東京富士美術館へ行ってきた。2月に東美で観ている印象派展が開かれている。アメリカ印象派の名品が揃っていたので、また行ければとは思っていた。なんでも東美のあと郡山へ巡回し、夏は富士美で開催ということのようだ。


「印象派 モネからアメリカへ」 東京都美術館 (2月1日) - トムジィの日常雑記
印象派 モネからアメリカへ ウスター美術館所蔵
https://www.fujibi.or.jp/exhibitions/1202407061/
ウスター美術館はマサチューセッツ州でボストンに次ぐ第二の都市ウスターにある。アメリカ東部は初期の段階からフランス近代絵画—印象派の受容があり、またアメリカの画家もフランスに留学して積極的にその技法を取り入れていた。そこでこの美術館も多くの印象派作品、また自国の画家の印象派を受容した作品を収蔵している。今回の企画展では、このウスター美術館の所蔵品に国内の印象派作品をとりまぜている。
前回、けっこう一生懸命観たので、今回は割と余裕をもって観た。そしてちょっと思ったのだが、自分、なんとなく最近は印象派作品にあまり思い入れがなくなっているような気がしてきた。なんていうかときめくような感じがしない。以前は、印象派大好き、印象派素晴らしいみたいな感じだったのが、どこか冷めたような。
もともと印象派が好きで、それで美術館巡りとか始めたようなところがある。ある意味、絵がちょっと好きな人の王道みたいな感じだろうか。ただいろいろな作品に触れるようになってくると、印象派以外にも素晴らしい作品はいくらでもある。いや、絵画史的にいえばもっとすごい絵がゴロゴロあるというような。
年に50~70回くらい美術館巡りしていて、少しは美術史とかの本を読んだりしても、基本ニワカに変わりはないのだけど、それにしても印象派がすべてみたいな感じではなくなっている。印象派以後の様々な美術運動というか動向、キュビスム、フォーヴィズム、表現主義、抽象絵画なども普通に楽しめるようになってきているし、印象派以前の見事な写実性や物語的な劇的表現なども、普通にすごいと思える。ようは印象派すべてじゃないっていう、まあ当たり前の感覚か。
それと同時に、印象派の中でも単なる好き嫌いを超えた、画力や色遣いの才能とか、画家の構想力とか、そういうことも少しずつ理解してきたような気もしないでもない。以前はなんとなく好き嫌いでシスレーやピサロ好きとか思っていたけど、それではなんで彼らの絵が美術史的に、あるいは市場的に評価されないのかみたいな部分も感覚的には理解できるかもしれない。
ピサロが子どものリュシアンになぜ自分やシスレーが、ルノワールやモネよりも評価が低いのかを嘆く手紙を書いている。実際、当時もそうだし、今でも市場価格にはえらい差がある。でもやっぱりあるんだろうな才能がと思ったりもする。実際、ルノワールの色使いはやはり天才的だと思ったりもする。古典主義や新古典主義に描かれる女性のドレスの繊細さに、光の効果を取り入れた部分、多分あれを理屈や単に技巧じゃなくて、ルノワールは感覚的にやれているんだと思ったりする。
同じことはモネの筆触分割もきわめて感覚的だ。あれが出来ないからピサロは点描に走ったりしたんじゃないかと。そしてモネは幾分かは目の病気のせいかもしれないが、後半になると単なる筆触分割による光の効果とか、もうそういう部分を飛び越えていく。新しい表現を求めて抽象画の方向に行く若い画家が、晩年のモネのバラ園の絵を評価したとかいうのも判る気がする。
ルノワールやモネとピサロやシスレーを比べると、どうしても表現者としての才能の差を感じるような。まあこれもニワカ的な思いつきかもしれないけど。
あとこれは単純に好みの問題かもしれないし、たまたま並列された作品の出来不出来みたいな部分があるかもしれないけれど、例えばヴーダン、シスレー、ピサロと並ぶと、なんとなくヴーダンが印象に残ったりもする。ボードレールだかコローが、彼を評して「空の王者」と呼んだというくらい、空、とくに雲の表現が達者ということもある。でもそれだけでなく写実性の中にきちんと光の効果とかをとらえているような気もする。ヴーダンはベルギーやオランダを旅したりしているから、多分オランダの海景画とかも観ているんだろうなと勝手に思ってみたりもする。
まあそうはいっても、けっしてピサロやシスレーをもう評価しないということはないし、たいていの印象派系の企画展に行って、もしも一枚持って帰っていいよといわれれば、市場価値は無視してでもシスレーがいいとか思ったりもする。
というわけで最近はなんとなく印象派への思い入れが薄れている。逆にだからこそリラックスして、例えば今回の印象派展が楽しめたりもするのではないかと。
前回、けっこう気になった絵について書いたりもしたので、今回は落ち葉拾い的かもしれない。
《山を下るボヘミアン》

