東京国立近代美術館(MOMAT)再訪

 丸紅ギャラリーからは徒歩で3~4分と近接しているので、当然のごとく東京国立近代美術館(MOMAT)に行くことにした。まあ途中で毎日新聞地下でがっつりとんかつ定食なんかを食べたんだが。

 MOMATに行くのは今年何回目になるんだろう。試しに記録をみてみると、1/11、3/24、3/25、6/3、6/16、7/30、9/22とすでに7回行ってることになるみたい。今回で8回目、多分年内にもう1回くらいは行くかもしれない。多分こんなに行くのはというと、一つは自分にとってベースとなるのがMOMATと上野の西洋美術館だからだ。そして西美のほうは長期休館中のため、必然的にMOMATに行く頻度が増してるとそういうことだと思う。

 MOMATの開催中の特別企画展は「柳宗悦没後60年記念展 民藝の100年」。これは早々にパス。やかんや茶碗には興味ないものというのが実感。前回の隈研吾も結局見なかったし、「妖しい絵」の後は企画展の指向が自分とはちょっとあっていないような気がする。

 とはいえ実は、学生時代にゼミで柳宗悦は勉強してた。もともと法学部政治学科専攻なので政治思想のゼミとっていたのだけど、いってた大学がゼミをもう一つ受けることができたので、学部の異なる文化史みたいなところで、柳宗悦の購読なんかを受けた。柳宗悦、民芸みたいなものに当時関心があったのは、おそらく鶴見俊輔の『限界芸術論』あたりを読んでたからではないかと思っている。

 なのでそこそこ柳宗悦バーナード・リーチとか読みました。彼らがスポットをあてた名もなき民芸品はいきなり高額で売買されるみたいな弊害も出たとか、そんな話も聞いたような気がする。もっともそのゼミは1年でやめてしまった。さすがに卒論とかは本来の政治思想の方でけっこういっぱいいっぱいだったこともあったから。

 ということで民芸はパスしていつものようにMOMATコレクションの常設展の方に。最初にいつものように4Fに行くと、なんといつものハイライトがインデックスという名称に変わっている。その理由がキャプションになっているのだが、こういうことのよう。

 いつもは館を代表するような作品を展示している第1室ですが、今期は趣向を変えてみました。目指したのは序論のような部屋。次のふたつのことを意識して作品を選んでいます。

 ひとつは、今季のMOMATコレクション展全体のインデックスとなること。第2室から第12室には、それぞれの部屋のテーマに沿った作品が展示されています。それをいくつか先取りして、この部屋にも関連作品を交ぜました。解説文の最後に関連する部屋の案内を添えたので、興味をそそられたらそこだけ見に行くのもアリです。

 もうひとつはコレクション全体の幅を示すこと。当館のコレクションで最も制作年が古いのは1840年代の写真作品。最も新しいのは2020年作の洋画(寄託作品)と版画です。ここでは1880年代から2019年まで、130年余りの間に生み出された作品が、ガラスケース内の日本画は約25年刻み、紺色の壁にかかった額装作品は15年刻みでならんでいます。最近は現代美術のコレクションも徐々に厚みを増してきました。

 インデクスねえ、ふ~んという感じである。美術館の意図はおいといて、こちらはいつものハイライトを観る感じである。なお現在の展示は10/5から12/5まで。12/7から展示替えを行い2/13までというスケジュールのようだ。

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『桜下勇駒図』(狩野芳崖

 1884年の第二回内国絵画共進会で、フェノロサがこの作品を見て「是あるかな余が万里の遠路をむなしくせず」と喜んだと伝えられる作品。この作品以前から芳崖はフェノロサの指導を受けており、西洋画的な立体感、躍動感が描かれているという。まあこのへんは最近読んだ草薙奈津子の『日本画の歴史近代篇』の受け売りなんだけど、読んですぐに実物にお目にかかることが出来たのはちょっと嬉しいことだ。

 

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『二日月』(川合玉堂) 1907年

 川合玉堂というと日本の原風景を抒情性をこめて描く国民画家みたいな評価が一般的だけど、けっこう技術的な工夫がなされているような気がする。経歴的にももともと京都で円山四条派の流れで写実的な技法を学んだあと、橋本雅邦に師事して狩野派的なスタイルも学んでいるという。さらに西洋画の技法も研究して取り入れていると解説書などにもある。一見してこれは西洋画の風景描写的だなと思ったりもした。そしてどことなく西洋絵画の影響を受けた竹内栖鳳の作品を連想させるような感じがした。

 

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『序の舞』(山川秀峰) 1932年

 『序の舞』というと上村松園を思い浮かべるが、松園作は1936年で秀峰のこの作品はその4年前に制作されている。おそらく松園はこの作品を見ているだろうし、参考にもしているかもしれない。そのうえで理想の女性像を作品化した松園は凄いということになるんだろうけど、この山川秀峰の『序の舞』も張り詰めた緊張感を感じさせる。

 

 この1室には他に片岡球子の『渇仰』があった。前述したようにこの展示は12/5までで、それ以降はここに狩野芳崖の『獅子図』、小林古径『極楽井』、上村松篁『星五位』などに展示替えされるということらしい。

 

 3Fの日本画の間では、菊池契月、冨田溪仙、小林古径、中村大三郎、川端龍子らの名品が揃っていた。まずはこの展示の流れが素晴らしい。

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『麦挋』(菊池契月) 1937年

 美しい菊池契月らしい絵だ。ただし美し過ぎてこんなスタイルの良いモダンな農婦はいないのではないかと、ちょっと突っ込みを入れたくなる。モデルに野良着を着せて描いたのではないかと、そんなことを適当に想像してみたくなる。

 

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『機織り』(小林古径) 1926年

 京都西陣の機屋を訪れたときに着想を得た作品だという。古径の特徴ともいうべき簡潔で美しい線描と合成顔料を用いた糸の鮮やかな色が合わさっている。

 

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『紙漉き』(冨田溪仙) 1928年

 これも有名な絵である。冨田溪仙は狩野派、四条派、洋画などに学び様々なスタイルに学んだとある。この絵ではまず歪んだ水槽とその中の水の表現の鮮やかさが多分ポイントになるんだろうと思う。多視点というか、強調というか、あえてパースを狂わせている。さらに左隻は右隻に比べて遠景の表現になっていて、さらに垣根の花は異様にでかい。ある意味、かなり実験的な構図というか趣向が凝らされているようにも思える。溪仙は様々な流派、スタイルに学んだというが、この絵にはどことなくやまと絵のような雰囲気も感じる。

 

 そしてこの並びである。

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三井寺』(中村大三郎) 1939年)

 謡曲三井寺」を題材にした作品。「三井寺」は行方知らずになった我が子を探し、駿河国から京へやってきた母親の物語。物狂いとなった女がたどり着いたのが三井寺で、騒ぎを気づいて集まった僧たちの中に女性の息子がいて、涙の対面を果たすという。眼はややうつろで、小さく開いた口は何かを呟いている風と、物狂い、まさに狂女となった母の姿を美しい線で活写している。

 

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金閣炎上』(川端龍子) 1950年

 これも有名な作品。こういう龍子の絵を観ていると、この人は西洋的にいえばロマン主義の人だったんじゃないかと、なにか適当に思ったりもした。