府中市美術館「動物の絵 日本とヨーロッパ」展に行く

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府中市美術館

開館20周年記念 動物の絵 日本とヨーロッパ ふしぎ・かわいい・へそまがり 東京都府中市ホームページ

 昨日、府中市美術館「動物の絵 日本とヨーロッパ ふしぎ・かわいい・へそまがり」展の初日に行って来た。

 芸術の秋、各地の美術館で新しい企画展が始まっている。そのなかで割と近場、かつなんとなく一番魅力的な感じがしたのがこの企画展だ。

 これまで府中市美術館は動物を題材にした日本絵画を中心とした企画展を二度開催している。2007年「動物絵画の100年 1751-1850」、2015年「動物絵画250年」。その後も「かわいい江戸絵画」、「ファンタスティック江戸絵画の夢と空想」、「リアル 最大の奇抜」、「へそまがり日本美術 禅画からヘタウマまで」といった企画展を成功させている。そうした展覧会の延長上で今回は大規模な動物画をメインにした日本画と西洋画の企画展を開館20周年記念として開催することになったというものだ。

 成功を収めた企画展の延長上で動物画の「かわいい」を展開していくということで展示作品も188点を大規模になっている。西洋画は主にランス美術館からの貸し出しで21点、その他内外から出品されている。ただし前後期で大きな展示替えがあるようで、前期展示約62点、後期展示72点、通期展示51点となっている。

開催期間:2021年9月18日(土)~11月28日(日)

前期展示:  9月18日(土)~10月24日(日)

好奇展示:10月26日(火)~11月28日(日)

 また図録も講談社から出版される一般書として書店等でも入手可能となっている。図録は基本展覧会会場で販売されるのが普通で、出版社で制作出版しても通常ルートで販売するのはけっこうハードルが高い。その中で今回、一般書として販売されるのは、講談社も一定程度売れると判断したことだろうか。

 200点近い展示品ということで、美術館としてもかなり力が入った企画展になっている。動物画もふしぎ=奇想(伊藤若冲)、かわいい=円山応挙の「狗子図」、へそまがり=徳川家光のヘタウマなどがそれぞれ目玉になっている。

 まず「ふしぎ」は伊藤若冲のこの絵からはじまる。

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『象と鯨図屏風』(伊藤若冲)  MIHO MUSEUM

 六曲一双の若冲の屏風絵だ。この絵を観るのは二度目。2019年に東京都美術館で開かれた「奇想の系譜展」でも観ている。その時の解説では、陸の王者と海の王者の対比や互いにエールを交換しているような図柄とある。さらに若冲が14歳の頃、一頭の象が京都を訪れ天皇上皇にお目見えしたという記録から、少年若冲もその象を見たのではという想像から、若冲の記憶と象への愛情を想像するようなことが書かれていた(おそらく辻惟雄のもの)。

 これに対して今回、府中美術館の学芸員の解説は、この絵を一種の涅槃図ではないかとしている。象が鼻を上げるポーズは、古くから涅槃図に描かれる象のパターンで悲しみ表す図像であるとし、また涅槃図の中には鯨が描かれたものもあることから、時代的には仏の教えのもとで生きる動物の代表として描かれているのではと解釈されている。

 さしずめ像と鯨の間にたゆたう海は涅槃に入る仏陀のようとでもいうのかもしれない。まあこの絵を涅槃図とするのは少々無理というか、あまり賛成はしないが面白い解釈ではあると思う。

 その他、奇想的な動物図で興味を覚えたものを幾つか。

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竜虎図』(永瀬雲山)  個人像

 これはもう虎がすべてである。竜はまあ普通だが、虎の顔、目つきがほとんどギャグ漫画のキャラクターである。いくら実際の虎を見たことがないから、多くの想像的な虎図を参考にしたといっても、これはもうあんまりだとはおもう。しかしこの目つきである。

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『猿の座禅図』(岸勝)  個人蔵

 擬人化させた猿に座禅を組ませた図である。人も動物も同じ命、猿もまた悟りを開くのか。ユーモラスではあるが哲学的でもある。

 

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『雀の学校』(桂ゆき)  下関市立美術館蔵

 いきなり現代の抽象絵画の人、桂ゆきである。こういうワープがこの企画展の楽しさというか醍醐味である。

 

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『小屋の前の犬、タヒチ』(ポール・ゴーギャン) ポーラ美術館蔵

 今回の企画展のためランス美術館からゴーギャン木版画10点が出品されている。多分、その絡みで国内のゴーギャンの動物が描かれた作品ということでこの絵に白羽の矢があたったということか。

 ポーラ美術館にはもう両手くらいは行っているので、この絵もおなじみといえばおなじみだ。西洋絵画で犬は忠誠とかの象徴として描かれる。もちろんこの絵でもゴーギャンは単なる具象として犬を描いているということはないんだろうけど、あまりこの絵に判じ物みたいなことで推理してもしょうがないような気がする。この絵の犬と馬は、ある意味ただの犬と馬でしかないようにも思う。ゴーギャンだってそんなに力を入れている訳でもないと思う。

 その他、ミレーやルノワールの絵も出品されている。いずれも吉野石膏コレクションで山形美術館に寄託されているもの。そしてその二点とも確か以前三菱一号館で開かれた「吉野石膏コレクション展」で観ている。

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『庭で犬を膝にのせて読書する少女』(ルノワール) 吉野石膏コレクション

