府中市美術館「江戸絵画お絵かき教室」 (3月16日)

 墓参りの後、府中市美術館「春の江戸絵画まつり 江戸絵画お絵かき教室」に行った。府中市美術館は毎年、「春の江戸絵画まつり」を開催し、なかなか魅力的な企画展を開く。今回はというと「描く」という視点から江戸絵画を楽しむ企画展となっている。これまでの企画展が「美術史」の視点から作品を観るものだったのに対して、今回は「描く」ということに着目し、具体例を使った実際の描き方から、画材、技法の基礎知識などを学ぶことができるようになっている。

春の江戸絵画まつり 江戸絵画お絵かき教室 東京都府中市ホームページ

(閲覧:2023年3月20日

 展示点数は総数で182点にのぼるが、例によって前期展示、後期展示と別れていて、さらに前期展示、後期展示の中でも前期A、前期B、後期A、後期Bと細かく分かれているので、すべての展示作品を観るには4回足を運ぶ必要があるようだ。

展示作品と展示期間

前後期展示作品 17点

前期展示         82点

後期展示            83点

前期  3月11日(土)~4月9日(日)

前期A 3月11日(土)~3月26日(日) 前期B 3月28日(土)~4月9日(日)

後期  4月11日(土)~5月7日(日)

後期A 4月11日(土)~4月23日(日) 後期B 4月25日(火)~5月7日(日)

本展のテーマと構成

 本展は四つのテーマに沿って展開されている。図録に沿っていくと以下のような章立てとなる。

第1章 四大テーマに挑戦

1.動物を描く-蘆雪の雀、応挙の子犬、応挙のうるうる描法、ざっくり描く、『鳥獣略画式』のかわいい

  生き物

2.人を描く

3.景色を描く

4.花を描く

第2章 画材・技法・表具

1.画材-墨、絵具、濃彩と淡彩、紙と絹、筆、金

2.技法-付け立て、にじみ・垂らし込み、筋目描き、裏彩色

3.表具

第3章 江戸時代の画家はどうやって学んだのか

1.中国に学ぶ

2.雪舟に学ぶ

3.粉本に学ぶ、粉本を作る

4.オランダ本に学ぶ

5.応挙に学ぶ

第四章 江戸絵画はヒントの宝庫

1.全部は描かない

2.空を描く

3.自由な水中画

4.国芳に劇画を学ぶ

5.いろいろなヒント

6.お手本はいらない

長沢蘆雪の雀 (図録より)

《雀図扇面》 (長沢蘆雪》 紙、墨、絵具、18世紀後半 個人蔵

この雀はこう描く





応挙の子犬 (図録より)

 この「春の江戸絵画まつり」の目玉というべきは子犬の絵-狗子図だ。特に人気が高いのはやはり円山応挙の狗子図だ。

《狗子図屏風》 (円山応挙) 紙、墨、絵具 1784年 滋賀県琵琶湖文化館

この子犬の描き方は

模写してみたくなる

 蘆雪や応挙の絵は、思わず自分でも実際に描いてみたくなる。各絵の下には、色鉛筆を使用するみたいな実際の画材も例示してある。

 観覧する人もウィークデイらしく中高年の方が多いのだが、その中に混ざって制服姿の中高生もチラホラいる。その中には熱心に絵を模写している学生さんも何人か。多分、高校生の女の子は小さな帳面にいくつも模写している。ちょうど若冲の絵を模写していた。こんな絵だったけど。

寒山拾得図》 伊藤若冲 紙、墨 1793年 秋田市立千秋美術館蔵

鍬形蕙斎の『鳥獣略画式』 (図録より)

 動物のデフォルメ画の教則本である。この絵師は初めて知る名前だけど、この『鳥獣略画式』のユーモラスにして簡潔なデザインにはほとほと感心した。しかもあの葛飾北斎の『北斎漫画』でも参考にされているというから驚きだ。

北尾政美 - Wikipedia (閲覧:2023年3月20日

 

 

