「イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜」展(10月20日)

 水曜日、三菱一号館美術館で始まったばかりの企画展「イスラエル博物館所蔵 印象派光の系譜」展に行ってきた。イスラエル博物館所蔵というので、どのくらいの作品が出品されるのかと、ちょっとだけ懐疑的な気分もあったが、予想を超える質、量に驚いた。とにかく大所というべき巨匠の作品が平均して3点〜5点あるのだ。それも印象派の先駆けとなった写実主義自然主義クールベ、コロー、ブーダンから印象派もモネ、シスレーピサロルノワール、さらに後期印象派とくくられるセザンヌ、ゴーガン、ゴッホなどなど。さらにナビ派もセリジュやヴュイヤール、ボナールなまで。

 どうしてこんなに多くの印象派系の大家の作品がイスラエルにあるのかと、ちょっとした疑問も浮かぶがそれはすぐに解消される。博物館の館長イド・ブルームの「ごあいさつ」の中に1965年の開館の翌年にロスチャイルド基金からセザンヌ、ゴーガン、ゴッホの作品群が寄贈されたこと。それ以降もこの博物館の後援者から多くの寄贈、遺贈を受けてきたことが書かれている。作品のキャプションにはそれぞれの寄贈者、遺贈者の名前が英語で記載されている。その多くがアメリカ在住のコレクター、もしくはその遺族である。

 ようはイスラエルを支援する各国ユダヤ人の資産家、コレクターが積極的にこの博物館に名画を寄贈、遺贈したということだ。イスラエル自体が各国ユダヤ人資産家からの多額な資金援助をもとにしたシオニズム運動で生まれたことを考えれば、建国後の文化的支援も行われてきたということなんだろうと思う。だからこそ、エルサレムの地にかくも充実したコレクションが生まれたということなんだろうと、まあ適当に考えている。

 展示は「水の風景と繁栄」、「自然と人のいる風景」、「都市の情景」、「人物と静物」の4部立てとなっていて、最初に印象派の先駆けとしてコロー、クールベ、ヴーダンから始まり、次にシスレー、モネ、ピサロと続き、それからゴッホ、ゴーガン展開される。コローは4点くらい、そしてドービニー、ヨンキントをはさみブーダンが5点。そこにごくごく初期のセザンヌ作品も展示されている。

 セザンヌは意図的な塗り残しを含め割と薄塗りの印象があるのだが、初期のそれは暗い厚塗りのマチエールで、こういうの描いてたんだというちょっとした驚きがあった。

 

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「サン=マメス、ロワン川のはしけ』(シスレー1884年

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『サン=マメス、ロワン川のはしけ』(シスレー) 1885年

 安定のシスレーである。この人だけはスタイルが変わらず、印象派の技法に忠実、生涯風景画の人だった。しかしなんで売れなかったんだろう。凡庸だから、この風景に進取な表現なんて必要ないんじゃないかと思ってします。

 

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『川の景色」(アルマン・ギヨマン)

 普通に美しい、これこそ良くも悪くも凡庸な風景画だ。けっしてけなしているのではないけど。岐阜県立美術館のこの人の絵を観て、そのキャプションに宝くじが当たって絵だけに専念できるようになったというエピソードが記されていた。好きな絵一本で過ごせた幸福な人だったのだろう。この宝くじがギヨマンではなくシスレーの元にいけば、シスレーはもっとたくさんの美しい風景画を描けたんじゃないかとか、シスレー好きの自分は思ってしまう。

 

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『豊作」(ピサロ

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『朝、陽光の効果、エラニー』(ピサロ

 イスラエル博物館はピサロのコレクションが充実しているようで今回も5〜6点出品されている。この二つの作品は1893年、1899年のもので、すでに点描画法を脱しているが随所にその痕跡というか、部分的に応用しているような気がする。両側の木によって囲むような構図、なんとなく浮世絵的な雰囲気もあるように思う。

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「エラニーの日没』(ピサロ

 一瞬、モネかと思わせる。ピサロがこんな空を描くのかとも。なんとなく自分の知ってるピサロじゃないという意外性。美術館通いをしているとこういう新しい発見というか、驚きがある。

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『テュイルリー宮庭園、午後の陽光』(ピサロ

 1900年の作品。健康を害し、すでに屋外写生がままにならなくなり、アパートから俯瞰する景色ばかりを描いていた時期のものだろうか。美しい風景画、どことなく景観画の印象派版みたいな趣がある。

 

