最近の著者・ライターとか出版事情

 もう仕事を辞めてまるまる3年が経った。さらにいえば、キャリアの晩年はというともっぱら出版物流の方面だったので、いわゆる出版業界の事情、とくに著述業とそのビジネスみたいなところには、そもそも暗かったりする。

 

 ネットで少々名前の知れた著述家という人のことをちょっと調べようとした。するとこの人、著作が1点しかない。知名度や影響力からするともっと著作ありそうな気がするのだが、いわゆる紙の本の類は1点のみである。

 それでは雑誌とかに寄稿しているのか、連載とか持っているのかというと、それも現在はほとんどないようだ。それでいてそこそこの知名度はある。この人、著述家というがなんで食っているのか。少し調べると有料メルマガなどの配信をメインでやっているようである。

 有料配信で記事を発信する。ある意味自分で雑誌をやっているようなものである。おそらくメルマガにも広告が入ったりする場合もあるかもしれない。ようは一人雑誌を行っているということだ。

 有料メルマガは一回あたりいくらという形もあれば、毎月配信で年間購読みたいなものもある。ライターは自分自身の論考なりルポなりを配信するが、場合によっては他のライターに依頼したり、寄稿してもらうこともある。まさにネット配信による雑誌だ。しかも紙や印刷という経費もかからないし、取次や書店のような流通経費もかからない。うまく当たれば、一定の定期読者を獲得、維持できれば、ちょっとしたビジネスになる。

 紙媒体はネットに押されて壊滅状態にある。特に雑誌の売り上げは年々低落の一途を続けている。たしか出版売上における雑誌の比率が書籍を下回ったのは2016年あたりだったか。それまで儲からない書籍を雑誌の売上でカバーするというのが出版ビジネスの常だっただけに、それはもう出版業自体に死刑宣告されたも同然だった。

 雑誌の売上の凋落は一にも二にもネットの拡大だ。まずは雑誌が得意としていた情報ビジネスがネットに取って代わられた。そして雑誌の売上部数が大きく落ち込むとともに、広告も雑誌からネットにシフトしていった。それによって雑誌は完全にオワコンと化した。

 さらにいえば書籍ビジネスもネットによって大きな影響を受けた。かっては言葉を調べるのは辞書、辞典に寄ったのだが、今ではネット検索で一発である。もはや辞書をひくという言葉自体が死後になりつつある。そして実用書とかそうした部類にあっても同様だ。20世紀までは、何かを調べる、例えば健康であれ、冠婚葬祭であれ、ビジネスであれ、実用書の世話になった。ビジネスレター一つとってもかっては『手紙の書き方』みたいな本を参照した。報告書の書き方とかもそうだ。

 処方される薬なども『薬の事典』なんて本があって、それを見たものだ。あれはけっこういいビジネスで、薬価改定のたびに改訂版を出して、けっこう売れたものだ。

 

 紙媒体としての出版の情報的意義とか有用性はたぶんほとんどの分野でネットに取って代わられているのかもしれない。

 もちろんネット情報は玉石混合だし不確かな情報が多い。きちんとした信頼すべき情報はやはり紙媒体でないと。よく辞書の効能を述べるときに使われた。今でも大学などでは、ウィキペディアを参照したレポートは却下だそうだ。それでは紙媒体は必ず信用できるかというと、実はそうでもなかったりもする。特に雑誌の情報などはかなり怪しいものもあったし、書籍でもけっこうそういうのもある。紙は善、ネットは悪とは言い切れない部分もある。

 

 雑誌が壊滅となったとき困るのは何かというと、多分その媒体に寄稿していた著者、ライターではないかと思う。自分のイメージでいえば、書き手、ライター、著者は、まず雑誌で依頼記事、寄稿などで腕を磨く。その原稿=コンテンツが優れていれば、それで脚光を浴びるし著作の依頼もくる。著作がさらに脚光を浴び売れれば、次の著作の依頼がくる。そういう雑誌から書籍へという流れがあったようにも思う。

