今年の美術館巡りの最後はポーラ美術館。
狙って訳でもないが、なんとなくそういう星巡りというか。
モダン・タイムス・イン・パリ 1925
企画展は12月16日から始まったばかりの「モダン・タイムス・イン・パリ1925」。
いわゆるマシン・エイジとポーラの所蔵品でエコール・ド・パリやフェルナン・レジェやドローネーらのキュビスム、抽象画が中心。ここに工業製品としての化粧用品や香水瓶などのコレクションをコラボ。さらに現代アートも交えている。
モダン・タイムス・イン・パリ 1925 ― 機械時代のアートとデザイン | 展覧会 | ポーラ美術館
マシン・エイジというとデュシャンを連想する。展示作品はなかったが、デュシャンが監督しマン・レイが協力した《アネミック・カメラ》(東京富士美術館)がずっとビデオ上映されていた。
当然、工業製品の美みたいな展示もある。
《ブガッティタイプ52(ベイビー)》
《蓄音機(H.M.V. 32型)》
《蓄音機(H.M.V. リュミエール 460卓上型)》
別にオーディオマニアでもなんでもないけど、こういうのを見るとちょっとうっとりする。横に犬の置物があったらと思ったのは内緒だけど。
機関車もマシンということでなぜかモネとキスリングが。
《サン=ラザール駅の線路》
《風景、パリ—ニース間の汽車》
二つとも大好きな作品だけど、なんだか久しぶりに観たような気がする。特にキスリングのこの汽車の絵は。ほとんど脱線寸前みたいな感じがするが、その分汽車の躍動感が強調されている。個人的には「機関車もくもく」と呼んでいる。
《傘をさす女性、またはパリジェン ヌ》
この絵、割と好きというか気に入っている。判りやすいイメージなんだが、横で観ていた妻に言わせると「傘をさす女性って?」となる。このへんがと示すとなるほどみたいな。
ドローネーはキュビスム運動に加わるも1910年代に脱して抽象絵画に移行したとは、美術史のテキストなどにある。この絵は抽象絵画としてはやや具象性を残していて、どこかキュビスム的要素もあるような気がする。
キュビスムのピカソ、ブラックによる表現的展開が、「分析的キュビスム」、「総合的キュビスム」にあるとする。そうするとそのフォロワーでもあるドローネーの試みはさしずめ「色彩的ないし色面的キュビスム」とでもいったらいいのではないかと、なんとなく思ったりもしている。
《複数のなかのひとつの像》
正直にいうとカンディンスキーの絵は理解できないでいる。これはパウル・クレーについてもそうだけど理解不能。同じことは難波田龍起についてもいえる。ようは抽象絵画というのがどうにも判らない。ただ作品によっては、なんとなく心をウキウキさせるようなものがあるような。
抽象作品は絵画がもっていた対象を描く、写すという具象性を捨象して、印象や感覚、感情の様態をそのまま描くというようなことなのかもしれない。そこではフロイト的な無意識であったり、音楽的なリズムやハーモニーとその受容によって生じる心の反応を二次元的に表現するみたいなことなのかもしれない。理知的な作品の解説や分析よりも情動的な部分、説明不能性を優先するようなもの・・・・・・。ますます不明なものに陥る。
カンディンスキー自身は著作『抽象芸術論―芸術における精神的なもの』の中で、自身の作品を3つに分類しているという。
1. インプレッション(印象)
外的なもの、対象から受ける印象を表現したもので、キャンバスにデフォルメされてはいるが具象性がある。
2.インプロヴィゼーション(即興)
内なる感情や記憶を表現したもの。一定の具象物から想起した場合もあり、また感情を動かしたり記憶を喚起するための具象物が作品に散りばめられる。ただし無秩序で自由に表現される。
3. コンポジション(作曲)
