『ドクトル・ジバゴ』

 夜中から明け方まで、デヴィッド・リーン監督の『ドクトル・ジバゴ』を観てた。ずいぶん前に多分BSでやっていたのを録画したものだ。デヴィッド・リーンの作品はだいたいは観ているはずなのだが、この映画だけは観ていなかった。こういうのも映画的巡り合わせのようなものかもしれない。

 ドクトル・ジバゴ - Wikipedia

ドクトル・ジバゴ (1965年の映画) - Wikipedia

 もともとはボリス・パステルナークが1957年に書いた大河小説である。ロシア革命に翻弄される詩人にして医師であるユーリー・ジバゴと恋人のララの運命を描いた悲恋物語ロシア革命に対して批判的記述も多く、ソ連本国では長く発行禁止となっていた。

 この小説が発表されたのはイタリアにおいてであり、すぐに話題となり世界中で翻訳刊行され、1958年にはノーベル文学賞を受賞するが、パステルナークは受賞すれば国外追放となるため受賞を辞退した。

 刊行翌年にノーベル賞というのは、当時の冷戦にあっては随分と政治的な感じもする。スターリン死後フルシチョフの体制だったこともあり、パステルナークは投獄や粛清ということはなかったが、彼をもてはやすような状況は国内にはなかったのだろう。ソ連においてこの作品が刊行されたのは1988年という。そしてその3年後にはソ連は崩壊する。

 この映画は1965年製作で、デヴィッド・リーンの大作路線としては『戦場にかける橋』、『アラビアのロレンス』に次ぐものとなる。そしてこの後の『ライアンの娘』でリーンの文芸大作は終焉となる。70年代以後、時代はこの手の時代がかった大作を好まなくなったということなのだろう。

 本作はイタリアとアメリカの合作。プロデューサーは大作を次々と手掛けたカルロ・ポンティソフィア・ローレンの旦那でもある。そして監督はイギリスのデヴィッド・リーン。まさに60年によくある大作中の大作である。

 主演はリーンの前作『アラビアのロレンス』でハリウッド・デビューしたオマー・シャリフ。ヒロイン、ララを演じるのは美しいジュリー・クリスティだ。もともと彼女のファンでもあったから、この映画は本当にいつか観たいと思っていたのだが、正直にいとこの映画のヒロインララはなんとなく自分がいつも感じているクリスティのイメージとはちょっとだけ違うかもしれない。彼女にはどことなく繊細なイメージと内面的な芯の強さみたいなものが魅力なんだけど、この映画では繊細さより芯の強さが前面に出ている。これは役作りとしてロシアの大地、ロシアの女性の力強さみたいなところが全面に出ているせいかもしれない。

 個人的には彼女の作品では『華氏451]』『天国からきたチャンピオン』とかが好きなんだが、そのへんの役とララはだいぶ違っているかもしれない。

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 映画自体はというと、リーンの大作であるだけにしっかりとした作品である。時間も197分という長大さ。本当にこの時代の大作というのは長い、長い作品が多かったけど、この映画も本当に長い。とはいえその長大な物語をほとんどダレずに描ききるところにリーンの演出力があるとは思う。とはいえけっこう観ていてしんどいなとは思ったけど。

 俳優では主役の二人の他では、少々如何わしい弁護士コマロフスキーを演じるロッド・スタイガーがいい味を出している。この人は本当に演技が上手いし、主役のオマー・シャリフを食っている部分もあるように思う。この映画の2年後『夜の大捜査線』で主役のシドニー・ポワチエを差し置いてオスカー主演男優賞に輝いている。

 あとこの映画が実質的な映画デビューであるチャップリンの子でもあるジェラディン・チャップリンが瑞々しくも凛とした美しさを輝かしている。やや線が細い神経質な雰囲気の女優さんなんだが、この映画では初々しくしている。デヴィッド・リーンは女優の美しさ、魅力を引き出すのが上手。それがこの映画ではジェラルディン・チャップリンにはいい方向に出たように思う。

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 なんだかんだいいつつも、この映画多分嫌いじゃないと思う。これを機にデヴィッド・リーンの映画を見直してみたいなと思ったりもするが、長い長い映画が多いだけにちょっとばかりひくというか、そんな時間がどこにあるという気もしないでもない。

 とりあえずあの永遠のメロドラマでもある『旅情』あたりから初めてみようかなどとも思う。