石山寺 (5月20日)

 石山寺はホームページやウィキペディアの記述によれば、聖武天皇の発願により、東大寺別当良弁が747年に創建、平安時代に焼失後再建(1096年)されたという由緒正しい名刹。1100年以上前の創建、再建からでも900年以上になるという。

 平安時代には宮廷の官女の間で石山詣が盛んになり、『蜻蛉日記藤原道綱母、『更級日記菅原孝標女ら女流文学者も訪れているという。紫式部が参籠して『源氏物語』の構想を練ったとも伝えられている。NHK大河ドラマ『光る君へ』の中でも、紫式部ことちひろが友人と一緒に石山詣に出て、藤原道綱母と会うというシーンがあった。もちろんこれはフィクションだとは思う。

大本山 石山寺 公式ホームページ

石山寺 - Wikipedia

 この寺に行ってみようと思ったのも『光る君へ』の影響。まあ基本的にミーハーである。そもそも自分はNHK大河ドラマを見ない。記憶をたどっても毎週のように見ていたのはいつの頃だろう、たしか『独眼竜正宗』、『花神』、『国盗り物語』とか。『独眼竜正宗』が1987年だからおおよそ27年前のことだ。アハハ。

 別に歴史ものが嫌いでもない。どちらかといえば、歴史というか歴史学は少しかじったことがある。まあしいていえば、大河ドラマにあるような英雄史観みたいな部分や、史実捻じ曲げた脚色みたいなものをどちらかといえば批判する立場だったとかそのへんがあったかもしれない。まあいずれにしろ遠い昔の話だ。

 今回の『光る君へ』は妙にはまった。ほぼ毎週見ている。別に吉高由利子のファンということでもない、多分。まあしいていえば紫式部とか平安時代というのが、自分の興味のない部分だったので、知識がほとんど欠落している。なのでちょっと新鮮に思えたりということだろうか。

 

 ということで大河ドラマのニワカファンということで来てしまったというところ。ウィークデイ、しかも月曜日ということだったけれど、けっこう観光客はいるにはいる。もっと閑散としているかと思ったが、やはりドラマの影響は大きいか。もっとも外国人観光客はほとんどいなかったから、やっぱり放映中のドラマは外国人向けガイドとかには載らないのかもしれない。

 駐車場もわりとすんなり入ることができ、そこから1分で東大門へ。くぐるとあお紅葉のトンネルみたいな参道を行く。いい雰囲気だ。多分11月の紅葉シーズンにはすごいことになるんだろうなと思った。でも初夏のあお紅葉も日の光でキラキラして美しい。

 

東大門

 両脇の仁王像は運慶・湛慶の作と伝わるとか。

 

 そして門の裏側にはカエルが。無事カエルだそうな。

 

  そしてあお紅葉のトンネル。

 

 志納所(料金所)で入館料を払っていざ境内に。左には「光る君へびわ大河ドラマ館」なるものがあるが、ここは素通りして本堂に向かうがいきなりの階段、かなり難易度の高いのがそびえる。いちおう階段回避するう回路があるにはあるのだが、そこから降りてきた人に聞くとかなりの距離があるという。たぶん長い坂道をだらだら上るのだろう。

 これはちょっと難しいなと思い断念するかと思ったのだが、妻が頑張るというので、手すりを持ってゆっくりと上ることに。車椅子は下に置いておくことにした。階段を上ってからはずっと妻の手を引いてゆっくり歩く。本堂も階段、さらに多宝塔に行くのも階段。まあ山寺だからバリアだらけは致し方ないのだろうとは思う。

 ただし本堂、珪灰石越しの多宝塔、一番上の多宝塔と見どころはたくさんあるし、建物も見事だった。無理して上ってくる価値は十分だとは思った。

 境内図(パンフレットより)

 珪灰石

 

本堂

 

 

 多宝塔

月見亭

瀬田川を臨む

 残念だったのは多宝塔の裏側に回ってみるとこういう無残な光景にでっくわした。多宝塔って確か国宝のはずなのに。落書きというか、これって彫ってるよね。これはちょっと興醒めというか。明らかに名前とかも彫ってある。ヤンチャして記念に彫っちゃいましたみたいなことなのかもしれないが、これはいただけないなと。

 

 帰りは毘沙門堂の脇を通って、こちらも階段。行きはストレートで急な階段だけど、帰りはジグザグに降りる感じ。滞在は1時間半くらいだっただろうか。まあ健常だったら、1時間あればゆうに回れるくらいだとは思う。

 大河ドラマの影響もあるだろうから、土日は相当混むだろうと思う。パンフレットには京阪石山坂本線石山寺駅から徒歩10分、車だと名神高速瀬田ICから約10分と交通の便もいい。

 ここならまた来てもいいかなと思う部分もあるが、車椅子利用だとちょっと難しいかも。今回はけっこう勢いで上まで行ったけど、普通なら多分断念してる。そういう意味では次はないだろうな。そもそも関西に次ぎ来れるかどうかも怪しいし。