アーティゾン美術館『STEPS AHEAD』

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 金曜日の23日、久々京橋のアーティゾン美術館に行って来た。前回行ったのは10月だったから半年ぶりのことだ。

アーティゾン美術館-石橋財団コレクション - トムジィの日常雑記

アーティゾン美術館-印象派の女性画家たち - トムジィの日常雑記

 今回の企画展『STEPES AHEAD』は新収蔵品を一堂に展示し、今後の美術館の方向性を示す野心的な企画展。

 コロナ禍、ついに3度目の緊急事態宣言が発出され対象都府県では美術館も休業対象となってしまった。アーティゾン美術館も4月29日から5月9日まで休館となってしまった。本企画展は当初5月9日までの開催だったが、9月5日まで会期延長となった。ただし、アンリ・マティス16点の展示は5月9日まで。一部展示は続行されるらしいが、まとめての展示は実質29日までとなってしまった。そういう意味ではギリギリのタイミングだったみたい。

 『STEPS AHEAD』の展示内容は以下のとおり。

6F ・藤島武二『東洋振り』と日本、西洋の近代絵画

  ・キュビスム

  ・芸術家の肖像写真コレクション-19-20世紀フランス

  ・カンディンスキーとクレー

  ・倉俣史朗と田中信太郎

5F ・抽象表現主義の女性画家たちを中心に

  ・瀧口修造実験工房

  ・デュシャンアメリカ美J通

  ・第二次大戦後のフランス抽象美術

4F ・具体の絵画

  ・オーストラリア美術-アポリジナル・アート

  ・日本の抽象絵画

  ・アンリ・マティスの素描

  まずは6Fの「藤島武二『東洋振り』と日本、西洋の近代絵画」、ここでは新収蔵品の『東洋振り』を中心に藤島武二黒田清輝青木繁等のブリジストン美術館以来の名品が惜しげなく展示されている。西洋画でもこの美術館の目玉的なルノワール、カイユボット、ファンタン・ラ=トゥール、印象派の女流画家モリゾ、ゴンザレス、ブラックモン、カサット、モリゾら、前回行った時にミニ企画コーナー「印象派の女性画家たち」の作品がすべて展示されている。そしてこれもこの美術館の目玉でもあるピカソ新古典主義時代の傑作『腕を組んですわるサルタンバンク』も。

 

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『東洋振り』(藤島武二1924年

 ヨーロッパ留学時、イタリア滞在中にルネサンス期の横顔女性像を「見飽かぬ凝視を続け」たと思い出を語っていた藤島武二が、日本人モデルにチャイナ服を着せ中国画を思わせる団扇を持たせるなどして、単なる模倣、習作ではなく西洋と東洋の統合を図った作品だという。

 

 ヨーロッパ留学を果たした洋画家は当然、模倣習作に励みながら少しずつオリジナティを発揮していく。黒田清輝、原田直次郎から梅原、安井までみんなそうだ。中にはどこまでも模倣、習作の域を脱しないように思える作品も多い。藤島も『黒扇』などそうした流れの作品も多いが、ヨーロッパからの帰国後朝鮮半島視察などをきっかけに東洋への傾倒を深めていったという。

 この作品を観ていると、藤島がいち早く西洋画の模倣習作から抜け出しオリジナリティを獲得しているように思える。当時の西洋画の基調を成すアカデミズム派、写実主義印象主義らの技法とも異なる様式美を獲得しているような感じだ。

 この最初のフロアはもう名画揃いでいつまでいても飽きないような感じだ。

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静物(花、果実、ワイングラスとティーカップ)』(ファンタン=ラトゥール)

 ラトゥールの画力の冴えをみせる作品。解説にはラトゥールがロココ時代に静物画を手掛けたシャルダンらを手本にしたとされている。そうした手本を元により透明感と色彩感溢れる絵をラトゥールは多数描いている。

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『眠り』(エヴァ・ゴンザレス)

 アーティゾンの印象派女性画家の作品の中でなぜかモリゾやカサットよりも気に入っている作品。妹のジャンヌを描いたとされるが、親密な雰囲気が漂っている。ゴンザレスはマネの弟子の一人であり、髪、顔の表現など全体的にマネの影響が強いが、寝具の白の表現はマネよりも印象派のそれに近い。女性が女性を描くということも関係しているのか、この絵には不思議とエロティックな雰囲気が自分には感じられない。

