グラント・グリーン『抱きしめたい』を聞いて何が悪い

抱きしめたいブルーノート廉価版シリーズの新譜。1965年録音だからビートルズ旋風が巻き起こっていた時期に大ヒット曲をカバーした典型的な企画作とのことで、まさしく軽めのポップ・ジャズ。なのであるわけなんだが、これが納豆の糸が引くように癖になるというか、とにかく心地よく我が心に染みこんでくるというか、とにかくはまった、はまった。
 表題作の「抱きしめたい〜I want to hold your hand」はボサノバっぽいラテン調のリズムでブルージーに奏でている。リズム・セクションはエルヴィン・ジョーンズ(単一にして的確なブラシの職人芸かな?)とオルガンのラリー・ヤングのみ。モブレーのテナーも軽めで気持ち良くうたっている。もう本当に心地よいイージー・リスニング・ジャズの王道をいっている感じだ。
 この時期のグラント・グリーンコマーシャリズムと批判を受けることが多かったとはライナーノートにも書いてあった。ビートルズの最盛期にこういう売れ線のナンバーをやること自体、正統ジャズ・ファンからはかなり毛嫌いされていたのだろうとは想像するな。実際、ジャズ喫茶が盛況だった頃にこのアルバムがかかったら最初の数分でかなりの客が帰っただろうな。やれコルトレーンだのアイラーだのを腕組み陶酔しているジャズ求道派からは多分に忌み嫌われるだろうと思う。でも、これもジャズなんだよ。『抱きしめたい』でなにが悪い!とあえていいたい。
 このアルバムでは「抱きしめた」の他にはジョビンのボサノバ・ナンバーとして「コルコヴァド」、スタンダード・ナンバーとして「スピーク・ロウ」「星影のステラ」「ジス・クッド・ビー・ザ・スタート・オブ・サムシング」「アット・ロング・ラスト・ラブ」の3曲が入っている。この選曲自体がポップアイテム2曲、スタンダード3曲という売れ線意識した感じがする。企画作といわれる所以だろうな。でも、それぞれが軽めで、ブルージーで本当に良くできているなと関心する。結局はメンバーの職人的な技術に裏打ちされた演奏内容によるんだと思う。そして意外とこの部分がけっこう強かったりするんじゃないかと思うけど、アレンジがけっこう見事だったりしていると思う。特に表題作の「抱きしめたい」などはまさしくアレンジの勝利というところだな。モブレーのテナーに伴奏させる出だしなんかは完璧だな。簡単そうで中々こういうのってなかったように思うよ、1965年だもん。そしてこのメンバーには実はベースがいないわけだけど、そのへんをラリー・ヤングのオルガンが補ってあまりあるということだろうか。控えめだけど実に効いていると思う。
 そして40年を経た現在にあっては、ポップスとスタンダードという選曲もあまり意味を持っていないのだろうと感じる。現代にあってはビートルズ・ナンバーはすでに完璧にスタンダード・ナンバーの仲間入りをしているだろう。そうなんだよね、もう40年の月日が経っているわけだ。そして当時、所謂企画作扱いをされたこのアルバムは、年月を経てもけっして色褪せることはなく、ある種の名盤の位置を獲得しているんじゃないかとさえ思ってしまう。ぜんぜん古びていないよと、あえて断言する。
 しかしこの手のブルーノートの軽めのジャズは、やはり一流の職人的アーティストがきっちりと仕上げているからなのだろう、本当にしっかりとした音作りがされていると思う。その後の'70年代〜'80年代にかけて興隆をなしたイージー・リスニング・ジャズの走りとしては、けっこう先進的なものがあると感じる。こういう試みがあったからこそ、CTIレーベルの後の成功とかがあるんだろうとつくづく思いいるわけだ。
 かって一家に1枚家庭常備盤といわれたジョージ・ベンソンの『ブリージン』なんかよりも遥かにジャズしていると思う。けっして嫌いじゃないけど、『ブリージン』なんか今聴くとさすがに古さを感じるものがあるものな。そういえば、'60年代ブルーノートジョージ・ベンソングラント・グリーンという二人のギタリストのうちから後者を選び売り出そうとしたと、何かで読んだ覚えがある。その後ワーナーでポップ・シンガーとして大成功するベンソンではあるが、この選択にこそブルーノートのセンスの良さを改めて認識させる逸話だな〜とは思うわけだ。
 で、再度、あるいは何度でも言う。『抱きしめたい』もまたモダンジャズである。『抱きしめたい』が好きで何が悪い!