山梨県立美術館再訪

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 昨日は山梨県立美術館へ行って来た。カミさんのお出かけ欲求に応え、GW中にちょっと遠目に行く。かといって自粛だし、人混みは出来るだけ避けたい、となると地方の美術館が実は一番人が少ない。しかも割と感染症対策をしっかりしている。と、適当に理由づけをしている。

 緊急事態宣言やまん延防止措置のもとで人流を押さえるということで、首都圏の公立美術館、博物館は軒並み休館になっている。例えばトーハクの鳥獣戯画とかは、多分もの凄い人手になるだろうしそれは致し方ないとは思う。MOMATの「あやしい絵」もかなり人出ではあった。でも常設展示だけだと実は穴場というか、一番密が避けられる場所でもあったりもする。経験則でいうと、地方の公立美術館は休みの日でもかなり閑散としていて、ゆっくりと絵が観れる。まあそれぞれの施設とも利用を増やすために、GWや夏休みとかには子ども向けやアニメ、マンガなど集客が期待できる企画をもってくること多いが。

 山梨県立美術館はミレーとバルビゾン派の作品で有名なところ。当時の知事田辺国男を中心に文化不毛の地山梨にバルビゾン派の作品を核とする美術館の建設を進めたという。開館の前年1977年に「種まく人」を2億円で購入したという。当時としては相当な高額であるが、結果として山梨県立美術館といえばミレーといわれるほど周知されている。他県民からすれば羨ましくなる。田辺は自民党の代議士、知事を歴任したが先見の明があったのかもしれない。

山梨県立美術館 - Wikipedia

 この美術館には2014年、2015年に訪れていて通算三回目。最初に行ったのは文字通りミレーの回顧展を観た。二度目は確か「夜の画家」という企画展だったか。

山梨県立美術館 - トムジィの日常雑記

山梨県立美術館へ行く - トムジィの日常雑記

 そしてまず企画展「テオ・ヤンセン展」。

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テオ・ヤンセン展 | 展覧会・イベント | 山梨県立美術館 | YAMANASHI PREFECTURAL MUSEUM of ART

 この企画展はまったくノーマーク。もともと久々にミレーやトロワイヨンとか観に行こうかくらいのつもりであった。予約制で人数を制限しているのだが、なんとか一番早い時間帯に入ることができた。

 でもってテオ・ヤンセンって誰?

テオ・ヤンセン (彫刻家) - Wikipedia

Theo Jansen Japan

 物理学者にして芸術家、現代のレオナルド・ダ・ヴィンチと形容される。プラスチック・チューブを材料にして風力で動く造形物=ストランドビーストの作品を多数制作しているのだとか。こういうものである。

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 一脚を構成する各チューブの比率もきちんと決まっていて「ホーリーナンバー」という13の数字からなっているとか、材料であるプラスチック・チューブの仕様が変わるときに50キロ分を買い占めたとか、なんか理解を超える部分もある。展示物は実際に自分で手押しして動かしたり出来たり、風力を使って動かす実演タイムとかもある。

 手押しについてはカミさんもやってみたいというので一緒について動かしたりもしてみた。実演タイムについては動画も撮ってみた。


www.youtube.com

 正直、面白いとは思うがよくわかりません。芸術というかアートへの指向性が基本2次元なんでこういう3次元のものは理解の範囲が超えます。ただこれって設計製作が相当難しいのだろうと思うので、理系の賢い高校生とかが夏休みや学際とかように制作したりすると、けっこう面白いことになるような気がする。製作6ヶ月要して、実演すると一歩も進まずに壊れるみたいな楽しいやつ。

 ストランドビーストという名称もオランダ語で砂浜を意味するストランドと野獣ビーストを掛け合わせた造語。それぞれの作品にはやはり造語のアニマリスと制作時期により学名がほどこされアニマリス・オグンダ・セグンダ、アニマリス・ウミナリなどの学名がつけられ進化図まで用意されている。テオ・ヤンセンの企画展はけっこう各地で行われているようで、このブログにその進化図とかが詳しく載っている。

