丸沼芸術の森コレクション展

 電車のドア上広告でこの企画展を知った。「朝霞にファン・ゴッホ」である。 

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 さっそく朝霞市博物館のサイトをみると完全予約制となっているので専用フォームから申し込むと、一週間くらいで朝霞市文化財職員から当選メールが届いた。しかしコロナ禍とはいえずいぶんとややこしい手続きである。

「朝霞にファン・ゴッホ!ー日本初公開の水彩画に観るファン・ゴッホの新たな魅力ー丸沼芸術の森コレクション展」を開催します - 朝霞市

 このたびは丸沼芸術の森コレクション展「朝霞にファン・ゴッホ」にお申込みいただき、ありがとうございました。厳正なる抽選の結果、当選となりましたので以下の通りお知らせいたします。なお、同伴者をお申込みいただいた方は、同伴者の方も一緒に当選となっております。

 丸沼芸術の森とは、丸沼倉庫という倉庫会社の社長が若い芸術家の育成支援のために立ち上げたもので、広い倉庫ののための敷地の一角にプレハブが5~6棟立っていて、そこで芸術家の卵たちは生活したり、アトリエとして利用したりしているという。いまでは世界的アーティストに成長した村上隆もこの丸沼芸術の森の出身である。また最近埼玉県立近代美術館の企画展「美男におわす」でも大型作品が出展されていた入江明日香もここの出身だ。

 さらにこの社長は自ら陶芸をやる他、現代芸術を中心に芸術品の蒐集している。特にアンドリュー・ワイエスのコレクションは日本でも有数の規模となっている。その他にも今回朝霞市博物館に出展されたゴッホゴッホ、モネ、ヴーダンなどの作品も所有している。コレクターでありながら、芸術家支援を続けている最近はあまり目にしないような篤志家でもある。

 ただし丸沼芸術の森には常設展示する場所はなく、蒐集されたコレクションはもっぱら内外の美術館への貸し出しによる展示となっている。特に埼玉県立近代美術館(MOMAS)には寄託されていて、時折展示されることがある。今回、展示された作品もモネやブーダンのものはどこかで観た記憶がある。それがMOMASなのか、あるいは別の美術館での企画展だったのか。

 個人的には丸沼芸術の森の蒐集作品ではワイエスの作品を観てみたい常々思っているのだが、ワイエスについては今回展示はなかった。

丸沼芸術の森

丸沼芸術の森を運営する須崎勝茂丸沼倉庫社長(朝霞市)

https://www.bugin-eri.co.jp/report/report03/file/171002cs.pdf

 朝霞市博物館での展示については、割と小ぶりの一室に絵画とブロンズ像、冬季など29点が展示してある。目玉ともいうべき有名どころはタイトルにもなっているゴッホ、モネ、ブーダンシスレーシャガール、藤田などだった。

 

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『草地、背景に新しい教会とヤコブ教会』(ファン・ゴッホ) 1882年

 これが日本初公開というゴッホの水彩画である。当時ゴッホは29歳、ハーグで油彩画、水彩画を学んでいる頃の作品だ。ハーグ派の写実主義的手法を習熟している時期のもののようで確かな画力を感じさせる。その後、パリで印象派の表現などの洗礼を受け、独自の筆触分割による激しい色彩表現はここにはまったく片鱗もない。写実表現の習作といっていいのかもしれない。

 

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『ルエルの眺め』(クロード・モネ) 1858年

 モネ18歳の作品。当時、カリカチュア(戯画)を描いてモネは、ブーダンの目にとまり、二人で写生旅行にでかけた時期のものだという。写実主義に基づいた作品でこれもまた一種の習作ともいえるか。モネは印象派以前は写実的な風景画を描いていて、バルビゾン派に近いものがあったという話を聞くが、この作品はブーダンの影響とともにオランダハーグ派の写実主義の影響が強い。これは多分、師のブーダンがそうした絵を描いたということもあるのだと思う。

 おそらく同時期に描かれたと思わしきブーダンの作品も展示してあり、観比べるとなるほどなと思ったりもする。十代のモネの画力の確かさ、素晴らしさとともに、若々しい習作ぶりを感じたりもする。

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『ノルマンディーの風景』(ブーダン

 

 今回の企画展では、朝霞市博物館の他にふだんは一般の入場ができない丸沼芸術の森内にある小さな展示スペースがそれぞれ第二会場、第三会場、第四会場と3つの場が設けられている。芸術の森の中に入るなどめったにないことだし、せっかくなのでそちらにも回ってみた。

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第二会場 丸沼芸術の森 展示室

-朝霞から世界への架け橋-丸沼芸術の森コレクション展

第三会場 丸沼陶芸倶楽部(丸沼芸術の森内)

-丸沼陶芸倶楽部 講師・生徒による陶芸作品チャリティー

第四会場 丸沼美術サロン

-珠玉の逸品を一堂に-丸沼芸術の森コレクション展

 第二会場では、丸沼芸術の森出身のアーティストの作品が多数展示されており、もちろん村上隆や入江明日香の作品も観ることができた。

 第三会場は陶芸工房の中に陶芸作品が展示されており、作品には値段のシールが裏側に貼ってあり、気に入ったものがあれば購入できるようになっている。残念ながら陶芸にはとんと興味がないので、このへんはスルーさせてもらった。

 第四会場は丸沼芸術の森から狭い道路を5分くらいいったところにあるサロン=カフェである。コーヒーとなぜかそこで作られているバウムクーヘンを食しながら、壁にかかった作品を観ることができる。壁にはベン・シャーンマン・レイの作品などが展示されていた。そこで初めてというか、マン・レイがアングルの絵からインスピレーションを受けて制作したあの『アングルのヴァイオリン』が展示してあった。

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『アングルのヴァイオリン』(マン・レイ

 モデルは当時人気のあったモデルのキキである。マン・レイとキキはこの頃同棲していたのだとか。この作品で引用されるアングルは新古典主義の巨匠、スベスベ肌というかスベスベ地肌の人である。アングルはヴァイオリンが好きで、アトリエを訪れる人にヴァイオリン演奏をよく聴かせたという。といっても技術的には対したことがなく、「アングルのヴァイオリン」は下手の横好き、得意な余技を意味するようになったという。

 ここでマン・レイは風刺を効かせていて、アングル風の構図で女性の背中をヴァイオリンに見立てるなどユーモアと風刺を効かせている。この写真はおそらくアングルのこのあたりの絵を参考にしているのかもしれない。

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『ヴァルパンソンの浴女』(アングル)

 そしてマン・レイの『アングルのヴァイオリン』に触発されて、モイーズ・キッスリングはこんな絵を描いている。

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『背中を向ける裸婦』(モイーズ・キスリング)

 

 ここでは想起の流れはアングル → マン・レイ → キスリングみたいな風になっている。絵って面白いものだとは思う。

 

 丸沼芸術の森にはおそらく芸術家の卵たちが可愛がっているのか、あまり人から逃げない可愛らしいネコがいた。なんとなく心が和むような感じがした。 

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