アイロンを新しくする

 7月にアマゾンのセールで衝動買いしたアイロンがやっと届いた。

https://panasonic.jp/iron/p-db/NI-R36.html:TITLE
 パソニックの多分一番安い方のタイプだ。コードレス全盛の時代にあえてコードリール式にしたのは、充電式は途中で充電し直すケースがあるという話を聞いたことがあるから。とはいえシャツとかスラックス類をたまに短時間アイロン掛けするだけだから、多分自分のニーズでは充電式でも十分だったのではないかと思っているが、コード式の方が安いし、まあ取り敢えずというところだ。
 アイロンを買うのは本当に久しぶりだ。試しに今使っているものと並べてみた。左のピンクのものはずっと使ってきたもので、独身時代からだから多分25年くらい使っていて、実は現役である。記憶の限りではこのアイロンをずっと使っているし、祖母がまだ生きている頃も使っていたはずなのでひょっとすると30年くらい使い続けているものかもしれない。
 それでいてこのアイロンはまったく調子が悪くなったということもない。子どもができてからもずっと使っているし、カミさんが病気になってから、子どもの服だのゼッケンだのといったことにもこれを使ってきた。
 子どもが中学生の頃は毎日のようにブラウスにアイロン掛けしていたのをよく覚えている。ナショナル製であり、このアイロンを使い続けてきたこともあり、アイロンといえばナショナルという信頼感がある。だもんで、今回もナショナル、もといパナソニックとなった。

 そこで洗ったばかりのコッパン三本にアイロンをかける。イージーリスニングにはつい最近購入したスィングアウト・シスターのベスト盤を流してみる。この80年代から90年代にかけて流行ったイギリスのコーラス・グループは、全体としてはブルーアイド・ソウル風であり、なんとも心地よい。流行っている頃はなんとなく流してしまったが、もっとちゃんと聴いておいても良かったかなとも思う。まあ多分その頃は仕事が忙しくて、音楽を聴き込むなんて余裕はほとんどなかったようにも思うのだが。

ベスト・オブ・スウィング・アウト・シスタ-/あなたにいてほしい

ベスト・オブ・スウィング・アウト・シスタ-/あなたにいてほしい

 音楽を聴きながらアイロンをかけているとふいに村上春樹の小説の中に、イージーリスニング・ミュージックをかけながら営業している幸福なクリーニング屋っていうのがあったことを思い出す。たしか『ねじまき鳥クロニカル』だったと思う。かかっていた音楽は多分パーシー・フェイスとかフランク・プールセルとかそのへんだったと思う。ムード・ミュージックというやつだね。村上春樹らしいある種の比喩表現だとは思うが、確かにムード・ミュージックをかけながら営業するクリーニング屋というのは、なにやら幸福なイメージを増幅させるものがあるとは思う。
 しかしアイロンというものを20数年ぶりに買ったというのに、その機能についてはほとんど変化がないというか進歩していないという印象だ。ドライとスチーム、霧吹きなどなど。そういう意味ではアイロンは大変原始的な家電製品なんだと思う。最近の進歩といえば、そう充電式、コードレスくらいなものなのだから。
 とはいえアイロンに付加価値を求めても何ができるだろう。SDカード入れて音楽が再生出来るとか、なんかつまらんな。カメラ機能をつけても何の意味もないし自走式にしてもしょせんアイロン台の上の話で機能性はゼロだ。まあいい、アイロンに付加価値は無理だ。
 自分の中ではアイロン掛けというのは家事の中でもっとも苦手な部類だ。掃除、洗濯はまあ普通にこなしているほうだが、アイロンだけはなんというか出来れば避けてとおりたい、やるとなると相当な意気込みというか、自分に「アイロンやるぞ、アイロンやるぞ」と言い聞かせてから始めないといけない。もう5年以上前だが、よく毎日のように子どものブラウスにアイロン掛けていたようなと我ながら感心するくらいだ。
 このアイロンを1日に何十、何百と掛ける職人がかってはいた。今でも自前でクリーニングをやっているような洗濯屋にはそういう職人がいるはずだ。実はうちの親父が60年くらい前に、山下町で本牧の米軍住宅相手の洗濯屋をしていて、店には何人かそういう職人、洗濯職人がいたように記憶している。暑い最中でも毎日スチームと霧吹きしながら何百枚ものブラウスやワイシャツ、スラックスにひたすらアイロンをかける仕事、これはこれで大変な仕事ではあると思う。当然、私の父親もそういう洗濯職人だった訳だ。
 まあ親が洗濯屋だったからといって息子がアイロン掛けが得意ということはまったくない。そういうDNAはまったく受け継いでいない。もっとも父はその洗濯屋の事業に失敗して40とちょい過ぎで店を手放してしまった。ようするに幸福なクリーニング屋ではなかったし、多分自分は、幸福ではないクリーニング屋の息子ということになるのだろう。