SOMPO美術館で開催されている「ゴッホと静物画ー伝統から革新へ」展を観てきた。当初、三の丸尚蔵館へ行ったのだが、事前予約でいっぱいということで急遽どこぞへということで新宿に足を向けた。三の丸尚蔵館はリニューアルされ「皇室のみやび」展を開いている。そこでは若冲の《動植綵絵》も展示されるということで、ちょっと見通しが甘かった。
竹橋から新宿へは九段まで出て都営線となる。新宿へ出るのは久しぶりだ。できれば絵を観た後に中村屋でカレーでも食べようかと思った。一緒に行った友人も賛同してくれば。
SOMPO美術館の「ゴッホと静物画」展は、ゴッホとその周辺の静物画に特化したもの。日本でのゴッホ人気は高く、毎年のように回顧展が開かれるが、静物画という切り口は目先が変わっている。静物画もゴッホの母国オランダの17世紀のものから始め、ゴッホと同時代の画家—セザンヌ、ルノワール、モネ、ゴーギャン等、さらにヴラマンクやシャガールまでと広げている。作品はクレラー=ミュラー美術館、ファン・ゴッホ美術館、ユトレヒト美術館の作品を中心に、これ以外の海外美術館からも出展される他、国内でもポーラ美術館、西洋美術館、メナード美術館などからも貸し出されている。
ゴッホのバックボーンとなるフランドルやオランダの静物画について簡単におさらいをしておく。
〇 17世紀フランドル・オランダ絵画の背景
- オランダではカルヴァン派が偶像崇拝としての宗教絵画を排斥したため、教会からの絵画制作の注文が途絶えた。
- オランダには美術のパトロンとなる王侯貴族が存在しなかった。
- その代わりに市民層に絵画がブームとなり、富を蓄えた商品たちが絵画を購入するようになった。
- 市民が購入するため一般家庭で飾れるような小さめな絵画が求められ、題材も身近な主題が好まれた。
- ジャンル的には風景が、風俗画、静物画、肖像画などで、わかりやすい写実的なものが求められた。
- 不特定多数の受容にこたえるため、肖像画家、風景画家、静物画家など。それぞれのジャンルのスペシャリストにより同じ分野の絵が繰り返された。
〇 花卉画
- 花卉とは、観賞用に栽培する植物を意味します。観賞する部分によって、花物、葉物、実物(みもの)などに分けられる。
- 静物画の一つに花卉画があり、珍しい植物なども収集された絵のモチーフとなった。
- 個々の花々が精微に写生される。
- 高価で入手困難な花々をモチーフにすることも多かった。
- 開花時期も異なる花が混在し、それぞれの花の特徴がよくわかるよう角度も考慮されるなど、花束全体が構成されたものになっている。
- また美的な側面とは別に博物学的な関心から描かれる場合もあった。
- 花の静物画にキリスト教的な象徴的意味やヴァニタスの意味が込められる場合もあった。
- 花自体の審美的な側面と宗教的象徴性という側面も兼ね備えていた。
そのうえでフランスでは古典主義のもと歴史画や宗教画にもとづく人物画がサロンの上部に位置し、風景画、静物画はヒエラルキーの下部に位置していたけれど、18世紀に入り新興ブジュジョワジーの形成とともに静物画や風俗画の需要が高まりつつあった。多くの画家が静物画を描くようになったのはそうしたニーズがあってのことだったということである。
今回の「ゴッホと静物画」展もそうした背景への一定の理解があったほうがいいかもしれない。そのうえでゴッホはじょじょに写実性から光をとりいれた印象派的アプローチをとり、さらには表現主義的な方向に向かう。今回のゴッホとその周辺の静物画の展示でも、そうした流れが理解できるようになっているように思う。
最初はオランダ静物画の流れ、ヴァニタスなどの宗教的象徴性、そこから花卉画のような構成的表現や写実を超えた表現主義みたいな感じだろうか。
今回は69点の出品点数でうち25点がゴッホの作品。なかなか見応えがある企画展だ。また今回は数点を除いてほとんどの作品が撮影可能となっている。たしか撮影不可のほとんどがメナード美術館のものだったように記憶している。
以下、気になる作品をいくか。
《アイリス》
SOMPO美術館はゴッホの《ひまわり》を所蔵しているので有名。今回の企画展でもやはり主役的存在は《ひまわり》になるのだろうけど、同じ花卉画としてはこの《アイリス》もなかなかにインパクトが強い。
《青い花瓶にいけた花》
背景の点描表現よりも筆触を長短を意識したような印象がある。花瓶の置かれたテーブルは斜めでやや長い筆触、それが花瓶の背景になると平行でやや短い筆触、そして上にいくほど点描化する。視覚の効果、前景の花卉との比較などかなり実験的な技法を感じさせる。一方でゴッホが筆触を自在化しているかといえば、多分それは違うのだろう。テーブルの筆触は明らかにセザンヌの影響。背景の点描は1986年の印象派展で台頭したスーラ等の影響があるのかもしれない。
