取次物流協業について

 ツィッターのタイムラインをつらつら眺めていたら、いきなりこんなショッキングなニュースが流れてきた。曰く、出版取次大手二者トーハン、日販が物流協業に関する検討を開始するという。

 ちなみに今は売上一位はここ十年くらい日販、トーハンの順番なので、なんとなくニットーハンという言い方が普通になっているのだが、自分のような古い人間はどうしてもトーニッパンという言い方になってしまう。まあそういうものだ。日販がトーハンを売上で追い越した頃はよく、日販の人間を捕まえては「よっ、業界のリーディングヒッター」などと冗談めかして声かけたものだ。そうやって仲良かった人たちもほとんどがリタイアしてしまった。

 話は脱線だ。ツィッターにはそれぞれのホームページにプレスリリースが載っているというので、さっそく見てみる。まったく一緒の内容だ。そして業界一位と二位による協業の検討である、独禁法遵守のため公取にきちんとナシ通してある旨が明記されている。

物流協業に関する検討開始のお知らせ | 日本出版販売株式会社

www.tohan.jp

 出版取次がいよいよ単体では食っていけない時代が来たということかという、ある意味忸怩たる感慨である。もちろん出版売上がピーク時から半減してしまったという大前提がある。さらには出版売上を支えてきた雑誌売上の落ち込みである。一昨年だったか、ついに雑誌売上を書籍売上が上回ったと報じられた。それまでこの業界は、儲からない書籍を雑誌の売上で補うことで成立していたのである。それは出版業界のビジネスモデルが成り立たないということなのである。

 そうした状況はひとえに出版物の大量販売、マス流通によるビジネスモデル、薄利多売でやってきた取次を直撃した。まずは業界三位の大阪屋の経営危機である。そこには講談社を中心とした出版社大手が支援の手を差し伸べた。次に業界四位の栗田が破綻した。栗田は大阪屋と統合されたが弱者連合と揶揄された。

 その大阪屋栗田は新会社となったが、出版社大手の支援だけでは成り立たず、現在は楽天参加となっている。しかし楽天の動向次第では予断許さまじという状況だ。

 さらに中堅取次だった太洋社が破綻する。ようは取次業界三位〜五位が経営危機になったという訳だ。さらに業界一位の日販は本業の出版物流においては営業赤字になるということも発表された。その後、日販、トーハンとも現在の出版物流を維持していくことは現状では難しいと、出版社詣でして取引条件の引き下げを含めた協力要請を続けていると聞いている。

 そういう状況の中での今回の協業検討である。自分のような古い人間はというと、戦後すぐの日配を想起させてしまう。そう、出版取次は戦中に出版配給会社として統合された日本出版配給会社として統合され、戦後も1949年まで一社で出版物流を行っていた。その後、GHQの指導もあり閉鎖され、そこからトーハン、日販、大阪屋等が出発した。

日本出版配給 - Wikipedia

 出版界の壊滅的な危機状況にあって、それこそ昔の名前ではないが、出版物流は統合を模索するということなんだろうかみたいなことを考えてしまった。

 しかしここまで危機的な状況を迎えている出版売上の状況にあっては、業界一位、二位の競合模索もまた弱者連合という意味あいを感じないではない。とりあえず雑誌の配本などを協業化していくのだろうか。実際、そうでもしないことには今の全国一斉発売みたいなシステムは維持できないのではないかと思う。

 しかしもう雑誌の発売がどうのというレベルの話ではないのではという気もしないでもない。雑誌という商品は、情報メディアという役割の点ではインターネットに取って代わられてしまっている。マスメディアとしての役割はもう終わってしまったのでないかと思う。まったく生き残れないということはないと思うが、趣味趣向、ミニマムな情報享受といった層に向けた商品に細分化されていくのではないかと思う。

 そうした中での出版物流とはどういったことだろうか。プレスリリースにはこんな言葉がある。

プロダクトアウトからマーケットインを目指した抜本的な流通改革への新たな一歩となることを目指すものです。

 今さらに生産者、供給側から販売ではなく、顧客重視、消費者重視といわれてもという、「やれやれ」感を思ったりする。しかしのプロダクトアウト、マーケットインには多分別の意味が込められているようにも思う。このプロダクトアウトは、出版社サイドにたった営業政策の転換という見方も成り立つかもしれない。