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『腕を組んですわるサルタンバンク』(ピカソ

 こういう絵を観るとピカソの偉大さが際立つような気がする。何気ない線、ギリシャ彫刻風の表情。なんとなく自分は新古典主義時代のピカソが好きかもしれない。

 そしてキュビスムのコーナーではなぜかセザンヌのこの絵が最初に展示してある。

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『サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール』(セザンヌ

 セザンヌが描いた「サント=ヴィクトワール山」の絵の中で多分一番好きな作品。以前、西洋美術館の北斎ジャポニスム展」でこの作品とコートルド、フィリップス・コレクションの「サント=ヴィクトワール山」の三作品が並列して展示されているのを観た。その時にも感じたことだが、アーティゾンのこの作品がもっとも完成度が高いと思っている。色調、建物の幾何学的形態など、以後のキュビスムフォーヴィズムセザンヌが与えただろう影響をうかがわせるに十分な作品だ。

 キュビスムの間にまずこの作品を持ってくるところにアーティゾン美術館の、所蔵作品へのリスペクトと矜持を感じさせる。

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ブルゴーニュのマール瓶、グラス、新聞紙』(ピカソ

 キュビズムも当然ピカソである。油彩にして砂、新聞紙などでコラージュ的な雰囲気をもたらしている。至近で見てみるとそのザラザラとしたマチエールにちょっとしたワクワク感がある。やっぱりピカソは持っていくなと思う。

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『円卓の上の静物』(ジャン・メッツァンジェ)

 ジャン・メッツァンジェは新印象派フォーヴィズムを経てフランス・キュビズムの代表的な画家の一人になったという。何点か作品は観たことはあると思うのだが、正直あまりよく知らない画家ではある。確かにザ・キュビスムといいたくなるような作品。

ジャン・メッツァンジェ - Wikipedia

 このコーナーの最後に古賀春江の作品が2点展示されている。

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『無題』   『素朴な月夜』

 『無題』はまさにキュビスム的、『素朴な月夜』はシュールリアリズム的な趣がある作品。この人は新しい絵画の潮流の影響を受け、それを自ら実践し続けた人だとは思うのだが、どれも模倣、習作の域を脱しきれていないような気もする。なまじ画力があるのでなんでも描けてしまう。革新的な技法をなんなく作品として描き切ってしまうのだが、彼の本質っていったいなんなんだろうと時々思ってしまう。

 絵の鑑賞でちょっとお腹いっぱいになった時を小休止してアーティゾンの雰囲気に浸るのもいいかもしれないと思ったのは、階下への移動途中の館内から外を見たりできるからだと思う。

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 その他で気になったもの。まずはカンディンスキー

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『3本の菩提樹』(カンディンスキー

 画面から音楽のリズムを感じさせるような抽象画を描いたカンディンスキー32歳の時の作品。パッと見の印象はフォーヴィズム風、歩道の輪郭線の赤はちょっとゴッホっぽいとか。結局、画家は様々な表現を経てオリジナリティを獲得していくということなんだということを改めて思ったりもする。

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『単眼鏡』(アレクサンダー・コールダー)

 ほんとうにどうでもいいことだが、これまでこの人をずっとアレクサンダー・カルダーとして受容していた。なので作品名の横にコールダーとあるのでちょっと混乱した。

 この人を多分最初に観たのは川村美術館だったけど、そこでは当然のごとくカルダーと表記されていたし、それ以後どこの美術館でも一応この人はカラダーだった。なのでこのコールダーという表記に違和感感じて、作品鑑賞の気が散ってしまった。

 スペルはAlexander Calder、まあ普通に読めばカルダーだけど、Google先生とかで確認すると発音的にはコールダーみたい。アートだけでなく、文学や人文科学系の翻訳なんかでも、役者によって著者や作家の表記が異なることはけっこうあるのだけど、こういうのは混乱する場合が多い。学者や学芸員の拘りとか、より原語の発音に近いうんぬんはあるだろうけど、このへんはより一般的、すでに普及している表記でやって欲しいような気もしないでもない。自分のような素人さんは作家名を覚えるだけでもけっこう大変な訳なので。

 しかし、この美術館もコロナで休館となるのは残念だ。ウィークデイということもあるけど、感染対策はけっこうしっかりしている。時間指定予約で入場者数は絞られているので密になることはほとんどない。さらにいえば美術館で大勢がぺちゃくちゃしゃべってるっていうのはあまりない。まあ混雑したトーハクとか東美なんかでは、それに近いことあるにはあったけど。

 なので、アーティゾンも含めて美術館の休業というのは本当に意味がないような気がする。まあよくいわれるけど、満員電車がそのままなのに、なんで美術館がという思いが強い。まあ早く再開されることを祈る。

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