『月の満ち欠け』を観てきた

 映画『月の満ち欠け』を近所の映画館で観てきた。劇場で映画を観るのはなんだか本当に久しぶりのような気がする。

映画『月の満ち欠け』公式サイト | 2022.12.2 全国公開

 この映画の原作は二度読んでいる。単行本で出たときに一度、直木賞をとって文庫化された時に一度だ。あの文庫化は実は文庫ではなくて、文庫的とかなんとかだったか。岩波文庫は古典中心なので現代文学は収録しないとかそんな話を聞いたことがある。

『月の満ち欠け』 - トムジィの日常雑記

『月の満ち欠け』再読 - トムジィの日常雑記

 生まれ変わりの話である。小説の物語としては2時間くらいの東京駅のホテルのカフェでの会話という縦軸の中で、男たちが回想する話だ。これは映画化をけっこう意識しているのかなという気もしていたのだが、一向に映画化もドラマ化もされない。著者はかなり偏屈なところがあるので、なかなか首を縦にふらないのだろうか、などと適当に思っていた。

 以前にも書いたことだが、この生まれ変わりの物語は男の側からの妄想ファンタジーでもある。女性から愛され続ける。女性は死んでもまた生まれ変わって男に会おうとする。何度も何度もそれが繰り返される。そんな女性から純愛の対象となる男のロマン。希代のストリーテラーの著者であり、小説は一気に読めてしまうのだが、ふと我に返るとこれはちょっと有りえないだろうと思う、そういう話だ。

 そしてこの物語はまた、一歩間違えればかなり怪しい、病的な執着とともにかなり危ういものをもっている。生まれ変わりの小学生の女の子の心に大人の、男を恋い焦がれる為に生まれ変わった女の心が宿るのである。相手の男は女をいつまでも忘れることができない中年の成人男性である。本当に一歩間違えば良からぬ方向に行きかねない危うさを抱合している。小説はその危うさをギリギリのところで、うまく合理化している。本当にギリギリのところだ。なので人によっては、かなり気持ちの悪さや、ホラー的な部分を感じるのかもしれない。

 映画はというとそのへんをうまく消化している。人妻と大学生の純粋なラブストーリー、さらに妻と子どもを一度に失う中年男の妻への思い、妻から心の底から愛されていた男の喪失感、そういうところだけをうまくピックアップしている。逆にいえば生まれ変わり、何度も何度も生まれ変わり愛した男を追い続けるという小説のもつ愛情と執着みたいなものは消えている。ようはきれいな純愛物語になっている。まあそのほうが万人受けするだろうという気もしないでもない。

 映画は1980年という年にスポットをあてる。これは小説にあったかどうか。そしてその年の暮に死んだジョン・レノンの「ウーマン」を効果的に使う。いきなり冒頭でジョンの「ウーマン」である。これはちょっと掟破りというか。今の若い人にはただの古いポップスかもしれないが、我々のようなオールド世代からすると、いきなりの「ウーマン」はずるいぜということになる。正直いうと、この曲だけで泣けるくらいだ。

 ただし名曲はときに役者の演技やストーリーを食っちゃう部分があるから微妙といえば微妙である。沢山のセリフ、ストーリーの積み重ね、そうして紡ぎあげた映画より数分の歌の方がよっぽど感動的であったりもするのだ。山田洋二の「幸福の黄色いハンカチ」よりドーンの「幸せの黄色いリボン」の方がよっぽど感動的だったりもするのだから。

 さらにいえば冒頭だけでなく、終盤でももう一度「ウーマン」をかける。これはもう確実に泣かせに来ているなとは思った。実際、涙腺の緩んだ老人は終盤からラストの新幹線の中でビデオを見るあたりはウルウルだった。これでもしエンドロールに「スターティング・オーバー」がかかったらどうしようかと思ったが、幸いそこまでベタではなかったようだ。月の満ち欠けはある意味死と再生を意味している。「スターティング・オーバー」だってありなのだ。

 役者陣はというと大泉洋はどうかなと思っていたのだが無難に演じていた。小説を読んだときには佐藤浩市堤真一あたりをイメージしていたのだが大泉洋はありだとは思う。女優陣もそこそこ良かったとは思う。有村架純も最初どうかなと思ったが無難だったし、柴崎コウ良かったとは思う。ただし原作のイメージ的にいえば小山内梢は柴崎コウではちょっと美人過ぎるかなとは思ったけど。

 映画はテレビのCM的には大ヒット上映中ということらしい。とはいえディープ埼玉のシネコンの最終回でも、そこそこに客は入っていたので、大ヒットは盛り過ぎということでもないようだ。ぶっちゃけ地方都市なんで最終回なんていうのはけっこうひどいもので、5組くらいなんてことはざらだったりもする。自分の経験では一度だけ、観客1名、自分だけというのがあったから。

 ついでにいえば8時半からの上映だったのだが、その少し前に長蛇の列ができていた。チケット売り場できいてみると「スラムダンク」だとか。アニメは強しか。

 最後にもう一度お話を整理するために小説読んだときに作ったチャートをあげておく。映画は140分という長尺のため、生まれ変わり一代分を省略している。本当は三度生まれ変わっていて、正木と小沼希美のからみと正木の狂気みたいな、ある意味一番危ういところがスポットと抜けている。そのため正木の描かれ方が微妙に中途半端になっていて、演じた田中圭にはちょっと気の毒だったかもしれない。

 映画の出来は全体として悪くない。いい映画だったと思う。小説でも最後ジーンときたが、それ以上に映画はうるうる感が強かった。完全に泣かせにきている。まあそれはけっして悪いことじゃないとは思った。