油彩・カンヴァス 61×44.8cm ウスター美術館
正式にはナルシス=ヴィルジル・ディアズ・ド・ラ・ペーニャという長い長い名前の人。亡命スペイン人の両親のもとボルドー生まれ育った。ルソー、ドービニー、ミレーらと共にバルビゾン派を形成した一人。厚塗りで重厚的な雰囲気をもつ。スペイン出自とはいえ、フランス育ちのフランス人なのだが、なんとなくこの絵にもどこかスペイン的な雰囲気を感じないわけでもない。前列の子どもか変えた女性などはバロック期の母子像を思わせる。
とにかく名前が長いので、よくディアズとかド・ラ・ペーニャと略されるけど自分はディアズとする。そういえば昔、バルセロナにテクニックに優れたMFでド・ラ・ペーニャっていたっけな。技術的にはめちゃくちゃ優れていたけど、ムラっ気があるのか大成せずイタリアのチームに移籍したような記憶が。って、まあいいか。
でもってディアズについてはバルビゾン派企画展では必ず1~2点展示されているけど、あまり印象にはなかったかも。だいぶ前の西洋美術館で開かれたボルドー展だかボルドー黄金展だったかで、ボルドー出身の画家としてとりあげられていて初めて注目したような気がする。
やや濃いめの色使いで森を描くこと、そして厚塗りが特徴的で、同じ厚塗りというと、ゴッホも影響を受けたというモンティセリなんかを連想する。調べるとディアズは1808年生まれで、モンティセリは1824年生まれで、ディアズは16歳上ということになる。なんでもディアズとモンティセリ仲良くなり、二人でフォンテーヌブローの森に絵を描きにいったとか。モンティセリの厚塗りはディアズの影響かもしれない。
ウィキペディアの記録によると、「少年時代に森で毒蛇に足を噛まれ、治療に成功せず義足の生活を強いられることになった」のだとか。なんとも痛ましい話だが、義足という不自由な身体で、戸外制作を行っていたのかと改めて思ったりもする。というか森とかに入るのにトラウマなかったのだろうか。
《山を下るボヘミアン》は多分そうした戸外での制作に、別の場所で見聞したようなボヘミアンの一行の様子を取り入れた、想像的な作品のようにも思う。木々に覆われた森の小道を下ってくるボヘミアンの一行、実に見事な構図だ。ここにはいわゆる写実的なバルビゾン派というよりもロマン主義的な雰囲気を思ったりもする。ディアズはどこかでドラクロワの作品とかを観ていたのだろうか。
《ディエップの船渠デュケーヌとベリーニー、曇り》

油彩・カンヴァス 52.1×64.8cm ウスター美術館蔵
ディエップはノルマンディー地方にある港町。ピサロは晩年、夏になるとノルマンディー地方を旅したという。この時期、ピサロは眼病のため屋外での制作ができず、建物の一室からの景色を描いたという。パリでの最晩年の絵もアパートからの俯瞰による風景画が多い。この絵も俯瞰による描写で、ホテルの一室から描いたものかもしれない。
図録の説明によると、ピサロは1874年の第一回印象派展の頃から、批評家たちにピサロは曇天を好む傾向にあると指摘されている。いわれてみるとこの絵のようにタイトルに「曇り」と明示された作品も多かったかな思ったりもする。
この絵はどこからどこまでピサロである。そしてなんとなくその曇天の表現とかに若干の不満がある。ピサロにはヴーダンのような技巧性がなかったのかなと。
《工事中のトゥルーヴィルの港》

《工事中のトゥルーヴィルの港》 ウジェーヌ・ヴーダン 1890年 油彩・カンヴァス 36.2×58.6cm ウスター美術館蔵
好みかどうかということはあるけど、やはり並べると画力の差みたいなものが出てくるのかなと思ったりもする。この時期の戸外制作、外光的な風景画を描かせたらやはりヴーダンの右に出るものはいなかったのではと、なんとなく思えてくる。だからこそ、より画家のオリジナリティとしてモネの感覚的な筆触分割、光の効果を狙うみたいな方向性がでてきたのかもしれない。
図録解説によれば、ヴーダンも一日のさまざまな時間帯の光の効果をとらえるために、同じ風景の作品を何枚も描いていたという。モネはこの人の影響がなければ別の方向にいったのかもしれないかなどと、これは想像というか妄想。
《ヴェネツィアン・ブラインド》

油彩・カンヴァス 131.8×97.5cm ウスター美術館蔵
ターベルは1883年にパリに留学しアカデミー・ジュリアンに入学。ルフェーベルやブーランジェに学んだ。帰国後はボストン美術館付属美術学校で教鞭をとり、フランス印象派をもとにした表現様式を学生たちに広めた。ターベルに影響を受けた学生たちは自らを「ターベライト(ターベル信奉者)」と名乗ったという。
今回の企画展、アメリカ印象派の画家を紹介するという意義があり、特にその代表としてチャイルド・ハッサムの作品が多数出品されている。でもなんとなくもっとも秀逸な秀逸な作品はこれではないかと思うくらいに気に入った。光の明暗による陰影表現はどこかバロック期を思わせる。そして光の当たり方で腕や腕に隠れた胸とどこまでも白く鮮やかな背中の部分、ブラインドを通した外光と窓辺の花など、実に見事と。
前回、東美で観たときに一番印象深く残ったのは、フランク・ウェストン・ヴェンソンの《ナタリー》という女性の凛とした姿を描いたポートレイトだったが、今回についていえばこの《ヴェネツィアン・ブラインド》がベストかもしれない。
まあ企画展も何度も通うとその都度気に入った作品が違ってきたりもする。それもまた美術館巡りの愉しみでもある。
《「カード遊びをする人々」のための習作》

油彩・カンヴァス 32.1×35.2cm
メトロポリタン美術館にある有名な作品のための習作である。習作であるのだけれど、トランプをもつ両腕は大きく誇張されていて、人体的に不適切ではあるのだが、まさにそれがセザンヌらしさである。実作の方では右の人物の腕が誇張されていて、この人物は真ん中にいて両の腕もさほど誇張はない。セザンヌがいかに造形表現で様々に実験的な試みをしていたのかなんとなく判るような気もする。
大使館の美術展Ⅱ-文化交流随想- インドネシア共和国大使館
常設展の一番最後、展示室の一つでインドネシアの作品が展示してあった。なかなか力強い作品があって面白かった。



