アヌーク・エーメが死んだ

 

 アヌーク・エーメの訃報に接した。

『男と女』のアヌーク・エーメが死去 享年92歳 | カルチャー | ELLE [エル デジタル]

 美しい女優だった。個人的にはもっともスクリーン映えのする、アップが美しい女優だった。

 92歳、年齢からすればこれはいたし方ないのだろう。もう5年前になるだろうか、『男と女』のパート3となる『男と女 人生最良の日々』が観たときには、さすがに老いたなと思いつつも、エレガンスで美しい、良い歳の取り方をしていると思った。相手役のジャン=ルイ・トランティニャンが老いさらばえたおジイさんとなっていたのに比べれば、かっての美しさの片りんを感じさせる彼女には、女優はいつまでも美しいものだと、不思議な感動すら覚えた。

 そのとき共演したジャン=ルイ・トランティニャンも2022年に91歳で亡くなった。そしてアヌーク・エーメも。

 彼女のスクリーン映えするというのはアップになったときに際立つ美しさだった。昔々の映画の文法でいえば、女優も男優もアップで映えなくてはいけなかった。なので、多分今風の小顔ではなく、顔の作りの大きく、そして肌もきれいで、とにかくアップで映ったときに際立つ美しさが必要だった。

 もちろん今のような細密な映像ではなく、それなりに加工された映像だったのだろうとは思う。女優のアップになると妙にソフトフォーカスになったりとかそういう映像的演出はあっただろう。それでも大スターのアップは観ている我々の心を躍らせるものがあった。

 アヌーク・エーメのアップに匹敵するのは、ハリウッドでいえばエリザベス・テーラーイングリッド・バーグマンエヴァ・ガードナーヴィヴィアン・リーなどなど。そんな感じだろうか。美人と可愛いは多分違うから、オードリー・ヘップバーンはこの範疇に多分入らないかもしれない。彼女はファニー・フェイスだったから。

 自分にとってのアヌーク・エーメは一にも二にもクロード・ルルーシュ『男と女』だ。最初に観たのはたぶん高校生か大学に入ってすぐくらいか。あの映画で自分は大人の男女の粋な恋愛模様を垣間見たような気がした。そしてストイックでちょっとはにかむような男、ジャン=ルイ・トランティニャンと、美しい子持ちの寡婦、映画のスプリクターをする働く女、そういう大人の女という存在にときめいたのを覚えている。

 世間知らず小僧である自分にとってアヌーク・エーメは大人の美しい女の具現化された存在のように思えた。しかしいい映画だったな『男と女』は。人によってはコマーシャル過ぎるとか、CMの印象映像みたいな作りだとか、まあそういう悪批評もあったけど。ルルーシュのそういうイメージ的映像やフランシス・レイの音楽があっても、主役二人の存在感が勝っているような気がした。実際、その後のルルーシュはいろんな映画撮ったけど、『男と女』は超えられなかったような気もする。まあこのへんはいい加減な思いつきかもしれない。

 『男と女』で知ったアヌーク・エーメを後追い的にいろいろ観た。『モンパルナスの灯』のジャンヌ・エビュテルヌ。清純な美人モデル役が際立っていた。実際のエピュテルヌも美人そのものだったが、この映画でのアヌーク・エーメはとにかく美しかった。

 そしてフェリーニの『甘い生活』『8 1/2]』。特に『8 1/2』でフェリーニは良妻賢母な美しい妻の理想像を彼女に与えたんだっけ。そうかフェリーニが、マストロヤンニが思う理想的な妻とは、放蕩な夫の帰る場所、理知的でいて男の我儘を包み込むメガネ美人ルイーズ・アンセルミだったんだと思った。

 

 彼女の訃報とともにSNSにも彼女を追悼する編集された動画が溢れていた。でも自分はやっぱり『男と女』のアンナが一番かもしれない。アップの表情で恋するときめき、愛していた死んだ男への思い、などなど。そして隣に乗せた美しい未亡人への思いを独白するジャン=ルイ・トランティニャンの横顔とかも。

 

 

 

 

 希代の美人女優、アヌーク・エーメが亡くなった。そして20世紀の映画的記憶とともに彼女の死を悼む。


www.youtube.com