『月の満ち欠け』再読

 

岩波文庫的 月の満ち欠け

岩波文庫的 月の満ち欠け

 

  文庫版が出たので購入、再読した。単行本で出たものを文庫で買い直して読むなんて村上春樹以来のことだ。

 岩波で出たので当然岩波文庫と思いきや後書きとか投げ込みに著者の説明があるのだが、どうも装丁だけ岩波文庫に模しているけど文庫じゃないのだそうだ。ようは岩波文庫は古典を中心とした双書なので、存命作家でまだ評価が定まっていない現代作品は収録されないということらしい。

 まあそうやってみると文庫緑の近現代文学はほとんどが戦前の作品である。戦後文学は、思いつくままに記してみると、有吉佐和子大江健三郎織田作之助坂口安吾などなど。詩人も茨城のり子とかいたような。いい加減、体系的に戦後文学を収録して欲しいと思ったりもする。

 例えば第三の新人あたりとか。といっても版権の関係で他社から出てるものをもってくるのは難しいのだろう。とはいえ吉行淳之介安岡章太郎遠藤周作小島信夫とかを体系だてて読むとなると、多分品切、絶版の嵐なのではと想像する。

 さらにいえば、もともと岩波文庫は発刊時から古典うんぬんといっても、夏目漱石はまだ死んでから数年と経っていず、幸田露伴あたりはバリバリ存命だったはず。もともとは古典とともに同時代文学、同時代の思想思潮を安価で普及させることを企図していたはずだ。まあもとより当時の円本ブーム、改造社への対抗心から企画されたはずなんだから。

 そのうえで自社本の文庫化は版権を維持するという意味もあるので、堂々と現代作品を岩波文庫に収録すればよかったのではないかと思う。同時代的なものの受け皿に現代文庫を創刊したのはいいが、古典とそれ以外の収録の基準が曖昧というか恣意的なもんだから、丸山眞男は確か両方から出ていたりしてわかりにくい。

 さらにいうと海外文学も今ではなんか落穂拾いみたいな感じになっているけど、現代文学をもっと収録してくれていいと思う。アメリカ文学だって、ガードナーやカーヴァー、ピンチョンとかいろいろあるだろうし、イギリスだって今更だけどオズボーン、シリトーとかが入ってこそとか思う。いつまでもヘミングウェイ高慢と偏見じゃないだろうとかなんとか。

 話は脱線した。なんの話だっけ、そうだ『月の満ち欠け』である。読み始めるとこれはもうあっつう間に読めた。そういう意味では面白い小説だとは思う。2時間足らずの時間軸のなかに輪廻転生を繰り返しながら、一人の男を愛し続ける女性とその周囲で翻弄される男を描いた作品。かなり複雑に入り組んでいるのに、本当にグイグイと進んでいく。こういう小説の作り方みたいなものを作者のノートとかをもとに解説してくれないかと思ったりもする。

 もっともかなり偏屈な著者のこと、そういう種明かしは絶対にしないだろうとは思うけど。この小説についての拙い感想は前回、単行本を読んだ時に期した。うまく表現もできなかったけど図を作ったりもした。しかし改めて思うけど、本当にこの小説、内容的にはかなり気色悪い。生まれ変わった女が中年男を追いかけるんだが、それが小学1年性のかっこだったりして、けっこうこのまま絡むと危ういところがあるんだが、これがうまいこと成就することなくあっけなく死んでしまったりする。合理化というかつじつま合わせというかなんとか。

 で、そういうご都合主義的展開は、物語の展開としてはきわめて意図的に行われている節があるだけに、この作者の職人的作為を感じたりする。この小説はほとんど濡れ場的なものがない。男と女がそう簡単には寝ないけど、簡単に死んでいく。そして死がカタルシスになっていない。まあこれは青春小説じゃないから、例の「男と女が寝ない」「人が死なない」というテーゼとは無縁だな。

 そしてこれも前回にも思ったことだけど、これはもうただただ一途に一人の女性に愛され続けるという男のロマンというか妄想によって紡ぎ出されたお話でもある。そうまでして一人の女性に愛されたいか、まあそのへんを問うてもしかたないかもしれない

 この小説は直木賞を受賞した作品でもある。奇抜なストーリーだが2時間というリアルな時間軸からしても映画化にぴったりではとは、これも最初に読んだときに思ったのだが、これがまた全然そういう話が聞こえてこない。映画でもドラマでもありではないかと思うのだが、やはり生まれ変わった女が小学生低学年であるという設定が映像化にとっては足枷になっているのかもしれない。大人の男を愛し続ける生まれ変わった女が女児であるというのはどうにも倫理的にも大人の常識的にも難しい。

 それでは生まれ変わった女性を高校生くらいに翻案してしまえば簡単なんだが、多分それを偏屈な著者(勝手に決めつけてる)が許さないのかもしれない。まあ演出によってはうまいこと小学生のままの設定でもドラマ化可能だと思う。ただしかなり表現力、演技力に長けた子役が必要になるなとは思う。イメージとしてはうんと小さい頃のダコタ・ファニングとか妹のエル・ファニングあたりなんだが、そういう子、日本にもいるんじゃないのかな。

 

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