池田20世紀美術館 (4月1日)

公益財団法人池田20世紀美術館 (閲覧:2023年4月7日)

 ここを訪れるのは4度目、一昨年11月以来である。

 伊豆高原、一碧湖近くの別荘群が立ち並ぶ一角にある。落ち着いた雰囲気の素晴らしい美術館だ。ただいつ行っても閑散としている。所謂観光地的な人形とかオルゴールなどの展示館ではなく、伊豆でも粒ぞろいの名品の揃った美術館でもあるのだが。この日は土曜日だったが、行った時には鑑賞者ゼロ、その後数組が来館していた。なんか大丈夫かなと思ったりもする。

 コロナも終わりも見えてきた中、観光名所はそれなりの観光客が戻ってきている。それを思うとこの静かな雰囲気はちと気がかり。この規模の美術館というと、例えば埼玉県内で学校法人が運営していたサト21世紀記念美術館も昨年閉館している。収蔵コレクションからすると、池田20世紀美術館の方がはるかに名品が多いので、伊豆観光に来た美術好きな方はぜひ訪れて欲しいなどと思ったりもした。

 この美術館ではルノワールシニャック、ボナール、ヴラマンクなどから、ピカソ、ダリ、マティス、レジェ、シャガールなどの近代から現代の名品が揃っている。その中でも最も気に入っているのがこの二点である。

女道化師

《女道化師》 (モイーズ・キスリング) 1927年 油彩 161✕113
公益財団法人池田20世紀美術館 (閲覧:2023年4月7日)

 個人的にはキスリングの最高傑作、もっとも好きな作品。ある意味、この絵を観るためにこの美術館を訪れているような気もする。解説にあるとおり、衣裳の赤とギターの緑によるさりげない補色関係。楽屋に戻った女芸人の疲れた、人生に倦んだ一瞬の様態が捉えられている。そしてそれを描くキスリングの視線はどことなく優しい。対象を突き放すような冷徹な作家の目線とはどこか異なるような気がする。

ヴィーナスと水平

《ヴィーナスと水平》 (サルバドール・ダリ) 油彩・カンヴァス 215✕147.5

公益財団法人池田20世紀美術館 (閲覧:2023年4月7日)

 ダリ21歳の作品。マドリードの王立美術学校の画学生で初の個展を開いた時の出品作の一つだという。シュルリアリスム以前、ダリが様々な現代美術の潮流を受容している時期、特にキュビスムを受容した作品といえるかもしれない。

 初めてこの作品を目にしたときには、この大型カンヴァスの作品に驚き、ダリの早熟な天才性に目を見張ったような記憶がある。

 ある意味、この美術館にはキスリングの《道化師》とこの絵を観にくるといっても過言ではないくらいに気に入っている。

椅子から立ち上がる男

《椅子から立ち上がる男》(フランシス・ベーコン) 1967年 
油彩・カンヴァス 198✕147

 ゆがんだ肉体、人間の不安をデフォルメした具象によって表している。最初、この画家の絵を観たときには、まず哲学者と同名ということが気になった。そしてその不気味な雰囲気の絵、なにかよからぬ気分を喚起するような絵は印象深いが、どこか剣呑な感じにさせられる。

 フランシス・ベーコンは現代では最も高値で取引される画家の一人であり、オークションでは40~50億の値がつくようだ。試しに「フランシス・ベーコン オークション」で検索すると、50億、90億、142億などという景気のいい文字が検索結果に並ぶ。

 この絵は当時恋人であったジョージ・ダイアをモデルにしている。ダイアは1964年頃、ベーコンの住まいに泥棒として侵入し、アトリエの天井から落下した。ダイアを見初めたベーコンは、彼を警察に引き渡すのではなくベッドに誘ったという。ベーコンは子どもの頃は隠れて母親の衣服を着て鏡の前に立つ女装趣味者で、成長するにつれてゲイに目覚めたという。

