2017年出版界10大ニュース

 新年早々回顧ネタから。後何年いられるか判らないけど、一応本の業界にいるので業界紙新文化』の年末記事からあげておく。

1位 コミックス売上急落
2位 深刻さ増す輸送問題
3位 アマゾン、日販へのバックオーダー停止
4位 今年もM&A、倒産の動き
5位 図書館に文庫貸出中止を提言
6位 異色ベストセラーが目立つ
7位 万引犯情報を書店と共有
8位 ”中吊り広告入手”問題で謝罪
9位 工藤社長、岡副社長が辞任
10位 イシグロ氏がノーベル賞文学賞

 一昨年の出版界の売上が雑高書低から雑低書高に転じたことが今年1月が発表され、これは大きな衝撃を受けた。
書高雑低! - トムジィの日常雑記
これは長く出版業界の片隅で仕事をしてきた一人としては本当に衝撃的な出来事だった。この業界は右肩下がりの書籍売上を、ひとえに正味の安く大量販売によって利益が出る雑誌の売上によって支えてきた。しかも雑誌には広告収入という副産物があり、これが大手雑誌出版社の高収入、社員の高賃金を支えてきた。そこから零れてくるものが流通(取次、書店)にも恩恵となって業界が支えられてきた。そういうビジネスモデルだった。
 一方、右肩下がりの書籍売上にあっても、老舗出版社、専門書出版社は、取引は個々という名の元に、高正味、買切り、委託品の一時払いなどという好取引条件に胡坐をかき、同様に高収入、高賃金を得ていた。その背景には、専門書の高い商品力にあって、流通を通さずとも必要な読者に供給が可能という幻想が支えてきた部分もある。医書などの出版社に特に多い図式だ。
 しかしだ、よくよく考えてみれば、買い切りという売れ残れば小売書店の不良在庫となるリスクを与えておきながら、高正味で小売りの利ざやが薄いなどというのは、商売の在り方としてはまった成立しないものなのである。それが許されてきたのは、出版社は文化を作り出す貴きメーカーであり、それを売りさばく取次、小売りは下世話な生業であるという、特権性を基盤とした差別的商構造だ。
 こうした特権的優遇地位も、連綿と続く書籍の右肩下がりの売上状況の中でじょじょに劣化されていった。高正味は幾度かの改定を経て、かってのように75以上、80以上などという狂気の高正味はなくなり、今はだいたいが70前後に落ち着いているとも聞く。そして買切という条件も今では両手以下の出版社に限られているという話でもある。
 雑低書高はそういう意味ではこれまでの出版業界のビジネスモデルがまったく崩壊したことを意味していた。そこに拍車をかけたのが2017年のニュース第1位「コミックス売上急落」だ。

 「雑誌」「コミックス」の売上不振が業界3者に大きな影響を与えた。とくに単行本コミックスについては、「今年に入ってから落ち幅が大きくなった」という書店が多く、前年同月比で15%以上減少する月もあったようだ。10月は同20%強減少した書店もあった。
 中小書店では、「雑誌」「コミックス」「文庫」の販売シェアが高いため、厳しい書店経営が一層深刻化している。
 出版科学研究所によると、婚宴1月から10月までの「雑誌」の累計推定販売金額は前年同期比9%減、コミックスとムックの落ち込みが顕著に表れ、同研究所が発行する「出版月報」11月号では「かってない勢いで減少している」と記している。
 コミックスの2016年推定販売金額は紙版が1947置く円(前年比7.4%減)、電子版が1460億円(同27.1%増)だった。その合計推定販売金額は過去最高になっていた。
 同研究所では今年、「紙版は前年と比べ約10%で着地しそうだ」と見込んでおり、電子版が仮に同20%増となれば、「どちらも1752億円となり、同額になる。慎重に見極めていきたい」と話している。」コミックスにおいては、電子版が紙版を上回るのは時間の問題といってもいい状況にまでなった。
 出版社側では、書店ごとにオリジナルの読者向け特典を作成するなど、手を尽くしている。
 しかし、一部の中小出版社では、著者とコミックのデジタル配信は契約するが、紙版は見送るケースが増えている。当該出版社の幹部は「一定程度の反響があった場合のみ、紙版をつくるのがスタンダードになりつつある。出版事業そのものが変わっています」と話している。

