府中市美術館へ行く (1月9日)

 年末、行きそびれていた府中市美術館に行って来た。

 気になっていたのはこの企画展

諏訪敦 眼窩裏の火事

諏訪敦「眼窩裏の火事」 東京都府中市ホームページ (閲覧:2023年1月11日)

<概要>-パンフレットより

 緻密で再現性の高い画風で知られる諏訪敦は、しばしば写実絵画のトップランナーと目されてきた。しかしその作品を紐解いていくと彼は、「実在する対象を、眼に映るとおりに写す」という膠着した写実のジャンル性から脱却し、認識の質を問い直す意欲的な取り組みをしていることが解る。

 諏訪は、亡き人の肖像や過去の歴史的な出来事など、不在の対象を描いた経験値が高い。丹念な調査の実践と過剰ともいえる取材量が特徴で、画家としては珍しい制作スタイルといえるだろう。彼は眼では捉えきれなない題材に肉薄し、新たな視覚像として提示していく。

 この展覧会では、終戦直後の満州で病没した祖母をテーマにしたプロジェクト《棄民》、コロナ禍のなかで取り組んだ静物画の探求、そして絵画制作を通した像主との関係の永続性を示す作品群を紹介する。それらの作品からは、「視ること、そして現すこと」を問い続け、絵画制作における認識の意味を拡張しようとする画家の姿が、立ち上がってくる。 

 企画展は以下の3章によって構成されている。

1章 棄民

2章 静物画について

3章 わたしたちはふたたびであう

 諏訪敦の細密な写実絵画は描いてきた人のようだ。これまでにも何点か実作を観たような記憶があるが、どこで観たのかまでは覚えていない。そこそこにインパクトがある人だとは思う。

ATSUSHI SUWA 諏訪敦 公式サイト (閲覧:2023年1月11日)

諏訪敦 - Wikipedia (閲覧:2023年1月11日)

 その超がつく写実的作品はいわゆるスーパーリアリズムの範疇にあると思われるが、諏訪の作品には対象への深い拘り、思い入れのようなものが凝縮されているようにも思える。それが父親の手記を手がかりに、父親が祖母や叔父とともに敗戦直後に日本人難民収容所に送られ、そこで祖母と叔父を亡くしていることを知り、さまざまな資料や現地取材にのぞんで描いた《棄民》シリーズなどにも表れている。

 現実のモデルを使いながらも、諏訪の想像力は会ったこともない祖母や叔父が餓死していく姿をリアルな造形として描いていく。その拘り、死を可視化させる作品群は単なるスーパーリアリズムを超えたものを提示する。

 同様に3章で展開される高齢の舞踏家大野一雄に取材したシリーズ、さらに大野を模倣する気鋭のパフォーマー川口隆夫をモデルにした作品でも、老いとその後続くであろう死が強烈に意識されている。

 また2章では、コロナ禍、デザイナー猿山修と森岡書店の森岡督行の参院で「藝術探検隊(仮)」というユニットを結成し、『芸術新潮』市場で静物画をテーマにした集中連載を行う。その中で国立西洋美術館学芸員からの説明をもとに、西洋静物画の歴史をトレースしたなかで生まれた静物画の作品が展示される。そこにはスペイン画風のボデゴンや死や人生の虚しさを表現するヴァニタス、メメントモリ風の作例が制作されていて、そこにも死が強烈に意識されている。

 諏訪の作品の中には精密な写実性とともに、白いゆらめきや光点のような模様が点在している。これは諏訪が悩まされている眼の酷使による視覚症状を可視化したものなのだという。企画展のタイトルとなっている「眼窩裏の火事」はそこに由来しているのかもしれない。

《farther》 1996年 122.6✕200.0   佐藤美術館寄託

依代》 2016-17  個人蔵

《HARBIN 1945 WINTER》  2015-16   587 × 840 mm

 この企画展のレビューでは、このサイトのものが詳しく参考になった。

「諏訪敦『眼窩裏の火事』」(府中市美術館)レポート。「みること、あらわすこと」を問い続ける絵画|Tokyo Art Beat (閲覧:2023年1月11日)

常設展

 常設展では「みること・つくること・さわること」というタイトルでコレクション展が開かれている。何度も訪れているので比較的馴染のあるものが多い。またこの美術館には遺族から贈られた作品約110点を基にした「牛島憲之記念館」というコーナーが3つの部屋によって常設展示されている。

 その画風が次代によって変化していくが、柔らかな色調による抒情性や静謐な感じは、どこか岡鹿之助やスーラの点描画を思わせるものがある。点描によらない点描画のような雰囲気とでもいったらよいだろうか。

 キャリアの途中では華やかな色遣いであったものが次第に落ち着いたパステルカラーのような趣になっていき、風景画の造形もゆるやかな曲線によるデフォルメ化されていくような。牛島憲之記念館はどこかずっとそこにいると、次第に穏やかな気分になっていくような気がした。

灯台のある島》 1984年 キャンバス・油彩 91.2✕72.2

《昼の水門》 1965年 キャンバス・油彩 91.0✕116.8

 

  

「諏訪敦 眼窩裏の火事」展は2月26日までの開催。機会があればもう一度行ってみたい。なかなかに魅力的な展覧会だ。