リプシュタット博士の講演

 Twitterのタイムラインに流れてきた。映画「否定と肯定」のモデルでもあるデボラ・E・リプシュタット博士の講演である。タイトルは「Behind the lies of Holocaust denia」。

www.ted.com

 丁寧に日本語字幕もあり、またYuko Masubuchiという方がテキストの翻訳もされている。その中で心に残ったのは、以下の言葉だ。

「彼らの嘘を事実と同列に扱ってはいけません」

「相対的な真実などありません」

「最も重要なことは真実と事実が『攻撃』されているということです」

 リプシュタット博士の著作は文庫になっている。

 

否定と肯定 ホロコーストの真実をめぐる闘い (ハーパーBOOKS)

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 映画の方はこちら。

 

否定と肯定 [DVD]

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  最期に自分へのメモとしてYuko Masubuchi氏の翻訳をあげておく。

ホローコースト否定論の嘘の背後にあるもの

Behind the lies of Holocaust denial (Deborah Lipstadt | TEDxSkoll)

 

デボラ・E・リップシュタット

Translatedby Yuko Masubuchi

Reviewed by Riuška Poništova

 

 今日は皆さんに「嘘つき」と「訴訟」と 「笑い」の話をします。 ホロコースト否定説について初めて聞いた時、私は笑ってしまいました。ホロコーストの「否定」ですって? 大量虐殺事件の中でも世界一記録が充実している、悪名高きあのホロコーストを否定して一体誰が信じるのでしょう?

  考えてみてください。もしも否定者らが正しいなら、誤った証言していることになるのは誰でしょうか? まず犠牲者が挙げられます。自らの悲痛な体験を証言した生存者たちです。 他には誰がいるでしょう? 目撃者です。東部戦線の数多ある街や村や都市の住民が目の当たりにしたのは、隣近所に住む人々が老若男女問わず一斉に検挙され、街の外れまで連行された揚げ句に銃殺され野ざらしにされる姿でした。そしてポーランド人もです。絶滅収容所近郊の町や村に住んでいた彼らが、毎日のように目にしたのは大勢の人を詰め込んだ列車が収容所へと向かい、空っぽになって戻る光景でした

  しかし何よりも重大な誤証言は、誰のものになるでしょう? 加害者たちです。こう証言する人々です。「我々がやった」、「私がやった」、こんな一言が続くかもしれません。「やむを得なかった、強要されたんだ」。それでもやはり「私がやった」とは言うのです。

 考えてみてください、第二次世界大戦終結以降の戦争犯罪裁判において、「そんな事実はない」と言う戦争犯罪者は 、どの国にもいません。「やらされた」とは言っても 、「なかった」とは言いません。その時は じっくり考えた結果、この件は放っておくことにしました。私には研究や論文や心配事などもっと大事なことがあるしと、気持ちを切り替えました。

 それから10年と少し経った頃、2人の偉い学者から-ホロコースト研究で最も著名な歴史学者である2人ですが― 声をかけられました。

「一緒にコーヒーでもどうだい? 君にぴったりな研究課題があるんだが」

 私を見込んでわざわざ課題を持ってきてくれたことに、好奇心と自尊心をくすぐられて「どんな内容ですか?」と尋ねました。

ホロコースト否定説だよ」

 笑ったのはこれが2度目でした。ホロコースト否定説? 地球平面説の類? プレスリー生存説みたいな? そんなこと言っている人たちを調べろと? するとこう言われました。

「そうとも 興味があるんだ 一体 何者なのか? 何が目的なのか? どうやって人々を納得させているのか?」

  そこでこう思いました。教授たちが調べる価値があると考えるなら、ちょっとの間、気晴らしにやってみよう。1年か2年、長くてせいぜい4年、学術界では数年は「ちょっとの間」ですから。

  学者は仕事はとっても遅いのです

 よし調べてみようと思い、研究を始めました。その結果、いくつかの結論を導き出しました。その中の2つを皆さんにお話しします。

  1つは、否定者は「羊の皮を被った狼」であるということです。本質はナチスやネオナチと同類です。「ネオ」を付けるかどうかはお任せします。ただ見た限りでは、ナチス親衛隊のような制服を着ているわけでも、壁に「かぎ十字」があるわけでもなく、ナチス式敬礼「ジークハイル」をやる人もいませんでした。代わりに出てきたのは、いかにも立派な学者さながらに振る舞う人々でした。

