ジョーンの秘密

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https://www.netflix.com/browse?jbv=80202772

 Netflixで観た。戦時中から戦後にかけてKGBのスパイとしてイギリスの原爆情報をソ連に提供したメリタ・ノーウッドの事件に触発されて、ジェーン・ルーニーが書いた小説『レッド・ジョーン』を映画化した作品。

 ノーウッドは英国非鉄金属研究協会に採用され秘書として従事し1972年に引退しているが、ノーウッドをモデルとした主人公ジョーン・スタンリーは優秀な物理学者で、イギリスの原爆開発責任者の秘書、協力者、愛人となっている。

 物語は2000年前後、引退している普通の老女がスパイ容疑で逮捕されるところから始まり、彼女の学生時代のロマンスや原爆開発に従事する場面と現在が交互に描かれている。

 ウィキペディアによると批評家の評価はかなり低いようだ。

ジョーンの秘密 - Wikipedia

批評家の一致した見解は「魅力的な実話を当惑するほど退屈な形でドラマ化した『ジョーンの秘密』は、その物語の驚くべきストーリーを、そしてジュディ・デンチの圧倒的な才能を無駄にしている。」

 自分はどうかというと、さほど退屈とは思わなかったしけっこう面白かった。主演のジュディ・デンチ(007シリーズのM役)の圧倒的な演技と若い頃を演じるソフィー・クックソンがけっこう魅力的だ。ある意味二人の演技だけできっちりもたせてくれる。

 ただし筋立てというかストーリー展開はやや粗い。原作小説を読んでいないからなんともいえないけど、この映画に関していえばちょっとスパイものとしては無理筋かなという気もする。

 ジョーンがKGBの情報提供者となるのは、ケンブリッジの学生だった頃にドイツから逃れてきたロシア系ユダヤ人のレオと知り合い恋愛関係になったからだ。そのレオをジョーンに紹介したのはケンブリッジの女子寮で仲良くなったソニア。ソニアはジョーンを共産主義者系のサークルに誘い、そこでジョーンはレオと知り合う。

 ジョーンは物理学専攻の女子学生で、周囲には彼女以外に女子学生がいない。1930年代のケンブリッジに女性が入学するのもかなり狭き門だし、さらに理系となるとほとんど皆無に等しい。そういう場で孤独な学生生活を送るジョーンをソニアやすやすと共産主義系サークルに誘い込む。なんかこういう古典的なオルグはけっこうリアリティを感じさせる。自分らが学生時代にもある意味、こういうオルグって、けっこうアルアルだったからだ。

 しかしジョーンが原爆開発関係の部署に就職し、そこで開発責任者の秘書となるにあたって、こういう経歴は徹底的に調べられるはずである。彼女が物理学専攻だったため開発責任者の信頼を得るのはわかるけど、イギリス情報部がまったくノーマークにしているのが理解不能だ。普通だったら学生時代の交友関係や、どういう思想信条の持ち主、あるいは以前はどうだったかなどを調べるはずである。ケンブリッジ出の女性秘書がやすやすと原爆開発に参加し、その情報をやすやすと入手する。これはちょっと無理があると、まあル・カレの小説を読んできた自分などはそう思ってしまうわけだ。

 そういう意味でいうと、細部のリアリティが徹底的に欠けている映画といえるかもしれない。それでいて面白く観てしまうのは、よくできた恋愛映画でもあり、激動の世界大戦とその後の連戦時代に原爆開発の現場にいた(という架空の設定)女性の半生というのが、なんとなく面白く感じられるからだ。

 ジョーンがソ連に原爆情報を提供したのきっかけになるのが、ヒロシマへの原爆投下の惨劇というのが、多分この映画あるいは原作小説のミソ=主題なのかもしれない。核の均衡を作りたいというある種のファンタジーである。そのへんはけっこう面白く受け止めることはできた。

 しかし戦中戦後、理想に共鳴して共産主義運動に関わった多くの若者たち、それらを冷徹な政治的リアリズムから利用した連中が多数いたことだけは忘れてはいけないのだろうと思う。一義的にはソ連共産党でありKGBである。ただし一方の反共産主義の立場にある自由主義陣営にも、若者の理想を弄んだ者、機関が多数あったのだと思う。