 無名の著者、ライターが、記名、無記名の原稿を多数書いている。それがどこぞの編集者の目に触れて、まとまった特集記事のライターとして抜擢される。あるいはあるテーマで親書のような比較的ページ数の少ない書籍でデビューする。さらにそのテーマからもっと重厚な書籍をまとめていく。

 文学についてはどうか、大昔であれば作家志望の書き手は、同人誌などで腕をみがき、新人賞に応募してめでたく受賞、あるいは入選して編集者の目にとまり文学誌でデビューして・・・・・・。たぶんそういう流れだったか。

 いずれにしろまずは雑誌デビューしてそこから書籍デビューしてという流れだったはずだ。これはルポライターであれ、文学であれ、実用であれ、コミックであれ、みんな同じだった。登竜門は雑誌。

 その雑誌が壊滅的となったとき、ライターはなんで凌いでいくか、腕を磨いていくか。それもまた雑誌からネットへという流れになるのだろう。いまはライターで検索をかけると多くの場合、WEBライターというところに収斂される。さまざまな情報サイトで商品を紹介したり、ニュースサイトで情報を解説したりといった。みんなそこで凌いでいるのだろう。でもWEBライターのその先はどうか。

 なかには自分でサイトを立ち上げてブロガーとなる。注目されれば広告収入が期待できるし、自分のサイトを中心にした様々な副業も可能だ。いや書き手としてはどうか、多分、冒頭の著述家のように自ら一人雑誌のような有料メルマガを立ち上げて、購読料と広告で食っていく。そういうことだ。

 そこにはもう雑誌から書籍へという形でステータスをあげていくということはないのかもしれない。ただし一方ではまだまだ紙の媒体の権威を守り続けている実社会もある。著作が社会的に評価され、万単位で売れたりすることで社会的評価を受ける。あるいは賞を受賞することによって社会的評価を確立するなどなど。

 文学でいえば直木賞芥川賞、最近では本屋大賞などもかなりの権威だ。小説以外の学術書などでも毎日出版文化賞、朝日賞、大仏賞などを受賞することで社会的評価を確立するなんてこともある。

 

 でもWEBライターには、WEBサイトで書いた原稿のさらなるいきつく先はあるだろうか。たしかに人気ブロガーの記事をまとめたものが本として上梓されることもあるし、同じようにメルマガの記事に着目した編集者が、それを本にまとめて出版するなんてこともあった。人気著者でもあるブレイディみかこもたしかどこかのサイトで書いていたコラムが注目されたのではないか。

 

 今はもう雑誌への寄稿や連載では食っていけない。そこそこ名のしれた著者でも、今ではYahoo!ニュースなどの情報サイトに寄稿して凌いでいる。そうした原稿をまとめたものが書籍となることも多いのだろう。さらにいえばそのまとめたものも、紙ではなく電子書籍として配信される、そういう時代がくるのだろう。

 出版売上における電子媒体の割合は約30%で紙媒体(本+雑誌)はまだ7割弱ある。配信ビジネスが先行している音楽においてだと、CDなど音楽ソフトは56%、配信は44%だという。

音楽配信は成長続くが音楽ソフトは縮小傾向…音楽CD・音楽配信の売上動向をさぐる(2023年公開版)(不破雷蔵) - エキスパート - Yahoo!ニュース

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2022年出版市場規模は2.6%減 紙の減少を電子でカバー出来ず

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日本の音楽市場の「CD」と「配信(サブスク)」の売上が逆転間近!割合が56:44に【2022年】 | 最新テック - Webガジェット情報メディア (旧アーリーテックス)

(閲覧:2024年1月15日)

 

 しかしこと音楽についてでいえば、世界では配信ビジネスが75~80%に達しているともいう。おそらく先進国においては、出版においても紙と電子は逆転しているのではないか。

 もはや出版に関してもメインの媒体は紙からネットに移行しているのかもしれない。なので紙の著作をひとつももたない作家、著述家が多数輩出されるようになるのかもしれない。ちょっとした余興、余技として、紙の本も上梓するかみたいな、そういう時代がやってくるのだろう。

 とはいえネットを中心とした媒体で作家がのし上がるのは、なかなかに困難もあるかもしれない。まあこれは紙でも同じだったかもしれないけれど。