「日本の中のマネ」~練馬区立美術館へ行く (9月8日)

 練馬区立美術館で9月4日から始まった「日本の中のマネ」展に行って来た(会期11月3日迄)。この美術館は区立美術館にしてはインパクトのある企画展を行う。自分は2015年に行われたシスレー展以来だが、それ以降でも電柱をモチーフにした絵を集めたユニークな「電線美術展」なども行われている。この展覧会、行けずじまいで後で友人から図録ももらって行かなかったことをえらく後悔したことを覚えている。

 この美術館の凄いところは、とくに海外美術館からの貸し出しなどなくても国内でのネットワークを駆使して名品を集めている。相当優れた学芸員がいるのではないかと密かに思っている。今回も国内のマネ作品、またマネとの関連での印象派の作品、さらにマネに影響を受けた(あるいはそう思われる)日本の画家の作品などを多数揃えている。なかにはこれはちょっとこじつけ(?)とも思えなくもない作品もあるにはあるが、企画展のコンセプトでもある「マネの日本における受容」についての新たな見方を提示している部分もある。

日本の中のマネ ―出会い、120年のイメージ― | 展覧会 | 練馬区立美術館

 展覧会は4章立てになっていてそれぞれの企画意図は以下のとおり。

第1章 クールベ印象派のはざまで

写実主義の画家クールベからモネやルノワールをはじめとした印象派までの作品を展覧します。マネは、写実主義印象主義のどちらにも属しているとは言えません。ここでは、19世紀フランス美術におけるマネの位置づけを考えます。

第2章 日本所在のマネ作品

日本に所在するマネ作品は、印象派の所蔵に比べて決して多いとは言えません。日本にはじめて持ち込まれたマネ作品から、晩年の名品の1点として知られる《散歩(ガンビー夫人)》(1880-81年頃 東京富士美術館)、そしてマネが数多く取り組んだ版画を紹介します。

第3章 日本におけるマネの受容

最初にあらわれたマネへのオマージュは、1904(明治37)年に描かれた石井柏亭《草上の小憩》です。はじめてマネの名が文献に登場するのは、明治・大正を代表する医師で小説家。翻訳家の森鴎外による著述です。絵画と批評を通して、マネ受容を考察します。

第4小 現代のマネ解釈-森村泰昌福田美蘭

日本の現代作家は、西洋近代美術の巨匠をどのように解釈するのでしょうか。美術家の森村泰昌福田美蘭の作品から、現代のマネ・イメージを提示します。中でも福田の新作は、私たちに新しいマネ解釈を提供することでしょう。

「パンフレット」より

 マネの日本における受容という大きなテーマなのだが、まずマネの美術史的な位置付の問題がある。一般的には以下のようなキーワードで語られるのだろうか。

① 近代美術の父

② 写実主義から印象派への移行を促した

③ 女性の裸婦を初めて風俗画として描いた

④ 形成され始めた市民社会の生活を風俗画として描いた

⑤ 古典作品のモチーフを同時代性の中で勘案させたこと

⑥ 黒を基調とした色面表現や粗い筆触表現などの展開

 しかし近代日本、特に明治期にあって洋画は、アカデミズム、写実主義印象主義がいっぺんに入ってきたため、写実主義から印象主義への移行を促したマネの位置付けは曖昧なまま、森鴎外らが引用したエミール・ゾラの「マネ論」に引きずられるようにして、写実主義の画家あるいは、「印象派の首領」という位置づけが定着されてしまった。

 さらにいえば日本における海外画家の受容という点でいえば、ルノワールゴッホなどには明らかな影響を受けた作例が多数あるのに対して、マネの明らかな影響を受けた作例が実はほとんどないのではないかという問題がある。

 今回の企画展では、主に《草上の昼食》と《オランピア》の影響を指摘できる日本人画家の作品が多数出品されているが、構図やモティーフの皮相的な類似性はあっても、明確かつ意識的にマネを受容したとはいいにくい、ややもすればこじつけ的な風も感じられる作品もあった。まあそうした点も含めてマネの日本での受容の難しさとでもいえるのかもしれないし、それぞれの作品は面白く鑑賞することができた。