 記事中にもあるとおりで中小書店の売上を支えてきたのは「雑誌」「コミックス」「文庫」である。そのうちの雑誌が壊滅的状態となり、さらにコミック売上もまた前年比で20%近く減少しようとしている。それに代わるものは電子配信である。今やコミックはスマホで読むが主流となりつつある状況であり、出版社も「紙」から「電子」にスタンスを変えてきている。同じく記事中にあるとおりで、著者との紙版の出版契約を結ばない、電子版で反響のあったものだけを紙版で出すという形になってきているのだ。
 これでは紙版で新人作家がデビューすることはなく、一定程度売上が見込める著名作家の作品だけが紙版として出版されることになりはしないか。
 中小書店は「雑誌」「コミックス」「文庫」という低価格で客数を稼ぐものを主力商品としている。そこから付随してあるさらなる衝動買いによる複数購買や、より単価の高い単行本等へ顧客の購買行動を関連づけるようにしてきているはずだ。そういう商売をしているところで雑誌とコミックスのの売上減は致命的ともいえる。さらにいえば文庫もまた売上が大幅に低下してきており、それがニュースの5位にランクインした文春社長による図書館の文庫貸出中提言にもつながっているのだ。
 この状況は結局のところ紙版がいずれ死滅する状況にあることを示している。紙版の出版物によって情報を享受してきた我々はその多くをスマートフォンタブレット、パソコンで取得するようになる。これは多分、21世紀にあっては自明のことなのかもしれない。辞典、辞書は電子にとって代わられ、言葉を調べるのはスマホはほとんど常識になりつつある。雑誌記事や広告はネットによってより享受者のニーズや購買動向に合わせてパッケージ化された形で配信されてくる。コミックや文庫など読み捨てにされるエンターテイメントもまた電子配信され、読み終わったら削除される。
 紙という物理的な質量を伴うコンテンツは限られたニーズに即した希少品という地位を与えられるのではないのか。それが40年近くこの状況の片隅に生息してきた人間が、今回のコミックス売上急落というニュースから得る小さな感想だ。

 第2位 深刻さを増す輸送問題−配送会社、出版輸送から撤退相次ぐ
 雑誌・コミックスの売上減少にともない、出版物の配送問題が昨年から取次会社の喫緊の課題としてクローズアップされた。
 年初、トーハン「新春の会」で藤井武彦社長は「17年は物流再生元年」と位置づけ、日本出版販売の平林彰社長は「悠々会新年会」で、この配送問題に「出口がまったく見えない状況」と発言し、その深刻さを伝えた。
 日販の安西浩明専務やトーハンの川上浩明専務も折々の各種会合でその進捗状況を説明して、出版社や書店と情報を共有化している。
 配送会社の値上げ要請が続くなかで、10月には藤井社長が京都トーハン会の席上、初めて出版社や関係各社にコストの一部を負担してほしいと訴えた。
 配送会社の労働環境は劣悪で、人手不足も深刻だ。日販によると、配送会社はこの5年間で7社が出版輸送から撤退している。
 そんななか取次会社は、出版流通のインフラを維持するため、配送日の拡大、業量の平準化、自家配送地区の共同輸送などに取り組んでいる、内部努力を続けている。全体の配送量は減少しているが、運賃や荷造費用は上昇。両社の中間気さんにおいても、その影響は大きかった。

