ロシアのウクライナ侵攻について

 ロシアのウクライナ侵攻が始まってから一ヶ月以上が経過している。

 テレビでは毎日のようにニュースやワイドショーでも報道されており、悪のプーチンへの批判とそれに対抗するゼレンスキーとウクライナ軍への賛美が続いている。なんだかオリンピックの次は遠い欧州での戦争がお茶の間の話題を占めるかのように、毎日ウクライナ報道が次から次へと、という感じだ。

 捻くれたものの見方からすると、まるで現実の様々な矛盾や問題から目を逸らせるためのようにも思えたりする。例えばなかなか減少しないコロナ感染症について、あるいはこれは戦争の影響が主要因かもしれないが、政府日銀の極端な円安政策による物価上昇などなど。

 毎日に流され続けるウクライナ情勢の報道の中で、この侵略戦争が引き起こされたのかが実は今一つ判然としない。一般的にはNATOの東方への拡大によってロシア=プーチンが危機感を抱いたこと、そしてプーチンの権力欲を含めた個人的野心・野望に起因するなどなど。

 自分でもなぜプーチンはこんな無謀な侵略戦争を始めたのかということをずっと考え続けている。なぜ国際世論から批判を浴びることがわかっていながら、こうも強硬にウクライナ侵攻を開始したのか。もっともプーチンのロシアはこれまでに隣国に対しての干渉を続けてきているし、国益のためなら国際世論などを無視したごり押しや軍事進攻を続けている。

 チェチェンなどについては言うに及ばず、ウクライナに関しても2014年にクリミア半島を一方的に併合した。黒海における拠点港の確保という安全保障上の問題もあっただろう。これを国際社会は非難しつつも結局容認してしまった。まあクリミアに限定したこと、もともとロシア海軍の基地があるところだということもあったかもしれない。

 世界政治、欧州の動向に疎い自分などは、今回のウクライナ侵攻で改めて現在のロシアを巡る欧州の動向を見てけっこうな驚きを感じた。現在のNATO加盟国は30ヶ国に達している。かってのソ連の衛星国家であった東欧圏はベルリンの壁崩壊以降、急速に西欧化し経済的にはEU圏、安全保障面ではNATO加盟国となっている。

【解説】 プーチン氏はなぜウクライナに侵攻したのか、何を求めているのか - BBCニュースより

 BBCのこの解説の中にある地図を見て、欧州の安全保障上の構図が明確になった。あくまで西欧と対峙するという点でいえば、ロシアからするともしもベラルーシウクライナが西欧の側についてしまったら、自由主義圏と直接ロシアは対峙しなくてはならなくなるということだ。

 もちろん外交面でいえば軍事的に対立することなく、ロシアが西欧と友好的な立場を取り続ければ安全保障は保たれるし、軍事的対立など起こりえない。ジョークとしてよく言われるが、NATOがそれほど脅威だというならそれこそ、ロシアがNATOに加盟申請すればいいということになる。もともと対ソ連のための集団安全保障を担う目的で作られたNATOはほとんど存在意義を失うだろうとも思ったりする。

 まあ国際政治にはその手のジョークは似つかわしいものではない。なぜ旧東欧諸国、ソ連の衛星国家がベルリンの壁崩壊からわずか10年足らずで、主要国がNATOに加盟したのか。それはいつロシアがまた侵攻侵略してくるか判らないという危機感があったからだと思う。NATOに加盟さえすれば、ロシアは侵攻できない。それはそのまま第三次世界大戦になりかねない。今回、ウクライナが攻め込まれているのも、ウクライナNATOに加盟するのをロシアが阻止し続けてきたからでもある。

 東欧諸国の国民の間には旧ソ連の弾圧、その影響化にある自国の社会主義政権により圧政に苦しめられてきたという記憶があるのだろう。それは東欧諸国の国民の共通認識にもなっている。それを多分、ロシアは十分に理解している。それでもなおベラルーシウクライナを自国の衛星国家として防衛ラインの最前線にしたいと考えている。ロシアのそういう考えの根底にあるのはなんなのだろう。

 第二次世界大戦での軍人、民間人を含めた死者数が一番多いのはソ連である。数字は推計となるがおおよそ2000万人といわれる。二位が中国で約1000万人、つづいてドイツの約510万人。日本は約310万人といわれている。

