一人暮らしをしている

 妻が入院して四日になる。

 ほとんど信じがたいことではあるが、60数年生きてきてほぼ初めての一人暮らし生活である。これは笑えるかもしれない。何をしているかというと、普通に家事して普通に生活している。妻がいるときよりも規則正しく、朝は8時前に起きてきちんとゴミ出しをしているし、なんなら午前中に学習もしてたりする。20日から後期のレポート課題提出があるのだが、まだ観終わっていないビデオ授業がいくつもある。

 金曜日は久々友人と酒を飲んだが、さほど深酒もしていない。もうあまり食べれないし、酒量も確実に減っている。

 昨日は妻からスマホの充電ケーブルが見当たらないと連絡があったので病院に着替えとかと一緒に持って行った。充電ケーブルは当然荷物の中に入れておいたので探せないだけだった。案の定、病院につくと看護師がありましたと言ってきた。妻の話では、充電ケーブルは白いものとばかり思っていたら、黒い網目のものだったからとのこと。まあよくあることだ。

 病院はコロナが始まってからずっと面会を禁止している。とにかく徹底していて、着替えとかを持ってきても、エレベータホールから呼び出しボタンを押して看護師を呼び出して持ってきたものを渡して終了である。病室に入るどころか、病棟内にも立ち入りができない。

 病院を出て車を走らせてしばらくすると妻から電話があって、充電ケーブルがあったこととそれで充電を始めたので電話がかけられたこととか言っている。下着類は自分で洗濯するつもりだけど、洗濯代が150円なので50円玉がいるとか言っている。なのでテレビカードで洗濯ができるはずだと話すと、よく見てみるとか。

 しかしこういうことになると、妻と顔を会わすのは退院間際までないかもしれない。まあそれでどうのということもないが。妻はというと、多分退屈だろうから、けっこう電話をしてくるように思う。今日も二度電話があったくらいだし。

 そして一人暮らしである。思えばずっと家族と暮らしてきたし、誰かのお世話をするような、そんな人生だったような気がしている。

 自分に母はいない。自分が多分5歳くらいの頃に父と母は離別している。それ以来、母とは会っていないから、母の記憶は欠落している。2年前に兄が亡くなったときに相続がらみのことで戸籍関係を調べていくとその3年前に亡くなっていることが判った。かなりの長命だったようだ。

 自分は長く父と兄と祖母の四人で暮らしていた。ずっと祖母が家事をしていたが、高齢になってからは掃除や洗濯などは自分がするようになった。多分中学の後半くらいからだろうか。そして自分が30の時に父が亡くなり、祖母も寝たきりになった。祖母の介護とかも当然したし、汚い話だが下の世話とかも普通にせざるを得なかった。

 そして祖母が特養に入ってからはしばらく兄と二人暮らしをした。お互い干渉しあわなかったが、当然家事は自分がしていた。

 40を前に結婚して共稼ぎ生活となり子どもも出来て、家事育児を分担する生活が続いた。でも10年と少ししたときに妻が病気で身障者となった。家事育児と介護の生活。

 妻は最初に8ヶ月入院した。その後も検査で2週間くらい入院したこともある。そのときには子どもがいたから、当然子ども一緒に生活をしていた。

 そして今回の妻の入院である。子どもは家を出ているので、2週間限定とはいえ完全な一人暮らしである。還暦過ぎて、いや四捨五入すれば70代というところでいきなり初めての一人暮らしである。若い時分なら遊ぶとか飲み歩くとか、そういうこともあるかもしれないが、さすがにそんな元気もない。

 一人で過ごす夜といってもなんの感慨もない。一人の時間を満喫できるか、いやなぜかせわしなく家事している。今日はなにをしたか、週に一度の掃除の日である。ずっと毎週土曜日か日曜日に掃除をしている。昨日は病院に行く用事もありそのあと少し買い物をしたりとかあったので掃除できなかった。

 掃除のついでに妻の寝室、衣服やらなんやらで散らかった部屋を少し整理した。さらにリビングのコタツ回り、ふだん妻が趣味の折り紙をしているあたりの整理もした。妻は片麻痺で右手しか使えないのだが、それなりに器用にいろいろ作品を作っている。デイでも褒められたり、利用者の方やスタッフから作って欲しいとリクエストされたりもするのだとか。

 そうなるとコタツ回りは折り紙の破片とか諸々が散乱する。よく文房具屋や画材屋で折り紙が欲しいと言うので買ってあげる。折り紙は次第に増えていき、少し使ったもの、未使用のものなどが散乱する。仕方なくキャスター付きの簡易的なキャビネットを買ったが、その引き出しも満杯状態だ。そのうち整理しようと思っていたのでいい機会でもあり折り紙や文具類を整理する。

 この間、無くなったと言っていた腕時計が二つ見つかった。一つはベッド脇のワゴンの奥の方から。もう一つは折り紙の入ったキャビネットの奥底から。どっちだったか忘れたが、たしか父親からもらった大事なものだったとか言っていたやつだと思う。まあそういうものだ。

 そして掃除をして買い物に出かけ、帰宅後簡単な食事を作って食べる。そうして一日が終了した。老人の初めての一人暮らしなんてそんなものかもしれない。ぼーっとしていれば二週間なんてあっという間だし、妻が戻ってくればそれまでの日常に戻るだけのことである。何か新しいことなんていうことは何もありません。

 まあ最後なので、以前妻が作った折り紙作品らしきものでもアップしておきますか。