小田光雄氏が亡くなった

 長く愛読していた「出版状況クロニカル」の著者である小田光雄氏が亡くなられた。

 「出版状況クロニカル」が4月1日に著者病気療養のため休載と告知されていたため心配していた。

出版状況クロニクル 休載のお知らせ - 出版・読書メモランダム

 早く快癒され、連載が再開されることを願っていたが果たされることがなかった。残念である。

 氏の論考は『出版社と書店はいかにして消えていくか』、『ブックオフと出版業界』、『出版業界の危機と社会構造』の三部作などを愛読していた。いずれも減衰していく出版業界の現在を活写し、様々に問題提起をされていた。

 もともとは編集者として出版業に関わり、そこから出版業、出版流通業について問題意識を広げられた他、古書や書誌について、さらにフランス文学での翻訳と活躍された。上述した三冊の本と、毎月アップされる出版状況クロニカルは、出版業界の今を知る基本情報として、多くの出版人が目にしていたと思う。もう氏の状況認識に触れることが出来ないのかと思うと、淋しい思いになる。同時にもはや出版業界について状況を見つめ、それをレポートしながら、問題提起をするような出版人がもはやいなくなったのではないかと、そんな思いにもかられる。

 出版業の業界紙としては『新文化』がある。『新文化』記者による出版レポートなどもいくつかあったが、やはり業界紙という性格上、どこか出版社や取次に遠慮がちなものが多かった。それに比すと小田氏の出版レポートはある意味、どこにも忖度しないものだったように思えた。そういう部分では信頼のおける著者だったと思う。

 さらに彼の得意とした著述はインタビューをまとめて読ませる内容にするものだったように思う。彼の多くの著述、特に後半に刊行したもののほとんどは論創社から刊行されていたが、論創社の社長森下紀夫氏との対話形式によるものが多かった。

 そうしたインタビュー集、対話形式による著述では、書店人や出版の編集者、経営者らにインタビューした『出版人に聞く』シリーズが白眉とでもいった内容であった。リブロの中村文隆氏や今泉正光氏、さわやの伊藤清彦氏、ちくさ正文館の古田一晴氏といった伝説の書店人、そして専門取次鈴木書店の小泉孝一氏、筑摩の菊池明郎氏らのインタビューからまとめられた内容は、まさに出版人のオーラルヒストリーの嚆矢となるものだった。

 書店人の多くは書店営業時に対応していただいた方々でもあり、小泉氏はよく酒を飲み交わし、お世話になった方でもあった。そうした人々の肉声がまとめられた得難い内容でもあった。

 出版業界ものは2010年代の論創社の一つのシリーズ化されたものだったが、それは小田光雄氏と森下紀夫氏の二人で作り上げてきたものかもしれない。大昔、森下氏が在庫品で会社や家に積みあがっている、でも捨てることはできないと、いくぶん嘆きつつも嬉しそうに話していたのを昨日のことのように覚えている。

 自分のような出版業界の片隅に生息したものにとっては、小田光雄氏のレポートを読むことで、今起きている業界の問題点などを把握してきた。仕事をやめ業界を去ってからも、「出版状況クロニカル」は業界のその後を知る一つの手立てでもあった。もはやそれに接することが永遠に失われたことに、大きな淋しさを感じている。

 73歳、超高齢化社会の今日にあっては、あまりにも早過ぎる。そしてずいぶんと業界の先輩と思っていたが、さほど年齢も変わらない、同じ時期に業界を生きてきた少しだけ先輩の一人だったのだと改めて感じたりもする。

 御冥福をお祈りします。