歌え!ロレッタ愛のために

歌え!ロレッタ愛のために - Wikipedia

  アマゾンプライムの外国映画も巡っていて見つけた。1980年制作の懐かしい映画なのだが、実はこれ初めて観る。これって確か、ラジオ番組かなにかで試写会のチケットがあたったのでよく覚えている。ロレッタ・リンというカントリー・ウェスタンの歌手の伝記映画でシシー・スペイシクが出演するという。まったく予備知識なしなんで、ロレッタ・リンが誰なのかも知らない。シシー・スペイシクはあのキャリーの恐怖少女を演じた女優さんということで知っていた程度。なんとなく食指が動かない映画だった。

 試写会チケットも別にこの映画目当てではなく、たまたま応募した葉書で当たったか、あるいは投稿したものが採用されたとか多分そういう類のものだったと思う。それで結局試写会にはいかずに仕舞だった。するとこの映画でシシー・スペイシクはアカデミー賞主演女優賞を受賞した。そのニュースを聞いたときはなんとなく惜しい気持ちもあったけど、結局それでおしまいになってしまった。

 それ以来、この映画をレンタルビデオやDVDの棚で見かけると、なんとなく試写会に行かなかった映画みたいな感じで手にとっては棚に戻すみたいなことを繰り返していた。そう、なんとなく気になるけど、やっぱり観る気にならない映画ということだった。なんでかといえば、一にも二にもカントリー&ウェスタンが嫌いというかちょっと苦手というイメージがある。なのでウィリー・ネルソンが主役を演じ、『スケアクロ』の監督ジェリー・シャッツバーグが監督した『忍冬の花のように』も予告編とかを観たけど観に行かなかった。

 そもそも自分の中でだけど、カントリー&ウェスタンはフォークやロック、ブルースの対極にある南部や中西部の白人音楽という印象がある。お気楽な曲調、マッチョな男と優しい女達みたいな世界観的ステロタイプなイメージだ。なのでほとんどカントリー系は聴いていない。しいていえば、ギターを練習する過程でカントリーの基本となるカーター・ファミリー・ピッキングをやったことがある程度だ。あの親指でベースライン、もしくはメロディを弾き、人差し指でストロークをやるみたいなやつだ。

 子どもの頃から今に至るまでカントリー系で唯一愛聴したのはというと、多分リン・アンダーソンの『ローズガーデン』くらいじゃないかと思ったりもする。もっとも今の認識でいえば、カントリー&ウェスタンはアメリカの音楽業界でも大きな商圏となっているだけでなく、音楽的にもフォーク系のミュージシャンはなんらかの影響を受けているというそんなジャンルであることは理解してはいるけど。

 話が全然映画のところに戻ってこないな。『歌え!ロレッタ愛のために』である。この映画のモデルであるロレッタ・リンは1960年代からキャリアを出発させ、カントリー界のファースト・レディとも称された伝説的なシンガーである。最近、同じカントリー&ウェスタンの歌手、ドリー・バートンを称えるショー番組をやっていて、マイリー・サイラス以下セレブなビッグ・スターが一堂に会していたのを見たことがある。今、おそらくドリー・バートンはカントリー界の女性シンガーとしてはまさに大御所、レジェンド的存在だが、その一つ前の世代としてロレッタ・リンはレジェンドだったのだろうと思う。

ロレッタ・リン - Wikipedia

 そして映画はというと、ロレッタ・リンの伝記に沿った形で彼女の半生をなぞる。ケンタッキー州の貧しい炭鉱夫の娘として生まれたロレッタは13歳で21歳の男と結婚し、18歳までに4人の子どもをもうける。実際は18歳までに3人、最終的には6人の子どもをもうけたとウィキペディアの記述にはある。もともと歌が好きで、自分のため、子どものためだけに歌っていたが、彼女の音楽的才能を夫が見出し彼女を売り出そうとする。そして24歳にしてデビューを果たし、その後はトントン拍子でヒット曲を出し、カントリーの女王として活躍していく。

 映画ではさらりと語られているが、彼女は長いこと夫の浮気に悩まされていたことや、若くして結婚し沢山の子どもを産んだことでのストレスなど様々な問題を抱えていたようで、そのことが彼女の作り出す曲のなかに反映されているという。

 そのへんのことは実はあまり映画の中では触れられない。映画の中でロレッタの夫は、彼女の才能を見出し、当初はマネージャーとして彼女の売り込みに努力し、彼女が成功してからは内助の功として、実家で子育てを行うようになっている。さらに第一線で活躍するロレッタが様々なストレスから歌えなくなった時には、彼女を励ましカムバックをサポートする。そういう二人三脚的な雰囲気なんだが、実はそんなキレイごとだけじゃなかったのだろうなと思ったりもする。

 しかし13歳(実際は15歳?)で結婚し、10代で次々と子どもを産むというのは半端ない苦労だったのではないかと思う。アメリカ南部の貧しい炭鉱の町では、貧困と無知からそうした早い結婚や出産が繰り返されていたのだろう。ロレッタ・リンはたまたま音楽的才能を見出され、貧困や多産生活から抜け出すことはできた。でも、実際は多くの若い女性がそういう境遇のまま貧困の中で多分早世していったのではないかと想像する。

 映画はダークな部分はさらりと流し、ロレッタ・リンの歌手としての成功をたんたんと綴っていく。この映画がヒットしたのは、ロレッタ・リンという誰もが知るカントリー界の女王のサクセス・ストーリーをたんたんと描いていること、ロレッタ・リンと夫、家族との交流もダークな部分をほとんどなしに描いているからだ。ようはロレッタ・リンのヒット曲とともに南部の貧しい女の子が、結婚出産の後に成功するという、ちょっとした奇跡をスクリーン化したことによるのだと思う。

 主演のシシー・スペイシクはすべての楽曲を歌っている。こういう大歌手の伝記映画だと歌の部分は本人のものを使ったりもするのだが、そういうこともない。そしてシシー・スペイシクの歌はかなりイケている。ウィキペディアによれば彼女はもともとは歌手志望でテキサスからニューヨークに出てきて、女優デビューの前にレコーディングも行っているのだとか。そういう意味では音楽映画にはうってつけの存在だったのかもしれない。

 演技については『キャリー』でも多くの者にその存在を焼き付けるような熱演ぶりだったが、この映画でもそつなく演じている。しかしオスカー主演女優賞かというと、ちょっとばかり微妙である。80年のオスカー主演女優賞にノミネートされていたのは、彼女の他にはエレン・バースティンゴールディ・ホーンメアリー・タイラー・ムーアジーナ・ローランズ(『グロリア』)という面々である。普通にジーナ・ローランズでよかっただろうにとか思ったりもするが、まあオスカー受賞は勢いとかいろんな側面もあるから。

 夫役を演じたのはトミー・リー・ジョーンズである。多分キャリアの初期であり、彼が注目されるにはさらに10年以上の歳月が必要だったようで、彼がブレイクしたのは『逃亡者』(1993年)でオスカー助演女優賞を受賞してからである。

 さらにロレッタの父親役でザ・バンドのドラマー、レヴォン・ヘルムが出演している。彼はその後も脇役として映画に何本か出演しているが、おそらくこの映画がデビューではないかと思う。

 まあ映画の評価としては可もなし不可もなし。シシー・スペイシクの演技、歌はそつない。ストーリー自体はテンポもよくさほどダレることもない。ただしもう一回観るかというと微妙ではある。しかし1980年になんでこんな映画がヒットしたのかが実はわからない。しいていえば、カントリー&ウェスタンの世界は奥が深いということなんでしょうね。