三輪自転車を見に行く

妻がここのところ、三輪自転車が欲しいと頻繁に言って来る。三輪自転車があれば今すぐにでも駅までの行き来が簡単にでき、会社への通勤が可能だとさえ言っている。それ以前は三輪の電動車椅子が欲しいとずっと言っていたのだが、保管スペースがないことなどから反対し続けている。するともっと安い自転車にと気持ちが移ったようなのである。
それでいろいろと調べてみたのだが、さすがに試乗することもなくネット通販とかでお買い上げということにはならないだろうと思った。値段も5万くらいから高いものだと、ゆうに20万以上もする。それでどこかに陳列販売しているような自転車屋がないかと思い、さらにいろいろ調べると、大宮の先にある自転車屋が常時数百台の自転車を展示販売しているという。電話してみると三輪自転車も数台置いてあるという。妻の病気のこととかを話すと試乗車も用意するというので、早速行ってみた。場所は17号沿いで大成町というところ。正直ナビがなければたどり着かなかったかなとも思った。
行って三輪自転車の前で妻と娘と三人で見ていると、女性店員が「ひょっとして午前中お電話された方ですか」と話しかけてきた。そして試乗車は外に用意してありますという。なかなかよくできた専門店ではないかと感動した。その後は店長らしき男性が細かく説明しながら、後ろ二輪、前二輪を1台づつ用意してくれた。店長(勝手に推測)がいうには、片麻痺でこぐ場合は、マヒした側の足の膝がきちんと曲がるかどうかが第一のポイント、次にハンドルを固定した場合の曲がり方が第二のポイントと説明してくれる。なんでも自分の母親もクモ膜下出血で右マヒになったがリハビリを頑張って自転車も乗れるようになったという体験談も話してくれた。そのせいか妙に説得力のある話だった。
妻は実際に試乗してみると、まず自転車をまたぐことが中々しんどい。これはなんとかできたけれど、マヒした側の足をペダルに乗せることができない、介助して乗せてあげてもこいでいるうちにすぐに落ちてしまい、じゃまをするという惨憺たる有様だった。
ずいぶんと私も手伝ってあげたが、これはけっして無理とは思いたくないが、相当の練習が必要になるとは思った。店長はさらに第三のポイントとして、三輪自転車は普通の二輪自転車よりも重い。それを片手だけでささえられるかどうか、また倒れた時に持ち上げたりできるかどうかと話した。まあプロだから、妻の状態を見て現時点ではまず無理と最初からわかっていたのだろう。それでもこちら(客側)にきちんと納得させるようにしてくれたみたいだった。
そのうえで店長(たぶん)は、奥さんはまだ若いのだからもっとリハビリ頑張れば、重い三輪自転車じゃなくて、もっと軽い二輪自転車乗れるようになると思います。だから頑張ってくださいと声をかけてくれた。それが本当かどうかは大いにクエスッションだけれど、一筋の希望でもあるなとも思った。使える側の脚力、腕力はそこそこあるのだ。バランスとかいろんな部分でクリアすべきことが沢山あるとは思う。でも妻はまだ四十代だ。片麻痺としての人生は長いのだ。めげずに脚力、腕力や平衡感覚を身に着けていけばとは思う。
しかし、妻にとっては正直、けっこうショックだったのだろうとは思う。リハビリでエアロバイクとかを使ったこともあるし、それをけっこう片足でうまくこいだこともあった。だから三輪自転車ならうまく乗ることができるかもしれない、いやできると自分なりに思っていた。そして自転車に乗れば自分の行動範囲も飛躍的に広がるはずだという希望もあったわけだ。それが崩れていっちゃったわけなのだから。
でも、これは別の意味でいえば妻にまだまだ病状失認があるということなんだとも思う。妻にはショックかもしれないけれど、主たる介助者の私にはそれほどの衝撃もないし、めげている妻を慰めようという気もそれほど起きなかった。ある部分、ささいなことで一喜一憂するような感性部分はマヒしてきているのかもしれない。今日の収穫は、およそ無理かもしれないけれど、妻だって二輪自転車に乗れるかもしれない、そういう可能性がまだあると考えられるようになったということだ。発症してすぐには、片麻痺で車椅子生活と宣告されたのに、健常者で徒歩18分の最寄り駅までの道程をとにもかくにも4点歩行で行けるようにまでなったのだから。毎日でもなく、たまに、天気が良い日という限定ではあるのだけれどね。