川越市立美術館~小茂田青樹展 (10月30日)

 お目当てというほどではないけれど、川越市立美術館で開催されている小茂田青樹展に行って来た。

 実は小茂田青樹という人のことはほとんど知らない。作品は確か東近美で観た《虫魚図巻》あたりを印象的に覚えているくらい。なのでどういう画風の人で、誰の影響を受け、誰に影響を与えたとか、美術史的な位置づけとかそのへんまったく判らない。もっともニワカで美術館巡りしているので、たいていの画家はみんなよく判らないのだけれど。なのでまずは簡単におさらいをする。

小茂田青樹(1891-1933)

小茂田青樹 - Wikipedia (閲覧:2022年10月31日)

 初めて知ることばかりだけど、川越出身のバリバリご当地画家だった。その割には埼玉県立近代美術館とかではあまり見かけない。ググると地元のこの川越市立美術館がかなり多くの作品を所蔵しているみたいである。

小茂田青樹の絵画作品一覧と所蔵美術館 (閲覧:2022年10月31日)

 小茂田青樹は入間郡川越町に生まれ、松本楓湖(1840-1923)の安雅堂画塾に入門、兄弟子に今村紫紅、同日に入門して終生友人にしてライバルだったのが速水御舟今村紫紅の主宰する赤曜会に参加、その後は主に再興院展で活躍。咽頭結核のため41歳で早世したという。

 画風は松本楓湖ゆずりの写実を重視したもので、キャリア当初は詩情あふれる風景画を得意としていた。キャリアの半ばより花鳥画を描き、装飾性と写実を融合した独自の画風を確立したという。

 41歳で早世したというが、兄弟子の今村紫紅(1880-1916)も35歳で亡くなっているし、速水御舟(1894-1935)も40歳早世している。師匠の松本楓湖が84歳と長命だったことを思うとちょっと微妙な気もする。紫紅、青樹、御舟、それぞれ20~30年長く生きていれば、日本画壇への影響、様々な傑作が生まれたかもしれない。

 松本楓湖はたしか菊池容斎の弟子で風景や人物の描写は写実を重視し、歴史画では有識故実を重んじたという。画塾では放任主義をとっていて、たくさんの粉本模写を揃えていたため、塾生は粉本をもとに切磋琢磨したという。

 あまりよく判ってはいなのだが、松本楓湖は一般的には今村紫紅速水御舟、小茂田青樹の師匠として知られる。こういうのは例えば小森靹音は安田靫彦の師匠、梶田半古は小林古径前田青邨奥村土牛の師匠みたいなのと一緒かもしれない。たまにそれぞれの作品に触れると、その画力とかに驚かされて「オ~」となることけっこうある。

 話を小茂田青樹に戻そう。今回の企画展川越市井100周年、川越市立美術館開館20周年の記念特別展で会期は10月22日から12月4日まで。展示作品は全65点、前期展示(10/22-11/12)60点、後期展示(11/13-12/4)60点となっている。

特別展最新情報/川越市 (閲覧:2022年10月31日)

小茂田青樹展 | 川越市立美術館 | 美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ

(閲覧:2022年10月31日)

気になった作品をいくつか

《麦踏》

《麦踏》 1919年  埼玉県立近代美術館

 1919年再興院展に落選してから1920年にかけて小茂田青樹は、狭山、松江、川越伊佐沼と転々としながら風景画の良作を制作する。この作品は狭山の金乗院の庫裡に奇遇した時期の作品。緑青と群青岩絵の具による表現は、写実を超えた詩情と幻想的な雰囲気があるように感じた。

《松江風景》

《松江風景》 1920年 東京国立近代美術館

 松江時代の作品。詩情豊かな浮世絵風景画のような、あるいはその影響を受けた印象派のような構図。この遠近感はどことなく西洋画風でもある。

《楽山新秋》

《楽山新秋》 1921年 山種不動産株式会社蔵

 これも松江時代の作品。緑の色彩感覚に優れた風景画。連なる民家と後景の山、どことなくセザンヌの造形美を思わせる。図録等ではあまり触れられていないが、小茂田青樹はかなり西洋画、特に印象派以後の作品を観ているのではないかと思ったりもする。