 取次には大手、中堅出版社が有力株主になっており、昔から老舗出版社に対して優遇的な取引条件が維持されてきた。その分、70年以降に取引した新規出版社には厳しい条件を提示してきた。

 相対的には大手中堅出版社の扱い量が多いだけに、取次は恒常的に高正味による薄利商売を強いられてきた。

 プロダクトアウトにはそうした出版社=供給サイドからの脱却を目指すということが暗示されているのかもしれない。

 それでは一方のマーケットインは書店重視ということになるのか。多分それもまた違うのだろうと思う。取次はこれまでもナショナルチェーンを中心とする大型書店グループには、古くは支払い率に応じた入銀制、部戻しといった値引きを行ってきた。出版社からは高く仕入れ、書店には安く売る。それにより取次の利益率は以前から八分口銭といわれてきた。ようは8%の利益率である。それがビジネスモデルとして成立していけたのは、大量販売による扱い量の増加と一定限に抑えられた返品率である。

 現状では書店からの返品率は4割近くとなり、しかも相対として売上は低減化を続けている。これで商売が成り立つとは思えない状況なのだ。その中であえてマーケットインをうたうのは、一つには扱い量が増加するネット書店への対応重視という部分もあるだろう。しかし多分それだけではないように思ったりもする。

 以前にも何度か書いたようにも思うが、出版取次の生き残り策はおそらく脱出版ではないかということだ。儲からない本や雑誌の取り扱いを減らし、より儲かる商品を物流に載せる。物流機能としては、世界にも類をみないような雑誌の全国一斉発売を可能にするシステムを日販、トーハンとも構築しているのだから。これをさらに協業、統合化し、そこにより利益率の高い商品の物流を開発する。そこにマーケットインの発想を生かそうということだろうか。

 キーとなるのは一つにはTSUTAYAであり、セブンイレブンであり、もちろんアマゾンや楽天なのかもしれない。それが今更ビジネスとして可能かどうかはけっこう疑問ではあるにしろだが。

 それでは出版業界はどうなるか、これも弱者連合的に競合していくしかないのではないかと密かに思っている。本は売れない、でも多分死ぬことはない。少数とはい好事的な読者は常に再生産されていく。ただしマス的な形では頒布流通はされないだろう。

 読者は必要となればアマゾンを通じていつでもどこでも本を入手可能だ。でもそうした目的買いだけではなく、ふらっと立ち寄った書店の棚から面白そうな本を手にとり購入するということはあるのである。そのためにも街場に書店は必要なのだ。

 その書店が十分商売をしていけるだけの利益を出版社は与えることができるのかどうか、これは大手、中堅の出版社が考えねばならないことだとは思う。

 そのうえで出版物流をどうするか。おそらく一社だけではどうしようもないほど、物流コストは高騰している。かといって生き残りを模索する出版取次が、従来のような物流サービスを維持するとは思えない。おそらく出版取次は物流を低減化させ、商流のみに特化していくのではないかと、なんとなく漠然と考えている。そうなると出版社はこれまで独立独歩でやってきたのではあるが、出版社同士での競合化を図っていく必要がでる。

 出版競合は物流部門はだけでなく、編集、制作、営業など様々な部門に行われるかもしれない。それは単なるアウトソーシングとは異なることになるかもしれない。

 これも何度も書いているかもしれないが、自分は大学卒業と同時に大学内の書店に務めた。それから専門取次、出版社数社と渡りついできた。キャリアの後半は出版物流へと流れ着き、還暦を迎えた。多分、キャリアの最終コーナーを周りゴール直前といったところだ。自分が過ごしてきた出版界が自分のキャリアとほぼ同時に、ある意味かっての意気揚々とした文化産業としては死滅しつつあるということには様々な思いが巡ってくる。

 取次大手二者の競合化は今後にどんな形になっていくのだろうか。それを含めあまり明るい絵図面を描くことはできないが、そこでまだ凌いでいかねばならない後輩たちもいる。もうしばらくは注視していきたいと思う。