 出品された作品のほとんどが国内の各美術館に収蔵されているもので、東近美、西洋美術館、ポーラ美術館、大原美術館埼玉県立近代美術館茨城県近代美術館、吉野石膏などなど、自分的には何度も観ている作品が多数あった。逆にマネであそこのあの作品が出てないなと思ったりしたもの少なからずあった。「日本所在のマネ作品」の中でも解説されていたが、そもそも国内のマネ作品自体が少ないだけに、もう少し網羅されていてもいいのではと思える部分もあるにはあった。

《アンティーブ岬》(クロード・モネ) 愛媛県美術館

 第一章「クールベ印象派のはざまで」は、クールベセザンヌ、モネ、ピサロシスレールノワール、カサットなどの作品が展示されている。シスレーのみ2点は以前この美術館でシスレー展を行っており、ちょっとした拘りでもあるのだろうか。この《アンティーブ岬》もそうだが、展示作品はみんな一度か二度は観ている作品ばかりだったが、つかみとしては名画、印象派の大所を押さえているので、一気に引き寄せられるような思いもあった。

《散歩(ガンビー夫人)》 エドゥアール・マネ 東京富士美術館

 国内にあるマネの作品のなかではもっとも有名なものかもしれない。この作品、8月28日に東京富士美術館で観ている。富士美術館は翌日29日から長期休館に入ったのだが、その一週間後には練馬にやってきているのがなんとなく面白い。

 この作品はマネが亡くなる3年前のもので、足の治療のため郊外に移り住んでいたマネをモデルのガンビー夫人が見舞ったときのものだという。晩年のマネは印象派的な技法を取り入れたものが多いが、この作品にもそれがうかがえる。特に背景の草叢の表現は筆触分割とは異なるが、縦になったり横になったりと筆触を自在にコントロールしていて、草木のうっそうとした雰囲気が効果的に描かれている。

 どこかこの筆触表現はセザンヌのそれを連想するが、かって印象派展に参加しない口実として「コテで描く左官にすぎないようなセザンヌと関わりをもちたくない」と公言したマネとしては、どうなんだろうと思う部分もある。

 

《草上の小憩》(石井柏亭) 東京国立近代美術館

 日本におけるマネの受容の代表的な作例ということらしいが、タイトル、構図と群像画的な要素などに類推するものはあるが、これがマネかと思う部分もある。描法は印象派的だし、これをマネの受容とするのはややこじつけ的かもしれない。逆にいえば日本においてマネの受容がいかに皮相的な部分にとどまっていたかを示すような作例かもしれない。まあ印象派、あるいは外光派的な作品としては普通にいい絵だとは思うけど。

 

《日曜の遊び》(村山槐多) 岡崎市美術館

 これは素晴らしい1素晴らしい。ガランス(茜色)を多用した夭折の画家村山槐の1814✕234.0cmの大作である。しかもこの作品は水彩、紙の作品であり、よくみると画用紙をつなぎ合わせて一つの作品にしている。水浴する女性たちと草上で寛ぐ男たちという配置が、《草上の昼食》と要素を取り込んでいるということなのだろうが、これをマネの受容の作例とするのも微妙である。

 村山槐多はセザンヌに傾倒していたので、これは普通にセザンヌの《水浴》シリーズの影響があるということらしい。自分的にはこの作品、どことなくドニやボナールと同じ雰囲気を感じる部分がある。

 

《斉唱》(小磯良平) 兵庫県立美術館

 この作品に練馬でお目にかかるとは驚きである。この作品、小磯良平の中でも一番好きな作品だ。いつか兵庫に観に行きたいと思っていた。4年前に子どもが神戸でライブを観に行くというので、送っていくついでに兵庫県立美術館でこの絵を観たいと思った。ちょうどその時に小磯良平記念館で小磯良平の回顧展をやっていて、この作品も展示されているとしり、嬉々として訪れた思い出がある。

 今回、作品解説のキャプションや図録での解説によると、この集団人物像はすべて容姿が全く同じであるという。いわれてみると、確かに同じ人物が様々な表情をしている。ひとりの人物を反復して構成された集団人物像である。

 図録によるとこの着想は、小磯良平が渡欧中に訪ねたフィレンツェサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂でみたルカ・デッラ・ヴェロネーゼによる《カントリア》から得たものだという。こういうやつだ。