《振分髪》

《振分髪》 1913年  個人蔵

 青樹22歳頃の作品。第七回文展に出品するも落選。原三溪に買い上げられたもの。この頃より原三溪より毎月50円の援助を受けたとある。図録解説によれば風俗は江戸初期のもの、面貌は国宝《婦女遊楽図屏風 (松浦屏風)》などから学習したとされる。習作的ではあるが美しい作品。

牽牛花

《牽牛花》  1924年  川越市立美術館蔵

 図録によれば朝顔の花は写実に基づいているが、葉についてはその向きが表にしろ裏にしろ、すべて意図的に正面に向くように再構成されている。風景画から花鳥画に、写実表現に装飾性を取り混ぜるような、青樹のキャリア中盤からの画風の方向性を示す、転記となる重要な作品だという。

《秋草に少女》
《秋草に少女》1926年 川越市立美術館蔵    《秋草に少女》1926年 ㈱ヤマタネ

 同主題、同タイトルで描かれた三点のうちの二点。少女の着物、野草、蝶の姿などに相違がある。右の絵の少女の着物の表現はいわゆる「たらしこみ」が多用されている。

緑雨

《緑雨》 1926年 五島美術館

 緑の色彩表現に優れた作品。心に残る。図録にはこの緑の明暗による画面作りを称して「緑画とでも呼びたい」とある。言い得て妙と感じた。

《秋晴(梢秋)》

《秋晴(梢秋)》 1926年 川越市立美術館蔵

 実はこの作品が一番気に入ったかもしれない。柿の木にとまる百舌鳥を描いた作品。なんとなく瞬間的に古径かなと思った。もちろん根拠はあまりない。小林古径とは、今村紫紅主宰の赤曜会に、古径が加わったことから交流があったのではないかと思う。古径は1883年生まれで青樹より8つ上でどちらかといえば紫紅に近い。青樹が紫紅から大きな影響を受けたのと同様、古径からも学んだ可能性はあるかもしれない。

虫魚図鑑

《虫魚図鑑》部分「夜露」  1931年 東京国立近代美術館

 おそらく小茂田青樹の一番有名な作品かもしれない。青樹の晩年の代表作で6図の1巻もの。

① トノサマガエルが水溜まりに群がる・・・・・・・・「蛙」

② 闇夜に咲く薊やドクダミと露に濡れた女郎蜘蛛の・・「夜露」

③ 鯉と金魚が水中を泳ぐ・・・・・・・・・・・・・・「鯉子と金魚」

④ 蛾、虫、雨蛙が灯に集まる・・・・・・・・・・・・「灯りによる虫」

⑤ 鰻と鰌がうねる・・・・・・・・・・・・・・・・・「鰻と鰌」

⑥ 軒下に蜘蛛が巣を張る・・・・・・・・・・・・・・「宵子」

 期間中に場面替えがあり、今回観たのは①~③なので多分これが前期展示。後期展示は④~⑥となるようだ。もっとも有名な作でもある「夜露」を観るのであれば、前期展示の11/12までに行くべきかもしれない。ここ4~5年でいえば東近美には年に4~5回程度行っているけれど、この作品に接したのは1~2回あるかないか。名画との出会いは一期一会みたいな部分もある。

 「夜露」は写実の中に幻想的な雰囲気、下部の草花の装飾表現など、これぞ小茂田青樹とでもいえるような作品。

 ちなみに④の「灯りによる虫」はあきらかに御舟の作品にインスパイアされているかもしれない。

 

 川越市立美術館を訪れるのは、去年9月の花村えい子の回顧展以来かもしれない。今回の小茂田青樹展は展示作品の点数などからもかなり力の入った展覧会。ご当地の画家であり、コレクションも充実しているだけに、まさに川越市制施行100周年、美術館開館20周年記念に相応しいといえる。出来れば会期中1~2回は足を運びたいと思っている。