 聞くところによると大手取次からはすでに年明け早々にも出版社に対して輸送経費の負担についての要請があるいう。具体的には物流経費としての負担を正味下げ、あるいは部戻しという形で要請する形になるのではと予想する。かっての地方正味や返品経費の一部負担と同じ形になるとも。しかしそうしたものとはまったく異なる形での負担要請になるかもしれない。輸送経費については取次の死活問題になっているだけに、出版社もこれまでのようにスルーすることは難しいかもしれない。しかし出版不況、紙の商品の恒常的売上減少という状況にあって新たな負担は、出版社にとっても致命的な問題になってくるかもしれない。
 昨年も宅配業者への業量の集中が様々な労働問題を引き起こしていることが大きく喧伝された。具体的には運転手の恒常的残業やその未払、運転手自体の人手不足。アマゾンを中心に便利な通販業の拡大とともに、それを一手に担う宅配業者は飛躍的な業量増大とは反比例する宅配業者からの恒常的な運賃値下げ要求により、諸問題の総てを運転手という労働者に押し付ける形で矛盾を拡大化させてきている。
 そのため業務の改善、運転手の労働条件改善のために宅配業者を昨年秋以降に宅配運賃を大幅に値上げ改定させた。ヤマト、佐川に続き、郵便も今年3月に値上げを予定している。これにより業量を拡大させてきた宅配業者も物流経費を価格に反映させざるを得ない状況になりつつある。
 それでは出版物流はどうか、冒頭にも書いたところだが紙の商品は書籍、雑誌共に右肩下がりを続けてきた。そして今はもう壊滅的状況になりつつある。その中で取次や書店は輸送費を自社の販管費の中で解消しなければならない。これを輸送費として送り、戻りも売上とは別に出版社に請求できるのであれば、運送業者の請求書を右から左に出版社に請求できるが現状そういうことはあり得ない。そうなると売上が減少している中でその輸送コスト、上昇するコストを吸収できるか。まあそれはあり得ない状況でもある。
 それでは物流経費を出版社が負担できるか。今の出版不況ではそれもまた困難な状況にある。これも聞いた話だが、現にどの出版社も取次へ商品を納める物流費についても、輸送業者からの値上げ攻勢にあっている。それでなくても各出版社とも売上減の中で物流経費上昇に音を上げつつあるのだ。そして料金を据え置かれる輸送業者もまた、立ちいかず廃業する中小零細や出版輸送から撤退する中堅、大手という状況である。状況はもう八方塞がりというところにある。
 実は輸送問題、物流問題は古くて新しい問題だと思う。1980年代以降あたりからか、コンビニが増加してくるにつれて、補充品は少量補給を回数を増やすようになった。大量輸送から少量をニーズに合わせてというある種の合理性に基づいた考えたかだ。どこかトヨタの看板方式の応用のような気もしないが、あれはあれで下請けに過度な業量を負担させるだけではという側面もあるにはあったと思っている。
 そして同様なことが物流面にも起きた。少量補充、頻度を増やす輸送は当然のごとく物流の末端での担い手であるドライバーに負担がいく。かって大量輸送、長距離輸送で高賃金を得ていたドライバーたちは少量輸送により労働量は増え、賃金は逆に減少した。合理的な物流を求める荷主の矛先は当然、物流経費の低減化である。少量で頻度をます輸送を担わせながら、コストを下げることも同様に求めた結果、運転手の賃金は徹底的に減少した。
 かっては長距離輸送にあっては二人体制で行われていた運転業務も、今では一人で行うことが恒常化している。さらには一人で輸送し、荷下ろしも行うことも増加した。かっては輸送だけだったが、輸送先でフォークリフトでの荷下ろしも押し付けられる。それらの総てが物流コストのダウンの名のもとに行われている。それらの実態は年に数回起きる輸送トラックによる大きな事故の時にだけ問題化されるだけだ。
 ようは便利な世の中、合理的、効率的なビジネスのもとで、労働環境の悪化と徹底した収奪、労働疎外が行われているのだ。運転手たちは個人事業主であったり、契約労働であったりすることが多く、彼らの声が社会的に取り上げられることはない。今までは、彼らが条件の改善を口にしても「代わりはいくらでもいる」という雇手の論理で一様に押しつぶしてきた。しかしここにきて状況は代わりつつあるのだ。
 そう、ベテランドライバーが高齢化する一方で、それに代わるドライバーはまったく育っていない。いやそれ以上に過酷な労働条件と低賃金にあって、誰がそんな仕事を行うのかということだ。
 物流問題は多分簡単には解決しないとは思う。しかし人手不足や劣悪な労働条件の改善や物流会社にもきちんと利益が出るようなビジネスモデルにするには、結局のところそれを必要とする各社が適切な物流コストを設定するとういことに尽きるのかもしれない。そのためにはこれまで不当とは言い過ぎになるが、応分以上に利益を得ていた企業が、きちんとした物流コストを計上する以外にないと思っている。それをまた出版業界に矮小化させていけば、結局は出版社が応分のコストを支払うということになるのではないかと思う。それでは出版社はやっていけない。多分そうだろう。だが、逆にいえばそれまでやってこれたのが、企業規模からすれば中小に過ぎない出版社が、上場企業以上の高給与を支払ってこれたということが問題だったのかもしれないと思ったりもする。
 すでに引退された出版OBのことを考えると、彼らは幸運だったなと思うことがある。彼らは本が売れる時代を生き、売上が低迷する状況の中リタイアできた勝ち組だ。そして彼らは多くの矛盾をすべて先送りしてきたのかもしれないと。まあこれは本当に個人的な恨みつらみ的な感慨になってしまうか。
 これからの小売りビジネス、アマゾンであれ楽天であれ、あるいはメーカーの側であれ、今後は物流をどう考え、再編成するかが鍵を握っていると思う。人に対するきちんとした対価を払うのか、あくなくコストカットとオートメーションを追及するのか。ドローンで宅配を行うという政府広報のCMを目する度、暗雲たる思いを抱く。