 そのルノワールの隣にボナールの作品が1点。これはランス美術館のものだが、印象派風に筆致で描かれていて構図や色合いなど、小品ながらけっこう気に入った。今回の企画展で1枚持って行っていいといわれたら、まちがいなくこの1点を選ぶ。そのくらいに気に入った。

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『犬を連れた女性』(ピエール・ボナール) ランス美術館蔵

 

 そして多分、一番高い絵はこれかなと適当に思ったのがピカソの作品。バラ色時代のいい作品だと思う。ピカソの作品、それも大型の作品が出品されると、企画展の他の作品がかすむというか、けっこうピカソがもっていってしまうみたいなことが多い。それほどピカソ作品はインパクトがあり、やはり天才とうならさせる。しかしこの作品のインパクトはやや薄い。動物が主役となると他のかわいい絵、奇想、風変りな絵、ようはインパクトが半端ない絵が多数あるからだ。

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『仔羊を連れたポール、画家の息子、二歳)(ピカソ) ひろしま美術館蔵

 

 もしピカソギリシア新古典主義時代の作品があっても、この絵で対抗できるかもしれない。まさか小倉遊亀のこの作品が出てくるとは。

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『径』(小倉遊亀) 東京藝術大学

 この絵は以前、平塚市立美術館で開催された小倉遊亀の回顧展で観た。構図、母子と犬の親密さ、色合いなどが気にいっている。多分、小倉遊亀の作品の中でも五指に入るくらいに好きな作品だ。この絵の着想を得たのは小倉が中国の石窟寺院を訪れたときだという。とはいってもこの絵のどこかに仏教画を想起するものがあるのかどうか。凡人の自分にはちょっとそういう想像がつかない。しいていえば、横から切り取られた平面的な図像に、洞窟仏教絵画的なものが連想されるかどうか。

 しかし動物が描かれているからといって、この絵を借りてくるか。なんかこうなんでもあり感を強く思ったりもするが、久々この絵に再会できて実は嬉しい。

 

 そしてピカソも驚く徳川家光である。

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『木菟図』(徳川家光) 下関市立歴史博物館寄託

 三代将軍徳川家光である。代々将軍は絵についても嗜んでいたらしいが、はっきりいってうまくない。このヘタウマ感はナイーブ派というよりもアウトサイダー・アートである。家光の絵は一部でけっこうウケているようで、府中市美術館でも何度か取り上げているらしい。

 しかしこういう絵があればピカソの大作のインパクトも霧散化されてしまうとは思った。

 

 そして今回の企画展の一方の主役、「かわいい」ですべてをもっていくのが円山応挙の「狗子図」である。

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『雪中狗子図』(円山応挙) 個人蔵 

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『雪中三狗子図』(円山応挙) 個人蔵 

 個人的には応挙のかわいいよりも、宗達のよくみると不気味の方が好きである。

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『狗子図』(俵屋宗達) 個人蔵

 かわいい絵柄ではあるのだが、顔の表情が虚ろというか不気味系である。こういう絵、現代のマンガでもあったような気がする。

 

 ぶっちゃけ動物ならなんでもいいのか、動物が描かれているといってもこの絵はないだろう的な突っ込みをいれたいものもあるかもしれない。でもそれも含めて今回の企画展の魅力といってもいいかもしれない。出品意図、展示意図もぶっちゃけ少々ゆるい。でも、そのゆるさが割と心地よい。そういう企画展だ。

 真面目に考えれば、動物画なんだし、もう少し近代日本画の部分にスポット当てる必要もあっただろうと思ったりもする。とにかく動物画なのに竹内栖鳳が1点もないのだから。同様に動物画が売りでもあった山口華楊もないし上村松篁や西村五雲なども。

 西洋絵画という点でも例えば今休館中の西洋美術館でセガンティーニの羊、レジェのニワトリとか面白かったかも。大原美術館セガンティーニがあってもいいかも。

 まあこういうのは挙げていけばキリがないし、取り合えず知っている絵をひけらかすようで無粋なことだとは思う。公立美術館の企画展で入場料1000円と格安でかつ200点近い作品を集めていることは素晴らしいと思うし、とにかく楽しい企画展になっている。

 少し残念だったのは、撮影禁止はいいとしても、館内でのスマホの使用が禁止されていること。フェリックス・ブラックモンの版画が1点展示してあり、その名前に聞き覚えがあった。たしかマリー・ブラックモンの夫だったかと確認のため検索しようとしたら、すぐに監視員の方に注意された。念のため、この人マリー・ブラックモンのご主人でしたっけと聞いてみたけど、判りませんと。まあ監視員の方にそれ求めてもしかたないのだけど、検索くらい出来てもいいのではと思ったりした。

 帰って確認するとフェリックス・ブラックモンは19世紀後半から20世紀にかけて活躍した版画家、陶芸家。奥さんのマリー・ブラックモンはカサット、ベルト・モリゾエヴァ・ゴンザレスとともに女流印象派画家として活躍した人でした。この人についてはアーティゾンで絵と解説を読んだ記憶があって、そのことが片隅に残っていた。

 この企画展は今秋開催される各地の企画展の中でもかなりレベルが高いものだと思う。自分は多分最低でももう一度後期展示を観に行くことにするつもりでいるけど、前期展示ももう一度くらい足を運ぶかもしれない。