お茶の水周遊(11月21日)

 昼前、健保の歯科通院。最近感染の影響でずっとあちこちの歯が痛んでいたが、それもだいぶ落ち着いてきた。そのうえで神経をとった左上の糸切り歯とその後ろの歯の処置。歯根治療やら薬剤の注入やらで最後に詰め物をして終了。2本の処置だったので1時間と少しかかった。多分次回で治療は終了になるだろうか。

 その後、友人とお茶の水駅で待ち合わせ。先方は、久々に休みがとれたとか。同年代なのにえらい奴っちゃ。こっちはもうかれこれ5年もプータローしているというのに。まずは昼飯と思ったが、さほど腹減っていないというので腹ごなしのつもりでニコライ堂に行ってみることに。

ニコライ堂

 御茶ノ水駅の聖橋口から降りて右手にある。昔は駅前の日販のビルとこのニコライ堂のドームくらいしかなかったのだが、今はあちこちに高層ビルが建ってきているので、なんとなくビルに埋もれた感じがある。

 

 上の画像は2022年に近くに寄ったときに撮ったものだ。そうここはいつも近くを通って外から見るというところ。考えてみれば、20代の後半から5~6年ほど神保町にある会社に勤めていた。その後、出版社に転職してからは、日販や神保町近辺の書店に毎週のように営業できていたから、ニコライ堂は馴染みのある風景でもあった。でも、中に入ったことは一度もなかった。

 聞けば拝観料300円とかで拝観できるという。ということでちょっと行ってみるかということになった。

東京復活大聖堂(ニコライ堂) – 日本ハリストス正教会教団 東京復活大聖堂 公式サイト

ニコライ堂 - Wikipedia

 正教会東方正教会ギリシア正教会などと呼ばれるが正しくは正教会もしくは東方正教会が正しいようだ。ギリシア正教会は、ロシア正教会ルーマニア正教会などと同じく各国の正教会を指す名称。

 ローマ・カトリック東方正教会に分裂したのは、1054年大シスマ=東西教会の分裂によるものらしい。当方、大昔日本史で受験したクチなので、世界史については正直よくわからないが、まあそういうことらしい。

東西教会の分裂 - Wikipedia

 ニコライ堂(東京復活大聖堂)は、1861年にロシア領事館付属の司祭として来日したニコライによって1884年(明治17)から1891年(明治24)にかけて建設されたもので、建築にはお雇い外国人の建築家ジョサイヤ・コンドルも参加したという。しかし1923年(大正12年)の関東大震災で倒壊、ドームも崩壊した。その後、建築家岡田信一郎の指揮のもとで6年をかけて修復復興され、その形のまま現在に至っているという。ということで、現在の姿は1929年からのもので、1962年に国の重要文化財に指定されている。

 内部拝観は以下のとおりで、ちょうど行ったのが1時ちょい過ぎくらいだったのでいいタイミングだったみたい。

拝観時間・毎日(月曜および年末年始を除く)

  4月~9月 PM1:00~PM4:00

10月~3月 PM1:00~PM3:30

公祈祷

土曜日    PM5:00~PM6:30

日曜日    PM10:00~PM12:30

 内部は撮影が禁止。ちょうど入ったときには係の人による説明が行われていたが、もちろん自由に見学することもできる。ただし見学できる場所は限られている。

 それでも教会内部の荘厳な雰囲気、さまざまな宗教的装飾、そして教会建築の様式なども確認できる。基本的にはビザンチン様式で、身廊や側廊を設けないドーム式バシリカとうもののようだ。なんかこれ4年前になるけど、西洋美術史のビデオ授業とかでも盛んに出てきたものだけど、もうほとんど覚えてないな。かろうじて柱がコリント式とか、四角いブランの上にドームを載せるために四角にペンデンティヴという重力を受ける部分があることなんかを確認したりして一人で悦にいっていた。ドームのの間をわたすリブ・ヴォールトもたぶんこのペンデンティブで受けているんだったか。まあ付け焼き刃かつ朧気な知識なので友人には話さなかった。なんなら友人のほうが詳しそうだし。

 

 入口はこんな感じか。上空からの全貌や内部の図面は、ネットで拾った。まあ参考にはなるかな。

 

 

 

トラットリア・レモン

 昼食は来た道を戻って駿河台の通りを横切って少し行った左側にあるイタリアン、トラットラ・レモンで食べた。ここは健保の会館からも近い。なんか同じようなところを行ったり来たりしてる感じ。お茶の水界隈ではわりと人気のあるレストランで、画材屋のレモン画翠が経営しているイタリアン。

御茶ノ水のイタリアン トラットリアレモン

 パスタとドリンクでだいたい2千円くらいだったか。今回はこれにちょっとした前菜をつけたコースにしたのでもうちょっと値段は高く、まあふだん食べているランチからするとかなり割高。友人がボーナスが出たから奢ってくれるというので、ありがたく御馳走になった。まあ持つべきものはいまだに現役の友人かもしれない。

 食べたのはレモンのクリームソースのパスタで、けっこう美味だった。高いから美味いってこともあるけど、味普通にいけた。

 

 

湯島聖堂

 その後は腹ごなし的に少し散歩。お茶の水界隈ということでまずは聖橋を渡ってみる。街路の銀杏とかもなかなかの雰囲気が良い。

 

