『一本の道』から

一本の道 新装版

一本の道 新装版

  • 作者:小林 勇
  • 発売日: 2012/12/20
  • メディア: 単行本
先月読んだ小林勇の本を時折読み返している。岩波茂雄が作った岩波書店を日本有数の出版社にしたのはなんといってもこの大編集者だ。この自伝でも語られるところだが、岩波文庫の立ち上げをほぼ一人で切り盛りし、同様に岩波新書三木清とともにたちあげた。
戦中戦後には理系の学者に後述させたものを分かりやすい入門書に筆記した叢書を何本も立ち上げ、自ら筆を振るった。著者筋にも可愛がられ、特に幸田露伴との交流は一編集者のそれを超え、露伴からわが子のように愛された。さらに寺田寅彦中谷宇吉郎羽仁五郎三木清等とも師弟、友人、盟友として交流を続けた。
もちろん仕事が出来る反面、押しが強く、個性的な人だっただけに、性格面含めいろいろと問題もあったことは想像できる。でもその実績がマイナス面をねじ伏せる、そういうタイプの人でもあると思う。
試みに本書の傍線を引いた部分をそのまま引用する。

どんな商売でもやっている以上その道でのベテランとならなければいけないと思う。P63

出版の仕事では、印刷は印刷会社に、製本は製本会社にやって貰い、資材はそれぞれ専門会社から仕入れるのだから、大して修行しなくてもいいように見える。事実、著者から貰った原稿をそのまま印刷所に渡して、本になるまでの工程をほとんどまかせてしまうやり方もある。しかしそれでは出版者の息の通った本は出来ない。印刷製本、用紙、用材の知識を綜合して初めて本が出来るのだ。出版者にちゃんとした知識力量がないと、結局人まかせ、或いは見当違いの指図をするので、出来た本は、見苦しいものになってしまうのだ。P64

岩波(茂雄)はその頃、自分では事務はほとんどとらず、店員の指導も細かいことはしなかった。しかし折々私たちの仕事を批評する時には、寸鉄人をさすの概があった。私はこの岩波のやり方に大きな影響を受けたと思う。P65

私は出版部の仕事をしている間にいろいろの失敗をした。いずれも不注意から起きたことであった。一冊の本を作るには沢山の事務がある。その一つを忘れても、本は出来ない。予定の期日に出来るようにするためには、文字通り、万事手ぬかりのないように気を配らねばならない。それには、何でも先々と考え、事を運び、折にふれて、ぬかりはないか検べることが必要である。失敗し反省し、繰返して私はこれを覚えた。P66