テオ・ヤンセン ストランド ビーストの進化の系譜@三重県立美術館 : とりあえず、やってみる。small step sky park

 個人的にはテオ・ヤンセンっていう人、超絶真面目に冗談やっているようにしかみえないんだけど。

 常設展はコレクション展としていつものようにミレーを中心にバルビゾン派がてんこ盛りに展示されている。

コレクション展 | 展覧会・イベント | 山梨県立美術館 | YAMANASHI PREFECTURAL MUSEUM of ART

 まずは下世話的な表現だが44年前に2億円で購入された目玉作品。

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『種まく人』(ミレー)

 ボストン美術館所蔵と対になる作品で、労働賛歌の象徴的作品。本好きの方には岩波書店のロゴとして親しまれている。安定した構図とある種の躍動感みたいなものを感じる良い絵だとは思うのだが、正直いうとさほど心動かされることがない。なんとなくだが、自分の趣向としてはミレーの作品ってあまり響かない。

 ミレーやバルビゾン派イコール写実性みたいな捉え方がされているけれど、けっこう象徴性に富んだ作品が多いように思ったりもする。それが単なる農民や労働を賛美するようなものだとしたら微妙に凡庸な感じもする。

 ミレーの農民を描いた作品は都会の絵画を買い求める層に対して新たな風俗画として受け入れられたというようなことを以前何かで読んだことがある。農民の生活ってこんな感じなんだという形で需要されたということなんだろう。なのでそこに若干の宗教的要素を込めたりして「晩鐘」のような作品も提供される。ミレーを労働賛美をメインにした農民画家、自然主義ととらえるよりも風景画、風俗画という範疇で考えた方がなんとなくわかりやすいかもとか思ったりもした。

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『冬-凍えるキューピッド』(ミレー)

 この作品も何度も観ている作品。宗教画的であるのだが、実はこの作品四季連作で銀行家トマ邸の食堂装飾のために制作された作品。春は『ダフニスとクロエ』で西洋美術館で常設展示されている。

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『ダフニスとクロエ』(ミレー)

 ちなみに夏は『女神(ケレス)』(ボルドー美術館)、秋は天井画で焼失しているという。

 その他の作品で興味をひいたのはこの二点。

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『フォンテーヌブローの樫の木<怒れる者>』(ディアズ)

 フルネームはナルシス=ヴィルジル・ディアズ・ド・ラ・ペーニャという。フランスボルドーに生まれたスペイン人。風景画、宗教画、風俗画などを得意にした。この人を知ったのはたしか西洋美術館で開かれていた「ボルドー展」(2014年)だった。画力のある人という印象で単なる写実とは異なるものを感じる。

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『市日』(コンスタン・トロワイヨン)

 動物画家として有名。この人の細密描写は割と好きで、これこを自然派写実主義という感じがする。解説文によるとこの絵は松方幸次郎が渡欧中に購入し日本に持ち帰ったものだという。いわゆる松方コレクションの一つだったわけだが、多分その後の何度かの売り立ての中で国内に散逸し、巡り巡って山梨県立美術館に収蔵されたということらしい。西洋美術館で行われた松方コレクション展にも出品されていなかったので、コレクションの中ではあまり重要視されていないのかもしれないが、けっこう気に入っているしなかなか良い絵だと思う。

 思えばあの松方コレクション展はわりと行儀のよい企画展で松方の渡欧や購入時期による切り口だったけど、もうちょっと切り口を変えても良かったかもとか思ったりもする。渡欧と購入時期、コレクションの拡大みたいな流れの先に、松方の事業の失敗とコレクションの散逸、最後にフランスから返還みたいな風でも栄枯盛衰的で面白かったかもしれない。

 松方コレクションはイギリスの倉庫に保管されたものはほとんどが焼失しているという。学術研究が進んでどういったものが焼失し、また事業の失敗による売り立てでコレクションがどのようにして散逸し、それが今どこに所蔵されているみたいなこともまとまるといいかと思う。まあこのへんは実は学術的にはとっくに研究されているのかもしれないけど。

 5年ぶりの山梨県立美術館はけっこう寛いだ雰囲気で楽しめた。コロナがなかなか収まらないけれど、体が動く間にもっと地方の美術館に足を運びたいと思っている。多分、残された時間はあまりないようにも思えるから。