あえて芸能界の性被害について

 春先からずっと話題になってるやつ。実をいうとさほど興味はない。

 ジャニー喜多川の性癖や密かに伝えられる性被害についてはもちろん知らないわけでもなかった。フォーリーブス北公次の告発本などのこともあった。ぶっちゃけでいえば、みんな知っているのに知らないふりしてやり過ごしてきたんだと、そう思っている。

 ジャニーズ事務所のタレントが芸能界を席巻し、事務所のマスコミ支配が始まったのは、たぶん21世紀になるかならないかの頃あたりからだと思う。感覚的にはSMAPのバラエティー・ショー「SMAP×SMAP」がゴールデンタイムで視聴率を稼ぐようになってからだったとのではないか。その前身的番組でもあった「夢がMORI MORI」とかだと、SMAPは森博子の引き立て役だったように記憶している。

 「SMAP×SMAP」は大ヒットし、メンバーは国民的アイドルになった。そのあたりからジャニーズ事務所のアイドルたちとそのプロデューサーはサンクチュアリな存在になったんだろうと思う。ここ10年くらいはとにかくテレビをつければ、必ず事務所のアイドルタレントたちが出ている。そんな状況だった。

 潮目が変わったのはみんな同じ認識だろうけど、BBCによるドキュメンタリーだ。ジャニー喜多川によるタレント候補性たちへの性的加害の実態を告発した内容である。あれは今年の3月のことだっただろうか。なんかものすごい昔のような気もする。当初はネットなどでは騒がれたけれど、テレビや新聞ではほとんど報道されなかった。みんなジャニーズ事務所の威光にひれ伏していたから。

 自分は最初にYouTubeで見た。それからしばらくしてアマゾンプライムでも再見した。内容的にはすでにネットなどで伝え聞いたことだし、今更ながらにかっての告発本で出た内容をそのままトレースするものだった。それでも実際の被害者の生の声にはインパクトがあった。

 

BBCドキュメンタリー「J-POPの捕食者:秘められたスキャンダル」>

 

 そしてじょじょにマスコミでも触れられるようになってきた。当初は否定していた事務所も事実を認めざるを得なくなり、9月に大きな記者会見が行われた。ジャニー喜多川による少年たちへの性加害は、少なく見積もっても数百人にのぼるという。事務所は被害者の救済のために存続し、所属タレントは新会社がマネジメントをすると、9月から11月くらいまでの流れはそんな風になっている。

 それまでも告発はあり、司法の場でも事実が争われた芸能界での大規模な性被害の実態とその告発は、BBCという外圧によって一気に進展した。そのときに思ったのは、結局外圧であるということ。日本という国は自分では変わらない、変われない。これまでの歴史をみても、封建的な幕藩体制が崩れたのは黒船の来航だったし、絶対主義的な政治体制が形だけでも民主主義に移行したのは、敗戦により進駐したアメリカ軍の主導である。今度の黒船はBBCだったということ。

 ジャニーズのタレントをCMに起用していた企業は新規での起用を見送り始めた。大規模な性的な被害を内包してきた芸能事務所所属タレントを使うことは、企業イメージを悪化させるだろうから。そして大晦日の一大イベントでもある紅白歌合戦でも、事務所所属タレントの出演はゼロになった。BBCが報じてからわずか半年あまりでここまでの変わりようだ。もしBBCがあのドキュメンタリーを制作しなければ、紅白にも多数の所属タレントが出演していただろう。

 一方でそれでは、テレビでは所属タレントは使われないかというと、そんなことはない。今でもテレビをつければ、バラエティ、歌番組、ドラマに彼らは普通に出演している。彼らが性被害者かどうか、それを追求したり、報道するのは二次被害になるから。彼らはひょっとしたら被害者かもしれない。でも被害者になんの落ち度があるのか。そういうエクスキューズのようだ。

 自分的にはまあどうでもいいことではある。テレビはあまり見ないほうだから。とはいえ妻が四六時中テレビをつけているので、一緒にいれば当然そういうタレントも目にする。性被害者だったかもしれないスターアイドルたちを。正直あまり気持ちの良いものではない。彼らをスターにしたのは、凄まじい性加害を行っていたトップであるプロデューサーによってなのだ。

 