心の中で形成される感情を色彩と造形で表現したもので、インプロヴィゼーションによる形態を綿密に組み合わせて描くもの。具象性はまったく捨象され、記号や幾何学的文様を組み合わせること構成される。
なんとなく意味合いは判るのだが、いざ作品に接すると。それをどう言語化(理解)するのかというところで途方に暮れてしまう。上記の作品でも中央に描かれているのは人物の顔のようでもあり、その右横には魚のようなそうでもないような、さらに両側にいるのは人間のようでもあり、どこか海生生物のようでもあり。ようは「考えるな、感じろ」みたいなところに逃げ込むような。
《ポスター「1931年パリ万国植民地博覧会」》
万国植民地博覧会というインパクトのあるタイトル、そしてエキゾチックであるが本質的に植民地の住民に対する差別性を内包するような絵柄。第二次世界大戦以後、植民地が解放されてから80年を経た現代にあっては明らかにNGな作品だ。
そもそもこの万国植民地博覧会は、英国に次ぐ植民地帝国フランスがその最盛期でもある1931年5月~11月に開催したもので800万人が入場した。しかし植民地の現地人25000人を見世物的に披露するなどで「人間動物園」と称された曰く付きの博覧会でもあった。
【歴史散策】ヴァンセンヌの森の国際植民地博覧会(1931年)の会場跡。 - OVNI| オヴニー・パリの新聞 (閲覧:2023年12月30日)
Paris Colonial Exposition - Wikipedia (閲覧:2023年12月23日)
《ファルコネッティ嬢》
《 パリ 》
《現実線を切る主智的表情》
これは初めて観る作品。代表作《海》と同じくシュルリアリズム的な作品で、写真誌、科学雑誌などに掲載された写真からのコラージュ作品だが、簡潔なイメージだ。これについてはWikipediaの説明を引用する。
「現実線を切る主智的表情」画面左の射撃手は「アサヒグラフ」1926年2月24日号pp.8-9の「湖上佳人の射撃練習」を利用したものと推測されている。また、スケッチ段階で射撃手が持っていたのはライフル銃であったのに対し、最終的な絵ではライオット・ガンに変更されている。このライオット・ガンは、「アサヒグラフ」1928年2月22日号p.11の写真「新型自動ライフル銃」を用いたものとみられる。画面右の馬と柵は「アサヒグラフ」1926年6月2日号p.14の「かろがろと飛び越えて」の馬を利用したものである。馬に乗っているロボットは、当時の日本で1931年を頂点としてロボット・ブームがあり、その影響によるものとみられる。
古賀春江 - Wikipedia (閲覧:2023年12月30日)
ゲルハルト・リヒター
ゲルハルト・リヒター《ストリップ(926-3)》
リヒターの新収蔵品である。このコーナーではポーラ美術館が所蔵するリヒター作品3点で1室を使っている。昨年、香港のオークションで30億円で落札して新収蔵した《抽象絵画 (649-2) 》も展示されている。この《ストリップ》はいくらだったんだろうと、下世話なことを考えてしまったり。
コレクション展
1室にポーラ美術館を代表する印象派の名画が集められている。どれもお馴染みの作品ばかりだが、改めて観ているとやはりセザンヌ、モネ、ルノワールらの作品が秀でていることがわかる。
何かの本で展覧会に行ったときには、一つの部屋-展示場所で一番気になった作品、気になった作品を選ぶこと、そしてそれがなぜ気に入ったかを考えてみることが大切みたいなことが書いてあった。ある意味、展覧会での美術鑑賞の基本中の基本なのかもしれない。なんとなくそんな感じで作品を観ることが多いのだが、この部屋でさすがに1点だけを選ぶのは難しい。それほどポーラ美術館の印象派コレクションは粒ぞろいともいえる。
その中で気に入った作品をいくつか。とはいえまあ定番中の定番ではあるけれど。
