昨晩遅く、TwitterのタイムラインにやたらとBurt Bacharachの文字や彼の画像が流れてきた。ひょっとしたらと検索をかけるとニューヨーク・タイムズのtweetで彼が死去したことが判った。
(閲覧:2023年2月10日)
94歳、自宅で亡くなったということ。大往生といえることか。
まあ正直いつ訃報を飛び込んできてもしょうがないかとは思っていた。最後に来日したのが9年前の2014年だったか。そのときの映像を見ても随分と老けたなという印象があった。オーケストラの前で何曲かピアノを弾き、か細く歌う。観客にとっては、もう動くバカラックを見ることができるだけでいいや、みたいな感覚だったのではないか。当時で85歳くらいである。そして2020年にも来日が決まっていたが、コロナ禍の渡航制限もあり公演は中止になったという。
バート・バカラック、4月の来日公演が中止に (2020/03/26) 洋楽ニュース|音楽情報サイトrockinon.com(ロッキング・オン ドットコム) (閲覧:2023年2月10日)
改めてバート・バカラックの足跡を確認してみる。上記のニューヨーク・タイムズの評伝は詳細であり、Googleの日本語翻訳でも大意はつかめる(フィフス・ディメンションが5次元になるとかは置いておくけど)。
またウィキペディアやでRollin' Stone Japanのサイトでも彼の長いキャリアのおおまかは確認できる。
バート・バカラック - Wikipedia (閲覧:2023年2月10日)
バート・バカラックが94歳で死去 20世紀を代表するポップス作曲家 | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン) (閲覧:2023年2月10日)
もともとはマレーネ・ディトリッヒに見い出され、彼女のショーのアレンジ・指揮、 専属ピアニストとしてキャリアを出発させた。それから映画音楽やポップス・シーンでハル・デヴィッドと組んで数々の成功を収める。バカラック、デヴィッド、そしてコーラス・ガールからバカラックが見出したディオンヌ・ワーウィックとのトリオでの多くのヒット曲。
さらに女優アンジー・ディッキンソンとの結婚。バカラックは四度結婚しているが、ディキンソンは二番目の妻だったか。彼女の代表作を一つ選ぶとしたら、ハワード・ホークス監督、ジョン・ウェインとディーン・マーティンが主演した「リオ・ブラボー」あたりか。気のいい酒場の鉄火場女は印象的だった。
バカラックは1973年にミュージカル映画「失われた地平線」の失敗から長く低迷する。80年代三人目の妻となるキャロル・ベイヤー・セイガーとのコンビで復活する。クリストファー・クロスの「ニューヨーク・シティ・セレナーデ」がこの時代の代表作だろうか。
個人的には、特筆すべきはジョージ・ロイ・ヒルの「明日に向かって撃て」の映画音楽を担当したことだろうか。
自分は多分この映画からバカラックに入ったと思う。多分、映画を観てあの美しい自転車シーンとそのバックで流れるB.J.トーマスの「雨に濡れても」に魅了され、全編スキャットで演じられる「South America Gateway」に痺れた。
当時、横浜桜木町から近い紅葉坂に青少年センター会館があり、そこには広い学習室や視聴覚教室などがあった。その視聴覚教室では時々レコード・コンサートが開かれていた。館のスタッフかボランティアの方がレコードをかけ、時々曲や演奏者の解説を行うようなプログラムだったか。そこでは映画音楽からフォーク、ロックなど多種多様な音楽を聴くことができた。自分はそこで初めて井上陽水を聴いたように覚えている。
中学生の時、多分学習室で勉強していて飽きてきたためか、たまたま開かれていたレコード・コンサートに顔を出した時かかっていたのが、この「明日に向かって撃て」のサントラだった。すでに映画は観ていたように記憶しているのだが、これに痺れた。
そしてそれからほど近い時期に、親に頼み込んで買ってもらったのがこの二枚組のレコードアルバムだ。
1971年リリースで3000円。中学生にとっては高価である。よく買ってくれたなあと思ったりもする。確か秋葉原の電気屋のレコード売り場で買ってもらった。もう嬉しくて嬉しくて、帰りはずっと抱きしめるようにしていたし、翌日からはずっと繰り返し繰り返し聴いた。
多分、中学三年生かそこらの時期だから、おおよそ51年前のことになる。もちろんいまも持っているし普通に聴ける。今も久々、ターンテーブルにのっけて聴いている。アルバムも豪華な仕様で真ん中には大きなバカラックのポートレイトまでついている。
解説はジャズ評論家の大家岩波洋三氏である。
収録曲は以下のとおりだ。
A面
1.雨に濡れても (”明日に向かって”より)
2.恋よ、さようなら(ミュージカル”プロミス、プロミス”より)
3.エニー・デイ・ナウ
4.ボンド・ストリート(”007/カジノ・ロワイヤル”より)
5.永遠の誓い(ミュージカル”プロミス、プロミス”より)
6.涙でさようなら(ヴォーカル・バート・バカラック)
B面
1.恋のおもかげ(”007/カジノ・ロワイヤル”より)