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『麦畑とポピー』(ゴッホ

 美しい色彩と前面の麦を強調した近像型構図っぽい表現。月並みだけどやっぱりこういうのは浮世絵版画の構図を換用しているような気がする。

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プロヴァンスの収穫期」(ゴッホ

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『アニエールのヴォワイエ=ダルジャンソン公演の入り口』(ゴッホ

 先日、東美のゴッホ展で思ったことだけど、ゴッホの絵もまた他の印象派の画家の作品と同様に離れて観たほうが視覚混合の効果が得られる。ただし画家それぞれによってその効果が得られる距離が異なるような気がした。モネは以前5〜7メートルとガイドさんに言われたような気がする。シスレーピサロは3〜5メートルでそこそこの効果が得られる。それに対してゴッホはもっと離れた方がいいように思った。

 今回もまたこれらの絵を出来るだけ離れて鑑賞してみた。ただし三菱一号館美術館は狭いスペースを有効に使った展示をしているのであまり離れて観ることはかなわない。それでも出来るだけ離れて。自分は適当にゴッホの最適距離9メートル説を小声で唱えようかと思っている。この一見、抽象的な歩道の表現も離れてみると、独特の趣と色彩効果がある。この作品は1887年の制作だが、なんとかくモネ晩年の抽象画っぽいバラ園などと似通ったものを感じる。ゴッホの色彩表現の模索は抽象画にもそこそこサジェッションしている部分があるかもしれない。

 

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『ジヴェルニーの娘たち、陽光を浴びて』(モネ)

 積み藁の束がどことなく女性のように見えるところから、このタイトルがつけられたという。まあ好き好きあるとは思うが、なんとなく「う〜む」となってしまう。数ある積み藁の中でもこれはちょっと・・・・。

 個人的にはモネ、やらかしたかなとか思ってしまった。なんというか情感、抒情性みたいなものに欠けるというか。あと、『ファンタジア』の「魔法使いの弟子」のホウキたちを思い出している自分には、審美眼が欠けているのかもしれない。

 

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『ウパ ウパ(炎の踊り)』(ゴーガン)

 ゴーガンも4〜5点出品しているが、この作品が一番気に入った。ゴーガンらしからぬ夜の表現というか。原初的な生命感みたいなものを描いているのだろうが、ゴーガンの特徴といわれる平面的な色面や装飾性とは異なり、画面全体からダイナミックな躍動感が伝わってくる。彼の色面には静的なものとか、幻想性みたいなものがあるといわれるけど、この絵は何か真逆な感じ。

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『夏の陽光(ショールズ諸島)』(チャイルド・ハッサム

 アメリ印象派の人。名前はよく聞くし、作品も1、2点は観たことがあるように思うが、なんか久々に観た。まさに印象派の技法の美しい絵。印象派の作品は最初、ヨーロッパよりも新興アメリカの上流階級でよく買われたという。そういう需要があったうえでなんだろうが、割と成功した人だと聞いている。もともとボストンで風景画を描いていて、パリに渡り絵の勉強をしている時に印象派の洗礼を受け、その技法を学んだという。

 アメリカ帰国後はニューヨークに住み、都市の風俗を描く一方で田舎の風景画も描いたという。この人を中心にして、ジョン・シンガー・サージェント、ウィンスロー・ホーマー、そこにカサットなどを入れたアメリ印象派展とかどこぞでやらないかと思ったりもする。なんとなく東美かsompo美術館あたりかなとか適当に思ったりするけど。

 

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『風景』(レッサー・ユリィ)

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『冬のベルリン』(レッサー・ユリィ)

 レッサー・ユリィ、初めて目にする人。ドイツ印象派の人らしい。『風景』は写実の中にドイツ的というか、どことなく表現主義的な重々しさが感じさせる。一方で『冬のベルリン」モダンな感じがして一目で好きになった。キース・ヴァン・ドンゲンをより具象的、印象派的にしたような都市の一コマ。

 レッサー・ユリィ、今回3点出品されている。多分、ユダヤ系ドイツ人だと思うけど、1931年に亡くなっている。ナチスドイツがじょじょに台頭し始める頃だが、まだ明らかなユダヤ人迫害は行われていない時期。かろうじて悲惨な状況になる前に亡くなったということだろうか。

 

 今回の「印象派・光の系譜」展は質、量ともに素晴らしい内容の企画展だ。三菱一号館での展示は来年1月16日までという。機会があればもう一度くらいは足を運びたいと思う。その後は大阪あべのハルカス美術館に巡回するという。