古き知人との遭遇

11日、都下某所のホテルで知人の送別会があり出席。私とその方とは私が最初に務めた職場で、たぶんほんの数ヶ月一緒だったと記憶する。もっとも同じ職場といっても、何箇所かの売り場があり、実際に同じ売り場にたったということはなかったのだが。
たまたま共通の友人で幹事をされている方からのお誘いでのこのこ出かけたのだが、見知った顔も何人かいるのだが、なかなか名前も思い出せない。面影からたぶんあの人だろうと思う人も何人か。ようはみんな圧倒的に年をとったということなのである。
思えば、私がその職場を去ったのがおそらく27〜28の時であるから、もはや30年近く経っているのである。これはいたしかたないことなのだろう。なかには比較的若く見える方もいれば、これは必要以上に老けていると思える人もいる。たぶん人には言えない苦労をさんざしてきているのだろう。いずれにしろいい加減良い年のおGさん、おBさんばかりではある。
2次会は最近めったにいかないようなカラオケまでつきあた。ここらあたりからは酔いもあり、見た目はそのままでありつつも、精神性は完全に30年前に逆戻りした感もあるにはある。見た目こそ年月、世間の風雨にさらされ劣化し、丸くなっているとはいえ、虎の尾は洗っても落ちないというか、精神性は相も変わらずというか。ようはオバカのまんまというか、いやこれはいい加減失礼だな。みな世間的にはそこそこの地位もある人たちでもあったりもするわけだし、きちんとした大人たちである。当たり前だ。
ようはそういう人たちではあるが、20代の青さ、情熱だのの、たぶんほとんどを失ってしまっているかもしれないけれど、それでもどこかにきちんと残存しているのかなと、なんとなくほろ酔いでそんなことを考えた。
たぶんこういう機会はこれからいろいろ増えていくのだろう。やれ誰それの引退だの、定年ご苦労さん会だのなんだの。いい加減そういう年になってしまったんだからいたし方ない。それらが落ち着いた頃になると、ちょろちょろとご不幸な知らせが来るようになるんだろう。
ちょうどここのとこ、同世代の知人、友人の親の不幸の知らせが増えつつあるようにだ。
あと20年して同じような会があったらどうなるのだろう。耄碌したGさん、Bさんの集まりになるのだろうか。何人かは孫かなんかに車椅子押してもらって出席とか。残念だが20年後はたぶん生きていないだろうと自分自身は思う。」「そういえば○○っていなかったかな、あいつはどうしたっけ」
「とっくの昔に死んじまってるよ」
以上。