上原美術館 (3月31日)

上原美術館 伊豆下田の近代絵画・仏像美術館 (閲覧:2023年4月7日)

 ここへ来るのは昨年11月以来。なんとなく伊豆に来るたびに寄るようになって来ている。山間にあるこじんまりとした美術館で、特に仏教館の仏像群は圧巻なものがあるのだが、妻に言わせると仏像はなんとなく食傷気味のようである。自分的には今年は仏像を少し学習してみようかと思っているので、ここを訪れる機会を増やしたい。もっとも仏像はどこから入っていいのか、正直思案中でもある。

梅原龍三郎と伊豆

 安井曾太郎とともに戦前戦後の日本近代洋画を牽引した巨頭である。一般的には、セザンヌを敬愛し造形的指向性のある安井に対して、梅原はルノワールに師事し色彩感覚に優れたといわれている。そのうえで梅原はじょじょにデフォルメ化された造形やフォーヴィスム的な部分なども受容し、さらにどこか万葉風など日本的な趣向なども取り入れた独自性ある強めていった。

 梅原はフランス留学から帰国した後、南仏的な明るい光ある風景を求め、それを伊豆に求めたようで、40代には友人の別荘にたびたび滞在し、戦争中は伊豆に疎開し、各地を転々としながら画業を続けた。そのため伊豆の風景を題材にした作品も多数残されており、上原美術館でも多数を収蔵している。今回の企画展もそうした点を踏まえた、近代洋画の巨頭梅原龍三郎と伊豆との関わりという切り口で展開されている。

《富士》 1945年 油彩・岩彩、紙 78.1✕65.0

 気にいった作品の第一がこれ。梅原は油絵具に岩絵具を混ぜるなどの技法的工夫もこらしているようで、これもその一つのよう。

《北京長安街》 1939年 岩彩・油彩、紙 40.0✕65.5

 一番気に入ったのはこの作品。東近美にある《北京秋天》と同系統の作品だが、これはその4年前に制作されている。梅原龍三郎日中戦争が続くなか1939年から43年にかけて6回も北京を訪れている。その都度、北京飯店に滞在しながら、部屋の窓から長安街や紫禁城をモチーフにした写生を繰り返していたという。この《北京長安街》も《北京秋天》もそうして写生された下絵をもとに制作されたもののようだ。

 いずれも油絵具と岩絵具が併用されており、明るく華やかな色遣いになっている。以前から東近美では《北京秋天》を何度も観ているのだが、ある時印象派の作家の作品を観るときのように、やや離れて鑑賞してみると色の鮮やかさが目の中で増してくるのを感じた。この《北京長安街》も同様に離れてみるとより美しく鑑賞できたような気がした。このへんはまさにルノワールの影響とそれを受容した成果なのかもしれない。

きれいなお経 かわいいお経

 

  

 書跡、経典類についてはまったく興味がない。というかそもそもの基礎知識が足りないので正直、どこをどう楽しんでいいのかも判らない。これまでも例えばトーハクなどで展示されているものを見たりしてきているのだけど、なんとなく「う~む」となるだけでだ。

 よくいう紺紙に金泥や銀泥で書写された経典、その印刷されたかのような整って美しい文字にはどこか美的なものも感じないではないのだが。そこから先へ続かない。今回の「きれいなお経かわいいお経」といわれても、扉絵などの装飾には当時の絵画のあり様を知る手がかりのように思う部分もあるにはあるのだが。

 今回の企画展では、上原美術館で所蔵する「中尊寺経」「神護寺経」「荒川経」をあわせて展示。さらに「一字宝塔法華経断簡」「「雲紙法華経断簡」も展示されている。

 こうしたお経を観ていて思うのは、これらが一字一字きちんと写経されたものだということだ。まあ当たり前のことだが書き損じも出来ない。俗っぽい想像だが、長い巻物のお経の中半、後半でもし書き損じたらなどという下世話な想像をしてしまう。

 これらの写経は専門の写経生たちは、専門職であったり、寺社によっては修行僧の一部が専門的に行っていたようだ。

写経 - Wikipedia (閲覧:2023年4月7日)