  彼らには何があったかというと、研究所を作っていました。その名も「歴史見直し研究所」、一見、それらしい機関誌も出していました。『ジャーナル・オブ・ヒストリカルレビュー』、脚注のびっしり入った論文が詰まった機関誌です。

 新たな呼び名までありました。「ネオナチ」ではなく、「反ユダヤ主義者」でもありません、「修正主義者」です。口上はこうです、「我々は修正主義者である。我々の目的はただ1つ、誤った歴史認識を修正することだ」。

 しかし、うわべをはぎとり少し内側を覗くと、本性が見えます。何が見えたと思います?当時と変わらぬヒトラー賛美に、第三帝国反ユダヤ主義、人種主義や偏見への賞賛でした。関心を惹かれたのはそこでした。反ユダヤ主義、人種主義、偏見が、いかにも理性的な説の姿を装っていたのです。

  もう1つ発見したことがあります。私たちはよく、物事には事実と見解がある、という考え方を教えられます。しかし否定者たちを研究してから考え方が変わりました。「事実」があって「見解」があり、そして「嘘」があるのです。否定者たちのもくろみはこうです。まず自分たちの嘘を「見解」として装います。例えば「斬新な見解」や「型破りな見解」といった調子です。しかしその後、これは「見解」だから議論すべきだと言ってきます。その後否定者たちは事実を歪めます

  私は研究内容を本にして出版しました。『ホロコーストの真実―大量虐殺否定者たちの嘘ともくろみ』、この本は世界各国で出版されました。ここイギリスでは、ペンギンブックスから出ました。出版社とのやりとりも済んで、次に移ろうとしていた時です。ペンギンブックスから手紙が届きました。

 私は笑ってしまいました。これで3度目でした。実は笑いごとではなかったのですが、封筒を開けるとデイヴィッド・アーヴィングがホロコースト否定者と呼ばれたことに対して、イギリスの法廷で私を名誉毀損で訴えようとしているという知らせでした。

  私を訴えるというデイヴィッド・アーヴィングとは何者でしょうか?デイヴィッド・アーヴィングは歴史著述家です。著書のほとんどは、第二次世界大戦についてです。著書のほぼ全てにおいて展開している主張が、ナチスは実はそんなに悪ではなく、連合国は実はそんなに善ではなかった、というものです。ユダヤ人に何が起きたにしても、まあ自業自得だったのだという主張です。証拠資料があることも承知で、事実を知りながらもどうにか歪めて、こういった結論を出していたのです。昔から否定者だった訳ではありません。

 しかし80年代後半に、否定説を非常に精力的に支持するようになりました。

  私が笑ってしまったのは、この男がホロコーストを否定するだけでなく、否定説に誇らしげだったからです。こんなことを言った男です。「私が戦艦アウシュビッツを沈める」。さらに生存者の腕に掘られた数字のタトゥーを指さして、「その腕のタトゥーで今までにいくら稼いだ?」と言い放った男です。

 こんなことも言った男です。「ケネディ上院議員のチャパキディック事件の犠牲者は、アウシュビッツガス室の犠牲者よりも多い」。これはアメリカの事件ですが、事実かどうかは調べてみてください。まったく恥も外聞もなく、ホロスコートを否定していた男です

  さて、たくさんの学者仲間にこう忠告されました。「そんな奴、相手にするな」と。名誉毀損訴訟は無視できないと説明すると、「一体誰が彼を信じるというのか」と言われました。しかし問題がありました。イギリスの法律では、被告つまり私の側に立証責任があるのです。自分が言ったことが真実だと、証明しなくてはなりません。これとは対照的に、アメリカやその他多くの国々であれば、原告側である彼に立証責任があります

  つまりこういうことです。私が戦わなかったとしたら、自動的に彼の勝訴になるのです。そして彼が勝訴した場合、こんなことを言っても正当な主張になってしまいます。「デイヴィッド・アーヴィング版ホロコーストは正規の見解である。デボラ・リップシュタットは私を否定者と呼び、これには名誉毀損が成立した。したがって私デイヴィット・アーヴィングはホロコースト否定者ではない」。

 アーヴィング版とはこんな内容です。「ユダヤ人虐殺計画は存在しなかった。ガス室も存在せず、銃による大虐殺もなかった。ヒトラーはこの惨劇に一切関連していない。これらは全てユダヤ人のでっち上げである。ドイツ人から金をせしめ、ユダヤ人国家を作るのが目的だ。ユダヤ人は連合国の支援と協力の下、資料や証拠をねつ造したのだ」。

