低賃金労働ありき、脱却を

 昨日の朝日朝刊3面に載っていた記事。

(8がけ社会)インタビュー:上 低賃金労働ありき、脱却を 歴史社会学者・小熊英二さん:朝日新聞デジタル

 そもそも「8がけ社会」とは。

「8がけ社会」とは高齢化がさらに進むのにそれを支える現役世代が2割も減る2040年。

 小熊英二社会学者で慶応大の教授。ウィキペディアによればギタリストでもあるとか。たしかもともともは岩波書店の編集者だったと記憶している。奥さんも含めバンド組んでいたのではないか。

小熊英二 - Wikipedia (閲覧:2024年1月16日)

 新進気鋭の社会学者という触れ込みだったがもう61になるとか。分厚い『1968』が出たの2009年、もう15年も前のことになるのか。あの髪型も若手学者ということで異彩を放っていたが、すでに還暦超えとなると多少微妙かもしれない。まあこれはどうでもいい話だ。

 このインタビュー記事はもともとはネット連載記事「8がけ社会」の6回目として1月6日に出ていた記事の要約版でもある。

低賃金労働に慣れきった社会通用しない 小熊英二さんが考える選択肢:朝日新聞デジタル (閲覧:2024年1月16日)

 

 以下、気になる部分を引用。

 ——労働力不足が問題になっています。

 日本では最近の現象です。敗戦後は人口過剰の方が問題でしたし、1970年代までは地方の農林自営業から労働力が供給されていました。また女性・高齢者・若者が家計補助の縁辺労働力と位置づけられ、各種の低賃金労働を担っていた。

 欧米諸国はすでに20世紀半ばには農村からの労働力供給が期待できず、移民を入れていた。日本は、特定の産業には90年代から技能実習生を入れましたが、全体的な労働力不足が深刻化したのは2010年代以降です。

 かっての集団就職ではないが、地方から若年労働者が都市に集中することで、安い労働力として日本の労働市場を支えていたということか。さらには女性や高齢者が補助的な低賃金労働を担っていたと。そのため日本の労働力不足が問題が喧伝されたのは21世紀に入ってからという。これはなんとなく納得できるかもしれない。たしかに労働力不足はなにかいきなりやってきたような気もしないでもない。

 一方でこのインタビューでは、段階世代の定年が始まったいわゆる2007年問題への言及がない。実際、団塊世代が60歳となる2007年問題は、多くの企業が定年を65歳まで延長したこともあり問題は先送りされ2012年問題となった。小熊が労働力不足が深刻化したのは2010年代以降とするのは多分そうした背景があるのかもしれない。

 ――女性労働力は期待できませんか。

 意外かもしれませんが日本の女性労働参加率はすでに米国やフランスより高い。問題なのは、その過半が低賃金の非正規雇用であることです。正規雇用の場合も女性は低賃金で勤続年数の短い介護・福祉業界が多い。

 これは意外だったかもしれない。日本の女性労働参加率は欧米よりも高いと。しかしその内容は低賃金の非正規雇用であり、介護・福祉業界に多いと。家事労働=いわゆる不払い労働を労働参加としてカウントするかどうかによって、この評価は大きく変わってくるかもしれないが、不払い労働も労働であるとすれば、戦前から女性は多くの労働に従事していたのかもしれない。

 さらにいえば、家事や子育てだけでなく、介護についても家庭で女性がみるというのが一般的だったこと、それを日本の伝統的社会の美点と評価する保守主義が横行していたこともこの日本的型の女性労働参加に繋がっていたのかもしれない。

 いよいよ高齢化社会がクローズアップし、家庭での介護が破綻、介護保険の導入により、老健施設などで介護が行われるようになっても、結局のところかって家庭で介護労働に携わっていた女性が、そのまま低賃金で介護・福祉労働にスライドしたというのが、この国の実相なのだ。

 

 こうした状況認識のうえで小熊は三つの選択肢を提示する。

① 移民によって地方の労働力不足を補填する

  • 従来の延長で移民により地方の農水産業や繊維産業を支える。そのためには現在の技能実習生のように企業や地域間の移動を制限する必要がある。

② 移民の地域移動を認める

  • 地方の低賃金産業の維持をあきらめ、移民の地域移動を自由にする。移民は都市部でサービス業など低賃金産業に就くがそれでも地方よりも賃金が高い。

③ 国内に低賃金労働を残さない

  • 最低賃金を2千円に上げれば、低賃金で維持されている産業は合理化を迫られる。ス ーパーはセルフレジ、外食は高価なレストランか自動販売機でという、欧米の大都市に近い形になる。
  • 福祉サービスは、私企業が高い料金で運営するか、北欧のように税で地方政府が担うか、介護保険料を上げるか。

 

 これは移民を積極的に受け入れた移民国家によって労働力を補っていくかという選択肢が第一にある。欧米、イギリスやドイツ、フランスなどはみなそういう道を歩んでいる。しかし単一民族で島国という日本の風土にあって、移民国家を形成するのは至難の業ではないかもしれない。

 近年、外国人労働者が増えたとはいえ、まだまだ彼らをよそ者として蔑視するような偏狭な部分もある。外国人労働者も様々だが、多くの者が自国語と英語を話し、日本語もカタコトであったり、流暢であったりとあるが、生活のために身に着ける者が多い。ある意味では日本の一般市民よりもインテリな者も多かったりもする。