 ダイアはアルコール中毒になり1971年に自殺。その後もベーコンは男性遍歴を続け、83歳の時にスペイン人の若い恋人を追ってマドリッドに行き、その地で心臓発作で死んでいる。

【完全解説】フランシス・ベーコン「20世紀後半において世界で最も重要な人物画家」 - Artpedia アートペディア/ 近現代美術の百科事典・データベース

(閲覧:2023年4月7日)

フランシス・ベーコン (芸術家) - Wikipedia (閲覧:2023年4月7日)

ポール・シニャック

 

 多分《サン・マロの港》だと思うのだが、タイトルを失念してしまった。点描画を極めたシニャックだが、晩年の1932年(多分)のこの作品ではその痕跡は海の光に満ちた情景などに限られている。水彩による美しい素描のような一枚だ。

ナカジマカツ展

 企画展として地階スペースで開催されている個展。

公益財団法人池田20世紀美術館 (閲覧:2023年4月7日)

 そもそもナカジマカツって誰か。

Katsu Nakajima ナカジマカツ画家 (閲覧:2023年4月7日)

Biography |ナカジマカツの経歴 (閲覧:2023年4月7日)

 1954年生まれ、工学系の大学を卒業した後は広告デザインの世界でデザインクリエーター、アートディレクターとして活躍2008年頃から画家になると決めて、デッサンの基礎をまなびながら油絵制作を始めたという。54歳にして画業を学ぶという遅まきの出発、そこから一気にキャリアを加速させ2016年に内閣総理大臣賞を受賞している。

 かなり異色の経歴というか、まあデザインクリエーターとして成功している人なので、もともと美的才能に満ちた人なのだろうが、それにしても54歳から再出発は凄い。そしてその作品はというと、パッション溢れるような抽象系ではない写実性に溢れる。というかほとんどスーパーリアリズムとでもいっていいような作品だ。一緒に観ていた妻は、「これって写真そのもの」と言っていたが、そう理解してもいいような作品だ。自分もこれは一種のフォトペインティングかと錯覚したほどだ。

 しかしこの写真のごとくのリアリズムをナカジマカツは、精密なデッサンを元に細い絵筆を使って描いていく。そして彼の独特な画風は、リアルな人物の背景に金箔を貼り付けることである。それがリアルな具象の背景の対極の抽象性となって不思議な効果を表している。

 金箔を使うというとクリムトを思いだすのだが、クリムトのそれは装飾性を高めるような使い方だが、ナカジマカツのそれはあくまで背景などに使用している。人物のリアルさと抽象的な金色の背景、それは例えば日本画、屏風画などで用いられる金地の背景と同じような部分がある。日本画のそれはほぼ装飾的効果かというと、そうでもないようにも思う。琳派のそれは別にして、近代以降の作家によって取り入れらた金地背景は、どこか抽象性を秘めていて、前景の具象的対象との間での異質な効果を醸している場合もある。ナカジマの金はどうもそういう企てがあるような気がする。まあニワカの適当な感想でしかないのだけれど。

 ナカジマカツがとんでもない才能の持ち主であることは確かだが、この絵は観る側にはかなり好き嫌いが分かれるかもしれない。コマーシャルなポスター、それもどこか扇情的なもののようにも思えたりもするかもしれない。

 自分はというと、とりあえず自分的尺度ではこれはポルノとは違う。煽情性を感じない。なんとなればある種の茫漠生、それは人間存在の不安とかそういった部分、それはある種ありきたりな類型性が伴うのだけど、そういうものとは異なるような印象を受けた。いずれにしろそれは肯定的とは言い難い類の美的経験かもしれない、どこか居心地の悪い気分を伴うのだけれど。

 

 

 会期は3月30日から6月27日まで。期間中にもう一度くることはないかもしれないが、この作家の名前、作品には少し感心を持っていこうかと思う。またどこかの美術館で目にすることが出来ればいいと思った。