天平時代の写経生の生活 - 賞状よもやま話 (閲覧:2023年4月7日)

 しかし気が遠くなるような作業であり、写経生を生涯の仕事として人生を送る人がいたなんてことを想像するだけで気が遠くなる。根気強い職人あるいは研究職のようなもので、一日何十時間も机に座ってひたすら写経を続ける。そういうことだったのだろうか。

 西洋の中世においても時祷書や聖書を羊皮紙にひたする写字して複製本を作ることが、修道院などで行われていた。それを担うのは写字僧という特殊な職だったというのは、最近観た練馬区立美術館の吉野石膏コレクションの中世写本の解説にもあった。たぶん同じ中世期、キリスト教修道院の修道僧と日本における写経生、同じような仕事を続けていたのかもしれない。

 中世の写本についてはウンベルト・エーコの『薔薇の名前』など、小説の題材として使われたものがあるけれど、日本の中世期、写経生を題材にしたような小説はあるのだろうか。寺院における写経生の生活を通して、当時の歴史的事象を描くみたいな歴史小説、ひょっとしたらあるのかもしれないなどと思ったり。

常設展示

小磯良平

 近代館は企画展ということで、梅原龍三郎とそれに関連したルノワール作品などが展示してある。そのためか仏教館の多目的室のほうに洋画、西洋画の名品の一部が15点ほど展示されていた。仏教館に日本画が展示されるのは今までに何度かあったように思うが、洋画、西洋画がというのは自分は初めてのことだ。図録などで観たことはあったものもあるが、初めてに目にするものもいくつかあった。

《緑陰》 (小磯良平) 1941年 油彩・カンヴァス 72.8✕60.0

 これは多分初めて観る作品。そして今回の訪問では一番気にいった作品だ。この女子学生のモデルはあの「斉唱」で描かれているモデルとどうも同じような気がする。黒の洋服(制服)も神戸松陰女子学園のものだ。制作年も《斉唱》と同じ1941年。この当時、小磯良平はこの学校で非常勤講師をしていたという。教え子の中にこうした顔立ちの方がいてモデルにしたのだろうか。

安井曾太郎

《桜と鉢形城址》 (安井曾太郎) 1945年 油彩・カンヴァス 60.2✕72.7

 これは昨年、多分同時期に上原美術館に来たときに観ている。鉢形城址は埼玉県寄居町にある。戦争中、安井は寄居に疎開していたという。戦時を思わせないのどかな雰囲気だ。この絵を観て、この景色に通じる場所はないかと鉢形城址に行ってみたが、桜の季節は終わっていたのと、荒川沿いに桜という風景は車で通った限りでは見当たらなかった。

ペルシャ壺と水仙》 (安井曾太郎) 1955年 油彩・カンヴァス 55.2✕46.0

 安井曾太郎は1955年に没しているので最晩年の作品。セザンヌ的な造形とはなやかな色彩。花瓶などの太い輪郭線はそれまでの作品に見られないもののような気もする。

アルベール・マルケ

《ヴィレンヌのセーヌ川》 (アルベール・マルケ) 油彩・カンヴァス 33.0✕40.8
パブロ・ピカソ

《酒壺のある静物》 (パブロ・ピカソ) 1937年 油彩・カンヴァス 33.0✕41.0
アンリ・マティス

《読書する女性》 (アンリ・マティス) 油彩・カンヴァス 24.5✕33.5

向陽寺・達磨大師

 上原美術館に隣接する寺社。というか寺社に隣接して美術館があるというのが正しい表現か。美術館の設立、https://www.shoujyonoma.com/knowledge/2020/0714/寺の再建、達磨堂の建設なども、すべて大正製薬の元会長上原正吉氏・小枝夫妻によるもの。この地の向陽寺再建、美術館の建設ももともと小枝夫人の出身地であったことからだという。

 ウィークデイということで美術館もかなりの閑散度だが、向陽寺、達磨堂も人がまったくいない。なにか別世界の風情だ。