高崎市美術館「5つの部屋+I」 (2月3日)

 高崎駅周辺には徒歩圏内に二つの美術館がある。一つは東口の高崎タワー21の中にある日本画専門の高崎市タワー美術館、もう一つが西口にある高崎市美術館だ。高崎市タワー美術館にはもう何度も行っているが高崎市美術館には一度も行っていない。いずれも歩いて5分以内ということで美術館のはしごをしてみることにする。

 位置関係はこんな感じである。

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 そして外観はこんな感じ。開館は1991年、コンクリート打ちっぱなしはなんとなくその時代の雰囲気を彷彿とさせるものがある。収蔵品は群馬県所縁の作家を中心にして、同時代の近現代美術作品を蒐集している。

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開催中の展覧会

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 現在開催されている展覧会は開館30周年を銘打った「収蔵作品展5つの部屋+I FIVE ROOMS+I  多彩なコレクションで巡る高崎市美術館30年のあゆみ」。

5つの部屋+I 多彩なコレクションで巡る高崎市美術館30年のあゆみ | 高崎市

高崎市美術館は令和3(2021)年度に開館30周年を迎えました。開館以来、近・現代の地域ゆかりの作家を中心に彼らと同時代の国内外作家の作品を収集し収蔵品の充実を図り、展覧会を通して公開してきました。
本展覧会では、5つの展示室を「ふるさとの作家たちの部屋」「繋がっていく絆の部屋」「ヨーロッパの作家たちの部屋」「前衛と革命の部屋」「寄贈・寄託の部屋」のテーマで巡り、絵画・版画や彫刻作品、ガラス造形など当館の多彩なコレクションをご紹介するとともに、高崎市美術館30年のあゆみを写真や資料で展観します。また、「+I(アイ)」=美術館併設の旧井上房一郎邸の主であり、高崎・群馬の芸術・文化の振興に尽力した井上房一郎の美意識についても資料でご紹介します。 (チラシより)

展覧会の構成

1.ふるさとの作家たちの部屋

 高崎市美術館は、地域ゆかりの作家として山口薫、鶴岡政男らの作品をコレクションの中核においている。最初のコーナーではこの二人の作家を中心に群馬出身の作家の作品が展示されている。

2.繋がっていく絆の部屋

 このコーナーでは、山口薫の影響を受けた作家の作品、さらに高崎市篤志家で地域の芸術振興に大きく貢献した井上房一郎の支援を受けて育った作家、さらに鶴岡政男が学んだ太平洋画会研究所で鶴岡と交友のあった画家の作品などを取り上げている。

山口薫 - Wikipedia

鶴岡政男 - Wikipedia

3.ヨーロッパの作家たちの部屋

 このコーナーは高崎市美術館が所蔵する海外作品のうち、特にエコール・ド・パリ派の作品としてピカソシャガール、ブラックなどのエッチングマリー・ローランサンの水彩画、藤田嗣治やルオーらの作品をとりあげている。

4.前衛と革命の部屋

 ここでは1930年代以降の日本における前衛美術の流れ、抽象絵画をコレクションの中からリストアップしている。

5.寄贈・寄託の部屋

 高崎市美術館に個人や企業より寄贈・寄託された作品は寄贈作品643点、寄託作品104点にのぼる。その中から2000年代以降に寄贈・寄託された作品の一部を紹介している。

+I 井上房一郎の部屋-井上房一郎の美意識

 高崎市美術館の裏には、高崎市の文化・芸術の新興に尽力した事業家井上房一郎の自邸が保存されており、2010年から一般公開されている。この旧井上房一郎邸が「+I」である。

 井上房一郎は高崎市に本社のある建設会社井上工業二代目で、芸術家の支援、市民オーケストラの創設、群馬県立近代美術館にコレクションを寄贈するなど、群馬県の文化新興に尽力した篤志家である。公開されている私邸はさながら文化サロンのような趣がある。

井上房一郎 - Wikipedia

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気になった作品

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「緑の花嫁」 (山口薫)

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「思」 (山名將夫)

 山名將夫(1948-2018)は大阪出身。一水会日展で活躍、90年代に安中市に居をかまえた。錯視を主題とする抽象表現から回想や幻視を主題とする写実表現に移行したという。この作品も写実的だがどこか非実存的な雰囲気をもっているような気がする。

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「婦人像」(清水刀根)

二科展で注目され前橋で多くの後進を育てた清水刀根 - UAG美術家研究所

 前橋市出身の画家。石井柏亭に師事し二科展、太平洋画会美術展などで活躍。1930年代に前橋に戻り群馬美術協会の創立に参加、以後は県内で後進の指導にあたった。

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「首飾りをつけたジャクリーヌの肖像」(ピカソ) リノカット・紙

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「貧しき食事」(ピカソ) エッチング・紙

 ピカソの初期版画の代表的作品だという。自ら貧困の中で創作を続けたピカソの意識を投影するかのような暗く、シビアな貧困を真正面からとらえた作品。やはりピカソは天才だと思う。

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「雪の郊外の風景」(藤田嗣治)油彩 1918年

 東京国立近代美術館にある「パリ風景」とほぼ同内容の作品。まだすばらしい乳白色の表現技法以前、第一次世界大戦の重苦しい雰囲気を感じさせる。なんだか水墨画で描いたアンリ・ルソーみたいな印象がある。

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「麗」 (難波田龍起) 1961年

 抽象画家としては、瑛九とともにどことなくファンタジーなものを感じさせる難波田龍起である。以前なにかで読んだが、次男で画家の史男を瀬戸内海フェリーでの転落事故で亡くし、その翌年には長男が病死しているという。74年、75年のことなので、それ以前の作品とは関係ないのだけど、難波田作品を観るといつもそのことを思い出してしまう。

最後に

 高崎市美術館は駅近にあり、なにか気軽に行ける美術館という感じがする。東口のタワー美術館も駅から高架歩道で直結しているので、高崎市民にとってはアクセスしやすい美術館が駅を挟んで二つあり、本当に恵まれた環境にある。

 ただし収蔵された作品は現代絵画が多く、その点では群馬県立近代美術館とコレクションがけっこうダブっているかなという気がしないでもない。あそこにも山口薫や鶴岡政男、福沢一郎らの作品がかなり揃っている。まあしいていえば近代美術館のダイジェスト版みたいな趣もあるけれど、なんといっても駅から至近にあり気軽に歩いていけるというのがいい。近代美術館は郊外で車でないと行けないロケーションだから。

 高崎駅の周囲には高崎芸術劇場もあり文化施設が揃っている。このへんも井上房一郎らの尽力によって文化が根付いた街だからということもあるのかもしれない。文化不毛的な埼玉県民からするとなんとも羨ましいところでもある。

 ただし、井上房一郎のことも少しググってみると、彼が二代目として社長、会長を歴任した井上工業は、それこそ戦前には一時期田中角栄が社員をしていたとか、井上房一郎も田中の後援者だったという時代もあったというが、房一郎が退任した後は、ちょうどバブルが弾けた後ということもあったのだろう、急速に経営状況は悪化したようだ。その後は会社の乗っ取りにもあい、結局2008年には破産しているという。

 会社破綻に房一郎がまったく関係していないが、文化面での様々な業績の裏面のように創業家の事業は淋しい結末を迎えたというのがなんとも微妙な部分かもしれない。

 まあそのへんおいといても、高崎市美術館は気軽に美術作品を鑑賞できる良い美術館だと思う。高崎市はこれまでタワー美術館ばかり行っていたけど、これからはこの二つの美術館を訪れる愉しみができた。本当に高崎市民は羨ましい。