 この『鳥獣略画式』は漫画家やイラストレーターにはある種のネタ本として使えるのではないかと思った。いや実はひそかに多くの漫画家がネタ本にしているのではないか。上記のアヒルの略画などはよく見かけるような。例えば〇原〇恵子の鳥のイラストなんかとよく似ているような。この本は今手に入るのかとちょっとググってみると、普通に入手できるようだ。

画材 (図録より)

 第2章の画材・技法・表具についても興味深い。日本画に詳しい鑑賞者には自明なことかもしれないけれど、自分のようなニワカには、画材や技法についての解説も面白く、テキスト部分をけっこう時間かけて読んでいた。ここでは興味深い部分、基本的なことばかりだが、メモとして書き出したり、まとめておく。

墨のいろいろ

松煙墨(しょうえんぼく

赤松の木を燃やして採取した煤で作る墨。煤を膠で練り固め、成形後、乾燥させる。透明感があり、青みがかっているので、青墨(せいぼく)とも呼ばれる。良質な松が減っている現在、貴重。

油煙墨(ゆえんぼく)

菜種油や桐油などの植物油を燃やして採取した煤で作る墨で、現在、主流の墨。松煙墨より煤の龍子が細かく、硯あたりは滑らか。光沢のある赤味がかかった黒になるのが特徴。

具墨(ぐずみ)

墨に胡粉(貝殻から作る白色の顔料)を混ぜて作る。同じグレーでも、墨を水で薄めて作る場合よりも厚みもって表すことができる。

朱墨(しゅずみ)

朱に墨を混ぜて作る。木肌などの茶色を表す際などに用いられる。

画材-紙と絹

画仙紙(がせんし)

中国の書道用紙を日本で模して製紙したもの。江戸時代に中国から輸入された紙(唐紙)の中に、画牋紙の名があったことに由来する。にじみやすく、水墨画などに用いられる。

雁皮紙(がんぴし

ジンチョウゲ科の落葉低木、ガンピを原料とする代表的な和紙。光沢があり、にじまず、虫害が少ないことから、巻子(かんす)の料紙など高級紙に用いられた。

間似合紙(まにあいし)

雁皮紙の一種で、襖紙として用いられた。兵庫県西宮市名塩の名産で、泥が漉き込まれている。緻密で、にじまないのが特徴。名匠は、襖の横幅である半間(3尺、約90㎝)の寸法であることによる。

三椏紙(みつまたし)

ジンチョウゲ科の落葉低木、ミツマタを原料とする代表的な和紙。雁皮紙ほど光沢はないが、同様にきめの細かい絵肌となるのが特徴。書画に用いられる。

楮紙(こうぞし)

クワ科の落葉低木、コウゾを原料とする代表的な和紙。コウゾは、ガンピと比べて栽培が容易で繊維の長さが揃っていて製紙しやすいといった特徴があり、幅広い用途に用いられた。

美濃紙(みのがみ)

楮紙の一種で、同じ楮紙の宇陀紙などと比べて薄いのが特徴。書画のほか、金箔製造の際にも用いられる。

絵絹(えぎぬ)

書画の素地とするために、糸密度が均整で、緻密に織られた平織の絹織物。機械織りの現代とは異なり、江戸時代には様々な種類の絵絹があり、目の粗さもいろいろだった。

技法 

付け立て

例えば木の幹を描くなら、二本の線で輪郭を描き、その間に墨や色を塗るのが普通だろう。それを一筆だけで美しく表すことができるのが、「付け立て」である。筆の穂先の辺りにだけ、農墨や絵具をつけておく。そして、筆を寝かせて線を引けば、一本の線の中に濃淡が生まれ、立体感のある線となる。古くからある技法だが、特に江戸時代中期に円山応挙が多用して、リアルな立体感と美しいグラデーションを一挙に得られる素晴らしい表現手方として確立された。(図録より)

下描きや輪郭線を用いず、筆致のふくらみや勢いを活かして墨や絵具の濃淡で対象を表現する技法。没骨画法の一種。

日本画の表現技法 (閲覧:2023年3月20日

にじみ・たらし込み

日本では、古くから、にじみを絵の表現として利用してきた。墨や絵具を塗ってから、更に水を加えたり、乾かないうちに、濃い色や別の色を塗ったりする。すると、墨や絵具がにじんだり、後から塗った色がぶわぶわっと広がったりする。乾くと、筆で描いても表せないグラデーションとなる。画家たちの中でも、俵屋宗達に始まる琳派の画家たちは、こうした手法を多用した。特に、後から別の絵具を塗って幹の苔などを表す手法は、近代になって「たらし込み」と呼ばれるようになった。(図録より)