《皿とタマネギのある静物》
これも明らかにセザンヌの影響があるかもしれない。パースのゆがみや後景の容器などは強調された意図的なもの。色彩豊かなセザンヌ、みたいな雰囲気がある。
《三冊の小説》
《髑髏》
頭蓋骨を題材しているという点でいえば、静物画の伝統的なテーマであるメメント・モリ、ヴァニタス的なものかもしれないが、この作品に習作というよりもゴッホの色彩への関心、あるいは表現主義的な指向性も現れてきているような気がする。
《こうもり》
どこかユーモラスな感じがする。この絵に限っていえば、ゴッホはデッサン力についてやや微妙。ヘタウマ的な印象を感じたりもする。
《ヴィーナスのトルソ》
《陶器の鉢と洋ナシのある静物》
《野菜と果物のある静物》
《陶器の鉢と洋ナシのある静物》、《野菜と果物のある静物》、いずれもオランダ絵画的なくすんだ色調の写実的な作品。ここからじょじょにセザンヌ的な構成的な表現、そして印象主義的な色彩感覚など、ゴッホはさまざまに受容しながら独自の表現を作り出していく、そんな理解だろうか。
《カーネーションをいけた花束》
少しずつ散った花びらを描く。それはどこかヴァニタスめいた部分もあるような。花卉画において散った花にはそういう意味性があったと今更に気がついたりして。ゴッホが盛期のひまわりだけでなく、やや枯れたのも描いているのはそういうことかと、なんか本当に今更ながらに得心したりする。
《花瓶の花》
《花と果物、ワイン容れのある静物》
この絵は以前、西洋美術館で観ている。そのときには妻のヴィクトリア・デュプールの作品が並んで展示してあった。花の表現などはかなり近似しているので、デュプールはラトゥールの影響でそうした絵を描いていたのかもしれない。というかデュプールは夫の助手をしていたらしいので、この絵にもデュプールの筆が入っているかもしれない。
《花瓶の花》
ゴッホが影響を受けたという厚塗りのモンティセリ。ゴッホの回顧展ではよく展示されることが多い画家だ。逆にそれ以外ではあまり観ることがない。調べるとバルビゾン派のディアズ・ド・ラ・ペーニャの一緒に絵を描いていた時期もあるとのこと。いわれれみるとやや濃い目の色調はディアズにもあるような気がする。相互に影響しあっていたということだろうか。
またモンティセリはセザンヌとも仲が良かったとも。たしか三菱一号館美術館で開かれたイスラエル博物館所蔵「印象派・光の系譜」展に、セザンヌの初期の風景画が出品されていて、それがけっこうな厚塗りだったのを覚えている。たしかキャプションにモンティセリの影響みたいなことが記されていたような気もする。ゴッホだけでなくセザンヌにも影響があったのかなどと思った記憶もあるようなないような。画家の作風には様々な交流と、表現についての相互の影響ってあるということだ、
《花瓶と花》
ガラス器の中の花軸部分、ガラスに映る室内の窓などの細密描写。これが17世紀中頃というのに驚く。おおよそ370年前にこんな表現描写が達成されていたことに感心する。こうした表現を18世紀後半にイギリスでターナーがしきりに追求していたことを夏に国立新美術館で観た「テート美術館展」で知った。ターナーは室内の小さな鉄球に映り込む窓や光による湾曲などを研究して盛んにデッサンしていた。それを200年近い以前に実現しているところに、オランダ絵画の技術的水準の高さを改めて思う。
ピーテル・ファン・デ・フェンネについては生年を含めてあまり知られていない。寓意画、風刺画で有名なアドリアン・ファン・デ・フェンネとの関係性についても、兄弟という指摘もされているようだけど確証されてはいないようだ。
Pieter van de Venne - Wikipedia (閲覧:2023年11月30日)
アドリアン・ファン・デ・フェンネ - Wikipedia (閲覧:2023年11月30日)
《「ひまわり」の横で本を読む女性》
イサーク・イスラエスルはオランダの印象派の画家。本作はイスラエルスがゴッホの弟テオの妻ヨハンナからゴッホの《ひまわり》を借りて描き込んだもの。ゴッホの影響を示す一例と。この企画展ではこのような「ひまわり」をモチーフにしたいくつかの作品が展示してあった。
《太陽と月と花》
これもひまわりがモチーフにあるということで展示されていた作品。ジョージ・ダンロップ・レスリーは初めて目にする画家。19世紀から20世紀にかけてイギリス・アカデミーで活躍した人。当初はラファエル前派の影響を受けたようだが、じょじょに写実的な風俗画を多数描いているという。作品の多くはなんとなくブーグローを思わせるものが多いが、この絵はというとどこか印象派の女流画家のような趣がある。