妻の失職

後一月半ほどだけど、やっぱり妻の復職は難しそうだ。単純に都内までの通勤が難しいということもある。近距離を杖歩行できるといっても、やっぱり方麻痺、左上肢、左下肢機能全廃なのである。とにかく単独での移動は相当にしんどい。やっぱり駅までの歩行にしろバスにしろ、それから電車に乗って都内の会社までというのはどうにもクリアできそうにない。
さらに良くなったとはいえ、脳をやられているのだ。注意障害全般も改善されているとはいえ、まったくなくなったかといえば全然そういうことはないのだ。
妻が入院してた頃にさかんに読んだ高次脳機能障害の本とかをおさらいすると、「注意」には四つの機能があるということだった。

1)注意の持続
 注意力や集中力を持続させながら一定の行動を行うこと。一つの物事を「長く続けられる力」のこと。
2)選択性注意
 身の回りのいろいろな刺激の中で、一つの刺激を選択してそこに注意を向けて行動をおこなうこと。本棚の中から自分が欲しい本を見つけられるような力。
3)同時処理
 一つ以上の刺激に対して、同時に注意を向けて行動を行うこと。ようは一度に二つ以上の事に注意を向けることができること。同時に二つ以上の処理を行う力のこと。
4)注意の転換
 一つの行動=刺激から別の行動=刺激に注意を転換できること。

それぞれ発病当時はそうとう重い症状がでていた。国リハに入院して最初に担当看護師が幾つかの知能テスト、心理テストを行った時に、横でみていてこんなことも判らないのかと改めて思い知らさせたことがあった。六ヶ月近くのリハビリ、特にOTや心理テストなんかでずいぶんと改善されたとはいえ、退院当初はまだまだという感じで、元気だった時の3割程度かな〜とも思ったものだ。
自宅でもあんまりリハビリとか手伝っていないし、一人でできることなんかはひどく限られてしまうけど、たとえば200ピースくらいのジグソーパズルややったり、クロスワードパズルの雑誌とかにこった時期もあって、「注意の持続」についてはずいぶんと改善されたんじゃないかと思う。
でも、選択性注意は例えば本屋とかにいってもやっぱり背表紙だけのタイトルではなかなかお目当ての本を探せないし、同時処理や注意の転換についてはまだまだだと正直思う。もっとも最初の頃は注意の転換についていえば、私と電話で話していてピンポ〜ンとインタホーンがなり何かの営業だか集金だかが来て、それに答えた途端私と電話で話していたことを忘れたしまうなどという失敗もあったけど、さすがにそういうのはなくなったと思う。
とはいえいざ仕事となると、特に彼女がやっていた経理事務みたいなこととなるとまず難しいだろうと思う。まかされていた固定資産管理なんかをそのまま復帰してやることができるだろうか。
例えば自分の仕事についてみても、一応部下というか下についている人たちの仕事の状況とかにそれなりの目配せしながら、自分自身それなりに持っている仕事もかたずける。日によって違うけど、親会社の様々な人、各営業担当や管理部署から様々な依頼とか問い合わせとかを受けてそれを様々に交通整理している。さらに得意先からもいろいろ依頼や時にはクレームとかの電話はあるし、それをまあそれなりにこなしていく。さらには上司筋からのいろいろとイレギュラー系業務も入ってくる。まあ上司は思いつきでものをいうのが常だからね。
なんかそうやって書き出すとおそろしく入り組み込み合っているけど、まあ仕事なんてそういうもんだろう。さすがに歳だから、最近は冗談半分チキンヘッドを自称して、「俺、今なにやっていたっけ」なんて笑かしやってみたりするけど、けっこう同時に三つ四つのこと進行させるなんてまあ普通にやっている。よほどの単純作業系でない限り仕事なんていうのはまあそういうものなんだ。
家事仕事とかでも世のお母さんたちは、料理を何品か同時進行させ作りながら小さな子どものの行動とかにも目配せしたりと様々に注意を払っている。
妻にはどうしてもそういうところが、注意がうまく繋がっていかないところがあるのだ。それを理解してくれるような職場であれば、なんとかなっていくかもしれない。でもことビジネス現場ではどうだろう。私のいる会社なんかは、けっこう管理がゆるくて甘々なところがあるから、ひょっとしたら受け入れられるかもしれない。でも器というか根性が小さい奴が多いから別の部分で駄目かもしれない。それじゃ、妻の会社はというと、けっこうシビアな人事管理やっているところらしいから、なかなか難しいのではとも思うわけだ。
妻も時期が近づくに連れて以前ほど、職場復帰に対するモチベーションはなさそうで、私が復帰は難しいんじゃないかと言うと、「多分駄目かも」みたいな返事をするようになってきた。もともと仕事が大好きという人間じゃないし、家でごろごろするのは仕事している時には、一つの夢みたいな部分もあったような節もあるのだから。
先日、脳外科でMRIを撮ってもらい、その画像を診ながら医師から説明を受けた時にも、改めてその梗塞の後の大きさを思ったものだった。前頭葉から頭頂葉および右側頭葉にかけての大きな梗塞の後。この部分の脳細胞が死んでしまっているのだ。だからこそ左側上肢、下肢の完全麻痺なのである。前頭葉から頭頂葉をやられているからこその注意障害でもあるのだ。国リハの主治医がいっていた、あんまり無理せず、急がずに家事を中心とした形での主婦として社会復帰することを目指すのが一番いいという言葉。それが現実的なことなんだろうと思う。
もちろん妻が興味を持って、さらに妻を迎え入れてくれるような環境があれば、できるだけ外の社会に出て行くべきだとは思うのだが。