画面に絵具や墨を塗り、濡れているうちに他の絵具をそこに垂らし加え、絵具の比重の違いを利用して自然のにじみを得る没骨画法の一つ。

日本画の表現技法 (閲覧:2023年3月20日

筋目描き

伊藤若冲の人気とともに定着した「筋目描き」は、1980年代に美術史学者小林忠氏が考えた言葉だ。「このように新しく言葉を作らなければならないほど、画仙紙を用いての若冲の水墨描法はユニークなものだった」(「伊藤若冲の筋目描」(『日本美術工芸』(540、1983年)。

水を多く含んだ墨を画仙紙のようなにじみやすい紙に塗ると、墨の成分よりも水のほうが広がる。その広がった水の部分に墨を塗っても、墨は水に押しのけられてしまう。その現象は古くから水墨画に見られるが、それに着目していろいろな使い方をしたのが若冲である。(「図録」より)

*筋目描き(すじめがき)
墨の筋(境目の白い筋)をつくる技法
先に水(墨)を含んだ部分は、後から描いた墨と混ざらず、境目に白い筋が残る、紙の性質を活かした技法です。
特に画仙紙は、吸湿性が高く、墨がにじみやすいので、筋目描きに相性が良いです。
伊藤若冲が得意としました。

水墨画の技法 有名な絵師とともに紹介 - つれづれ美術手帖

(閲覧:2023年3月20日

裏彩色(うらざいしき)

絹に描くメリットの一つは、裏側からも色を塗れること。工夫次第で、紙では表せない繊細な調子や複雑な色を表現できる。若冲の《動植綵絵》に使われていることで話題となったが、平安時代以来、仏画肖像画など様々な作品に使われてきた古典的な技法。

表側には何も塗らずに裏彩色だけでみせたり、裏側と表側に塗ることで片側を塗るだけでは表せない色を実現したりと、使い方はいろいろ。(『図録より』)

絹に描く日本画では、表からだけでなく、裏側からも色をつけたり、金箔をはったりする技法があります。
それを、「裏彩色(うらざいしき)」と呼びます。
 裏彩色の3つの特徴
その1 絹の裏から塗った色は、表から塗った色に比べてやわらかく見えます。
その2 裏に白色を塗ると、表の色がはっきりします。その部分が他のところにくら べて目立ちます。
その3 裏と表と別々の色を塗ると立体感や2色がまじった色あいを出すことができます。

東京国立博物館 - 展示・催し物 総合文化展一覧 日本美術(本館) 日本美術のつくり方  (閲覧:2023年3月20日

 

 府中市美術館に入ったのは多分3時頃。閉館の5時まで2時間あるので、企画展を観て、最後に常設展もサラっと流そうと思っていたのだが、企画展の内容が濃く、展示点数、解説テキスト類も多くてじっくり観ていたら、気がつけば閉館5分前くらいになっていた。なので今回は常設展示がまったく観ることができなかった。

 この企画展、前述したように前期展示、後期展示で大幅な展示替えがあり、さらに前期、後期ともに前期A、前期B、後期A、後期Bと細かく分かれている。すべての展示を観るには4回足を運ばなければならない。まあそこまできっちり行くつもりはないけど、内容てんこ盛りな企画展なので、出来れば何度か足を運びたいと思っている。

 鑑賞者の知的好奇心に触れ、技法や支持体の大切とともに、実際に模写してみることを誘うという魅力的な企画展だ。

 ちなみに企画展の図録は、府中市美術館の「春の江戸まつり」の図録がだいたいいつもそうであるように、今回も講談社から出版され市販される書籍となっている。自分は閉店ぎりぎりのショップで購入したが、美術館に行くことができない方でも、普通にAmazonなどで購入可能なようだ。