マラドーナ死去について

 マラドーナが死んでもう一週間になろうとしている。

 60歳、まだ死ぬ年じゃないと思いつつも、アル中、薬中であの太り方、多分成人病のデパートみたいな風だったから、遅かれ早かれそういう知らせが届いても仕方なかったのかなと思ったりもする。

 マラドーナは多分、自分にとっては初めての年下のサッカーアイドルだった。喩えは悪いけど女性アイドルなんかだと、自分が高校くらいまではみんな年上のアイドルが普通だった。岡崎由紀から始まって南沙織とか天地真理とか。多分、キャンディーズとか浅田美代子あたりが初めての同い年のアイドルで、例の中三トリオあたりが年下のアイドルとして出てくる。

 サッカーでもアイドルというか、スターはみんな年上だったところに現れたのがマラドーナだったか。多分、彼のことを知ったのは多くの日本人がそうだったように、1979年のワールドユースだった。小柄できゃしゃな体格ながらテクニックは抜群で、彼がボールを持つととにかく誰も奪取できない。ドリブル、キラーパスとすべてにわたって抜きんでた存在だった。

 その後の記憶では、金額欄が白紙の契約書でバルセロナに移籍したとかそういう伝説の後、欧州で活躍を続けていたが、テクニックはあるけど独りよがりのプレーも多く、ファールを受けて倒される時間も多かった。もっともマラドーナは晩年までほとんどの試合で激しいチャージを受け、ボールを持っているか、パスを出すか、シュートを打つか、倒されるか、みたいな感じがした。試合によっては倒されて悶絶するシーンが多いなんてこともあったように思う。多分、これは記憶とイメージの問題。

 その独りよがりのプレーの集大成は1982年のスペイン大会だったか。マラドーナは倒され続け、最後の最後に報復プレーで退場となりピッチを去った。それから4年後、メキシコ大会で彼は頂点に立った。あの大会はマラドーナによるマラドーナのための大会と形容されることが多いけど、実際あのときのアルゼンチンはマラドーナを引き立て、彼の能力を最大限に活かす、そういうチームだった。フォーメーションはこんな感じだっただろうか。

           バルダーノ

     マラドーナ 

エンリケ          ブルチャガ

       バチスタ

オラルコティエチア        ジュスティ

     ルジェリ      クラウセン

        ブラウン

  このチームは3バックの3人とマラドーナ以外はほとんどの時間汗をかきピッチ上を走り回っていた。3バックは守備に専念、そしてマラドーナは攻撃だけに参加という具合だった。こと攻撃に関してはとにかくマラドーナにボールがわたり、彼から展開される。マラドーナが守備をしないため、バチスタ、エンリケ、そしてとくにブルチャガに激しい運動量が求められた。そして彼らはそれに応え、マラドーナが決定的な仕事をするためのサポートを行っていた。

 多くの試合でマラドーナは相手チームからの激しいマークにあいチャージを受けた。ただし最初のボールタッチですぐにボールをはたき、バルダーノやブルチャガにパスを回し、あまりドリブルで仕掛ける時間は少なかったので、例の倒されて悶絶シーンは以前よりも減っていたと思う。そして彼がピッチ上で倒れることが少なかったのが例のイングランドとの準々決勝だと思う。

 イングランドはもともと激しい試合をするがファール、特にプロフェッショナル・ファールが少ないチームだった。この試合でも特定の選手をマラドーナのマークにつけなかった。改めて見返してみるとマラドーナはふだんの試合に比べてピッチ上に倒れることが驚くほど少なかった。

 前半、圧倒的にアルゼンチンが攻めているが、それでも決定的な時間は少なかったし、守備に専念して後半勝負という戦術が徹底されていたのだと思う。しかし後半、逆にマラドーナにやられてしまった。あの神の手ゴールはまちがいなくハンドであり、今ならあれは一発レッドに匹敵すると思うし、世紀の誤審の一つだと思う。ただしあのときマラドーナのマークを外し彼の侵入を許したことが敗因だとも思う。あれはスペースを消し、彼の侵入を体で止めてしまえばよかったのだ。

 あのゴールでイングランドの集中が切れ、それが次の五人抜きに繋がったのだとは思う。それを思うとあのハンドゴールがなければ試合の行方はどうなっていたか。しかしあの五人抜きは抜かれた順にいえば、まずベアズリーからフェンウィック、ブッチャー、リード、シルトンとなる。ブッチャーとリードはペナルティエリア内なので、体で止める訳にはいかない。そういう意味ではベアズリーが抜かれた後のフェンウィックがポイントになる。彼がペナルティエリアの外でレッド覚悟で止めていれば間違いなくあのゴールは防げたのだ。しかし・・・・・、イングランドは紳士過ぎたのだと思う。それがすべてだったのかと思う。

 あの試合、イングランドは攻撃の糸口をつかめないままだった。もっとも前半は徹底して守備に専念していたことも大きい。解説の岡野俊一郎氏は、さかんにホドルとリードがどっちがメインで中盤を作るのか、役割分担がはっきりしていないと話していた。そしてリードがワドルと交代したことによって中盤はホドルが作るという役割が明確になり、リネカーの1点に繋がったと解説していた。

 これは正直まったく的外れだと思う。リードは守備的MFであり、ホドルは攻撃的MFだ。役割分担ははっきりしている。ただし前半に関していえば、ホドルもまた守備に時間を費やすようなゲームプランになっていただけのことだ。後半2点のリードされたこともあり、リードとクリス・ワドル、スティーブンとバーンズを交代させた。交代メンバーはいずれもウィングタイプであり、サイドからの攻撃の徹底がプランされた。多分、ホドルは攻撃に専念するどころかやや下がり目からパスを供給することになったと思う。とにかく点を取り返すことが必要だったのだ。

 すべてにおいてタラレバになってしまうが、もしも神の手ゴールが認められなければ、マラドーナがイエローかレッドをもらっていたら、あの試合の展開は変わっていただろうし、マラドーナのキャリア自体も変わっていたかもしれない。

 とはいえマラドーナが20世紀の偉大なプレイヤーであることだけは変わらない。キャリアの晩年の頃だったか、ブラジルとの代表戦で浮いたボールをあの分厚い胸でトラップして後ろにそらし、反転して相手を抜き去ったプレーを観たことがある。あれをあのタイミング、あのスピードでできるのは彼だけだったと思う。

 とはいえ、彼はまたサッカーの牧歌的な時代に存在したスーパースターだとは思う。現代のサッカー、スペースのつぶし合いと、とにかく相手をフリーにしないゲームの中で彼のテクニックは限定的でしか活かされないかもしれない。

 20世紀の偉大なスーパースターに追悼の意を捧げます。


マラドーナ 神の手・5人抜き イングランド VS アルゼンチン  (86` FIFA WC メキシコ大会


伝説の名実況 「マラドーナの5人抜き」 NHK山本アナ