 そしてまず最初に寄ったのが湯島聖堂

 

 

 

史跡湯島聖堂|公益財団法人斯文会

湯島聖堂 - Wikipedia

 ここは江戸時代の学問の総本山、幕府直轄の昌平坂学問所だ。ここからは友人との会話。

「ご本尊はたしか孔子だったな」

「幕府の公式なのが朱子学だし、孔子廟とかあるけど、ご本尊っていうか」

「たしかもともとは林家の塾とかなにか」

「林、林、林子平・・・・・・、子平は『海国兵談』か」

「林、林、羅山だな」

 高齢者同士の話など、まあこんなものだ。

 いちおう学問の神様的なので、受験生のお参りも多いはずだ。とりあえず東大受ける子は湯島聖堂に、私学を受ける子は湯島天神あたりかなどと、バカ話のタネは尽きまじ。

神田明神

 湯島聖堂の裏手にある。友人は「こんな近くなんだ」と感心していた。自分はこのへんを徘徊、もとい周遊何度もしているので、まあこんなものという感じではあるが。

Home|江戸総鎮守 神田明神

神田明神 - Wikipedia

 

 神田明神、正式には神田神社神田祭で有名。入口右には有名な甘酒屋がある。神田、日本橋、丸の内、大手町など108の町会の総氏神。いわれてみれば、神田から東京のあたりには大きな神社もないし、ここが元締めといわれると納得ができる。だいこく様、えびす様、まさかど様(平将門)の3柱を祭神として祀っている。

 いわれてみると、だいこく様、えびす様の像とかは見ることができる。まさかど様の像もどこかにあるのだろうか。

 ウィークデイながらそこそこに人出で賑わっている。外国人はというと、時節柄中国系はあまり見かけない。欧米系がちらほらっていう感じだっただろうか。

緬羊会館と湯島天神

 神田明神の裏手に出て清水坂下から清水坂を上りしばらく歩く。このへんの右手には昔はラブホテルがたくさんあったところだ。友人が過去の栄光みたいな話をし始めたが、今は昔ということか。ほとんどのラブホテルが店仕舞いして、マンションや雑居ビルなどに様変わりしている。ホテルとして営業していてもインバウンド対応のシティホテルになっているようだった。

 そのまま清水坂の歩いて右手に緬羊会館なる建物の前を通り過ぎる。この道は何度も通っているのだが、そのたびに緬羊会館というプレートにちょっとだけ反応する。緬羊ってたぶん緬羊協会とか、つまりは羊に関する団体、それも羊の毛とか肉に関するなんらかの団体の建物なんだろうなと適当に想像しながら通る。

 友人とも緬羊会館って何だろうなと話してみる。我々のような古い年代、ようは高齢者だと、「緬羊」という言葉に微妙に反応する。それはたぶんに我々が、ごくごく初期からの村上春樹の愛読者だったからかもしれない。村上春樹の長編三作目の小説『羊をめぐる冒険』で、主人公と耳専門のモデルであるガールフレンドが札幌で宿泊するホテルが確かドルフィン・ホテル。そのドルフィン・ホテル=いるかホテルはもともと北海道緬羊協会が所有していた北海道緬羊会館を払い下げたもので、一階には当時の資料が陳列してあるとか、そんな話だった。

 ということで緬羊会館を通るたびに、「緬羊」という言葉にちょっとした反応を示し、村上春樹の小説を思い出してみたりする訳である。たぶん村上春樹は、絶対にこの会館の前を何度か通ったことがあったかもしれないし、なんなら取材的に中に入ったかもしれない。などとまあ適当なことを言い合っているうちに、清水坂の突き当りにあるのが、湯島天神である。

 

湯島天神公式サイト

湯島天満宮 - Wikipedia

 湯島天神、正式には湯島天満宮か。ここは学問の神様的な菅原道真を祀っているところなので、受験生やその親が受験祈願で訪れるところでもある。大昔、自分も大学受験かなにかで来たような気もする。あと子どもの高校受験とのときにも妻と二人で訪れたこともあった。しかし自分もそうだし、子どもも受験に失敗。我が家的にはこのお宮とはあまり巡り合わせがよくないような。

 しかし今でも思い出すけど、うちの子は第一志望よりも第二志望のほうが偏差値が高いという変則的な受験だったけか。第一志望は公立で第二志望は私立。親的には公立に行って欲しかったが、なかなか親の考えるようには行かなかった。あとでよく聞いてみると、直前で第一志望の学校を受ける子の中に、えらく苦手な子がいたので、三年間のもろもろを考えるとどうのこうのと。まあ失敗の言い訳としてはちょっと弱いとは思ったが。

 ということで大学のときには湯島天神は縁起が悪そうなので避けて、地元に近い川越の神社にお参りした。まあまあなんとか大学には引っかかったので、親的にはご利益があったかと。

 そんなこんなの受験祈願はおいといて、湯島天神はちょうど菊祭をやっていたみたいだ。そういえば以前一人でぶらついた時は梅祭みたいな感じだったか。ということで見事に飾り付けられた大輪の菊などを眺めたりして、しばしぶらぶらとした。

 

 

 その後はというと、本郷三丁目まで歩いてから地下鉄に乗り、池袋あたりで飲んだ。そこそこ歩いたこともあり、いい感じで喉も乾いたのでまあまあビールが美味かった。