 言葉の問題は重要だ。もっと早くから第二言語として英語教育を徹底していれば、このへんはクリアできたかもしれないが、これからそれを充実させるとしても即応できる問題でもない。

 そしてこれも重要な問題だが、ずっと続く日本経済の円安誘導政策によって、日本の賃金は国際競争力を失っている。外国人にとってもはや日本は魅力的な社会ではないのではないかという問題がある。

 国内の低賃金労働を残さないというシナリオはどうか、これは指摘されるように福祉サービスを私企業による高い料金で運営か介護保険を値上げするという、高負担を求めることだ。そうなるとサービスを受けることができない困窮層が生まれることになる。いまの格差社会、富裕層と貧困層の大きな格差が生じている日本社会にあっては、もはや福祉サービスを受けることが叶わないということなってしまう。

 そうなると結局のところ、北欧のように税金によって自治体が福祉サービスを担っていくということになる。それは累進課税の強化により大きな税負担を伴うことになる。よく言われることだが、北欧のような課税負担が増えれば富裕層は国外流出につながるという例の問題がある。もっとも多くの富裕層は、日本社会にいるからこそ収奪機構の上部に位置できるのであって、彼らが国外に出たとしても、国外で競争力にもまれても勝ち組でいられるかどうかは、ちょっとした留保がつけられるかもしれない。

 いずれにしろ、国民皆サービスを維持し続けるためには、大増税が必要だということは間違いないかもしれない。これをMMT論者、あるいはアベノミクス論者のように、赤字国債の発行で賄うというのは、ちょっと現実的ではないかもしれない。

 

 ――諸外国はどんな選択をしていますか。

 どの国もそれぞれ、賃金を上げる市場化、公務員を増やす公的セクター化、外から労働力を入れる移民国家化という道をミックスしている。

 例えば、米国は市場化も移民受け入れもする一方、21年の有業者に占める公務員比率は15%で、日本の4・6%の3倍にも上ります。スウェーデンは、働く人の29%を女性のケア労働者などの公務員が占めています。

 これも新しい知見だ。自由主義経済の王国ともいうべき米国においても、有権者に占める公務員比率が15%あり、日本の4.6%の3倍もあるという。結局これなんだと思う。日本では公的サービスの民間委託や、非正規や派遣労働などを中心に公務員を減らしてきた。おそらく21世紀に入ってからこの流れは加速している。

 感覚的にはバブル崩壊から、例の失われた〇〇年の間、さらに小泉政権の郵政改革、新自由主義のまん延により、公務員たたき、公務員を減らせ、民間活力の導入といった流れによって、公務員はどんどん減らされてきた。そしておそらく公的サービスはどんどん質、量ともに低減化してきている。

 スウェーデンの働く人の29%が女性の公務員によって占められている。この方向に変えていかなくては日本社会は少子高齢化どころか、前田正子が論じた「無子高齢化」社会*1が現出することは間違いないだろう。

 雇用を増やす。主に女性労働者を公務員として採用する。それも相当数が必要だ。そうでなければ出産や育児、子育て応援などに対応できないのではないか。

 ――日本の人口減少は数十年前から推計されていました。なぜ今まで、効果的な手を打てなかったのでしょうか。

 日本は深刻な労働力不足に陥ったことがなく、切迫感がなかったのでしょう。若い労働力は地方の農林自営業から供給されてきたし、低賃金労働や無償労働は女性がやるから問題ないと考えてきたからだとも言えます。

 さらに逆説的な言い方をすれば、出生率の低下を人権や平等の問題と考えずに、労働力供給の問題としか考えてこなかったことも一因でしょう。

 どうすれば出生率が上がるかの確定的な学説はありませんが、人間として生まれることに希望がもてる社会の方が出生率は上がるでしょう。

 次世代に低賃金労働の供給源として生まれてほしいと考える社会で、出生率が上がるはずがないと思います。

 日本は深刻な労働力不足に陥ったことがなかった。若い労働力は地方から供給され、低賃金労働や無償労働を女性がやるから問題ない。この問題意識の欠如は、日本の伝統的家族観、社会観と相まっている。概ねそれはこれまでの保守党政治家の間で広く共通認識としてあったことだ。

 若年労働者を低賃金で働かせる、女性には家事労働や育児子育て、家庭介護などの不払い労働を押し付ける。そのことによって成立していたのが日本社会だったのだ。女性に産めよ増やせよと出産かかる負荷を押し付け、さらに不払い労働としての育児、子育て、家事労働、介護労働を担わせ、男の給与も全体として下げ続けているから、女性も社会に出て低賃金の労働につけ。それで若者が、女性が、子どもを生み育てようと思うかどうか。

 今現在、急速に進行する少子高齢化社会への特効薬などは多分ないのだろう。でも、今手を打たないと20年後、30年後、日本社会は壊滅的な状態になることはまちがないのだろう。今の福祉サービスをより拡充させ、国民皆保険を守り福祉サービスを等しく享受させるためには、高福祉高負担の道をとっていくしかないのかもしれない。

*1:『無子高齢化 出生数ゼロの恐怖』(岩波書店) 2018年