  これを黙認してしまったら、生存者や生存者の子供たちに顔向けができないと思いました。これを黙認してしまったら、歴史学者として失格だと思いました。というわけで戦いました。映画『否定と肯定』をまだ観ていない人は、ネタバレ注意ですよ。

 私たちが勝ちました

  判決はこのような内容でした。「デイヴィッド・アーヴィングは嘘つきであり、人種差別主義者であり、反ユダヤ主義者である。偏向した歴史観を持ち、嘘を並べ、真実を歪めた。そして最も由々しきことに、これを意図的に行った。」

 私たちが示したパターンは、25件以上の目立った実例から導き出されました。些細な誤りではありません。会場には執筆経験のある方も多いと思いますが、間違いはつきものです。だから再版はありがたいのです。誤りを修正できますからね。

  しかしこのケースでは、どの例も方向性は同じでした。ユダヤ人を非難し、ナチスの無実を主張するものです。

  ではどうやって勝ったかというと、アーヴィングの脚注を辿り、情報源を突き止めたのです。こうして判明したのは何かというと、大多数の事例でも、圧倒的多数の事例でもなく、何らかの形でホロコーストに触れていた全ての事例において、証拠であるとされたものは歪められており、部分的な真実であっても日付は書き換えられ、順序は並べ替えられ、議事録には出席してもいない人物が加えられ、つまり証拠など存在しなかった、ということです。出された証拠では証明にならなかったのです。

 私たちは「何が起きたか」ではなく、アーヴィングが事実であると主張した内容も、ついでに全ての否定者の主張も-アーヴィングが彼らを引用するか、逆に引用されるかのどちらかですから-誤りだと証明しました。彼らの主張を立証する証拠がなかったのです。

  さて、私の話は単なる物語にとどまりません。奇特な6年にもわたる長く困難な訴訟の物語-アメリカ人の大学教授が、法廷闘争に引きずり込まれ、相手には「ネオナチの論客」という判決が下る-そんな物語では終わりません。

 どんなメッセージがあるのか?真実とは何かという話においては、実に重要なメッセージが込められています。なぜなら現代では皆さんご存知のように、真実や事実は言わば「攻撃」を受けているからです。ソーシャルメディアが様々な恩恵をもたらしながらも、同時に招いてしまった事態があります。「事実」、それも客観的な既成事実と「嘘」との違いがなくなり、同列になってしまったのです。

  そして3つ目が過激主義です。KKKの白装束という形や十字架を燃やす儀式としては表れず、あからさまに白人至上主義者的な言葉さえ聞かないかもしれません。「オルタナ右翼」や「国民戦線のように呼び名は様々ですが、しかし根底にはいかにも理性的な説を装うホロコースト否定説に見られたものと同じ過激思想なのです

  今の時代、言ってみれば「真実」は「防御態勢」にあります。最近、『ザ・ニューヨーカー』に載った- クイズ番組を題材にした風刺漫画を思い出します。司会者が出演者の1人に言います。「はい、あなたが正解です。でも対戦相手の方が 大声で叫んだので 彼のポイントになります」。

  私たちには何ができるのか? まず始めにもっともらしい見た目にだまされないこと。その下の中身に目を向ければ、過激主義が隠れているのです。そして次に 「相対的な真実」など存在しないと理解しなくてはなりません。3つ目に、私たちは「攻め」に回らねばなりません。「守り」ではいけません。誰かが荒唐無稽な主張をしてきたら、相手がその国で一番偉い立場の人だったとしても、世界一偉い人だったとしても言わねばなりません。「証拠はあるのか?根拠は何なのか?」言質を問わねばなりません。彼らの嘘を事実と同列に扱ってはいけません。

  先ほども言いましたが、相対的な真実などありません。私たちの多くが、高等教育を受け、良識あるリベラルな世界で育ち、何にでも議論の余地があると教わりました。しかし、それは間違いです。確実に真実であるという物事は存在し、紛れもない事実や客観的真実もあります。何世紀も前にガリレオが教えてくれたことです。地球が太陽の周りを回っているという持説をバチカンに無理やり撤回させられた後も、彼は意見を表明しました。何と言ったと伝えられていますか?

「それでも地球は回っている」。

 地球は平らではありません。気候は変動しています。プレスリーが生きているわけありません。

  最も重要なのは、真実と事実が「攻撃」されているということです。私たちの目の前にある-私たちに課された-目前に迫る困難は重大です。戦える期間は短いのです。今、行動しなければなりません。後からではもう手遅れなのです

  ありがとうございました。