図録▽第2次世界大戦各国戦没者数

 戦争被害は図抜けて多いのは、ナチスドイツにより広範囲な侵略を受けたためである。もちろん同時期にソ連内部ではスターリンによる大粛清も行われており、優秀な軍の将官がみな粛清され、軍事面でも劣悪な状況や無謀な作戦などがあったことなども死者数が多い理由かもしれない。それでも侵略され国内が戦場となったことが被害を広げたことは間違いない。

 さらにいえばロシアには、ナポレオン一世による侵略で同じく国土が戦場となって苦戦を強いられたという歴史的記憶がある。この侵略され国土が戦場となったという記憶、さらにロシア革命後、それに脅威を感じた西欧諸国から敵視され四面楚歌の状況にあったことなどから、ロシアにはまた自国が侵略され国土が戦場とならないようにという危機意識が国民的認識としてあるのではないかとそんなことを思ってみたりする。だからこそ、自国が戦場とならないように周囲に衛星国家を作り、それを防衛ラインにするという意識が、あの国の安全保障においては連綿として続いているのかもしれない。

 もちろんそれは古い冷戦構造による思考といえないでもない。もはや軍事よりも外交面での交渉により問題解決を図る。それはある種の理想論でありつつも、現実的な処方でもあると思う。なのにロシアは相変わらず旧ソ連時代の冷戦的志向から一歩も抜け出していない。

 しかしウクライナNATOに加盟し、ベラルーシもルカシェンコの独裁が崩れ西欧諸国側についたらどうなるか。NATOがロシアに軍事侵攻するか。それは否だ。多分、そんなことはあり得ない。しかし隣国が西欧化すれば、当然のごとくロシア国内でも自由化を求める声が多数上がってくるはずだ。もともとソ連崩壊とともに社会主義を捨て、市場経済が導入されている国だ。

 さらにいえばソ連崩壊により、連邦共和国もそれぞれ独立したが、それでもまだロシアの広大な国には多数の他民族を抱えている。それらが個々に独立と自由の声をあげてくればどうなるか。内戦状態も現実的にあり得る。そして強権によって他民族の独立を抑えつけるだけでなく、市民社会の自由の欲求をも抑圧することで成立しているプーチンの長期独裁政権もまた基盤が崩れていく可能性がある。

 今回のウクライナ侵攻の本当の理由は、隣国の西欧化、自由化によって、自らの権力基盤が崩れることを食い止めようというプーチンの危機意識の表れなのかもしれない。案外、他国への侵略の理由は内政問題にあるのかもしれない。

 しかし、ベルリン崩壊から30数年。20世紀末から21世紀にかけて、世界政治の動きに敏感なまま生きてきてしまったが、エポックメイキングなものをみていくだけで様々な感慨が浮かんでくる。今日の朝日新聞の7面記者解説に「危機の30年とロシアの侵攻」という編集委員三浦俊章の記事があった。その左欄に冷戦後の世界の歩みという簡単な年表があった。それに若干の補足をいれて自分で作ってみた。なんというか、見ていると「ムムム」と呟くような感じになる。

出来事
1989 イラク、クエート侵攻。湾岸戦争勃発
ベルリンの壁崩壊、冷戦終結
1991 ソ連解体、ウクライナ他独立
1994 ウクライナ、ロシアに核兵器を引き渡す
1999 チェコハンガリーポーランドNATOに加盟
2000 プーチン、ロシア大統領に就任
2001 米国、同時多発テロ
2003 イラク戦争開始
2004 バルト3国などNATOに加盟
2005 メルケル、ドイツ首相に就任
2008 リーマンショック
2009 オバマ大統領に就任
2010 アラブの春(2010~2012)
2011 東日本大震災
2012 習近平中国共産党総書記就任
2014 ロシアがクリミア半島を併合
2016 英国、国民投票EU離脱多数に
ロシアが米大統領選に干渉、トランプ氏当選
2017 トランプ大統領就任
2020 北マケドニアNATO加盟、NATO加盟国30国に
中国、香港の民主化運動抑圧
2021 米軍、アフガニスタン撤退。タリバン政権復活
2022 ロシア、ウクライナ侵攻