 この件について妻と話をすることもある。数少ない友人(女性の)たちとも流れでそういう話になる。だいたいが一様に「彼らに罪はない」「彼らも被害者だ(かもしれない)」である。そして性被害を受けたかどうかは判らないし、性被害を受けたからスターになったわけでもなく、彼らの努力と才能によって今の地位にあるのだという。まあたいていの女性たちはあの事務所所属のタレントが好きなのだ。

 でも性被害に本人があっていなくても、そうした話は聞いていただろうし、身近な同僚が被害にあっていたかもしれない。そしてこれは想像になってしまうけれど、もし性被害にあっていてもそれを受け入れることで売り出してもらう、デビューのためには通らざるを得ないことだったのではないかとも。

 性被害にあったかどうか、それを聞くことが、語ることが二次被害になるといっては、それでは数百人ともいう性被害の実態はけっしてわからないままである。口をつぐむことで今の地位を手に入れ、それを維持し続ける。もしもそういうことがあれば、それもまたどうにもやりきれない。

 

 歴史学者ジョン・ダワーは、日本が敗戦国として進駐軍(占領軍)を受け入れ、その加護のもとで様々な民主主義的制度を導入し、高度成長へと進んでいくさまを「敗北を抱きしめて」と表現しそれを歴史叙述としてまとめた。原題は「Embracing Defeat」である。日本は、敗戦、占領下で、占領軍に対してのプロテスト行動がほとんど起きなかった国である。日本国民は占領軍の司令官であるマッカーサーに心服した。マッカーサーに対して全国から送られた敬愛と謝礼を綴る手紙は50万通にものぼったという。

 国民も政治家もみんな敗戦という歴史的な事実受け入れ、敗北と勝者アメリカに抱かれて戦後の社会を築いてきたのである。

 

 今、活躍しているタレントたち。蓋然的にはそうだったかもしれないし、そうでなかったかもしれない。先輩や同僚、あるいは後輩がそうした被害にあったという話を見聞きしたかもしれないし、そうではないかもしれない。しかしまったく知らないままに、レッスンを受け、デビューし、ショービジネスの世界でキャリアを重ねることができたのかどうか。これだけはどうにも蓋然性で片づけることはできないような気もする。確率的にいえば知らないはありえまい。

 性被害を受け入れて。直訳すれば「Embracing  sexual assault」か。

 それを思うと、性的被害を受け入れて、そのうえでスターの地位を得た人たちが、日々テレビの中にいる。少々残念な思いもって、自分ひとりのときは極力テレビをつけることはない。

 出来れば口を閉ざすことなく、その実態をきちんと明らかにすべきなのではないかと思ったりもする。彼らが実力でその地位を確固たるものにしているのであれば。

 

 余談だが、ビートルズのマネージャーだったブライアン・エプスタインがゲイだったことは有名な話である。しかし彼が例えばジョンやポールに性的な要求をし、それを受け入れればデビューさせるとしたらどうなっていただろう。多分、18~19歳のジョンやポールは当然拒絶しただろうし、ビートルズはああいう形でデビューすることはなかっただろう。才能のあるジョンやポールは別の形で成功を収めたとは思ったりもする。そしてもちろんエプスタインはそんなことはしなかった。

 個人の性的な指向性などどうでもいいことだ。もちろん権力や財力をもとに強制するのはもってのほかだ。ジャニー喜多川の性加害の問題は、彼が多数の少年=子どもを捕食したことだ。合宿所にいてレッスンを受けるのはたいてい12歳くらいの子どもである。それを思うと胸が痛む。

 

 1940年代、MGMの大物プロデューサーだったアーサー・フリードは、キャスティング・カウチ(セックスをした相手に役や契約を回すこと)を常としていた。その対象は大人の女優だけでなく、当時13歳のジュディ・ガーランドにも及んだという噂がある。子役から青春スターとなったジュディはその後も順調にキャリアを積み重ね大スターとなった。しかし薬の摂取や過度のアルコール、そして精神障害などから47歳で早世した。

 ジュディが薬やアルコールに走ったのは、そして精神障害となったのには、子ども時代の性的被害の影響もあったのではないかという話も伝えられている。

 

 ジャニーズ事務所のトップであるジャニー喜多川の性加害。それをジャニーズ事務所の性被害事件という形で括るのは被害の実相を矮小させるのではないかと思っている。行われたのは閉鎖された芸能事務所内でのあまりにもひどい性的被害、児童虐待だということ。残念ながらそれを想起してしまうこともあり、テレビで被害者だったかもしれないタレントたちを日々目にするのが実は本当にシンドイ。