『となり町戦争』を読む

となり町戦争  http://www.shueisha.co.jp//rookie/ 
 今年かなり話題になっている小説。著者のデビュー作であり、すばる新人賞受賞作。村上龍のテーマを村上春樹が書いたような小説という評判もあり、すでに書評等でも何回から取り上げられている。個人的には村上龍というよりある時期の椎名誠、筒井康孝的なSF小説のシチュエーションだとは思ったけど。
 ある日届いた町役場の広報に小さく載っていた「となり町」との戦争の知らせ。町づくり事業の一環として行われる「となり町」との戦争。主人公は町政モニターとして敵地偵察を任じられ「となり町」との戦争に関わっていく。しかし音も光も気配も感じられない、それでいて着実に進んでいく戦争。形式的な役場の論理に貫かれた見えない戦争との関わりの中で主人公が何を見、何を感じ、何を喪っていったのかを象徴的に描いていく小説。
 まあ、そんなところか。一読、とりあえずこれはシチュエーションの勝利だと思った。「となり町」との戦争というおよそ非現実的な状況を設定することでこの小説の成功の9割方は決まったようなものだと思う。そしておそろしく静的、スタティカルな文体、雰囲気をもった作品でもある。そして見えない戦争による喪失感。このへんがある意味、村上春樹的というか、ある意味春樹の影響みたいな部分なんだろうな。
 随所に描かれる形式ばったお役所の論理は、ほとんどアイロニカルかつユーモアを感じさせる。そしてこの部分はとてもリアルだ。作者は福岡で公務員をしているという。ディティールのリアルさは作者の実体験によっているのだろう。こういうのって重要なことなんだよな。「神は細部に宿りたまう」か。
 そして「戦争」である。現実に遂行される戦争、それでいて実体験として感じさせるものがなにもないという感覚。これは多分、湾岸戦争以降のわれわれがおかれている状況そのものなんだろう。9.11に続くアフガン、イラクへのアメリカの侵攻、あるいは旧ユーゴでの深刻かつ激化した内戦。世界は暴力に満ち溢れている。それでいてわれわれの生活とはおよそかけ離れていて、一切のリアルさをもっていない。もはやゲームのような仮想現実の中でしか体感できない戦争。あるいはTVの画面を通じてしか見聞できない戦争。それでいて少しずつ、少しずつ戦争はわれわれの内部に影響を与え、侵食し、そしてわれわれは少しづついろいろなものを喪っていく。
 確かに9.11のツイン・タワーの崩落で多くの人々が死んだ。アフガンでもイラクでも多くの人が死んでいる。勘違いでイラクに紛れ込んだ日本人バックパッカーが斬首される映像さえわれわれは目にしてさえいる。それでいて海の向こうの戦争はいつまでたってもわれわれにリアルな実感を与えていないのだろう。
 そんなわれわれを包む世界をミニマムな「となり町」との戦争という状況設定で象徴的に描いた作品。それが『となり町戦争』という小説だ。
 秀逸な作品だと思う。この作者の文章の力、想像力は才能を感じさせる。うまくすると化けそうな予感さえする。デビュー作でここまで書ければそうとうなものだ。けっこうこのまま芥川賞あたりまで、とんとんといきそうな気もするな。