2.プロミス、プロミス(ミュージカル”プロミス、プロミス”より)
3.リーチ・アウト
4.世界の窓と窓
5.自由への道(”明日に向かって”より)
C面
1.サン・ホセへの道
2.アルフィー
3.小さな願い
4.サンダンス・キッド(”明日に向かって”より)
5.去りし時を知って(ミュージカル”プロミス、プロミス”より)
6.ア・ハウス・イズ・ノット・ア・ホーム(ヴォーカル・バート・バカラック)
D面
1.愛を求めて
2.太陽をつかもう(”明日に向かって”より)
3.メッセージ・トゥ・マイケル
4.パシフィック・コースト・ハイウェイ
5.ディス・ガイ(ヴォーカル・バート・バカラック)
1枚目のA面1曲目の「雨にぬれても」のインストルメンタルが流れるといろいろな思いでが蘇るような気がする。
www.youtube.com (閲覧:2023年2月10日)
そしてサントラ盤からの採録の全編スキャットによる「South Anerica Gateway」。
(閲覧:2023年2月10日)
自分がバカラックのメロディに魅了されたのは、まあ多くの人がそうかもしれない、ポップでありながら抒情性、ペーソスのようなものを感じさせる「雨にぬれても」だと思う。でもバカラック・サウンドを彼の指揮アレンジによるこの二枚目アルバムから聴き始めたのは、バカラック体験としてはけっこう良いスタートだったように思っている。
バカラック・サウンドの特徴は、一般的には複雑なコード進行、ジャズ的エッセンスなどと説明される。これにディオンヌ・ワーウィックによって歌われたこともありモータウン、ソウル風エッセンスも。さらに60年代アメリカで流行したボサノバなども取り入れられている。
このへんからは個人の感想、趣味、思い込みの部分ばかりだけど、彼のアレンジは特徴的なストリングス、さらにトランペットやフリューゲルホルンの効果的使用、さらにオルガン、時にはウクレレなど、一般的なポップス・オーケストラではあまり使用されない楽器を使ったり。
そしてバカラックがブレイクした60年代から70年代前半にかけて在籍したのがA&Mレコードだ。クリード・テイラーをヴァーブから引き抜いてCTIレーベルを創り洗練されたイージー・リスニング・ジャズを確立したレコード会社である。このA&Mで音作りをしたのはバカラック・サウンドが結実するのに大きな影響があったのではないかと、そんなことを思っている。以前、そのへんのことはロジャー・ニコルズについて書いたときに、ほとんど思い込みによるものだけど、その時の感想は今も変わっていない。
ロジャー・ニコルズ ROGER NICHOLS&THE SMALL CIRCLE OF FRIENDS - トムジィの日常雑記
そしてバカラック、A&Mといえば、彼の秘蔵子として売り出されたカーペンターズを思い出す。彼らの最初のヒット曲「CLOSE TO YOU」もバカラックによるものだ。デビューしたての頃、カーペンターズはバカラック・メロディをライブで必ずというくらいに演奏していた。
この動画はおそらくテレビでの収録でなんとなく口パク的だが次の動画はライブ、しかも多分傷痍軍人を慰問したときのもののようだ。これは間違いなく実際に演奏しており、カーペンターズがライブバンドとしてもかなりの実力の持ち主であり、リチャードのピアノプレイも見事だし、もちろんカレンの歌声は素晴らしく、ドラムもきちんと叩いている。なによりも彼らのコーラスワークの見事さ。
バカラックというとディオンヌ・ワーウィックがそのサウンドの体現者のようにいわれるが、カーペンターズもまたバカラック・サウンドの判りやすく伝えたミュージシャンだったと改めて思ったりもする。
(閲覧:2023年2月10日)
カレンの美しい歌声に聴き惚れていて思い出したが、カレンの命日は2月4日だった。1983年、もう40年も前のことになるのか。
自分にとってバート・バカラックとビートルズで音楽趣味を形成したような、一番のベースになる人だった。
かってクラシック三大B(バッハ、ベートーベン、ブラームス)にならってポップス三大Bなんていうのがあったような気がする。ビートルズ、バカラックでもう一人が思い出せない。ネット検索するとビージーズなんていうのが出てくるがどうも違うような気がする。それならまだビーチ・ボーイズの方がましなような気がする。個人的にはなんとなくアーヴィン・バーリンあたりでいいかなと思ったりもする。
そういえばビートルズもたしかバカラックをカバーしているのがあった。多分これだな。
(閲覧:2023年2月10日)
これはオリジナルのR&Bコーラスグループ、シュレルズをカバーしたものだ。
今日は朝からずっと、バカラックの曲を聴いている。iTunesのバカラックのプレイリストには約150曲、9時間弱収録してある。雪がしんしんと降る中しんみりとバカラックのメロディに浸っている。
自分の音楽的趣味を形成した大きな部分、そのクリエイターが鬼籍に入った。なにか無性に淋しい。そして20世紀が、自分がまだ若く、自分が形成された時代が遠くなっていくのを感じる。中村草田男ではないが、こんな気分である。
降る雪や 20世紀は 遠くなりにけり