く理想に燃えるアメリカの知性による結実だということだ。それは民主主義の理想を体現しようというまさしく自由と平等を、戦争に敗れた後進国日本の新生憲法の中に表そうという試みだった。

 さらにいえば、当時のアメリカの情勢は、じょじょにソ連との対立が顕在化しつつあり、ルーズベルト時代のニューディールを牽引した進歩派は、アメリカ本国では反主流に追いやられようとしつつあった。それはまもなく始まるレッド・パージによって明確になっていく。

 そうした潮流の中で、有能な若き進歩派知識人たちが占領下日本に官僚として大挙訪れていたのである。元来超保守派であるマッカーサーは統治の実務に関しては、実務派ホイットニーにまかせていたところがあった。そのホイットニー自身は進歩派ではなかったが、プラグマティックな観点から有能な進歩知識人たちをうまく使っていたということだ。その配下に憲法起草の中心的役割を担ったチャールズ・ケーディスがおり、その下多くの若手進歩派が集まったということだ。

 国際的ピアニストだった父親とともに戦前の日本に滞在していたシロタ氏は、アメリカの大学に学びそのまま戦争を迎えた。戦後、戦争中も日本にいた両親に会うためGHQに入り日本にやってきた。日本で10代の時期を過ごし、6ヶ国語に堪能だった若き才媛は、GHQ民政局で憲法起草に最初はアシスタントとして、すぐに権利関係の条文について中心的な役割を担っていく。

 そうしたことから日本国憲法制定にあって、知性と理想に溢れる若きアメリカ人女性が加わっていたということが、たいへん興味深く思えた。

 今回、彼女の事績や資料が展示されているということで、嵐山町に行ってみようと思ったわけだ。途中、ラベンダー園によったのはあくまでおまけである。

 国立女性教育会館は以前からこの地にあるのは知ってはいたけど、それがどういう施設なのかまではわからなかった。訪れてみるとここが女性関係の資料等をアーカイブする図書館であり、宿泊施設を兼ね備えた研究施設だということがわかった。

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 企画展自体はこじんまりしてしていた、小さな一室にシロタ氏の遺族から寄贈された遺品等を中心に展示されていた。

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 二箇所モニターが設置されていて、シロタ氏が晩年に日本を頻繁に訪れて講演会等を開いたときの動画などを繰り返し流していたけど、この動画を観ているだけで、シロタ氏の足跡や日本国憲法制定時のエピソードなどに触れることができて、飽きないというか有益かなとも思った。

 機会があればもっと早い時間に来て、ゆっくりと講演動画を見てみたいとも思った。階上のアーカイブ室ではより多くのDVDに記録されたシロタ氏の動画を見ることも可能なようだ。

https://www.nwec.jp/event/training/ecdat600000026pl-att/2019forumtirashi.pdf