セザンヌ《砂糖壺、梨とテーブルクロス》
この作品はモネやルノワールの名画と並べても異彩を放っている。存在感がありあり。単なる静物画ではない。卓抜な構成面、左の厚手の布、砂糖壺、果物、それらの多視点的配置、さらに色調など、すべて部分で不均衡でありながら絶妙なバランスを感じる。セザンヌは生涯に約200点もの静物画を制作しているというが、その中でも特に秀でた作品の一つではないかと改めて思ったりもする。
この絵が展示してある壁面のちょうど逆側にゴーギャンの静物画が展示してある。ゴーギャンがまだそのオリジナリティを確立する以前、印象派的な画風での習作と思わしきもので、それ自体美しい静物画なのだが、セザンヌ作品に対峙させるとやはりのインパクトには大きな差がある。ポーラ美術館もずいぶんと意地の悪い展示を行うものだと思ったりもする。もちろん好みの問題もあり、ゴーギャン作品を良いと感じる人も多数いるだろう。
そしてまたこうも思う人も多分多いだろう。あのゴーギャンがこんな絵を描いていたのかと。
ポール・ゴーガン 《白いテーブルクロス》
ルノワール《レースの帽子の少女》
美しい作品。印象派の表現から脱し色彩表現へと向かい「真珠色の時代」と称された時期の作品。西洋美術館の《帽子の女》とともに、国内のルノワール作品の中でも一、二を競うような名画だと思う。というよりもルノワールが描いた女性の肖像画の中でも十指に入るような。
お隣に展示してある《髪飾り》(1888年)の椅子に座る少女が着ているドレスとこの《白いレースの帽子の少女》のドレスは同じものだ。ドレスはルノワールの所有していたものだと何かで読んだ記憶がある。
ルノワール《髪飾り》
モネ《睡蓮》
今回のコレクション展でモネの作品は5点展示している。《散歩》、《セーヌ河の日没、冬》、《ルーアン大聖堂》、《睡蓮の池》とこの《睡蓮》。「マシン・エイジ・イン・パリ」の方に《サン=ラザール駅の線路》がありだが、やはりポーラのモネコレクションを代表する《ジヴェルニーの積みわら》、《バラ色のボート》の展示はない。積みわらの方は確か上野の森美術館のモネ展のほうに行っていたように記憶している。
今回の展示作品の中でいうと、これまでだと文句なく《睡蓮の池》(1899年)が一押しだった。日本風の太鼓橋と美しく咲く睡蓮が散りばめられた池を描いた作品だ。だけれど今回はというとどこかこの《睡蓮》の落ち着いた雰囲気がしっくりきた。《睡蓮の池》はなんとなく賑やかしのような、ちょっと過剰な表現のような気がして。それがその日の気分だったのか、それとも自身の趣向が変わってきたのかちょっと判らない。
この《睡蓮》の落ち着いた色調、雰囲気。これが次第に具象が崩れ抽象めいていくのが、これ以後のモネだ。西洋美術館の《睡蓮》(1916年)は色調や筆触が大きく変わっていく。多分、目の病気のせいもあるかもしれない。とりあえず今回のモネのベストワンはこの《睡蓮》。
モネ《睡蓮の池》
スーラ《グランカンの干潮》
これも大好きな作品だ。制作点数の少ないスーラの作品としては国内でも唯一無二みたいなものかもしれない。点描表現による計算された構成、筆致によりながら、抒情性が醸し出される。スーラは点描表現において科学性、理論面を研究したというが、この抒情的な雰囲気は単なる理論家のそれではないように思える。32歳という若さで早世したのが残念でもある。20世紀まで生きていたら、どんな風に作風を変化させていったか。
この作品の左側にはピサロの点描作品《エラニーの花咲く梨の木、朝》があり、右側には上で紹介したゴーギャンの《白いテーブルクロス》がある。スーラと比べるとピサロのそれは残念だが習作のようにも思える。同じく印象派的習作のようなゴーギャンも含め、スーラと比べるとかなりの差を感じる。真ん中にスーラを持ってきた意図は一目瞭然かもしれない。