フェイブルマンズ

 アマゾンプライムで観た。

 今では巨匠監督の一人となったスティーヴン・スピルバーグ監督の自伝的映画である。スピルバーグの分身でもあるフェイブルマンズ少年が、映画に夢中になり8ミリビデオ撮影に明け暮れる少年時代を描いた作品。巨匠の伝記映画という意味で、話題を呼びアカデミー賞作品賞など7部門にノミネートされた話題作でもある。

 95回アカデミー賞の授賞式の前には、かなり宣伝もされたが結局無冠。『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』に全部かっさわれた感じだったか。授賞式前後に日本でも映画公開されたが、なにかあっという間に上映が終わってしまったような感じで見過ごしてしまった。サブスク配信が始まったというのでまあ観た訳だ。

 感想を一言でいうと、ちょっと物足りない。いやちょっとではないかもしれない。巨匠映画監督の自伝的映画である。当然のごとく映画愛に溢れた作品を想定していたのだが、どうもそうではない。もちろん彼が最初に観た映画、デミルの『地上最大のショウ』や影響を受けた西部劇の巨匠監督の『リヴァティ・バランスを撃った男』などのエピソードもある。しかしもっとスピルバーグが、夢中になった映画について語り続けるような、そういう映画、ハリウッド映画へのオマージュ作品を期待していた。

 しかし映画はどちらかというともっとドメスティックな部分と、スピルバーグの青春時代のエピソードをちりばめたようなそういう内容だった。物静かで仕事を、家族を、愛している科学者の父。元ピアニストで芸術家的趣向性をもつ奔放な母。やんちゃな二人の妹。特に自分の映画趣味、8ミリビデオ撮影に理解を示す母に対する思い。そして両親の不仲と離婚。

 スピルバーグって結局のところマザコンなんかなと思ったり、なんだこの映画は結局のところスピルバーグの「母恋し」みたいなそういう映画なのかと思ったりもした。

 当然、母親は好意的で魅力的に描かれている。演じるのはミシェル・ウィリアムス。『マリリン 7日間の恋』でマリリン・モンロー役を演じたこともある。キャリアをみるといろいろな映画に出演しているのだが、今一つ印象が薄い。『ブロークバック・マウンテン』にも出ていたらしいがこれも覚えていない。

 本作ではショートカット、家族を笑わせる剽軽な部分、元ピアニストとしての芸術家的な雰囲気や表現者としての部分などを魅力的に演じている。この役は50年前だったら、シャーリー・マクレーンだったかなと思わせるくらいに、雰囲気が似ている。そういうイメージが作りがあったのかなと思ったりも。

 フェイブルマンズ少年の学生時代、ボーイスカウト仲間との8ミリビデオ映画作り、高校に入ってからのイジメにあう部分などは、ほぼスピルバーグの体験に基づいているようだ。そして映画作りのなかで周囲の理解を得て行くところなども。

 映画はドメスティックな部分と、少年の映画作りの部分を中心に描いている。しかしその入り組みがあまりうまくいっていない。というか映画への愛がどうにもスクリーンから伝わってこない。

 映画作りや映画に囲まれた少年時代を描いた映画というと、例えばトリフォー『アメリカの夜』、ジュゼッペ・トルナトーレニュー・シネマ・パラダイス』なんかを思い出す。監督の映画への思い、映画愛に溢れた映画だ。ああいうかって自分が夢中になって観た映画への思い、ノスタルジー、そういうものが残念ながら『フェイブルマンズ』にはあまり感じられなかった。スピルバーグの映画への思い入れ、そういうものがどうにも伝わってこない。

 ラスト、映画撮影所で仕事を得て、フェイブルマンズは敬愛する大物監督と対面する。大物監督は言う。

地平線が画面の上にあるといい絵になる。下にあってもいい絵になる。地平線が画面の真ん中にあると死ぬほどつまらない

 これはある意味、映画の本質を捉えた言葉だ。映画は、映像は、捉え方によって面白くも、凡庸にもなる。捉え方によってヒーローが生まれ、負け犬も描かれる。捉え方によって家族は仲睦まじくもあり、隠された不和や不義が充満していることを予感させることもある。

 地平線の描き方。それを主人公に語るのは、アーミー・ジャケットを着て葉巻を加えた隻眼の大物監督。アカデミー賞監督賞を唯一4度受賞した男、ジョン・フォードだ。なぜか演じているのは同じ映画監督のデヴィッド・リンチ。ある意味『フェイブルマンズ』は、このジョン・フォードのエピソードだけで良かった。2時間30分の長尺よりも最後のほんの数分の巨匠とのエピソード。そこだけが印象深く残ったし、ある意味このためだけにこの映画はあるような気もした。

 こんなに冗長的な少年時代のエピソード、母親へのオマージュなど必要なかった。巨匠との短い邂逅、それで事足りた映画というと、多分酷評過ぎるかもしれない。でも自分にはそれで良かったかもしれない。とはいえこの映画は実はそれほど嫌いではない。

 でも出来れば『激突!』、『ジョーズ』、『未知との遭遇』、『インディ・ジョーンズ・シリーズ』、『ジュラシック・パーク・シリーズ』、『プライベート・ライアン』を撮った希代の大監督である。彼の映画愛に溢れる伝記的青春時代を描いた映画。そういうものを観てみたい。