恋人たちの予感

f:id:tomzt:20220106003735j:plain

恋人たちの予感 - Wikipedia

 録画してあったものを観た。多分BSプライムプライムで放映されたものだけど、半年以上前のものかもしれない。この映画はもう何度も観ているし、なんならDVDも持っている。だいぶ前にも書いたことがあるような気がして検索してみたら、2005年にこの映画と『ティファニーの朝食』について書いてた。

ニューヨーク今昔 - トムジィの日常雑記

 その時も含めいつ観ても感想は割と似通っている。よくできた恋愛コメディーだ。淀川長治先生が生きていたら、「粋な、粋な話ですね」と言うかどうか。いや、多分実は辛口な淀川先生はもっと辛辣かもしれない。のちに恋愛コメディの佳作を多数撮ったノーラ・エフロン*1の脚本。この映画のメイン・テーマである「男と女の友情は成立するか」については、もともと監督のロブ・ライナーがベニー・マーシャルと離婚したときのエピソードがもとになっていて、そのアイデアノーラ・エフロンに提供したという。

When Harry Met Sally... - Wikipedia

 ノーラ・エフロンは、前述したようにニューヨークを舞台にした小粋な恋愛コメディの脚本、監督を多数している。もともとは『エスクワイア』や『ニューヨーカー』に寄稿するライターで、ベストセラーとなるエッセイ集を出している。映画監督としては8作を撮っているが、おしくも2012年に白血病で亡くなっている。

Nora Ephron - Wikipedia

 この人のことはこの映画が話題になる前から少しだけ知っていた。なんなら何本か書いたものも読んでいたかもしれない。この映画の公開は1989年だが、多分その数年前くらいからアメリカの新しい文学みたいなものがじょじょに紹介されていた。主に『ニューヨーカー』などに寄稿する作家の短編を集めたものとか諸々翻訳され始めた。ブレット・イーストン・エリスポール・オースターなんかもそうだ。さらにいえば村上春樹がレイモンド・カーバーやジョン・アービングを紹介したりとかそういう頃だ。

 その頃に新しい女流文学みたいなところで、アン・ビーティなんかと一緒に雑誌で紹介されている中にノーラ(ノラ)・エフロンがいた。どんな文章だったかもさだかでないけど、その名前だけは記憶に残っていた。なので『恋人たちの予感』や『めぐり逢えたら』を観たときには、脚本書いているんだとか、監督業にまで進出したのかみたいな感想を持ったりしたものだ。

 この映画は小気味の良い演出もあるにはあるが、その最大の魅力はやはり主演のメグ・ライアンビリー・クリスタルに尽きると思う。ビリー・クリスタルはインテリでやや神経症気味なニューヨーカーを好演している。もともとというか、当時からアメリカでは人気のコメディアンとして知られていたがこの映画で大ブレイクした。この映画の翌年から通算で9回アカデミー賞の司会をしており、90年代から00年代にかけてのアメリカショービジネスの世界ではけっこう頂点の部分にいた人でもある。

 ただし以前にも書いたような気がするし、今回もそう思ったけどこの映画での役作りか、あるいはそれ以前からも含めビリー・クリスタルのキャラクターなのかしれないが、この映画で扮したハリーはどことなくゲイの雰囲気が漂う。だからハリーが女性はすべてセックスの対象と強弁してもどことなく嘘っぽいような気がしてもいる。

 同じニューヨーカーのインテリという役どころが十八番でもあるウッディ・アレンだとちょっと違う。彼もまたやや神経症かつマッチョとは程遠い存在だけど、彼にはゲイのような雰囲気はないような気がする。

 まあいい、この映画のビリー・クリスタルは好演しているけれど、この役は彼でなくても良かったかもしれない。でもメグ・ライアンだけは違うと思う。何度観ても、この映画でのメグ・ライアンの魅力、チャーミングでコケティッシュな雰囲気は最高である。もっとも彼女にしろ、共演のキャリー・フィッシャーにしろニューヨークで働く知的な女性という部分ではちとインテリジェンスな雰囲気に欠けるかもしれない。でも、多分それはこの映画がニューヨーカーを肯定的に描いているかというと、実はけっこう戯画化して茶化している部分もあるのかもとも思う。

 しょせんコメディ映画である。この映画にはスーザン・ソンタグは似つかわしくないし、誰も彼女のような女性が出る映画では笑わない。どうでもいいがソンタグをモデルにした映画が出来るとしたら誰が演じるだろう。大昔だったらアン・バンクロフトだけど二人は同時代人でとっくに鬼籍に入っているから無理だ。

 話を戻す。とにかくメグ・ライアンはこの映画でコメディエンヌとしての才能を開花させた。その後も『めぐり逢えたら』、『ユー・ガット・メール』と怒涛の快進撃をとげる。実際、人気あったし、90年代一番人気があり、稼ぐ女優の一人だったんじゃないかとも思う。この映画でも大学生から30代のキャリア・ウーマンまでをうまくこなしている。とにかく可愛い。

 有名なマンハッタンのカッツ・デリカッセンでのフェイク・オルガニズムのシーンはある意味映画史に残る名演だと思う。絶頂に達した演技のあとなんでもないように食事をとるところは最高だった。

 このシーンの話題となりカッツ・デリカッセンは観光名所となったという。今どうかわからないが、カッツ・デリカッセンで実際にメグ・ライアンビリー・クリスタルが演じた席の上にはこんな看板があるのだとか。

f:id:tomzt:20220106015124j:plain

 この映画はまたニューヨークの美しい景色、情景が随所に描かれる、ある種の観光映画である。まさにアイ・ラブ・ニューヨークだ。これについても以前書いたような気がするが、ニューヨークの情景を美しく描いた映画といえばモノクロではあるがウッディ・アレンの『マンハッタン』やブレイク・エドワーズの『ティファニーで朝食』などを想起する。さらにいえばこれも確か一昨年くらいに観た映画だが、タイロン・パワーキム・ノヴァクが主演したベタなメロドラマである『愛情物語』が季節ごとのセントラル・パークの風景を美しく描いていた。多分、多分だけどノーラ・エフロンロブ・ライナーも絶対に『愛情物語』を何度も観ているのではないかと適当に思っている。

 あと今回思ったのだが、この映画の中のメグ・ライアンの衣装にはどことなく『アニー・ホール』のダイアン・キートンを彷彿とさせるものがある。特にパンツルックのときに。衣装デザインはグロリア・グレシャムが担当しているのだが、ニューヨーカーの男と女を描くという点で、けっこうウッディ・アレン作品を参考にした部分あるのかなとこれも適当に思ってしまった。

 まあ良くできたコメディ映画だし、どことなく中西部から出てきていっぱしのニューヨーカー気取りしている連中を揶揄しているようなところもないではないけど、とにかく面白い映画だ。そして観るたびに新しいというか、なにか発見がある映画だ。すでに30年も前の映画ではあるけど、多分これからも何回か、そうだな年齢的なことでいえば1~2回は観るかもしれない。そういう映画だとは思う。

*1:かってはノラ・エフロンと紹介されていた