《カントリア》(ルカ・デッラ・ロッビア)

 それにしてもこの集団群像作品のどこにマネの受容があるのか、正直よくわからない。しいていえば女学生たちの着る制服の黒の表現のあたりだろうか。図録の解説にはこんな説明がある。

ルーヴル美術館でよくみていた作品の中に、マネ作品が含まれてい。造形的平面性やコントラストのある色彩、手早い筆致、そして都会的で近代的な主題などのマネの特徴は、後の小磯作品にも共通する点が多く、マネから大きなインパクトを得たとも推測できる。

 バレリーナを描いた小磯良平ドガの影響をみるとか、シャセリオーや新古典主義の影響をみるという指摘はよくきくが、マネの影響というのは初めてきく。そしてどことなくこじつけのような気もしないでもない。この程度の指摘であれば、西洋絵画全般の影響があるというに等しいような気もしないでもない。

 とはいえそういうこじつけのせいでこの作品を再び観ることができるというのは、ちょっとした行幸である。ある意味、良い絵、好きな絵が観ることができるのならば、新たな関係性の指摘は願ったりというのが、鑑賞者の本音でもある。

 

《裸体》 (熊岡美彦) 茨城県近代美術館

 この作品も水戸の茨城県近代美術館で何度も観ている。インパクトのある作品で熊岡の名前とともに記憶に残る作品でもある。この作品にマネの受容というのは、熊岡美彦が渡欧中にルーヴルで《オランピア》を模写したという記録があることからくるのだろう。そして寝そべる裸婦というモチーフである。とはいえ表現部分でモネを思わせる部分は正直少ないと思う。この作品には熊岡のオリジナリティを強く感じる。しいて他作品との類似性ということでいえば、エコール・ド・パリ的な雰囲気、キスリングや田中保などと同じ雰囲気を感じる。さらにいうとどことなくヴァロットンと同じような、モデルへの冷たい視線すら覚えてしまう部分もある。

 

《融和》 (片岡銀蔵) 岡山県立美術館

 片岡銀蔵の作品は多分初めて目にする。片岡も熊岡美彦とほぼ同時期に渡欧している。キャリアの中で裸婦の占める部分が多く、おそらくルーヴルでマネの《オランピア》からインスパイされることが多かったのだろうか。オランピアとは寝そべる女性の向きが異なるが、マネがの作品では黒人メイドがついていたのを南洋系に変えるなどの翻案を試みている。裸婦は白く筆触を感じさせずに表現されており、それ自体は新古典主義的な雰囲気が感じられる。

 

 第4章の「現代のマネ解釈」は森村泰昌福田美蘭の作品がてんこ盛りである。森村はいつものごとく自らをモデルとしたマネ作品のパロディに取り組んだものが展示されている。まさにいつものごとくだ。それに対して福田美蘭は、現代においてのマネの再解釈、自らへの受容を斬新な作品として提示している。

《つるバラ「エドゥアール・マネ」》(福田美蘭) 2022年

 インターネットで「マネ」を検索すると、絵画作品に混ざって実際のバラの花の画像が出てくる。それは「エドゥアール・マネ」という淡い黄色に明るいピンクの花をつける人気のある品種なのだという。そこで福田は「エドゥアール・マネ」というバラをメインしてそこにマネの作品を組み合わせている。

 

LEGO flower  Bonquet》 福田美蘭 2022年

 生涯、サロン出品に拘り続けたマネに倣い、福田美蘭はマネ作品をレゴ化させたこの作品で日展への応募出品をする。そのためこの作品の展示は10月13日までとなっていて、日展の選外となれば10月30日から再度展示となるという。

 日展側がからすれば、えらく挑発された企画である。これはサロンへの出品を続けながら、主流であった歴史画(物語画)の大作主義に反抗し、またブルジョワ高級官僚の子弟という裕福な身分から、ややもすれば上から目線で職人的に成り上がったアカデミスムの巨匠たちに挑み続けたマネのスタイルの現代的な展開でもある。

 はてさて、この作品は選外となるのだろうか。そうなったら多分、再展示の際には大きく「日展落選作」というキャプションを入れるのだろうか。